14話 『軍隊じゃねえか』
「あいつ、いつかぜってぇしばく」
ブレイク司令官の100回目の合図と同時に、悠人はルーシーの発言に対して思ったことを吐露する。
――ちょっと大変だけど
どこに『ちょっと』の要素がある。全然ちょっとではない。まだ作業は始まっていないが、もうすでにやばそうな雰囲気を醸し出している。
そもそも司令官って何だ。バイト感覚でやってきたのに、どうして腕立て伏せをさせられいるのだ。
軍隊か。それともこれが異世界のバイトの基準なのか。
悪い意味で予想を裏切られた悠人は、他の男たちと同様に立ち上がり、ブレイクの前に整列をする。
ブレイクは男たちを目で流し、声高に叫んだ。
「よし! それでは早速だが、貴様らには作業に取り掛かってもらう。各自、先に割り振った班長の指示に従い、格闘技やダンスの舞台設営に当たってくれ」
「はい!」
男たちは一斉に返事をし、それぞれの班長の元へと集まっていく。割り振られた班は計3つで、悠人は第1班に選ばれている。
悠人も他の男たちと同様に、第1班の班長らしき人物の元へ向かう。すると静かに男たちを睨んでいたブレイク司令官が、年のせいか若干しゃがれた声で呼び止めてきた。
「おい、7番。こちらへ来い」
しわくちゃの指で自身の足元を指す。悠人は怪訝な表情で彼の目の前に立った。
「感謝しろ。今から貴様には、特別に皆とは違う任務についてもらう」
ブレイクは振り返り、ついてこいと目で催促する。悠人は眉を顰めたまま彼の後を追う。
推定年齢70歳の見た目に反して、その背筋はピンと伸びており、後ろを付いていく悠人から見れば、老人だとは到底思えない威厳があった。
もともとは本当に軍人だったのだろうか。
そんなことをぼんやりと考え、中央広間を出た二人は街道を通り抜け、暫く歩き、人通りが少ない東広間に到達する。東広間とは、その名の通り中央広間の東に位置する場所であり、広大な敷地の割りに人が少ないので、どこか殺風景な雰囲気を漂わせている。
「おい、じいさん。こんなところに連れ出してどういうつもりだ」
悠人はそれまで沈黙を貫いていたブレイクにもどかしさを感じ、こちらから会話を仕掛けた。
「む、私はじいさんではない! 司令官と呼べ」
――その発言がじいさんだろ。
そしてなぜに司令官と呼ばせたがるのだろうか。考えても意味がないなと悠人は適当に折り合いをつける。
「別に呼び方なんてどうでも良いだろ。いい年こいたじいさんが何を言ってるんだ」
「無礼な奴だな。もうよい、好きに呼べ……先にも言ったが、貴様には別の作業に取り掛かってもらう」
諦めたように鼻を鳴らし、ブレイクは軽く咳ばらいをして話を続ける。
「この東広間では魔法イルミネーションを設営することになっている。貴様、今から一人で作れ」
「は?」
「設計書はこれだ。これを三日でやってもらう」
唐突に言い渡されたことに、悠人は一瞬言葉が詰まる。戸惑いながらも数枚の設計書を受け取り、目を落とした。
設計書にはイルミネーションの完成図が描かれており、二枚目以降にはネットを支える支柱の寸法やイルミネーション用の光玉の取り付け手順などの説明があった。飾りつけの必要もあり、ぱっと見ただけでも一人でこなせる量ではないことがわかる。
「道具や材料は、この広間近くの蔵にすでに手配済みだ。それじゃ頼んだぞ」
「おい、ちょっと待てよ」
蔵のある方角を指差し、不十分な説明だけして去ろうとするブレイク。悠人は少し切れ気味に口調を強めて呼び止めた。
「なんだ」
「なんだ、じゃねえよ。わかってんだろ」
「必要な説明はしたはずだ」
「ふざけんな。量がおかしいって話をしてるんだ」
沸々と湧き上がってくる怒りを胸に、悠人はブレイクを鋭い眼で睨みつける。
「これを一人でやれってか? なんで俺がこんなことしなきゃならねえ」
「ほう、つまり貴様は『この程度』の量も『できない』と申すのか? それはそれは、大いに結構。貴様に与える仕事はもうない。そのまま回れ右をして家に帰るが良い」
ブレイクは下卑た笑みを浮かべ、悠人を煽り立てる。
「まあ、しょせん貴様程度の人間には無理な話だったのだな。ああ、気にせんでくれ。別に期待していたわけではないが、我々としても無能な奴がいなくなるに越したことはないのでな」
ブレイクは悠人を見下ろし、伝えることはもうないと手を振った。それから振り返って広間を立ち去ろうとする。
その姿を眺め、悠人は目を瞑って、ふっと鼻で笑った。そして限界を超えた怒りの炎を燃やし、悪辣な笑みで勢いよく喋り始める。
「はっ、良いぜ、やってやるよ! ただし、ただやるだけってのもつまらないよな? なんか賭けようぜ――もし俺ができなかったら、これからはあんたの言うことに何でも素直に従ってやる。だが、できたら……そうだな、町中を裸の逆立ち歩き一周ってのはどうだ」
「良いだろう。やってみるが良い。できるものならな」
悠人の威勢に動じることなく提案を受け入れ、ブレイクは高らかに笑ってその場を去っていった。
――笑っていられるのも今のうちだ。
絶対に後悔させてやると胸に誓い、悠人は悪辣な笑みをさらに深めるのだった。




