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お伽噺の後日談  作者: かたつむり3号
第五章 ダサくてバカな、それでも勇者。
33/33

02


 色んな部屋をのぞいては、クインが汚いと悲鳴をあげるので結局、また外に出て地面に座り込む。のそのそと戻って来たライムも合流した。体の中を花が漂っているところを見るに、素敵な花が咲いている場所を発見できたらしい。


「ふむ、それで? お前、本当に魔王城へ行くのか?」


 口火を切ったキングスレーに同調するようにクインも、行くのか、と重ねた。


「行く」


 二人が顔を見合わせる。おやまあ、と声を漏らすが、それどんな感情から出るやつ?

 セツは俺の胡坐の中に腰を落ち着け、ライムは俺の背に張り付いた。


「行ってどうする。どうせ魔王などおらんぞ」

「我が知らぬ魔王の器などあるはずがない。ライムもコアの存在を感知しておらんのだろう?」


 こっくり、とライムが大きく頷いた。


「それでも行く」

「なぜ?」


 どうせ、とクインが渋面になる。

 そう、どうせだ。どうせ女神が俺を良いように誘い出したんだ。また自分の都合を押しつけようと、俺の悪夢を再燃させた。そんなことはわかってる。


「俺のために行くんだ」


 残してきた未練を、清算するために。


「いつまでも悪夢に魘されてられるかよ」


 いつまでも、女神の好きにはさせない。俺は、もう二度とあいつのために悪夢は見ない。


「急に腹を括りおって……」

「腹が立ったんだよ。魔王なんて茶番に付き合わされて。女神にとって俺はどこまでも都合の良い駒だなって思ったら、いい加減ちゃんと思い知らせるべきだと思ったんだよ」


 ライムに呑み込まれた一瞬で、夢に見たカモミール。二度と会えない、その寂しさを噛みしめて。


「八つ当たりでも私怨でも何でもいい。終わらせようと思った」


 だから魔王に会いに行く。

 魔王城は俺の悪魔の終着点だ。俺は十年前のあの場所から、ちっとも前に進めていない。

 振り回されてやるのはもうやめる。俺の両腕はもういっぱいで、これ以上、邪魔なものは抱えていられない。

 生きてほしい。カモミールがそう言ったから。生きてみよう。俺が自分で、そう思いたいから。そのために、もう少しだけ、頑張ってみたいと思ったから。

 再来したという魔王。いもしない魔王をそれでも斬るために、魔王城へ行く。


「何じゃ、改心にはそうかからんかったか」

「十年もいじけて、どうなることかと思ったが」


 このじじい共、わざとらしく溜め息なんぞ吐きやがって。ホッとしてんのバレバレなんだよ。生温かく見守るな。むず痒くなるからやめろ。


「儂らは何をするばいい」

「何でも言え。何でもしてやる」

「まずは体を休める。しばらくは魔法なしだ。(なま)った体を研いで、(にぶ)った勘を磨き直す。付き合ってもらうぞ」


 せっかく魔族領の奥にいるんだ。こうなりゃ瘴気でも何でも糧にする。

 無尽蔵に生成する魔素をそれでもギリギリまで消費してる今の状態じゃ、俺は何もできない。


「それから、俺が全力で暴れても困らない場所が欲しい」


 キングスレーとクインが顔を見合わせた。


「ダンテ、そりゃ無理じゃ」

「国どころか大陸が吹っ飛ぶぞ」

「やってみてから言えよ!」


 何でもするって言ったじゃん。

 肩を落とす俺の背後で、ライムが花を差し出した。名前は知らねえけど、青い花弁の綺麗な花だ。それを見て、キングスレーが手を叩いた。


「ダンテ、ライムが根城にしておったところならどうじゃ?」


 ライムのかつての根城。

 クインも納得したように頷いた。


「ここからそう遠くない。ライムが食い漁って、もう岩くらいしかなかったな。ダンテ、あそこなら魔族もおらん。多少、地面を抉ろうが吹き飛ばそうが焼き払おうが、文句を言いにくる命知らずもおらんだろう」


 食い漁った、と言われ、ライムが拗ねたように俺の体をきつく抱きしめた。

 消化の加減ができなかった頃のことを、ライムは今でも気にしている。俺と契約して魔力供給があるからこそ、忘れていられる空腹だ。

 満たされない飢えは、ライムのせいじゃない。慰めるために体を撫でてやる。


「確かに、あそこなら広いし誰にも迷惑かけねえかもな」

「では、決まりじゃな」


 一つ決まった。


「ライム、お前には嫌な過去かもしれないけど、過去のお前のおかげで今の俺が助かった。ありがとう」


 見上げた頭ごと胸までばっくり呑み込まれた。体内を漂っていた花が鼻をくすぐる。


「こ、子どもらはどうする?」


 キングスレーの問いに、ライムは渋々と言った風ではあったが吐き出してくれた。


「フェルが遊びまわるにも広い場所は都合がいいだろ。しばらくはあいつとじゃれつつ体を慣らす。クロエには魔法の手解きでもしてやってくれ。放った魔法は俺が全部食う」

「悪食は嫌いなんじゃなかったかのう」

「もういいよ。カッコつけてもカモミールは惚れ直してくれねえし」

「……そこまで腹を括ったか」


 うるせえ。

 いつまでも憶えてる。忘れたりしない。でも、縋っても生きろと背中を蹴っ飛ばしてはくれないんだ。歯を食いしばって腹を括ったフリをしてるんだから、黙ってろ。


「ふむ、そうと決まれば――」



「ダンテ!」



 雷が落ちたような轟音に、地面から尻が浮いた。

 慌てて洞窟の中に首を突っ込むと、憤怒の表情でフェルがこっちへ向かっていた。その少し後ろを、べそをかいたクロエが追っている。案内しただろうセツの目は死んでいる。


「フェル様、待って! お願い待って違うのぉ!」


 聞こえていないのか、あるいは無視しているのか。フェルはずんずん進んで俺の前で仁王立ちした。


「ダンテ!」

「はい、ダンテです」

「クロエ泣かせた! 謝って!」


 びしっと指を突き付けたフェルに、クロエが泣き縋る。


「謝らないで! 謝られたら舌を噛み切って死んでやる!」


 そこまで?

 思ったが何も言わず、フェルの様子をうかがう。ぽかーん、と口を開けて俺を見ていた。見ないで?


「ダンテ、泣かせた」

「うん、俺が泣かせた」

「謝らない?」

「うん、謝らない」

「クロエ、それでいい?」

「いいから謝らないで! フェル様お願いそっとしてて!」


 涙目のクロエに金切り声で迫られ、フェルはぎこちなく、ゆっくり頷いた。


「はい、じゃあこの話はおしまい! 解散!」


 うきゃあああ、と。奇声をあげながらクロエは洞窟へ戻って行った。セツが目を殺したまま追いかける。


「ダンテ、何の話してる?」

「ま、……魔王城に行く準備の話」


 ぎゅ、と小さな拳に力がこもった。けれどそれだけだった。


「フェル、何かする?」

「明日からしばらく俺と追いかけっこ」

「ふーん……?」

「あと狩り」

「わかった」


 首を傾げつつではあったが、特に何かを言うでもなくフェルは頷いた。

 言いたいことをうまく言葉にできない、と判断した方が正しい気もする。気休めにもならないだろうが、言葉を吐く。


「たくさん食って、たくさん遊んで、しっかり眠って。そしたら魔王城に行って、旅行はおしまいだ」

「おしまい……」


 少しだけ寂しそうな声に、思わず破顔する。

 後ろ向きな気持ちばっかりで始まったはずのこの旅行のことを、前向きに受け取ってくれている部分もあるんだろうか。もしそうだとしたら、俺は嬉しい。


「そう、おしまい。またみんなのところに寄って、家に帰ろう」


 アンジェリカのサーカスに参加して、バルトと駆けっこして、子ども達と遊んで、エレーナの飯を食って、シャーラのクッキーを食う。宴会もあるし。


「楽しいことばっかり?」

「そ、楽しいことばっかり」

「ヒヒ……楽しみね~」

「そうだな」


 楽しいことをしよう。しんどいことを頑張ったら、あとはもう、楽しいことだけしよう。


「ダンテよ、我らとも遊べ」

「そうじゃそうじゃ。儂らだってかくれんぼとかしたいぞ」


 じじいが二人、立ち上がって主張する。

 かくれんぼってところが、ちょっと控えめだった。子ども相手に体力で負ける自信があるらしい。


「俺が本気出して遊ぼうとしてんだぞ。かくれんぼなんざぬるいことやってられっかよ」


 俺はもう隠れないって決めたんだよ。隠そうとすんな。

 フェルと何度かしたことがあるものの、俺の魔眼のせいで盛り上がったためしがない。フェルの中で、かくれんぼは何が楽しいかわらない遊びの筆頭だ。つまらなそうにしているフェルに声をかける。


「腑抜けたじじい共を鍛え直してやれ」

「鍛える?」

「俺はこれから飯を作るから、その間、二人と鬼ごっこしてろ」

「鬼ごっこ! やる!」


 歓喜の表情を浮かべるフェルに対して、二人は途端にげっそりした。やる前から勝てると思ってない。しかし、フェルが見上げるとすぐさま満面の笑みを貼りつける。


「フェルが鬼! 十数えたら追いかける!」


 やる気満々。


「フェル、じじいだからな。二十にしてやれ」

「わかった! いーち、」


 はっや!

 オロオロする二人を尻目に、フェルは両手の位置に手を添えどんどん数を数え進める。真っ先に動いたのは、ライムだった。のそのそと俺の背から離れ、触手を伸ばし、二人の体を抱えて森へ入って行った。


「フェル、ライムも参戦」

「いいよ! なーな、はーち、」


 上空を、セツの分身が数羽、旋回しているのを確認する。見てなくても、この面子なら何もないだろうと思うが、警戒するに越したことはない。

 ライムにもらった青い花を、一言も喋らずじっとしているセツの頭頂部に挿す。抵抗もしない。


「にーじゅう。フェル鬼!」


 ぱっと駆け出したフェルを、背が見えなくなるまで見送って。それからたっぷり、深呼吸を五回できるくらい待って。


「ぎゃあぎゃあ」


 セツが鳴いた。


「随分と静かだったなあ、セツ」

「ぎゃあぎゃあ! 俺様だって静かにできるんだぞ!」

「そりゃそうだ」


 花が挿さったままの頭を撫でる。


「ダンテ、考えたのか?」


 何を、とは言われなかった。けれど、考えるべきことならいくらでもあった。ありとあらゆることを、後回しにしてきた。

 セツが言っているのは多分、例の話。俺の代わりに考えてくれたという、旅の終わりについてだろう。


「そうでもない」

「ぎゃっぎゃっぎゃ! だと思ったぜ」


 魔王城へ行って、魔王を斬って、あとは楽しいことだけする。

 単なる思いつき。感情に任せて言ってるだけ。考えた、と胸を張れるほどのことは何も考えてない。


「超すごい俺様が考えてやってるんだぜ。聞きたいか?」

「是非、超すごい考えを教えてもらいたいもんだな」


 でも、と嘴を開いたセツを遮る。


「俺も考えるから、俺の考えがまとまったら答え合わせしようぜ」


 こればっかりは、誰かに考えてもらうんじゃ駄目だ。俺が自分で、生きてみよう、と思いたいんだから。そのためにどうするか、何をするか。俺が考えて、決める必要がある。


「ぎゃっぎゃ! 一人で決められるのか?」

「いいや、一人じゃ決めねえよ」


 首を傾げたセツの頭を撫でる。


「俺が一人で決めたことって、ろくな結果を招いてねえからな」


 一人で決めて魔王城へ行った。結果は散々なもので、俺はカモミールのそばにいないことを選ぶような男になった。

 一人で決めて森へ引きこもった。結果はそりゃもうひどいもんで、大事だったはずのみんなを散々に待たせて、傷つけた。俺一人の決定で、みんなを巻き込んで苦しめた。


「お前とおしゃべりできないのが寂しいなんて、気づきもしなかった」

「バカンテ」

「後悔ばっかりで、身動きとれねえよ」

「ダサンテ」

「そうだよ。俺はバカだし、ダサいんだ。だからみんなに助けてもらおうぜ。ちゃんと考えて、今度はみんなで決めよう」


 可笑しそうに、セツが笑う。


「ダンテってば、俺様たちがいないとダメダメだな!」

「そ、みんながいてくれないと、息もできない」

「しかたないから、助けてやるんだぜ」

「ありがとう、セツ。愛してるぜ」

「俺様もダンテのこと愛してるぜ。ぎゃっぎゃっぎゃ!」


 翼をバタつかせてはしゃぐセツを撫で回す。

 頼ろう、任せよう。信じてるんだ。

 幾分すっきりした気持ちで空を見上げる。さて、そろそろ飯を作ろうか。何を作ろうか。そういえば我が家の鶏もどきはどうしているだろう。何も言わずに出てきたが、寂しがっていないだろうか。

 のんびりそんなことを考える俺の耳が、変な音を拾った。ものすごい勢いで迫ってくる。


「あはははは!」

「ぎゃあああああ!」

「いぃぃやああああああ!」


 三重になった声が樹々を揺らす。

 セツを抱え立ち上がり振り返った瞬間、満面の笑みを浮かべたフェルと、顎をガタガタ言わせているキングスレーと、号泣しているクインが飛び出してきた。びくりと震えたセツが逃げ出し舞い上がる。三人とも、真っ直ぐ俺に向かって走り、そのまましがみついてきた。衝撃で背骨が軋む。


「ダンテ!」

「ダンテ助けて!」

「ダンテ我まだ死にたくない!」


 何に襲われたんだよ。

 上空のセツを見る。報告しなかったことを責められるとでも思ったのか、既に飛び去った後だった。フェル達について行ったはずのセツも姿を見せない。


「えーと、……?」


 何があった、と問うとして、しかし口を開くより早く答が姿を現した。


「……」


 森の木々を薙ぎ倒し、巨体がのっそり顔を出した。

 後ろへ撫でつけたブルネット、真紅の双眸。今日はわざとらしい笑みはなく、代わりに憤怒の形相で口を引き結んでいる。安物の服はやめにしたのか、お出かけ用の服なのか。黒いタキシードをビシッと着こなしている。……軽く大陸を吹き飛ばせる程度の、大悪魔の本気装備だった。じじい共がビビるわけだ。

 ギャビンは強い。とにもかくにも強い。出会い方を間違えてたら、あの頃の俺達なら全滅しててもおかしくなかった。ギャビンの奴、魔王軍の最高戦力のくせに人間領にも平然と散歩しに行くんだもんな。


「何しに来たんだ、お前」


 心なしか、先日よりも体が大きくなってる気がする。膨張した魔力がはみ出してそう見えるだけかもしれんが。


「貴様を殴りに来たのだ」


 決まっているだろうが、と。決めつけないでほしいことを憎々しげに言い放つ。


「今から飯なんだけど」

「……」

「飯なんだけど」

「こちらへ向かう途中でぶつかった水晶猪がある。食わせてやるといい」


 よく見ると何かを引きずっている。差し出されたまま素直に受け取ると、それは確かに水晶猪だった。食べ応えのありそうな巨体だ。体中に生えている水晶は、ぶつかったらしい右半身だけ見事に粉砕されている。


「助かる。ありがとう」

「食事が済んだら殴る」

「明日以降にしてくんねえ? 俺、今はちょっと耐えられそうにないから」


 しばらく魔法は使わないつもりでいる。魔素の消耗で肉体強度も多少は落ちているだろうから、ギャビンに殴られたらぺちゃんこになるかもしれない。


「ふむ、では調子が戻ったら言え。その時に殴る」


 いや、殴る予定を中止してくれよ。お前に殴られたら俺だって痛いんだぞ。

 言おうと開いた口は、しがみついたままのキングスレーの腕が塞いだ。骨がゴリゴリして痛い。クインはなぜか俺の肩に噛みついて血を吸ってやがる。怯えた赤ん坊じゃねえんだから、指吸の感覚で吸血してんじゃねえよ。フェルはフェルで楽しさがあふれているんだろう。俺にしがみついたまま足をバタつかせ、そのせいで腹に膝が打ち込まれ続けている。


「吾輩はライムを回収してくる。貴様は食事を済ませろ」


 がっちり固定された首を動かして、辛うじて頷いて見せる。


「追っている際にぶつかって吹き飛ばしたのでな、可哀想なことをした」


 俺にもその優しさの欠片でも与えてほしいんだけどな。


「くだらん。貴様には拳で十分だ」


 要らねえよ。

 拒絶する俺の心の声を無視して、ギャビンはさっさと背を向けてしまった。かと思ったらすぐ振り返ってキングスレーに指を突き付ける。


「しばらく滞在する。掃除しておけ」


 言うなりすぐさま踵を返す。

 視線だけでキングスレーの様子を窺うと、流れないはずの涙が浮かんでいるように見えた。雨だろうか。……震えるのやめてくれねえかなぁ。振動でクインの牙がざっくざく刺さってすごく痛い。ていうかいつまで吸ってんだこの吸血鬼。

 塞がれた口じゃ苦情も言えない。肩もまともに下ろせない俺は、しかたないので渾身の力でしがみつくじじいを振り払うことに決めた。


「~~~~っっ離れろ!」


 ぎゃーん、と泣き言を吐くじじい共に混じって、フェルの楽しそうな笑い声が木霊した。

 

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