10話 『はじめてのおつかい』
「クリエイト・ファイア」
指先から放たれた火の塊が、暖炉の薪に引火し燃え上がった。悠人は燃え滾る炎の前に手をかざして座り込み、冷え込んだ部屋で暖を取る。
クリエイト・ファイア。その名の通り、火を生み出す魔法である。昨日、ルーシーに教えてもらったもので、この世界の人々は魔法を使ってランプに火を灯し、料理をし、暖を取っている。本来なら、習得に数年かかる魔法であるらしいが、さすがはチート能力。ものの数秒で習得して、彼女を驚かした。
火以外にも、水、風、雷、土と五つの属性が存在する。そのどれもが自家発電や飲み水など生活のちょっとしたことに使われており、一人一属性であるらしい。因みに悠人は全属性を操ることができたため、ルーシーをさらに驚かせた。
なるほど、確かにチート能力は便利かもしれない。
悠人はそんな感想を密かに抱き、寝ぼけ眼で炎を見つめる。
「悠人様、寒くはありませんか?」
暖まっていると、後ろからミアが話しかけてきた。彼女はエメラルドの瞳を伺うように悠人に向ける。
「寒くなかったら暖炉に火なんかつけねえよ」
「うっ、そうですよね」
後ろを向いたまま返事を返した悠人に、しょんぼりと肩を落とすミア。しかしめげずに立ち直り、精いっぱいに小さな声を張り上げる。
「あ、あの。悠人様……マフラーとか欲しくないですか?」
「マフラー?」
悠人は怪訝な顔で振り返る。鋭い視線に当てられ、ミアはピンと背筋を伸ばして答えた。
「はい! 悠人様は不思議な格好をされていますが、薄着だなとお見受けして。これからどんどん寒くなっていきますし、作って差し上げたいなって……いかがでしょうか?」
「マフラーでそんなに変わるかね?」
「はい、マフラーって結構あったかいんですよ。あっ、道具なら今朝ルーシー様から借りましたのでご心配なく」
悠人は天井を見上げ、考えるような仕草をする。
マフラーなどつけたことはない。というより年中自室に引きこもっていたので、その必要性を感じなかったのだ。ただ、殊更欲しいわけではないが、あって困る物でもない。
悠人は頷いて、やってみろと指示を出す。
「はい! 了解しました!」
ミアの表情が鮮明になっていく。早速、借りてきたという裁縫道具を取り出して、代理の机と椅子の上で作業に入った。
パチパチと昇る火の音に紛れ、棒切れが擦れる音が聞こえてくる。悠人は再びぼんやりと暖炉に向き合って、目を瞑った。
どれくらいの時間が経ったか。棒切れの音がしなくなったので、悠人はできたかと後ろを振り返る。
「まあ、大体予想はしてたけどな」
机の上に置かれていたのは、捻じれに捻じれた長い円柱型のものだった。毛糸の繊維がこれでもかと言うほど締め付けられて縫われており、押し付けても崩れない頑丈さを誇っている。円形に捻じ曲がり、先端だけが直立している様はさながら、とぐろを巻いた蛇のようだった。
「うう、見ないでください」
半泣き状態で顔を覆うミア。悠人は蛇を掴んで、引っ張っては放しを繰り返す。バネみたく伸び縮みしている。
「ごめんなさい。私、また失敗して……練習して、きっと上手くなりますから、待っていてくださいませんか?」
「勝手にしろ。もっとも、マフラーなんて必要ねえけどな」
部屋を破壊されるよりか断然マシだ。そう判断した悠人は悪態をついて、適当に手を振り、出入り口へと向かう。
「ちょっと出かけてくるわ。留守番頼む」
「どこに行かれるのですか?」
「お前が壊した壺の注文をしに行く」
「うっ。申し訳ありません……」
ミアは頭を下げ、昨日の失態を謝罪する。
昨日壊されたものはたくさんあれど、観葉植物が入っていた壺は特注品であった。それで今朝ルーシーから発注の要請をするよう頼まれていたのだ。場所はその時に聞いている。
「あの、悠人様。私も付いていっても良いでしょうか?」
「付いてってどうする」
「私のせいでこんなことになっちゃいましたから。せめて同行くらいはさせていただきたいなと思って……」
歯切れの悪く小さな声でミアは言った。
確かに言われてみれば、ミアを部屋で一人にしておくべきではない。また余計な事をしでかして出費が重なるくらいなら、近くで監視した方が良さそうだ。
「そうだな。付いてこい」
「はい、申し訳ありません」
ミアが頭を下げる姿を他所に、悠人は扉を開いて外に出た。




