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お伽噺の後日談  作者: かたつむり3号
第四章 七つの大罪が何だって?
24/33

01


 決意が鈍る前に、目が覚めてすぐ荷造りに取りかかった。


「ダンテェ、終わったぁ……」

「終わってねえだろ。顔、洗ってシャキッとしてこい」

「ふわぁ~い」


 フェルは麻袋の中に手を突っ込んで目を擦りながら、とぼとぼ歩いて部屋を出た。


「ぎゃっぎゃ! ようやく本命か?」


 見計らったのだろう、セツが肩に飛び乗った。


「本命って……その前に寄るところがあるだろ」


 カッシュには会いに行くが、あいつはアイリスと一緒にいる。俺が求めている情報を持っているとすればアイリスだが、あいつの経営している店にフェルは連れて行けない。もちろん、クロエも。


「連れて行けばいいじゃねえか。大歓迎って言ってたぞ」

「あのな、アイリスの店はお子様立ち入り禁止なの!」

「クロエは成人してんじゃねえか」

「女の子も駄目なんだよ。わっかんねえかな。もし連れってたら、引っ叩かれるだけじゃ済まねえぞ」


 ぎゃっぎゃ、と楽しそうに体を揺らしたセツが、俺の肩に思いきり爪を立てる。……アンジェリカに抱っこさせたこと、根に持ってやがるな。


「嫌われたいんじゃなかったのかよ、ダンテ。決意ゆるゆるじゃねえか」

「この世で一番、嫌な嫌われ方だろそれ」


 嫌われるにしたって、もっとマシな方法が良い。


「バルトも連れて行けよ、ダンテ。離れ難いだろ」

「妻子がいる男を連れ回したりしねえよ。俺の優先順位はもう、ずっと下の方だ」


 離れ難い、という気持ちを否定したりはしないけど、そのためについて来いとは言わない。


「それにほら、俺にはセツがいるし」

「ぎゃっぎゃっぎゃ! 寂しん坊さんめ、俺様がいないとダメダメだな、ダサンテ」

「はいはい、そうですね」


 フェルの言葉だろ、それ。

 セツの足がぐいぐいと俺の後頭部を踏みつける。


「何だよ、言いたいことあるなら言葉で言え」


 俺の頭を踏みつけながら、セツは言い淀む。言いたいけれど、言いにくい。そんな雰囲気を醸し出しながら、後頭部を踏みつける足に力を込めた。

 ややあって、言葉を選びながらゆっくり嘴を開いた。


「なあ、ダンテ……楽しいな?」

「そうだな。楽しいよ」

「俺様ずっと、付き合ってやるんだぜ」

「おう、ありがとう」


 多分、言いたいことはこれじゃないだろう。セツはうんうん呻りながら、言葉を探している。


「なあ、ダンテ……」


 ようやく言葉を見つけたらしいセツは、後頭部から足を退け、代わりに顎を乗せ甘えるように擦りつける。


「俺様ってば考えたんだぜ。もし、ダンテが――」



「ダンテおはよう!」



 部屋の扉が開け放たれ、シャキッとしたらしいフェルが声を張り上げた。ぎぎぎ、とセツが憎々し気に喉を鳴らす。

 ここまで間が悪いと笑うしかない。苦笑を漏らし、セツの頭を撫でてやる。


「おはよう、フェル。朝飯食ったらすぐ出発するぞ。荷物を詰め直せ」

「わかった!」


 荷物を駆けよるフェルの背に視線を突き刺しながら、セツは俺の肩に爪を食い込ませることで不満を訴える。

 顔はもう洗ったが、もう一回やるか。そのついでにセツの話を聞けばいい。

 フェルへ声をかけようと開いた口を、セツの翼が塞いだ。もういい、とばかりに目まで塞いで、すぐにどこかへ飛んで行ってしまう。何だ、あいつ。今更、俺に気を遣う必要なんてないだろうに。

 どうしたものか、と頬を掻いていると、開けっ放しの扉からクロエがひょっこり顔を出した。


「ダンテ、おはよう。エレーナさんが呼んでるよ」

「おはよう。すぐ行く」


 フェルをクロエに任せ、荷物から袋を一つ取り部屋を出る。エレーナはキッチンにいた。


「おはよう、エレーナ」

「おはよう、ダンテ。必要そうなものは一通り揃えたわよ」

「助かるよ」


 用意されていたのは、大量の食材だった。主に野菜。


「これだけあれば足りると思うけど、他に必要なものはある?」

「いや、あとは向こうで調達する」

「……獲物は選ぶのよ?」

「……わかってるよ」


 そこに関しちゃまったく信用されてないってことはわかった。俺だってわざとバルトの腹を破裂させたり、足の生えた魚を選んでるわけじゃねえのに。


「セツに手伝ってもらうから」

「じゃあ、大丈夫ね」


 エレーナの表情がぱっと晴れる。俺だって傷つくんだぜ?

 悲しくなってきたので話題を変える。持ってきた袋を差し出す。


「エレーナ、これ」


 少ないけど、と前置きして差し出した袋の中には、金が入ってる。受け取ったエレーナは中身に気づいた途端、眉根を寄せた。


「ダンテ、」

「もらってくれよ。バルトが言ってた、みんなに心配かけてごめんなさい宴会の資金」


 我ながら無理がある。でもこうでも言わないと、絶対に受け取ってくれない。


「……シャーラにも渡したの?」

「そんなことしたら挽肉にされちゃうだろ。怖くて言い出せなかったよ」

「私は挽肉にしないって思ったわけね」

「そうじゃねえけど、エレーナは泣き落とされてくれるだろ?」


 みんな俺に礼を要求したりしない。頼れば助けてくれる。何でも任せてって笑ってくれる。無条件で信頼してくれる。

 何も返せないのは俺だけだ。

 きっとまた、すぐ裏切る。いつ約束を破ることになっても、俺は多分、迷わない。


「意気地なしね。罪悪感くらい、いつまでも抱えてなさいよ」


 バレてる。


「その度胸があるなら、こんな情けなく縮こまってねえよ」

「困った勇者ね、まったく」


 勇者って呼ぶなよ。文句が言える立場じゃないので、胸の中で吐き出す。


「子どもたちがいなかったら、絶対に受け取らなかったわ」

「知ってるよ。弱みに付け込んだの。卑怯なんだ、俺」

「小心者が悪ぶってんじゃないわよ」


 ぴしゃりと叱るつける声は、まさしく母親のそれだった。素直に謝る。


「まあいいわ。ダンテには借りがあるものね。これでチャラってことで」

「なんかあったっけ?」


 何かを貸した覚えはない。頼りっぱなしで、むしろ俺が借りっぱなしだろう。

 きょとん、とする俺の鼻を、エレーナの指が弾いた。


「そういうとこ直さないと駄目よ」

「え、待って……どういうとこ?」

「わからないから駄目なのよ、ダサンテ」


 厳しい。わからないことを自覚して修正しろって、無茶なこと言うぜ。


「さ、ご飯にしましょ。ダンテはクロエたちを呼んできて、これも片付けちゃって。私はバルトと子どもたちを呼んで、準備するわね」

「……はい、すんません」


 用意してもらった野菜を抱えて部屋に戻る。母は強し。どう足掻いても勝てねえわ。


「おーい、フェル、クロエ、朝飯だぞ」


 扉はまだ開けっ放しだった。中を覗いて、勝手にがっくり肩が落ちた。

 深く息を吸って、声を張る。


「起きろガキ共! 飯だぞ!」


 びっくう! と体を浮かせるほど驚いた二人が、文字通り跳び起きた。


「何!?」

「ご飯!」


 フェルの反応はもう、さすがと笑うしかない。


「顔を洗ってシャキッとしてこい、ガキ共。何で二度寝してんだお前ら」

「フェルもう顔きれい」

「二度寝したからなかったことになったんだよ。ほら、行ってこい」

「嫌ぁ」


 荷物を置いて、ぐずるフェルの体を抱える。


「顔を洗わない奴には朝飯食う権利はありませ~ん」

「ん~……行くぅ。洗ってぇ」

「わかったわかった。クロエ、起きろ~」

「起きてます……」


 嘘吐け。半分も目、開いてねえじゃねえか。

 食堂の方から子どもたちの声が聞こえる。待たせてんじゃねえか。


「ほら、急げ」


 フェルの体を脇に抱え、空いた方の腕をクロエの腰に回し、担ぎ上げる。


「きゃあっ!? ダンテ!? 何してんの!?」

「寝惚けてっからだろ。急ぐぞ」

「お、下ろして! 下ろして恥ずかしい!」

「懲りたら明日から二度寝しねえだろ」

「もうしないから下ろしてぇ!」


 下ろさなかった。

 顔を洗ったクロエは、俺がフェルの顔を拭いている隙に走って食堂に駆け込んだ。おかげで、待ってた子どもたちの苦情は俺に一点集中だ。フェルはしれっと子どもたちの隣に座って、一緒に苦情を入れてやがる。

 腹を抱えて笑っているバルトに八つ当たりで蹴りを入れたところで、エレーナの号令がかかり朝飯になった。



 食後、荷造りも済みいよいよ出発という頃になって、子どもたちはようやく俺たちが散歩に出かけるのとは違うのだと理解したらしい。フェルを取り囲んで別れを惜しんでいる。もみくちゃにされながらも、フェルも悪い気はしないようで好きにさせている。トヴァはクロエが気に入ったのかずっと話しかけてる。


「アンジェリカはどうするんだ?」


 大人組は部屋の隅に集まって、子どもたちが落ち着くのを待っていた。

 セツはアンジェリカを嫌がって、荷物と一緒に鞄の中に隠れている。


「私はもう少し、ここで子どもたちと仲良くなるつもりだよ」

「カッシュに会いたくねえだけだろ」


 遠慮を知らない発言の代償として、バルトの顎に容赦ない一撃が叩き込まれた。


「クロエはどうするの? まさか、アイリスの店に連れて行くわけじゃないでしょうね?」

「エレーナ、俺はバルトと違って少しは気が遣えるから。フェルと二人で留守番できるよう、先にじいさんとこに寄るよ」

「……どっちもどっちね」


 それ、留守番させる環境の話だよな? 俺の気遣いの話じゃねえよな?

 じぃっとエレーナの目を見つめるが、どうしてかちっとも視線が交錯しない。諦めて、袖を引っ張るアンジェリカに向き直る。


「ダンテ、セツは置いて行っても構わないぞ。私が責任もって可愛がる」

「分身の方を生贄に捧げるから、本体は許してやってくれ。あいつがいないと俺も困る」

「ふむ、そうはっきり言われたんではしかたない。わかったよ」

「ありがとう、アンジェリカ」


 アンジェリカの愛情で、セツが禿げなきゃいいけどな。


「ダンテ」


 フェルが駆け寄ってきた。追ってくる子どもたちの手が届く前に、抱き上げ逃がしてやる。トレが服の裾を引っ張った。


「ダンテさん、また来る?」


 見上げる双眸は曇りがなくて、怯んでしまう。トレに続くように、子どもたちが声を重ねた。


「子どもらの要望じゃあ、断れねえよ。なあ、ダンテ?」


 にやにやとだらしなく口元をゆるめたバルトが笑う。


「ああ、そうだな。また来るよ」


 ホッと安堵の息を吐いたトレにつられて、つい眉が下がる。敵わねえなあ。バルトの腕が肩に回った。


「また、っていうと、具体的には?」

「……帰りに寄るよ。これで満足か?」

「おう! 絶対に寄れよ、約束したかんな!」


 俺の右手の小指に自分のそれを引っかけて、ぎゅ、と握った。


「約束を破ったらなあ、拳骨で百万回くらい殴るからな」

「罰が重い……」

「エレーナは爪で引っ掻くし、俺の子どもらは大泣きする」


 アンジェリカが手を挙げて加わった。


「私の魔獣たちも蹴り回すぞ」


 どいつもこいつも殺す気でくるじゃねえか。半分くらいは死ぬんじゃねえか、俺。


「……絶対、約束する。守るよ」


 よし、とバルトが離れた。


「それじゃ、せいぜい搾り取られねえよう気をつけろよ」

「そりゃ金の話か?」

「さあな~」


 にやけた顔に腹が立って、振り払うように魔力を練った。トヴァに頬ずりしていたクロエが慌てて立ち上がり寄ってくる。思わず苦笑が漏れた俺を見て、エレーナも同じように苦笑した。やっぱり、バレてる。

 これから行くのはどこも魔族領の奥地だ。魔王城ほどではないにせよ、瘴気も濃いし魔族も気性の荒い奴が多い。クロエを安全なここに預けて行きたい、という気持ちはどうしても浮かぶ。


「じゃあな」

「おう、またな!」


 視界が揺らぎ景色が変わる。白んだ世界が晴れるに合わせ、浮かんだ気持ちは強引に散らした。



 鬱蒼とした森の中、昼間だというのに日光の差し込まないその場所には、ぽっかりと口を開けた洞窟と、そこから広がる地下迷宮がある。

 セツは待ってましたとばかりに鞄から出て羽ばたいた。急に薄暗くなったのが面白いのか、フェルは俺の腕から飛び出して走り回っている。


「セツ、案内しろ」

「ぎゃっぎゃ、任せろ!」


 空を旋回しながらセツが胸を張る。


「フェル、抱っこしてやるからこっち来い」

「フェル歩ける」

「迷子になるぞ。中は迷路だ」

「フェル歩ける」

「セツ、抱っこ券が余ったぞ。使うか?」


 不満の声は、なぜか二つ聞こえた。


「……クロエ?」

「な、何でもない」


 そっぽ向いても、真っ赤になった耳が見えてますけど?

 じぃっと視線を注ぐ俺を見て、何でもない、と声を荒げたクロエは頬を膨らませてしまった。


「あ、そう。じゃあセツ、こっち――」


 最後まで言えなかった。飛びついてきたフェルの重さで、肩から変な音がした。


「ダンテ抱っこ!」

「ぎゃあぎゃあ! 歩けるんだろガキんちょ! 俺様に譲れ!」

「嫌! フェルは、フェルは……えーと、足! 足が痛いの! だから抱っこ!」

「嘘だ! ダンテこいつ嘘吐きだぜ!」


 びっくりするくらい下手な嘘だった。


「う、うう嘘じゃないもん!」


 嘘だろ。それで嘘じゃないとか、嘘だろ。


「ダンテ抱っこ! フェル抱っこ!」

「ダンテ抱っこ! 俺様を抱っこ!」


 二重奏が鼓膜をがんがん震わせる。うるさい。


「わかったわかった。半分こしろ、半分こ」

「嫌!」

「嫌!」


 どうしろってんだよ。こないだもこんなやり取りしたろ。学習しろ、学習。


「じゃあ、俺の体を縦に切り分けるか?」


 そっと、腰からぶら下げた剣に手を伸ばすと案の定、真っ青になって揃って首を横に振る。

 セツは三本足を震わせながら俺の肩に乗った。視界がブレるから震えるのやめろ。フェルは抱き上げ首に腕を回させる。両手を空けておきたいので、自力でぶら下がってもらう。


「はい、仲良く半分こ。偉いぞ~ガキ共」


 適当に褒めて持ち上げてやると、それでも嬉しいのかきゃっきゃと笑う。バタつかせたフェルの足が腹を打つがまあ、いいだろう。吐くほどじゃない。


「よし、じゃあ行くぞ」


 魔力を練って、火の玉をいくつか散らす。地下迷宮に光はなく、一歩でも踏み込めばクロエの視界は真っ暗になる。暗闇の中を頑張って進め、なんて無茶は言えない。


「クロエ、はぐれんなよ」

「わ、わかった!」


 言うなり俺の左腕に縋りつく。……三等分、する?

 見上げてくるクロエは真っ赤になって、腕をつかむ両手にはどんどん力がこもって爪まで立てている。……振り払えねえ。


「うん、じゃあ……行こうか」


 何かあったら右腕一本で頑張ろう。いざとなったらセツをぶつけて不意を突くくらいできるだろう。

 決意を新たに一歩――踏み出す前に地下迷宮から人影が見えた。


「喧しいぞ、よそ様の家の前でぎゃあぎゃあと」


 溜め息混じりに洞窟の口からひょっこり顔を見せた男を視界に入れたその瞬間、


「ぎゃあっ!」


 クロエは可愛げの欠片もない悲鳴をあげて、ひっくり返った。慌てて抱き止め地面に横たえる。

 姫ちゃんといい、こいつといい、クロエは魔族に慣れてない。シャーラの家には色んな奴がいたはずだが、人に近い姿の奴がほとんどだったから無理もないか。それにしたって気絶するほど驚くことねえだろ。

 これでよく国家魔導士になれたなあ、こいつ。


「おや、懐かしい顔じゃのう」

「久し振りだな、骸骨じじい」


 地下迷宮の居候、動いて喋る白骨死体がカラカラと笑った。

 

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