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お伽噺の後日談  作者: かたつむり3号
第五章 ダサくてバカな、それでも勇者。
32/33

01


 キングスレーの仮住まい、クインの家、例の地下迷宮の前まで戻ってきた。まだ夜は深く、辺りは静かだ。大人数の転移もしんどい。やっぱり、ちゃんと休息して使い過ぎた魔素を回復しねえと駄目だな。

 転移を終え直近の予定に思いを馳せる俺の顔に、セツが飛び込み貼りついた。


「ダンテ! 俺様ったら食べられちゃうんだぜ!」

「……ふはいへひひ」


 羽毛に埋もれて、言葉がぼやける。両腕が塞がった俺の代わりに、ライムが引き剥がしてくれた。


「具体的に言え。誰に食われる」

「みんなだぜ! みんなダンテのとこに行くって、俺様の毛を毟るんだぜ! 助けてダンテ! 俺様の美しさが損なわれちゃう!」

「……すぐ出発するわけじゃねえし、一度にみんなを呼んだら俺の魔素は枯渇する。せっかちさん共め、って伝えとけ」

「ぎゃあぎゃあ! 魔獣狂いに捕まった! わーんダンテ! カッシュが今夜は焼き鳥だってウキウキしてるんだぜ!? ぎゃ!? ユリウスには負けねえんだぜ!」

「……」


 楽しそうだな。ていうかユリウスもこっち来るつもりなのか。


「ダンテ、みんな来る?」


 きょとん、と首を傾げたフェルに怯む。


「フェル、全部ちゃんと話すから、今はちょっと待って」


 俺が腹を括るまで、ちょっと待って。


「わかった」

「ありがとう。とりあえず中に入ろうぜ」


 踏み出そうとして、失敗した。左腕が重い。見れば、クインが腕を引いて蹲っていた。抱えたクロエだけは辛うじて落とすまいと踏ん張っている。


「何やってんだ、お前」

「だ、ダンテ……腰が抜けた」

「……」


 転移魔法でビビったらしい。本当、こんなんが現存する吸血鬼の長でいいんだろうか。心配だ。


「ライム、悪いんだけどクロエを運んでくれるか? 女の子だから、優しくな」


 こっくりと頷いたライムが触手を伸ばし、ゆっくり優しくクロエを抱き上げた。……クロエの奴、白目むいてる。


「ほら、行くぞ」


 クインの体を雑に担ぎ上げ踏み出し――損ねた。

 洞窟の奥から、赤い炎が二つ、揺れながら姿を現した。キングスレーだった。

 金糸の刺繍が施された上等な黒のローブを着て、手には真紅の宝石がはめ込まれた杖を握っている。腕には金のブレスレッドまで装備している。

 元魔王軍幹部キングスレーの、本気装備だった。


「何やってんだ、お前。戦争でもすんのか?」


 この国くらいなら軽く吹っ飛ばせる戦力だ。俺と殺し合おうって時の装備を引っ張り出してくるなんて、よっぽどだぞ。


「貴様が言ったんじゃろうが。同行するぞ!」

「……せっかちさんめ」


 すぐには行かねえって。俺を魔素の枯渇で殺す気か。


「何じゃ、今すぐではないのか」

「魔素の回復が先だよ。それよりほら、家主を連れて帰ってきたぞ」

「おお、おかえりクイン。ライムも久し振りじゃのう。……クイン、いくら懐かしいからといって、抱っこをねだるような歳じゃなかろう」


 抱っこじゃねえよ。

 俺より先に、クインが怒鳴った。


「腰が抜けてるだけだから! 抱っこをねだったことなんて今も昔もないから!」

「どちらでも変わらんくらい情けない姿じゃのう。何じゃ、その娘はまた気絶しとるのか」


 どいつもこいつも。


「まあ良い。すぐ行かんのなら、中に入って休め。ほれ、クインは儂が運ぼう」

「よろしく」


 年下の骸骨に横抱きにされる羞恥からか、クインは巡らないはずの血を顔面にかき集めて赤面している。

 微妙な空気の中、俺達は地下迷宮へと戻った。



 絹を裂くような甲高い悲鳴が地下迷宮に鳴り響いた。数歩進むごとに叫ぶので、さすがのクロエも目を覚ました。ライムは悲鳴に耐えられず、花を探しに外へ逃げ出した。

 どこを見ても結果は変わらないと悟ったクインの反応は早かった。髪を振り乱しながらキングスレーの頭を鷲掴み、怒りに任せて振り回している。


「日に一度は掃除をしろとあれほど言ったろうが! お前を住まわせてやるのは掃除をする条件を満たす場合だけだ馬鹿者が! 汚い! 不潔! こンの汚物骸骨が!」


 さっきまでの恥ずかしい姿が嘘のよう。アンデッドの長に相応しい雄々しさでブチ切れている。本気装備だというのに、キングスレーはされるがまま宙を舞っている。


「だ、ダンテ……クインさんって怖いんだね」

「魔王軍の幹部だった連中は、みんなあんな感じだぞ」


 むしろ今はまだ大人しい方、ということは黙っておく。

 キングスレーはあれでも元人間。生粋の吸血であるクインにはどう足掻いても勝てないし、力関係が逆転することは今後もない。そんなクインも、悪魔の長をやってるギャビンには勝てねえけど。生きた年月だけじゃない強さの基準。


「ダンテ、ダンテもやって!」


 震えるクロエとは違って、フェルはご機嫌だ。


「やらない」

「何で!」

「俺がやるとキングスレーもクインも死んじゃうから」


 怒り狂ってるクインと取っ組み合いなんかしたら、俺だって加減を忘れかねない。吸血鬼は力の権化だぞ。人の頭蓋を割るのに遠慮がねえんだあいつは。


「ダンテが一番?」

「俺が一番、最強」


 バカになってる魔力器官が生成する魔素を限界まで使って、吸収した瘴気ばっかりが体内を巡ってる今は、そう最強でもないけど。


「ふふ……ダンテ強い」


 フェルの奴、最近はやたら俺の強さにこだわるな。キングスレーがしたっていう俺の話と何か関係があるのか?


「クロエ、俺フェルと大事な話があるから、お前セツと部屋に行ってろ」

「わ、私にはないの? 大事な話」

「フェルの後でな」

「わかった……」


 拗ねんなよ。

 ガシガシと乱暴に頭を撫でまわし、さっさとそばを離れる。どこか適当な部屋に入ろうかとも思ったけど、キングスレーが掃除してない部屋に入る勇気はなく、しかたないので外に出る。

 フェルを地面に下ろし、俺も地面に座った。


「ダンテ?」


 深く息を吸う。


「フェル、ここでちょっと休憩したら、」


 言葉に詰まる。しっかりしろよ。逃げ回っても、先延ばしにしても、意味なんてないんだ。


「魔王城に行こう」

「っ……!」


 フェルが小さく息を呑んだ。


「ま、魔王……?」

「魔王のためじゃない。俺のために、魔王城へ行く」


 ついてきてほしい。

 言葉にするのに随分とかかった。


「一人じゃ怖くて行けねえんだ」

「フェルがいたら?」

「フェルを守るって約束したから、フェルのためなら頑張れる。だからさ、臆病なおじさんのこと助けてくんねえ?」


 お願い、と声も体も震わせる俺を見て、フェルの双眸も震えた。


「だ、ダンテ……フェルがいないと、ダメダメね」


 濡れた双眸で、震える口で、それでも笑ってくれるフェルに俺も下手くそな笑みを返す。


「うん。俺はフェルがいないとダメダメだ」


 フェルがいてくれないと、フェルを言い訳にしないと、何もできない。


「フェルはダンテのこと、大嫌いじゃない」


 いいよ、と。言葉と一緒に大粒の涙がフェルの頬を濡らした。


「そっかぁ……そりゃあ、嬉しいねえ」


 伸ばされた腕をとり、抱きしめる。背を叩いてやると、涙はますますあふれ俺の肩を濡らした。

 終わらせる。

 俺の悪夢は、ここで終わらせる。逃げ回るのも、隠れるのも、終いだ。



 ひとしきり泣いたフェルは、泣き疲れたのかそのままコテンと寝た。抱えて地下へ戻ると、キングスレーがクインにしばかれながら掃除をしていた。


「後で俺と会話できるだけの元気は残しとけよ。大事な話だから」

「だ、ダンテ助けて……」

「いざとなればキングスレーは頭だけ持って行く。安心しろ」

「わかった」


 キングスレーの悲痛な叫びは無視した。掃除しなかったお前が悪い。

 さっさと通り過ぎクロエが待つ部屋へ入る。


「あ、ダンテ。フェル様は寝ちゃったの?」

「ああ」


 体を横たえ、もこもこした毛布でくるんでやる。


「そ、それで大事な話って?」


 背筋を伸ばして座り直したクロエの正面に俺も座る。フェルに話す時と比べれば緊張はない。言葉はすんなり口から滑り出た。


「魔王城へ行く」

「まっ! ……魔王城?」


 クロエは仰天して大声が出た口をぺちん、と塞いだ。


「俺の調子が万全な状態に整ったらな。昔の勘も取り戻さねえといけねえから、すぐにとはいかねえけど」


 無尽蔵に魔素を生成する魔力器官。頑丈さだけが取り柄の肉体。かつての勇者が備えていた粗末なものでは駄目だ。

 練り上げる。研ぎ澄ます。

 腐り落ちた魂を抱えて、本当に腐っていた頃の勇者とはおさらばだ。俺はダンテ。ダサくてバカな、ダンテだ。カッコつける必要なんてない。泥臭く行こう。


 胸を張れることの一つもない、誇れることなど何もない。意気地なしで愚かな俺が、それでも今度は守れるように。

 愛した全てを、守れるように。


「ダンテ」


 クロエの双眸が不安そうに揺れた。


「魔王城って、それって……魔王を斬りに行くの?」

「けじめをつけに行くんだよ」

「けじめ、って……?」

「勇者が逃げ出して放置したことの片付け」


 臆病で、意気地がなくて、カッコ悪くて、何もできなかった愚かなガキ。惚れた女にファーストキスを奪ってもらっておいて、自分はキスの一つもできなかった根性なし。


「ダンテは、勇者だったの?」


 それはいつかも聞かれたことがある。いつの間にか、クロエの声は涙に濡れていた。


「いいや、俺は勇者なんてやったことない」


 くしゃり、と歪んだクロエの頭を乱暴に撫で、髪を乱すフリをしてうつむかせる。

 俺は勇者だったことなんてない。クロエが望む答は、それだけは絶対にあげられない。それでも、過去には向き合おうと、そう決めたから。


「でもお前のことを忘れたことはねえよ」


 イルコ、と。初めて、面と向かって呼んだ。


「俺に救われてくれて、ありがとう」


 カモミールのことを覚えていてくれた。惨めな俺を、それでも愛してくれた。うつむいたクロエから滴った涙が、床を濡らした。


「わ、たし……こんなに綺麗になったの。こんなに元気になったの」

「うん」

「名前を呼んで欲しかったの」

「うん」

「あの時、私のことを助けてくれてありがとう。おばあちゃんのところに連れて行ってくれてありがとう」

「うん」

「名前をくれてありがとう。すごく嬉しかった。おばあちゃんがくれた名前と同じくらい、ダンテがくれた名前も大事なの」

「うん」

「勇者だからじゃないの。ダンテだから……ダンテのこと、大好きなの」

「うん、ありがとう」


 腐ったままいじけていた俺を、それでも好きだと、そう言ってくれる。受け取る努力をすべきだろう。慣れる努力をすべきだろう。


「ダンテは、……ダンテも私のことが好きでしょう?」


 優しい、優しい女に育った。俺が傷つく前に、自分が傷ついて。クロエが俺に向けてくれる愛情と同じものを返せないと、自分で気づいて口を噤んでくれた。


「ああ、クロエのことも大事だ」

「っ、……うん」


 弱々しい声が名を呼んだ。


「私これから泣くから。すごい声で泣くから。大声で泣きまくるから。だから、」


 聞かないで。

 懸命に嗚咽を呑み込むクロエの頭を今度は優しく撫で、立ち上がる。


「俺しばらくは耳の調子が悪いから、何も聞こえねえよ」

「うん……」


 フェルを連れて行こうか少し迷って、慰めてくれる相手は必要だと思い直し一人で部屋を出た。

 少し歩いて、ちょうどこちらへ向かってくるクイン達と鉢合わせた。キングスレーはちゃんと自分で歩いている。どうやら頭だけでなく、体も参加を許されたらしい。……肋骨が一本、見当たらねえけど。気づかなかったことにしよう。


「何だ、どこか行くのか?」

「今あの部屋は立ち入り禁止」

「なん――」


 わーん、と。クロエの泣き声が響いた。

 泣く合間に吐き出され流れてくる言葉を聞いて、クインが渋面をつくる。キングスレーも肩を竦めた。


「……罪作りな男だな、ダンテ」

「お前さんに惚れてもいいことなどないのにな」


 俺の心はカモミールにやった。みんな知ってる。最近になって忘れて行った欠片を見つけたけど、それでも心は、カモミールの独占だ。

 俺が心を渡すのは、いつだって、いつまでも、カモミールただ一人。他の誰にも、譲ってやらない。この世でただ一人、俺の唯一は永遠の果てまでカモミールのものだ。


「いいから行くぞ。魔王の話だ」


 ぐだぐだと俺の駄目なところを吐き出す二人の首根っこを掴んで移動する。どこからかセツも飛んで来て合流する。

 波のように響くクロエの泣き声は、俺の耳には届いていない。俺は何も、聞いていない。

 

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