15話 『おかえし』
「作業中に居眠りとは、全く根性のないやつめ」
イルミネーション設営を任せて数時間。進捗状況のために東広間へと赴いていた老人司令官――ブレイクは、木陰でもたれ掛かって休んでいる悠人を見下ろす。広間から少し離れたその木陰の下で心地よさそうに眠っており、どこにそんな余裕があるのかとブレイクは内心呆れかえる。しかしその反面、顔はニマニマとにやけており、木陰で眠る悠人を見下ろす様はどこか楽しげであった。
「三日しかないというのに、随分と余裕だな」
仕方ないやつだと呆れ半分、楽し気なしゃがれ声で言うブレイク。悠人はその声に反応し、ぱちりと目を覚まして、大きな欠伸をした。
「じいさん。来てたのか。いやー、なんか暇で暇でたまんなくてな」
欠伸と背伸びをしながら話す悠人に、若干の憤りを感じるブレイクであったが、それを抑えて口を開く。
「何を言うか。貴様、今自分が置かれている状況がわかっているのか」
「ああ、わかってるぜ。三日でイルミネーションの設営だろ? だから暇で寝てたんだ」
「わからん奴だな。急がんと期日までに間に合わんぞ」
「わからんのはそっちの方だ。後ろを見てみろよ」
悠人は親指でグッドマークを作り、後方、東広間の方向へと向けた。イマイチ悠人の発言を掴めないブレイクはその答えを求めるべく、親指に沿って木陰の後ろへと視線を移す。
そして視線の先に映った光景にブレイクは目を見開き、押し寄せる驚愕に顔を歪めた。
立ち並ぶ美的感覚を擽るような曲線美と色彩の豊かさを描いた柱。その柱に支えられ広間いっぱいに張り巡らされた、細い糸の穴あきネットには光玉が吊り下げられており、空に浮かび上がっているように見える。広間中央には設計書には書かれていなかったはずの大きなツリーが置かれ、それがかえって幻想的な空間の中で異様な存在感を示していた。
各種飾りつけも丁寧に行われており、完成図以上の完璧な空間がそこにあったのだ。遠目でも非の打ちどころのない完成度であることがはっきりとわかる。
「あんたの言う通り、あまりにも簡単な仕事過ぎて暇で暇で。つい居眠りしちまった。いやー、それにしても楽勝な仕事だったぜ。こんなんで金をもらうのが申し訳ないくらいだ。すまんな」
木にもたれ掛かった状態から立ち上がり、悠人は得意げにブレイクの肩を叩く。取り払う余裕もないようだ。ブレイクは呆然自失で言葉を失っている。
「これで文句はねえよな?」
「文句……ふっ。文句ならある」
呆け面からはっと我に返り、悠人に向けて不敵な笑みを浮かべるブレイク。彼は暫し俯くや否や悠人を睨みつけ、静かな声で一言こう呟いた。
「取り壊せ」
「は?」
突拍子もない発言に悠人は思わず聞き返した。ブレイクは相変わらず睨みつけたまま、今度は勢いよく話し始める。
「取り壊せと言っている。言葉がわからんのか」
「だから、その理由を聞いているんだ。どうしてそんなことしなきゃならねえ」
「私は『一人』でしろと言ったんだ。貴様、何かズルをしただろう?」
あれだけの量の仕事だ。普通ならば数日間、十数人で取り組んでやっと完成まで至ることができる。
それなのに悠人はたった一人で、しかも多くとも数時間でやってのけたというのだ。そんなはずはないと疑うのは当然のことだった。
「これ以上何も言わせるな。取り壊せ」
「はっ、そう言うことかよ。往生際が悪い……いいぜ。取り壊して、ついでに作り直してやるよ」
悠人は広間の方向に、徐に手を伸ばして目を瞑った。そして、眉間に皺を寄せて念じ始め、
「風魔法・神々の狂飆」
悠人の指先から、肌を掠め取るような風が生じる。その風は徐々に渦巻いていき、やがて巨大な嵐へと姿を変えた。
轟轟と荒れ狂う嵐は周りの木々や塵を巻き込んで、広間中央へと猛進する。そして衰えるどころか勢いを増す一方の風の暴力が、設備にぶつかり破壊の限りを尽くす。
悠人が目を開くのと同時に、嵐が霧散するように止んだ。中央に残ったのは、そこら中に飛び散ったガラスの破片と粉砕された木材の山だった。
見るも無残な光景に、ブレイクは開いた口が塞がらない。
「回復魔法・リストレーション」
淡い光が広間いっぱいに散布し、ゆらゆらと揺らめく雪のように残骸の山に降り注ぐ。光に触れた残骸は急激に光りだし、次々に元の綺麗な状態の木材、光玉、穴あきネットに戻っていく。
「陰魔法・分身」
悠人の顔つき、身長、肌色、服装、立ち姿まで模倣した複製体が数人生み出される。
悠人は複製体たちに設計書を見せ、一体一体に指示を飛ばして手作業で作り直し始める。迅速かつ無駄のない動きで、みるみるうちに完成図以上のイルミネーションを作り上げた。
時間にして、僅か30分。悠人は額の汗を拭い、清々しい笑顔でブレイクの元へと向かってぴしっと姿勢正しい敬礼をして見せる。
「完遂しました! 司令官殿! なんてな……もう一度言う。これで文句はねえよな?」
もうすでに完成しているというのに、信じられないといった顔色で広間の装飾を眺めている。
あっけらかんとした反応に、悠人は多少の物足りなさを感じたが、その表情が見られただけでも良いかと満足げに鼻を鳴らす。
「それとだ。罰ゲームの件についてなんだが、よく考えたら爺の裸なんて見たくなかったわ。代わりに報酬を倍にしろ。それで勘弁しといてやる。じゃ今日はもう帰るわ」
何十人分の仕事量をこなしたのだ。これくらいのことは許されて然るべきだろうと悠人は最後にもう一度ブレイクの肩を叩き、仕事場を去った。
肩を叩かれ正気に戻ったブレイクは拳を握りしめて、
「き、貴様、覚えていやがれ!」
と悔し紛れのセリフを吐いて憤慨し、立ち去る悠人を最後まで睨みつけているのだった。




