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お伽噺の後日談  作者: かたつむり3号
第四章 七つの大罪が何だって?
31/33

08


 目を開ける。

 目の前に広がる満天の星空に、俺は思わず破顔した。けれどこぼれた笑みは自嘲に近くて、情けなくて死にたくなる。

 ――俺も懲りない。


『ダンテ君、私はダンテ君を待ってあげない』


 俺の記憶の、たった一度だ。大嫌いだったはずの夜を、煌めく星が降ってきそうなほど瞬く空を、覚えていたいと思った。


『ダンテ君が眠った時、笑顔で迎えに行ってあげたりしない』


 死は恐ろしくないと、快活に笑う女だった。大嫌いな女神から離れられる、それが嬉しいから怖くない、と。

 星の巡りと女神の運命において選出された今代の聖女。魔王を封印する。そのためだけに用意された聖女の力は、カモミールには重過ぎた。膨大な魔力は肉体を蝕み、癒しを司るはずの力は猛毒となってカモミールの命を食い潰した。


『ごめんね、ダンテ君。いつか聖女じゃない私に転生して、勇者じゃないダンテ君と普通の女の子みたいにドキドキしたい気持ちはあるの』


 もう記憶の中でしか会えない。夢の中でさえ、俺が覚えているだけのカモミールとしか会うことができない。


『でもごめんね。私の魂はこの一度で終わりにする、決めたの。だからダンテ君、私の我儘を叶えてくれないかな』


 いいよ、何でも言えよ。全部、叶えてやるから。

 助けたい、と初めて思った。救いたい、と初めて願った。無理だと知っていて、それでも諦められなかった。何でもかんでも諦めていた俺の、何もかも嫌になっていた俺の、未練。誰か、どうか――俺が、カモミールの勇者になれたら。


『覚えていてほしい。私のことを忘れないでほしい。私はダンテ君を置いていくひどい女の子だけど、ダンテ君に嫌われたくない。ずっと、一番、好きでいてほしい。ダンテ君が一番好きで、ダンテ君だけが好きなまま私は死ぬから。ダンテ君には私のことが一番好きで、私だけが好きなまま、生きてほしい』


 ひどい話だ。その我儘を叶えたら、俺は死ねないじゃないか。死ぬまで生き続けなきゃいけない。一番好きな女に置いて行かれるのに。俺が死んでもその先に、カモミールはいないのに。


『ダンテ君には私の心の一欠片だって残してあげないけど、ダンテ君の心は私がもらっていく。誰にもあげない』


 なんだよ、本当に我儘だな。俺ってばあげるばっかじゃねえか。……でも、いいよ。それでお前が寂しくないなら、俺の心はカモミールにやる。

 伸ばされた手が頬に触れた。瞬き一回分。唇が触れた時間はそれだけで、そしてそれが最初で最後だった。


『ふふ、これも私がもらっていくね。ちなみにこれは、私もあげるの初めてだから』


 ダンテ君だけ、特別ね。

 赤く染まった頬を誤魔化すように笑んだ顔を見て、俺は腹を括ったんだ。記憶の中、思い出だけ置いて行くひどい女でも、寂しさばかりを植えつける我儘な女でも。それでも愛すと、そう決めた。何一つ忘れない。全てを憶えて、独りで抱えて生きていく、と。決めたから、笑った。


 うん、やるよ。カモミールの我儘は、俺が全部叶えてやる。

 腕を引いて、痩せ細った体を抱きしめた。寄り添って熱を分け合って眠った夜は数知れず。最初は二人で、そこにバルトが加わって、仲間が増えて。男女で分かれて眠るようになってからも、時折カモミールは俺の隣へ来て眠った。そんな日はみんな、そっと背を向けて知らん顔してくれていた。

 慣れた体温が隣にいないと心が裂ける。幾度もそんな夜を越え、繋いだ手の指が細くなるたび、軽くなる体を感じるたび恐ろしくて。どうにかしてやりたくて。けれど結局、俺は何もできなくて。そうして俺は、最後の最後でカモミールのそばからも離れた。

 綺麗な時だけを覚えていてほしい、とカモミールが言うから。生きてほしい、とカモミールが言うから。

 カモミールが目を閉じる瞬間そばにいないことで、俺は約束を守った。そばにいて、見届けたらきっと、俺はその場で自分の心臓を潰したから。連れて行ってほしい、と駄々をこねる心ごとカモミールに預けた。


 ありがとう、と言ったカモミールの目端から滑り落ちた涙には、気づかないフリをした。


 夢はいつもここで終わる。どれだけ拒んでも、どんなに縋っても、この続きはない。夜空で始まるカモミールの記憶はこれでお終いだから、これ以上は見られない。

 俺はそれが寂しくて、あげたはずの心が裂けんばかりに泣き叫ぶ。



 目を開ける。

 目の前を、カモミールの花が流れて行った。同時に、ゾンビの腐った腕が通り過ぎる。


「……」


 半透明な体の向こうで、フェルが俺を指さして笑っている。クインも俺を指さして笑っている。クロエをきちんと抱えているので、殴るのはやめてやろう。

 どうやら呑み込まれた衝撃で一瞬、気を失っていたらしい。そりゃそうだ。スライムに丸呑みにされたら誰でも驚く。

 手を伸ばして、ライムの体内から脱出する。


「白目を剥いてたぞ、ダンテ」

「ダンテ、変な顔」


 言ってろ。

 ライムの体は触れると濡れたような感覚があるが、実際に濡れたりはしない。不思議なもんだ。濡れた感覚だけが残るせいで、どうしても落ち着かないけど。

 背後から伸びてきたライムの触手が俺の胴に回される。今度は呑み込まれなかったが、代わりにぴったりくっついて離れない。


「久し振りだな、ライム。元気だったか?」


 返事の代わりに、カモミールを一輪、差し出された。


「ありがとう。綺麗だな」


 受け取り礼を言う。胴に回った触手に力がこもった。

 ライムは言語で意思疎通できない。一応、口やら目やらを形作ってくれてはいるが、体が流動体なためそこから感情を読み取るのは不可能だ。身振り手振りで激しく感情を表現してくれる奴で本当に良かった。


「ライム、」


 どぷん、と頭だけ呑み込まれた。……お、俺も会えて嬉しいよ。

 満たされない空腹を抱えていたスライム。体内に閉じ込めた全てを消化して、ライムの通った後には草花の一本も残らないと恐れられていた頃とは大違い。花が好きで、でも触れると消化してしまうと泣いていた優しい奴だ。俺を食ったりはしないだろう。多分。


 ――ごめんな。


 吐き出す言葉すら呑み込むライムの体内を良いことに、フェルには聞かせたくない話をしてしまう。


 ――ライム、とりあえず全部を後回しにして、嫌な話をさせてくれ。


 大事な話だ。先に済ませて、結論を出したい。

 不満なのだろう。包まれた頭が、ぎゅむぅ、と圧迫される。


 ――魔王城のコアのことだ。


 魔王城の地下にあったコア。全ての元凶、女神の悪意の塊。俺を、いまだ人間から遠ざける要因。


 ――現れたという魔王も、コアを持ってるか?


 魔王軍で唯一、コアに対抗できたライム。魔王が生み出す軍勢を食って消化しぶっ殺せたライムには、新たなコアの発生がないか監視をお願いしてある。

 魔王、そしてコア。切っても切り離せない二つの条件。限りなくいない方に傾いた魔王はともかく、コアが発生したとなれば状況は一変する。


 頭に纏わりつくライムがますます力を込めた。そして、――足が浮いた。浮遊感に包まれる、視界が乱れる。……ぶん回されている。おそらくは首を振る、という動作なのだろうが、俺の頭を咥えたまま、俺の体ごと左右にぶん回すせいで目が回りそうだ。


 ――ら、ライムありがとう。十分わかった。嫌な話は終わりにしよう。


 がぱっと頭が解放された。振る勢いのまま、拘束がなくなった。もう自分の体がどっちへ向かっているのかわからない。すさまじい勢いでどこかへ吹っ飛んで、おそらくは墓石か何かにすさまじい音を立ててぶつかり停止した。……俺の頭蓋、割れてない?

 くらくらする頭を押さえながら立ち上がって、ライムたちのそばへ戻る。


「ダンテ、ライムはまだ幼い。あまりいじめて怒らせるなよ」


 顔を顰めたクインが、どうしてかそんなことを言う。


「どう見ても、今のは俺がいじめられてたろ」

「寂しがり屋のライムを十年も放っておいたんだぞ。あんなものは、頭を撫でられたのと変わらん」

「えぇ……」


 頭蓋は割れたかと思ったし、首もちょっとやったかと震えたんだけど。

 ライムは抱える空腹を抑え、大好きな花を体内で消化してしまわない加減を覚えるため、俺と契約している。条件としてはディーナ達と変わらない。俺の状態はある程度、薄ぼんやりと感じることはできたはずだ。

 俺の森に来るのではなく、大好きな花を愛でるため外にいたいと選択したのはライムだし、多少は大目に見てほしい。

 再び胴に触手を回し、ぴったり体をくっつけたライムを見上げ、フェルが俺の足を登ってきた。


「ダンテ、何の話してた?」

「ん~……再会を喜ぶ前の野暮用」

「それ何?」

「帰ったら話す」


 コアはない。なら、もういい。結論は出た。セツを呼ぶ。


「ぎゃっぎゃ! スライムに食われた気分はどうだ?」

「冷たくて気持ちがいい」

「ぎ、……そうか」


 背中がちょっと、ライムの体内に沈んだ。カモミールの花をもう一輪、差し出される。感想には満足してもらえたらしい。


「それよりセツ、全員に伝言しろ」


 魔王城に行く。

 声に出さず伝えた内容に、セツが動揺しバランスを崩した。ライムの体に頭から突っ込む。


「……」


 引き抜いてやる。ついでに、刺さりっぱなしのゾンビもすべて引き抜く。


「ぎゃあ。ダンテ、本気か?」

「すぐじゃねえけどな。結論が出た。これ以上はぐずぐずしてらんねえよ」

「ぎ、ぎゃっぎゃ! わかったんだぜ」


 迷いはあるようだが、セツはそれ以上何も言わず飛び去った。何か察したのか、フェルはしがみつく腕に力を込めた。見上げる双眸が不安そうに揺れる。

 腕を伸ばし、抱き上げる。物言いたげな視線は無視した。


「クイン、俺達は一旦キングスレーのところに戻る」

「我も行こう。我が家が心配だ」

「ライムも行くぞ」


 フェルの前にカモミールの花が差し出される。


「クイン、お前はクロエ抱えてろ。転移で戻るからこっち寄れ」


 転移と聞いて、フェルが俺の首に腕を回してしがみついた。ライムもより身を寄せ、俺の背が体内に沈む。

 魔力を練――らない。


「……何でお前までくっついてんだよ」


 ぴたりと身を寄せたクインが、俺の腕に自分のそれをぎっちりと絡めた。


「転移など知らん」


 怖い、と目を潤ませるクインにどうしようもなくムカついた。可愛い子ぶんな、可愛くねえから。腹立つばっかだ。

 面倒なので魔力を練ってさっさと転移する。ぎゃあ、とクインの悲鳴が聞こえたが、無視した。

 

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