13話 『スラスト祭』
空にどんよりとした雲が広がる昼下がり。悠人を含む数十人の男たちが、町の中央にある広大な広間に一列に並ぶ。
「ばんごーう!」
そう叫んだのは、列になった男たちを束ねる司令官的立ち位置の古老――ブレイクだった。ブレイクは出席確認のための点呼を取り、男たちはそれに呼応するように次々に大きな声を上げていく。
「5!」
「6!」
「なーな」
「8!」
「9!」
「10!」
「ちょっと待て!」
ブレイクは呼び止めて目つきをぎらつかせ、出席番号7番――もとい悠人の元へとやって来る。その鋭い眼を細め、再び怒号を上げた。
「返事が小さい! 最初からもう一度やり直せ!」
男たちは「はい!」と腹から声を出し、番号を流していく。
「5!」
「6!」
「なーな」
「8!」
「貴様! なめとんのか!」
ブレイクは悠人の胸倉を掴み、睨みを利かせて叱咤する。
それに対し悠人は全く反省していないという風に睨み返し、更なる怒りを買ってしまう。ブレイクはもどかしそうに口をごもらせ、胸倉を放した。
「連帯責任だ! 全員腕立て100回!」
男たちは「はいっ!」と叫び、上体を伏せて準備に入る。そしてブレイクの掛け声の後に続き、腕立てを1回ずつ数えていく中、悠人は何をやっているんだ俺は、と自分で自分に呆れかえっていた。
なぜこんなことになっているのか。それはつい数時間前のルーシーとの会話に遡る。
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「スラスト祭?」
「そう、スラスト祭。知らないのかい?」
宿屋の受付を跨いで、銀髪青眼の少女、ルーシーはこの町で今度行われる祭りについての話を持ち出された。聞き慣れない単語に悠人は眉を顰め、不可解な顔をする。
「そんなに有名な祭りなのか?」
「なにいってんのさ!」
ルーシーは身を乗り出し、語調を強めて言い放った。机を激しく叩く音に悠人はしかめ面を深める。
「スラスト町のスラスト祭って言ったら、この国の3大祭りに選ばれた超有名なお祭りじゃないか!」
「そ、そうか。あいにく俺は異邦人なんでな」
ルーシーは人生の半分は損していると言わんばかりにため息をついた。その態度に内心腹を立てる悠人であったが、それよりも興奮気味に語る彼女に引きの感情の方が強かった。
「スラスト祭。人々は活気づき、立ち並ぶ出店の食べ物と言ったら、これまた格別! 世界一甘くて巨大なクラウディ、香ばしい薫りと塩味が抜群のソース麺。そして魔法を使った射撃とか、小規模魚釣りとかあるんだ。祭りの最中に格闘技やダンスを披露するイベントがあったり、最後には花火も打ちあがったりするんだ!」
「へぇ」
「それに何といっても見どころは『巫女の舞』。スラスト町代々受け継がれている神社の娘さんが中央広場で躍るんだ。夜の闇に照らされてライトの中で踊る姿は、幻想的で美しいんだよ~」
「へぇ」
目を瞑って妄想に浸る彼女に、話半分で相槌を打つ悠人。だが、確かにこの町に来てからというものの、町の雰囲気が妙に活気づいていたことには気づいていた。祭りの話もおばさんの井戸端会議に、ぽろっと聞こえていたことをぼんやりと覚えている。
「それで。急にその祭りの話持ち出して、何が言いたい」
ルーシーははっと我に返り、そうだったと本題に入り始める。
「スラスト祭が、2週間後にあるんだけどね。実は今、ちょっとした問題があっててね……毎年、祭りの前には準備が行われていて、もうすでに準備が始まっているんだけど、どうやら人手が足りないらしくてね。それでね。よかったらなんだけど……」
「俺に行ってほしいと」
歯切れの悪さにもどかしさを感じた悠人が結論を急ぐ。するとルーシーは、
「さっすが悠人君。察しが良いね」
とウインクをして、にんまりと笑った。
悠人は彼女の笑顔を半目で見つめ、言葉足らずな説明に不可解な顔を示す。
「やだね。どうして俺が行かなきゃいけねえんだよ」
悠人はそっぽを向き、提案を拒否する。するとルーシーが笑顔のまま、受付窓口から回って悠人の傍までやって来る。
そして軽快な言葉遣いで話し始めた。
「いいのかい? 君だって今の状況わかっているだろう? 部屋の修理代、弁償代、日々の生活費、家賃、服代。色々と出費が重なったはずだ。家計が火の車なんじゃないのかい?」
「ちっ。人の足元見やがって」
不快な表情で舌打ちをし、得意げに語るルーシーを睨みつける。
彼女は怖い怖いと言って一歩引く。とはいっても笑顔は維持されたままだったので、悠人の気分はさらに悪くなった。
「報酬は弾むよ。なんたって相場の倍近くはあるからね。悪くない話だろう?」
「だがな」
生まれてこの方20年。悠人は働くという経験をしてこなかった。当然、働く機会は有り余っており、悠人もバイトをしようかと考えていた時期もあった。しかし親からの仕送りで事足りていたため、そもそも働く必要性すら感じていなかったというのが実情である。
それに働くなど面倒だ。時間の無駄だし、正直やりたくない。引きこもっているときが一番幸せである。
「働かざる者食うべからず、だよ」
「余計なお世話だっての……はぁ、場所はどこだ」
内心を見透かされ、説教されたような気持になった悠人はため息を吐いて観念する。
「町の中央広間だよ。紙に行き方書いてあげるよ」
ルーシーは受付からペンと紙を取り出し、すらすらと道順を書いていく。悠人はその紙を受け取り、確認する。
「今から行ってもいいのか?」
「そうだね。そろそろ始まると思うから。後、着いたらそこにいる責任者に私のことを話すといいよ。それで伝わる」
悠人は頷き、玄関の方へと体を向ける。そして無言で扉を開いて外に出た。
受付付近で、手を振って見送るルーシー。彼女は扉が完全に閉まる前に、送り出しの挨拶としてこう述べた。
「いってらっしゃい。ちょっと大変だけど頑張ってね!」




