12話 『はじめてのおつかい③』
「そんなことはどうでも良いだろ。さ、ついたぞ。商店街」
話を切り替える悠人。景色はいつの間にか人々がごった返す商店街の様相に変わっており、掛け声や売り文句の飛び交う中を歩いていた。
「あっ! ここ知ってる!」
少女は目を見開き、街並みを指さす。
「そりゃよかった。後はお前の母親探すだけだが……」
悠人の動作を真似するように、きょろきょろと辺りを見回す少女。なかなか見つからないのか、不安そうな顔を浮かべる。
しかし、その表情もすぐに消え去った。
「いた! お母さんだ!」
少女はぱっと明るくそう叫び、母親と思われる女性の元へと走り出した。母親に抱きつき喜びはしゃぐ少女を眺める。
「よかった! 見つかったみたいですね」
ミアも嬉しそうに飛び跳ねる。
迷子が見つかっただけで、そこまで喜ぶのかと悠人は内心、少し呆れていた。だが喜んでいる彼女を見ていると、なぜか少しだけ口元が緩む感覚があった。
悠人は綻ぶ口を噛みしめ、目を逸らす。
「あっ! もしかして……天使って、あのことだったんですね」
ミアは親子から少し離れた広間を指さした。そこには噴水があり、その前を恋人が手をつないで歩いていたり、オヤジがベンチに座って新聞を読んでいたりしている。
そして噴水の真ん中に、巨大な天使の像が立っていたのだ。
「ああ。人がたくさんいて、天使ってワード聞いた時点でここに結び付いた」
昨日、ルーシーと買い物をしに来たときに、何メートルもあるので印象的だなと感じていた。それで彼女にあれは何だと尋ねたことがあった。
どうやらあれは、この町の平和を願う守り神的な存在らしい。聞いたところで、それしかわからなかったのだが、今回はそのことが功を奏したようだった。
悠人は、再び親子を眺める。
「あの、悠人様。申し訳ありませんでした」
ふと、ミアは悠人の顔を覗き込むように謝罪した。悠人は視線を動かすことなく、静かに口を開いた。
「なにがだ」
「私のせいで、付き合わせてしまったなって……」
「本当だな。本来なら、もうとっくに壺屋に着いて、帰ってただろうにな……なあ、ミア。お前に聞きたいことがあるんだが」
悪態を切り上げ、相変わらず視線を固定したままの悠人。ミアは怪訝な顔をして、エメラルドの瞳を向けている。
「お前は、なんであの子を助けようって思ったんだ?」
質問の意図がわからなかったのか、ミアは戸惑い口ごもる。悠人が重ねて質問をすると、しばらく悩みながらも、自身の考えを口にした。
「それは……困っていたからです。どうしても力になりたくなって」
「別にあの子を助けたところで、どうにもならないのにか? ほっとけば良いじゃないか」
「確かに、そうかもしれませんね――ただ」
なぜ、こんな質問をしているのか。悠人にもわからなかった。
柄にもない言葉だと、笑い飛ばそうとした矢先、ミアが真摯な目を向けて答える。
「ただ、誰かにあげた『やさしさ』は、きっと自分に返ってくるんですよ。たとえ今、返ってこなくても、いつかは形を変えて、巡り巡って自分のところに戻ってきます。きっとそうなるって、私、信じているんです」
彼女の目は遠く、どこか上の空を向いていた。愛しみを籠めたその瞳が、悠人にはどうも気がかりだった。
「はっ、そりゃ結構な夢物語だな。実際、そんなに優しさなんて返ってこないっての。無駄になることの方が多い」
悠人は鼻で笑い飛ばし、得意げに口上を述べた。
ミアは、それからは何も言わなかった。悠人は物足りなく感じ、少しだけ不貞腐れた感情を覚える。
二人が会話をしている間に、気づけば親子がこちらへとやって来ていた。
「この子のこと、ありがとうございます。なんとお礼をすれば良いのやら」
「いえいえ、そんな! 見つかって良かったです!」
頭を下げた母親に、ミアは手を振って応じる。
「お姉ちゃん。お兄ちゃん。ありがとうございました」
母親の影に隠れていた少女が前に出てきて、頭を下げた。
「どういたしまして。もうはぐれちゃダメですよ」
「うん!」
少女は笑って、元気よく答えた。
二人のやり取りを見守っていた母親は、「そうだ」と言って手に持っていた茶色の袋をミアに差し出す。袋の中には、果物や野菜などの食べ物がたくさん詰まっていた。
「これ、先ほど買ったものなのですが、よかったらもらってください」
「良いんですか? こんなに」
「ええ、もちろん。ほんのささやかなお礼です」
ミアは遠慮しがちに袋を受け取った。
親子が最後に別れの挨拶を告げ、その場を去っていった。曲がり角を曲がるまで、少女はずっと手を振っていた。
彼女たちが見えなくなり、ミアは悠人を振り返る。
「ほら、良いことが返ってきましたよ!」
彼女は、ニコッと明るい笑顔をこちらに向けてきた。その顔は幸せそうで、楽しそうで。悠人は直視することができず、目線を逸らしてしまった。
「果物じゃ、壺は買えんがな」
「そ、そうでした」
それが悔しくて、悠人は悪態をついた。そしてミアは痛いところを突かれたと言わんばかりに、はっと驚いたのだった。




