06
薄っすらと白んだ空を眺めながら家に帰ると、庭先でセツが待っていた。
「ぎゃっぎゃ! 焼き加減はどうだ、ダンテ」
「俺なんて食ったら腹壊すぞ」
向かい合うように地面に座る。
ちょうどいい。話があって待っていたのだろうが、話なら俺にもある。
「セツ、不満は今ここで言え。お前は何に怒ってる?」
ぎゃっ……、と笑声が途切れ、三本足が地面を引っ掻いた。
「ダンテはやっぱりダメダメだな。俺様は怒ってないんだぜ」
沈んだ声は静かで、幼子に言い聞かせるようなゆっくりした調子だった。
「俺様も姫ちゃんも湖の彼女も西の嬢ちゃんも、みんなダンテが大好きなんだぜ。大好きだから、心配してる」
「わかってるよ」
「わかってない。ダンテ、俺様たちはダンテより弱いけど、無茶するダンテを殴って止められるくらいには強いんだぜ」
「そう、だな……」
嫌われたり怖がられたり、そんなことばかり慣れてしまった。好かれていると理解はできても、受け入れるには、俺は自分を大した奴だと思えない。その差が大きな溝となって横たわる。
「ダンテは俺様のこと全部わかるくせに、ちっともわかってねえなぁ」
しかたねえなぁ、と溜め息混じりに吐き出された言葉は、沈んだ雰囲気を吹き飛ばすような明るさがあった。
言っても無駄、と伝わってしまったらしい。
「超強くて偉くてカッコいい俺様が、ダサンテを助けてやるから感謝していいぞ」
「ははっ……そりゃあ、ありがたいな」
「ぎゃっぎゃ! そうだろそうだろ。俺様はガキんちょのこと嫌いだけど、ダンテが大事にしてるからいじめたりしないんだぜ。俺様ってば超優しい! 素敵なとこいっぱいで困っちゃうな?」
「あの喧嘩腰な態度でも自分を優しいと言ってのける図々しさには確かに、困っちゃうな」
こいつは、慎ましさをどこかに捨ててきたんだろうか。
「ダンテに似たんだぜ。図々しいご主人様で困っちゃうな!」
「図々しい、か。まあ、そうだな」
頭を撫でるフリをして、セツの視界を塞いでしまう。ガシガシと乱暴に頭を揺さぶられ、羽毛を乱されるも撫でられるのは嬉しいのか、ねだるように頭を手のひらに押し付けてくる。
「俺さ、お前には礼を言いそびれても悪びれないし、随分と雑な扱いしてる自覚があるんだけど、気づいてるか?」
甘えている。自惚れている。
フェルの拳が砕いた肩を治してもらって、礼より先にフェルを気にかけても許される。そのまま礼のことなんて忘れて、嘴掴んで窓から放り出しても嫌われない。好かれているのを良いことに、随分と好き勝手やっている。なんて図々しい、恥を知らないご主人様だ。
「ぎゃ、――っぎゃぎゃ!! 胸張って言うことじゃねえぞ!」
まったくその通りだ。でも、そんなに嬉しそうにされると、やめてやれない。
「ダン、ダンテお前……ほ、んと、そういうとこだぞ!」
翼を広げてセツが舞い上がった。
「俺様を抱きしめて寝る約束もすっぽかしてんだぞ! 俺様でなきゃ嫌われちゃうんだかんな! 相手が俺様でよかったなダンテ!」
「そうだな。セツが優しい奴で良かったよ」
「ぎぎ……ズルいんだぜ!」
覚えてろよ、となんだかチンピラの捨て台詞のような言葉を吐いて、セツはどこかへ飛び去った。そんなに照れることないのに。――と、思ったら、すぐ戻ってきた。
「セツお前、そんなに俺から離れ難いか? 粘着質はモテないぞ?」
「うるせえやい! 俺様たちから報告だぜダンテ。聞きたいだろ?」
「ああ、なるほど。やっぱり速いな、セツ」
「そうなんだぜ。俺様ってば世界一だからな!」
胸をふっくら張ったセツが頭を差し出すので、素直に応じて撫でてやる。
「ぎゃっぎゃっぎゃ! まずは魔王の話な。ダンテ、困ったぞ」
「は……?」
間抜けな声が出た。
困ったって何だ、何を困ることがある。まさか――
「みんな直接会って教えるから、とりあえず会いに来いって」
~~……っっっっざっけんな!!
遠慮のない声が出た。
「セツてめえこら! わざと含ませたなお前!」
「俺様ってばチョロくないんだぜ。ダンテ、俺様知ってるぜ。ガキんちょはムカつくけど、あいつはダンテがちゃんと躾けたからちゃんとお礼が言えるんだぜ。俺様のダンテはガキんちょよりすごい」
すん、と感情の抜けた平坦な声で吐き出される言葉に、ぐっ、と奥歯を噛みしめる。おっしゃる通り。
「……はい、すんません。セツ、ありがとう」
「ぎゃっぎゃっぎゃ!」
胡坐を解いて膝を揃える。セツはこんな俺が主人で大丈夫なんだろうか。不安になるほど情けないぞ、俺、今。
「俺様が使い魔でよかったな、ダンテ」
「ああ、まったくだ」
閑話休題。
会って顔を見て話をすることを要求するということは、切羽詰まってない。魔王が誰であれ、魔王軍が侵攻を始めようが、急いで俺に知らせるような何かはない、とそういうことだ。
「俺様が見た限りじゃあ、魔王城に異変はない。ダンテが帰った頃のまんまだ」
「中に入ったか?」
「無茶言うなよ。ダンテが張った外敵用の結界なんだぜ。俺様じゃ破れねえよ」
魔王城に立ち入ろうとする全てを対象にした結界。我ながらめちゃくちゃな結界を張った自覚がある。然しものセツでも、あれを突破はできないか。しかし、あれがまだ機能しているということは、俺の懸念の一つは解消されたということだ。
「魔王の姿は確認できたか?」
「ずっと見てるけど出て来ねえ。ていうか、魔王城に近づく奴すらいねえぞ、ダンテ」
何だ、それ。どういうことだ。
魔王軍が侵攻を始めた、とじじいは言った。嘘や方便で王まで出張ってこない。人間と魔族で認識に齟齬が生じているにしても、限度があるだろう。女神だっているんだ。
「ダンテ、魔王軍らしき集団は見てねえけど、壊滅してる人間の村ならいくつかある」
「そんなもん、やんちゃな魔族が悪戯したんだろ」
「悪戯っ子のやり方とも違うぜ? 意志や目的があって襲ったというより、通り道にあったものを全部、薙ぎ払いながら直進してるだけだありゃ」
たまたま通り道に人間の村があっただけ、というセツの声が遠くに聞こえる。
その状態には、そういう壊され方をした村には、そうやって薙ぎ払われた人間には、覚えがある。前にも、同じようなことがあった。旅の道中、飽きるほど見た。
「セツ、本当にみんな俺に対する緊急の伝言はねえんだな」
「ない。俺様ちゃんと全員にあって話をしたんだぜ。のんびり屋さんも寝坊助野郎も、堅物とだって話した。お花ちゃんも何も言ってなかったんだ。大丈夫なんだぜ、ダンテ」
「そう、だな……そうだよな」
大丈夫、みんながそう言うなら大丈夫だ。大丈夫。
「ダンテ、みんなに会いに行けよ。全員に、ちゃんと」
「行くよ。これでも楽しみにしてんだぜ、俺」
「そっか、俺様も楽しみなんだぜ」
「で? 楽しみにしてる俺への伝言はそれだけか?」
「まさか! いっぱいあるぞ!」
着地したセツが大きく翼を広げる。
「まずは、こっち来るなら飯作れって伝言だぞ!」
誰からの伝言か教えてくれないのか、と瞠目して、でもなくてもわかったので別のことを言う。
「あいつ料理上手な嫁さんもらったろ」
「じゃあこっち。アップルパイ焼いてあげるから林檎を持ってきなさいって伝言だぞ!」
「ぐ、うぅ……善処する」
「珍しいドラゴンが良いって伝言もあるぞ」
「何で俺が手土産持って行く前提なんだよ! むしろ俺をもてなせよ!」
「みんなもてなす気満々だぞ。ちょっとした照れ隠しだ」
「隠し方がうますぎんだろもっと下手くそでいいよ!」
どいつもこいつも浮かれやがって、嬉しいなあちくしょう!
「店にもぜひ遊びに来てほしいって伝言もあるぞ。ガキんちょも連れてきていいって」
「連れて行けるわけねえだろ!? フェルにはまだ早い!」
「過保護は嫌がられるぜ、ダンテ」
過保護じゃねえよ。あんな精神的に不衛生な店に子どもを呼ぶな。客層見直してから言え。
「家の掃除してって泣いてる奴もいるぞ」
「知らねえよ。同居してる奴を誑かせ」
「金貸してって泣いてる奴もいるぞ」
「あいつは放っとけ。金がなくても死なないから大丈夫だ」
強く生きろ。
「ダンテ、来る時に花を摘んで来いって」
「……わかったわかった。お前も運ぶの手伝えよ、予定より荷物が増えるからな」
「ぎゃっぎゃ! 任せろ」
キリがないので終いにする。
「セツ、これ持ってろ」
懐から深紅の玉を取り出す。姫ちゃんから渡されて、適当に隠すわけにもいかず持ったままになっていた。
「持ってろって……嫌だよ俺様お腹が重くて飛べなくなっちゃう」
「ならねえよ。大事なもんだから吐き出すなよ」
ぎゃあぎゃあ、と不満を主張はしたものの、それ以上の拒絶はなく呑み込んでくれた。
「さて、と。そろそろ朝飯の用意するか。フェルが起きる時間だ」
立ち上がったタイミングで、鶏小屋から甲高い鳴き声が響いた。我が家の鶏小屋にいるのは普通の鶏じゃない。やたらデカいし、雄であるはずなのになぜか卵を産む。顔からこぼれ落ちそうなほどのぎょろ目が特徴で、鶏冠は鮮やかな赤、尾は目が痛いほどの緑、茶を基調としているものの、全体的にどこか毒々しい。まさに極彩色。
旅の道中でいつの間にか俺の後ろをくっついて歩いていた変な奴で、森に引きこもってからもそばを離れなかった。鶏のくせに一日に複数個の卵を産み、俺が鶏小屋に入った瞬間から次々と産んだばかりの卵を破壊する奇行を始める。破壊が先か、回収が先か。毎朝わけもわからず勝負を挑まれ、しくじれば卵もろとも手を破壊される。しかし勝負のあとはどことなく嬉しそうで憎めない。
「セツは野菜の収穫な。俺は卵の回収だ」
「あの鶏イカれてるぜ、ダンテ。あいつ何だ?」
「俺が知りてえよ。でもあいつの卵うめえんだよなぁ」
「……ダンテも十分イカれてるんだぜ」
否定はしない。
――と、家から派手な音が響いた。振り返ると、玄関が消し飛んでいた。出てきたフェルは、烈火のごとく怒り狂っている様子で、よほど慌てたのか麻袋が中途半端に引っかかっている。
「ダンテまたフェルを置いて烏と遊んでる!」
「おはよう、フェル」
「おはよう、ダンテ。ズルい! フェルも混ぜて!!」
文字通りセツに飛び掛かったフェルが麻袋ごと翼に噛みついた。
「フェル、朝から元気いっぱいだな」
「痛い痛い俺様の自慢の翼が千切れちゃうよダンテ助けて!」
「ダンテ! 今日の朝ごはんは烏のから揚げ!」
一気に騒がしくなった。
羽を毟りだしたフェルをやんわりと引き剥がし、セツは庭へ遠ざける。威嚇するフェルを宥めつつ、暴れないよう肩を押さえ目線を合わせるためしゃがむ。
「フェル、今日はクロエが遊びに来るぞ。そんで、みんなで旅行に行こうな」
途端にフェルの表情が強張る。
「旅行? 魔王?」
「魔王のこと調べた。大丈夫、俺の友達も協力してくれる。調査結果を教えてくれるらしいから会いに行きたいんだ。寄り道たくさんするけど、いいか?」
努めて穏やかな声音で話す。
不安げに揺れる双眸が俺を捉えた。何でもないよう笑みをつくって、ズレた麻袋をしっかり被せ、首元の紐を結んでやる。その様子をじっと見つめていたフェルがややあって口を開いた。
「ダンテ……、大丈夫?」
「大丈夫」
これは断言する。
「俺が全部なんとかしてやるから、大丈夫」
「……わかった。旅行、行く」
力の抜けたフェルを見て、内心ホッと息を吐く。
ありがとう、と言いかけて口を噤んだ。ごめん、と言うのは何か違う気がしてやめた。
「クロエが来るまでに準備を済ませなきゃいけないから、今日は忙しいぞ」
「じゃあ朝ごはんはあれが良い。パンにトマト入れたの、パン焼いて!」
いつか作ったホットサンドはフェルのお気に入りだ。ただし、具はトマトだけ。他は用意する端からつまみ食いされ、好きなものを最後に食べる癖のために残ったトマトを虚しい気持ちでパンに挟んだ苦い思い出だ。こいつ、トマトが食えれば何でもいいんだろうな。
「今日はハムとかベーコンも挟もうぜ」
「じゃあ、葉っぱ入れていいよ」
「あー……うん、ありがと」
レタスとトマトだけ挟んだホットサンドは、おっさんとはいえ成人男性の俺には足りない。
「フェル卵、卵入れよう」
「卵! ぐしゃぐしゃして!」
スクランブルエッグな。
「ん。じゃあ卵獲ってくるから、セツと美味しいトマト収穫してこい。喧嘩すんなよ」
「わかった!」
食欲に目が眩んだフェルは素直だ。元気よく駆け出した背中を見送って、俺も気合を入れる。あの鶏もどき、今日は六個くらい産んでねえかなぁ……。
◇
「何やってんの?」
日が完全に昇った頃、宣言通りやってきたクロエは俺を見るなり首を傾げた。
「何ってそりゃお前……出発準備」
帰り際に、明日また来るから先に出発するな、とまるで出発日が決定しているようなセリフを吐いて俺を急かしたくせに、なぜ頑張ってる俺をそんな胡乱な目で見るのだろう。
「その落書きが?」
失礼な娘だな、こいつは。家の前の地面に木の枝でガリガリのたくった字を書き殴ってるおっさんの姿は確かに奇怪だろうが、俺は大真面目だ。
「留守番してくれる連中の食事とか、森の警備体制とか、やることも考えることも多過ぎて脳みそ足りないから書き出してんだよ。大体お前、国家魔導士なんだから魔法陣くらい見慣れてんだろ」
「ま、法ジン? それが?」
悪かったな下手くそで。
魔力を練って放出する。魔法なんてのはそれだけで作業としては十分で、バカになってる俺の魔力器官なら非効率でもビクともしない。でもそれはあくまでも、俺だけの話だ。普通、転移魔法といった古の複雑で面倒でややこしい魔法の行使には、魔法陣を書く。より負担の少ない効率的な魔力消費が目的らしい。
とはいえ、ぶっちゃけ魔法陣の仕組みも用途もさっぱりわかってないというのが正直なところだ。使ったこともないし、使う必要もなかったから。第一、のんびり魔法陣なんて書いてたら、書き終わる頃には跡形もなかった。俺の人生、そんなもんだ。
俺が今、せっせと書いてるこれだってカッコつけて魔法陣と言い張ってるだけで、実際はやるべきことを手順通りに書き出しているだけだ。
「ダンテ今、魔法を使ってるの?」
「その準備してんだよ」
「み、見る見ます! ダンテが魔法使うところ見たい!!」
「ど、どうぞご自由に」
急に目を輝かせてその場に正座したクロエに、正直ちょっと引いているが作業に戻る。最近の若い娘の思考回路は、魔法よりよっぽど複雑怪奇だと思う。やりづらさを感じつつも手を止めずにいると、直したばかりの玄関からセツとフェルが出てきた。
終始響いていた怒鳴り合いはばっちり聞こえていたのだが、叱られると学習したのか二人に怪我はない。口喧嘩で済んだにせよ、セツが回復魔法をかけてなかったことにしたにせよ、騙されてやるのは今回だけだ。
「ぎゃっぎゃ! ダンテ、こっちは準備終わったんだぜ!」
「ダンテ、遅い」
「準備の量が桁違いなんだから優しくして?」
お前ら飯食って鞄に荷物を詰めただけじゃん。飯を作ったのも後片付けしたのも、詰める荷物の準備したのも俺じゃん。
食後の運動という建前で朝から林檎の樹を追いかけ回したのも、ディーナに捕捉されるより速く魚を数匹掻っ攫ってきたのも俺だ。急ぎ過ぎて掴んだ魚が何であるのか確認する暇もなかったが、まあいいだろう。食って死んでも今の俺なら蘇生してやれる。贈答用にリボンをかけて時空魔法で防腐処理して、食後のミルクを飲んでるお前らを尻目に俺は朝から駆け回っていたというのに。
女神に見つからないように全員の魂にこれでもかと結界を張ったり、何が何でも姫ちゃんに行ってきますを言いに行くと主張するフェルを抱えて全力疾走したり、はちゃめちゃに大変だったんだぞ。
「ん~~……ん? まあ、こんなもんか? うん、できた」
行使する魔法の中心は転移だ。寄り道がメインになりかねない旅で移動手段が徒歩というのは現実的じゃない。転移魔法をゴリ押しして寄り道先に直行することで時間短縮を狙う。
まずは転移以外の魔法をちゃっちゃと済ますべく魔力を練る。
「ダンテダンテ、今は何してるの? どんな魔法を使ってるの? 見てても全然わかんない! すごいすごい全然わかんないのにすごいことはわかる!」
きゃあ、とはしゃぐクロエの反応の方がわからない。何でそんな興奮してんの?
「ぎゃっぎゃっぎゃ。おい魔女、ダンテの魔法は説明すんの難しいくらいすごいんだぜ。お前じゃ理解できねえよ」
「わぁ! この子、屋根の上の烏だよね? 流暢に話せるようになってる! すごい何で?」
「俺様が超超すごいからなんだぜ!」
「すごいすごい! 全然わかんないけど!」
楽しそうに盛り上がっているところに水を差す気はないが、全然わかんないのは俺の言葉だ。まったく噛み合っていない風に見える会話だが、どこに通じ合うきっかけがあったのだろうか。会話って「すごい」だけで成立すんのかよ、すげえな。
もうわからなさ過ぎてちょっと気持ち悪いから、無視しよう。そう決めて視線を逸らす。その間もすごい、とか全然わかんない、とか同じやりとりが繰り返されている。
「ダンテ、抱っこ」
くい、と服の裾を引かれた。見ればフェルが情けないほど眉を下げている。
黙って抱き上げてやると、首元に顔を埋めてしまった。
「どうした? 甘えたい気分か?」
「……ダンテ嫌い。ご飯食べて、眠くなったの!」
「そっか。いっぱい食ったもんな」
俺の分のトマトも一つ残らず奪われフェルの腹の中だ。
「クロエ、セツ、そろそろ行くぞ」
弾かれたように顔を上げた二人が駆け寄ってくる。セツは案の定というかなんというか、俺の肩に乗っかって後頭部を踏みつけた。一応は気を遣ってかフェルを抱えている側は避けているが、そのせいで重心が片方に寄ってバランスが悪い。セツ自身もバランスをとるためか、俺の後頭部に爪を食い込ませている。頭皮が裂けるんじゃないか、と不安になるくらいには力強く鷲掴みにされているせいですごく痛い。土産の林檎を全部、セツに背負わせた鞄に詰めたのは失敗だったな。
「フェル、笛、持ったな?」
「持った」
「大声出せるな?」
「出せる」
よし、準備は整った。
「行くぞ」
ぎゅう、と首に縋りつくフェルの頭を撫でる。
怖いよな、そりゃそうだ。俺だって怖い。でも、行くと決めた。
魔力を練る。視界が歪み、体が引っ張られる感覚に襲われるが、それは一瞬。鮮明になっていく視界の先に広がる景色は、もう森ではない。
「着いたぞ」
目を開けたクロエが目の前に広がる光景に、ぎゃっ、と可愛らしさの欠片もない悲鳴をあげた。
「なん、で……ダンテ、」
転移先は魔女の家。
「ダンテ、嘘でしょ……ダンテ!?」
クロエの実家だ。