04
すっかりいじけたセツを抱えて、夜の街を突き進む。
道中、視界の端に映った、熊のような大男をボコボコして笑っているカッシュは見ないフリをした。サキュバス街の警備が仕事なのだろうが、そこらの悪人より野蛮に見える。
アイリスが経営する店は『悪魔のしっぽ』と書かれた看板をぶら下げた店だ。
外観はどこにでもある店のようだが、店先に出してある立て看板に記載された内容は、フェルを留守番させて良かったと思わずにはいられないものだった。端の方に、『悪魔屋、猫の目の商品あります』と書いてある。
中に入ると、途端に甘ったるい匂いに包まれた。魅惑の香でも焚いているんだろう。昼間はカフェをやっている関係上、内装は落ち着いた雰囲気を醸し出しているのだが、薄暗い照明も相まって、残念なことに打ち消されてしまっている。
適当な棚にセツを寝かせ、店内を見回す。
店員はアイリス選りすぐりのサキュバスたちだ。黒で統一された制服は、肩と背中が大胆に開いている。美人なサキュバスが微笑みながら、時には腕に尾を絡めながら身を寄せてくれば、どんな男も骨抜きだろう。いざとなれば、サキュバスが有する魅了の魔眼もある。実際、接客中の何人かは、瞳を潤ませ魅了の魔法をかけていることだし、抗える男はいないだろう。健全ではないが真っ当な商売、ということだったはずだから問題ないのだろう、多分。
忙しいのか、すぐに声はかけられなかった。テーブルもカウンターも空きがないほど客の姿がある。サキュバスはさらに数が多い。広い店内だが、これだけいるとちょっと窮屈に感じる。
のんびり店内の様子を観察しながらアイリスを探していると、不意に、店の一角で椅子を倒す大きな音が響いた。
「ダンテ!?」
その一言で、店内の雰囲気は一変した。
さっきまでにこやかに接客していたサキュバスたちが動きを止め、一斉に俺の方を向く。威嚇するように広げた蝙蝠を思わせる翼を数度、羽ばたかせながらにじり寄ってくる。
口端から耐え損ねた溜め息が細く長くあふれ出した。
「アイリス、頼むからやめてくれ」
俺の泣き言を聞いてくれる女じゃない。わかってはいるが、言わずにはいられない。
案の定、聞き入れてはもらえず、テーブルどころか客まで飛び越えて、
「ダンテェ~!」
猫撫で声で俺の名を呼びながら、アイリスが抱き着いてきた。途端、号令でもかけたように、じわじわと接近していたサキュバスたちが俺に向かって飛び掛かった。十も二十もいるサキュバスを支えるのは至難で、堪らずバランスを崩し床にひっくり返った。強かに打ちつけた後頭部から鈍い音がしたが、気にしてくれる奴は誰もいないらしい。
「待ってたのよ、遅いじゃない。どこの可愛い女の子と遊んでたの?」
「顔が良い野生児に説教されてた」
「あら、あたしより先にカッシュと会ったの? ひどいじゃない、ダンテ」
アイリス。元魔王軍幹部で、サキュバス街の元締めをやってるサキュバスだ。
ゆるく波打つワインレッドの髪が肩口で揺れている。魔王の角を真似ていると言っていた、高い位置で結ばれた二つの団子は相変わらずお気に入りらしい。
チョコレートブラウンの双眸が潤む。
「次はあたしの番。今夜は寝かさないわよ?」
「とりあえず、サキュバス娘たちをどうにかしてくれる? 腕も上がんねえんだけど」
そして、店内で殺気立ってる客たちをどうにかしてくれ。さっきからすごい睨まれてる。見た感じ全員が人間っぽいし、喧嘩になったら大変だ。
「芳醇な魔力はあたしたちにとって最高の食事なの。ダンテは世界一のご馳走だもの、許してあげて。代わりに、好きな子を抱きしめて寝ていいわよ?」
寝かせてくれないんじゃなかったっけ?
柔肌、ということなら確かに柔らかいけど、腕も胸も足も柔らか過ぎて扱いに困る。力の加減をうっかり間違えようもんなら、パンでも千切るようにもぐ様子が目に浮かぶ。
だから、……だから! 頼むから変なとこ触ろうとすんな!
そろそろと下半身に伸びてきた手をそっと退ける。誰の手だ、わからん。撫でまわされてる体がくすぐったいし、降ってくるキスは油断すると口を狙ってくるので気が抜けない。これで寝るのは無理だろう。
「アイリス、頼むよ」
「むぅ……つれないわね」
ぱちん、と指を鳴らす音に合わせて、サキュバスたちが離れていく。でもそばから離れて客の相手をする気はないようで、全員で俺を囲って座ってしまった。客と視線を合わせないよう、うつむきながら上体を起こす。アイリスは俺の腹の上に乗ったままだ。
「あー……客が待ってるぞ」
「あたしのお店に来てくれるお客様はみんな優しいから、旧友との再会を喜ぶ時間くらい待ってくれるわ」
自信たっぷりなアイリスの言葉に、俺を睨んでいた客たちが居心地悪そうに身動ぎした。すっかり手のひらの上だな。
「男の扱いが上手いな、アイリス」
「当然でしょ。さ、あたしの部屋に行ってゆっくりしましょ。好きな子を連れて行っていいわよ」
俺を囲うサキュバスたちの眼光が鋭くなる。おっかねえからやめて。獲物を狙う姫ちゃんだってそんな目しねえぞ。
「俺の甲斐性じゃ、アイリスの時間をもらうだけでいっぱいいっぱいだよ」
「ふふ、貯金してきた?」
「そこらの雑草を食う生活を送る程度の節約はしたさ、当然だろ」
冗談を交わしながら立ち上がる。ねだるように服の裾を引く数多の腕をそっと……そっと。
「お前ら腕が細過ぎて不安になるから離せ! 折りそうで怖いんだよ!」
折ったらギャビンが乗り込んできちゃうだろ!?
魔王軍では同列の幹部でも、悪魔種としてはギャビンが頭領、アイリスはその配下だ。サキュバスを害せば保護者としてギャビンが出てくる。ギャビンに俺をいじめる口実を与えんな!
振り払うわけにもいかずじたばたする俺を指さして、アイリスが鈴を転がすような声で笑う。悪魔め、俺をおちょくって遊ぶな。
「優しさで自滅する感じ、昔から変わらないわね」
「もっと良い印象で懐かしんでくれよ」
何だ、優しさで自滅する感じ、って。もっと何かあるだろう。相変わらず寝癖頭なのね、とか。相変わらず目が半分しか開いてないわよ、とか。……いや、ろくな印象がねえな、俺。
「はいはい。じゃあみんな、お仕事しましょ」
はーい、と。可愛い子ぶったお返事はぴたっと揃っていた。どいつもこいつも俺で遊びやがって。
客の元へ戻っていくサキュバスたちと入れ替わるように、アイリスは俺の腕に抱き着いた。無言の訴えは無視され、渋々、並んでアイリスの部屋まで移動する。すれ違う客からの視線が痛いが、アイリスが手を振ってやればあっという間に表情を溶かす。
「仕事の邪魔じゃなかったか?」
「ダンテが来るのよ? あたしは今日一日、ダンテの貸し切りに決まってるでしょ」
「……そりゃ、どうも」
随分と待ちかねてくれていたようで、嬉しい反面、懐がひやりと冷えた気がするのは気のせいだろうか。
「さあ、どうぞ」
アイリスの部屋は店の三階、従業員の寮として使用している階の奥にある。中は店内とは打って変わって明るい。
「ベッドに座っていいわよ」
「椅子に座らせてくれ」
「まあまあ、遠慮しないで!」
ぐいぐい、と容赦なく腕を引かれ、ベッドのそばに立つや否や膝裏を蹴り飛ばされた。是が非でもベッドに座らせたいらしい、とわかったので、諦めてベッドに倒れ込む。
「乱暴だぞ」
「強情だからよ。女の誘いを断るなんて無粋な男」
端っこに座った俺を見て満足したのか、アイリスはふわりと舞い上がった。
「久し振りね、ダンテ」
「ああ、そうだな。元気だったか?」
「もちろん」
背後に回った、と思ったら肩が重くなる。
「俺の肩は椅子じゃねえぞ」
「力持ちな男って素敵よ」
聞いちゃいねえ。
頭の上に胸まで乗っけて、アイリスは完全にくつろぎだした。決して可愛らしいだけのサキュバスじゃない。客でなく、親しい男が相手だとどこまでも遠慮がないんだ、この女は。
「魔王が現れたんですってね」
「そういう話になってるな、一応」
どう思う、と問う前に、アイリスの尻尾が首に巻きついた。鏃のような尾の先が頬を叩く。
「あたしたちが愛した魔王様ではないわ」
平坦な声が、余計に感情をぶつけてくる。
魔族の王。俺が知る限り、あいつほど強い奴はいなかった。悪魔種の頂点として君臨していたギャビンが、元は人間であったキングスレーが、跪き仰ぎ見る絶対の王。殺したのは、俺だ。
「だろうな。俺が聞きたいのは、そこに女神の意思があるかどうかだ」
たとえかつての魔王そのものが復活したわけでなくとも、傀儡の魔王を復活させた可能性までは否定できない。魔王が現れた。その噂の発端が女神なら、むしろ可能性は濃厚になる。傀儡の魔王であれば、いまだ発見できない魔王軍もまた、女神の意思による妄言として納得できる。
「お偉い女神様のご意思なんて興味ないわ。あたしが知ってるのは、魔王城はダンテが立ち去った時のまま、わずかな変化もないということだけ。もちろん、魔王軍なんて影も形も見たことないし、噂にもなってない」
魔族側の事情を把握し、同時に人間側の噂話が集まってくるサキュバス街の元締めであるアイリスが知らない。これはもう、くそったれ女神を引きずり出して吐かせるしかないかもしれねえな。
「もし、」
アイリスの声が冷え切った。
「女神があたしたちの魔王様を騙っているのなら、殺すわ」
俺の頭を抱きかかえるアイリスの腕をさする。
「そん時は、俺がやるよ」
「……カッコつけないでよ」
「カッコつけ時だろ」
「ダンテだけに背負わせたりしないわ。みんなで背負いましょう」
一人にしない、と。それは優しさというより、責めるような気配があった。
遊びに来てね、と別れ際に交わした約束を果たしたことはない。今だって、魔王のことがあってこそだ。アイリスに会いたくて遊びに来たわけでないことに、拗ねてくれるくらい待っていてくれたのだ。
「ダンテが世界を敵に回しても、あたしたちはダンテの味方をしてあげるわ。大好きだもの」
「熱烈だな。ありがとう」
「本気よ。あたしも、ギャビン様も、カッシュも、女神の愛する世界よりもダンテと一緒に世界を滅ぼすことを選ぶわ」
色々と言葉は浮かんだが、言うのはやめた。
「ありがとう、アイリス」
俺だって反省する。繰り返してきた失敗は、そろそろ終わりにしなければ。アンジェリカの説教は済んだ。カッシュにもたっぷり怒られた。いい加減、反省を行動に移すべきだろう。
機嫌よく肩を揺らして、アイリスが浮いた。
「じゃあ、暗い話はここまで。せっかくの再会だもの、楽しい話もしなくっちゃ」
アイリスはにこにこしながら、その細腕のどこからそんな力が出るんだ、と言いたくなる腕力で俺をベッドに押し倒した。腹の上に跨って俺を見下ろすアイリスの瞳が潤む。
「飽きねえな、お前も。効果ないんだから、諦めろ」
「ダンテが嘘を吐けば真実になるわ」
魅了の魔眼。髪の毛一本分の効果も発揮したことはないが、アイリスは懲りずにしかけてくる。
「アイリスちゃんに任せなさい。サキュバスの女王様なんだから」
知ってるけど、任せられない理由の代表だろ、それ。
なぜか指まで鳴らす気合の入れっぷりで、アイリスは上体を倒し、顔を寄せた。そして、
「くっさ! ダンテあんた、くっさいわ!」
仰け反りそのまま後ろにひっくり返った。
「失礼なこと言うな!」
「あんた鞘が戻ったのね! しかもこれ、聖女の……浮気?」
「してない!」
何でみんな俺の浮気を疑うんだよ。
「神聖なにおいがするからてっきり……カモミールはもう、いないし」
ごにょごにょ、と言いにくそうにするが騙されない。浮気を疑われた後だ。気遣いなんて信用できるもんか。
懐に仕舞い込んでいたカモミールの金槌を取り出して見せる。
「これだろ」
げっ、と呻いてアイリスがベッドから落ちた。
「ギャビン様が燃やしたんじゃないの!?」
「服をダメにされた罰で没収したからって、もらった」
「何それ。ギャビン様ったらダンテに甘過ぎね」
そう言うなよ。言葉は溜め息に紛れた。俺も体を起こして、ひっくり返ったままのアイリスに手を伸ばす。掴んだ手を引き起こすと、どうしてか懲りずにまた抱き着いてくる。
「あーあ、また誘惑できなかった。自信なくしちゃうわ」
「お前は可愛いよ。問題があんのは俺の方」
「知ってるわ。ダンテはお花の匂いがする女の子が好きなのよね」
あたしと違って、と言いながら不満げに頬をつつかれる。
「頑固で意地っ張りで、嫌になっちゃう。でも、そんなダンテだから好きよ」
「カッシュはいいのか?」
「知らないわ、あんな唐変木。可愛いサキュバスなら誰でもいいのよ」
ぷぅ、と頬を膨らませる姿は愛らしくて、お節介を焼きたくなる。
「そういう可愛いところを見せてやれよ」
「嫌よ。あたしだって女の子なの。体だけ愛されたって嬉しくないわ」
なるほど金で解決できねえわけだ。金こそが問題の根幹だ。
「あっはっは、可愛い可愛い。……カッシュはバカだから、お前の営業トークを真に受けてんだよ」
何でも言葉通り素直に受け取ってしまう奴だから。
『あたしたちの愛し方は食べること。芳醇な魔力と強力な精気があたしたちのご馳走。でもそんなの、みんな差し出してくれるわ。特別になりたいなら、みんなと違うものをくれないとね』
常連客をゲットするためのちょっとした刺激。それをあいつは真に受けた。
「あいつ、あの時は人生初の買い物を経験したばっかで、浮かれてたからな」
森で自給自足の生活をしていた野生児は、独りぼっちで逞しく生きていたカッシュは、外の世界も自分以外の人間も俺たちが初めての経験だった。見るもの触れるもの全てに浮かれていたあの当時、アイリスたちと出会った頃のカッシュの特別は金だった。
キラキラした小さなそれを渡すと食べ物がもらえる。その程度の認識しかなかったが、カッシュにとっては天地がひっくり返るような驚きだった。
『すっげえ! なあダンテこのキラキラすげえな!』
無尽蔵に湧いて出るものではない、と何度、言い聞かせても、楽しくなっちゃっていたカッシュは渡した金をとにかく使いたがった。そんな状態の時に出会ったのが、アイリスだ。
『オレすごいの持ってるぞ! 見ろこのキラキラ! これを渡すと食い物がもらえるんだすっげえだろ!』
特別と、食べ物。迷いなく直結させ、躊躇わず有り金すべてを差し出した。
店が設定している料金に上乗せしてアイリスの時間を買っている。傍から見れば確かに、そこらの客と似たり寄ったりな行動だろう。
「何よそれ、知らないわ……」
膝を抱えて拗ねるアイリスの顔は真っ赤だ。
せっかくいい雰囲気になっていたアンジェリカとの関係を、あの野生児は野生の本能であっさりぶち壊した。獣みたいなもん、と宥めても、アンジェリカは首を縦に振らず、カッシュはカッシュでどうして嫌われたのかはわからないまま、関係は完全に冷え切ってしまった。
手持ちの金を全てアイリスに捧げ、滞在中の時間を店から一歩も出ず過ごした結果、カッシュは積み重ねた借金のせいで完全に見捨てられた。必死で稼いだ金を湯水のように浪費する色ボケなど連れて行けない。
バルトは鋼の意志で耐性のないサキュバスの魅了を振り払って、そのおかげでエレーナとの仲を深めたってのに。情けなやら恥ずかしいやら、庇うことなんてできなかった。
アンジェリカがブチ切れていたことと、いい加減、金のことを学ぶべきという理由で、カッシュはアイリスに任せ別れたのだ。以来、ここで警備という名目の元こき使われているのだが、まさか今になってまだ金がないとは思わなかった。
「借金は全部、ちゃんと返したのよ」
でも、とアイリスがますます赤くなる。
「……給料を渡すと、丸ごとあたしにくれるの」
「そりゃあ……」
べた惚れってことじゃねえか。
言おうと開いた俺の口を塞いで、アイリスが泣きそうな顔をする。
「あたしはサキュバスよ。在り方は変えられない」
手を退かす。
「仕事もあるし、いっつもカッシュの魔力と精気ばっか食ってたら飽きるって?」
「種族も違うし」
真っ赤な鼻を弾く。
「お前サキュバスの女王様なんだろ。言い訳ばっかり、何をビビってんだよ」
「だ、だって……」
「その辺はカッシュの馬鹿でかい懐に丸投げしちまえよ。あの頃よりは色々と知ったろうけど、根本は変わってねえだろ」
カッシュだぞ、と笑ってやるも、アイリスは茹ってるくせに煮え切らない。
「お前を怒らせてしょげるくらいには気持ちがあるのは確かだ」
「……本当?」
「言ってくれなきゃ、何で怒ってるのかわかんねえって」
「言わせないでよ、バカ」
「サキュバスの誘惑より、アイリスの言葉の方がカッシュには嬉しいんだろ」
「……その言い方、ズルいわ。ダサンテのくせに」
バカンテのくせに、とわざわざ付け加えて、アイリスは諦めたように溜め息を吐き出した。
「発破かけたんだから、責任とってよね」
「言ってもわかんねえ程バカだったら、強めに殴ってわからせてやるよ」
ウインクして見せる俺に、アイリスはようやく肩の力を抜いて笑った。
不意に、階下から地鳴りのような声がアイリスを呼んだ。声の主は当然、カッシュだ。
「見計らったように戻って来たな」
さっさと出て行こうとする俺の腕にしがみついて引き留めようとするアイリスを、構わず引きずって外に出た。
「カッシュ、三階だ」
「おう! 話は終わったか?」
足音も激しく階段を上がってくるカッシュの姿が見えた瞬間、アイリスは部屋に引っ込んでしまった。
「ダンテお前! 任せたぞって言っただろ!?」
「話を聞いてやるって言っただけだろ! お前が話をしねえと意味がないんだから、さっさと行って何で怒ってるか聞いてこい!」
「も、もし許してくれなかったら……?」
何でここで弱気になるんだよ。お前、本当にカッシュか?
「一緒に土下座してやるよ。それでアイリスの機嫌が直るなら、いくらでも」
「約束だぞ!」
「わかったから、早く行け!」
面倒になって尻を蹴り飛ばして部屋に放り込む。途端に騒がしくなるが、耳を塞いで階段を下りた。
あの野生児がまさか、アイリスとくっつくことになろうとは。当時の俺ならひっくり返っていたかもしれない。
馬に蹴られる前に帰ろう。いざとなったらまた転移してくればいい。
「セツ、帰るぞ」
声をかけるが返事はない。どころか姿も見えない。近くにいたサキュバスに聞いてみると、店の外に出たという。首を傾げながら俺も出て、思わず頭を抱えた。
「ぎゃっぎゃっぎゃ!」
ご機嫌に鳴くセツはあろうことか、
「可愛い~」
「羽毛がふわふわ~」
有翼人の嬢たちに抱きかかえられ、呆れるほどにやけていた。
……よし、殴ろう。




