02
夜も深まってきたというのに、ここは随分と明るい。月明りを独占している、と言われても信じてしまいそうになるほどだ。
聖女カモミール。
女神によって魔王を封印し、瘴気を浄化する役割を押しつけられた女。女神を嫌い、女神に嫌われ、それでも人々の安寧のためと魔王討伐の旅に出た。髪も肌も雪みたいに白くて、触れたら溶けて消えると怯えていた頃が懐かしい。揃いの若葉色の目は互いのお気に入りで、しかし今はもう、そんなことすら思い出さなければいけないことになってしまった。
とにかく不器用で大雑把、食い意地が張っている割に料理はからっきし。いつか女神を殴る、という目標のためだけに金槌を武器に選び、そのためだけに体を鍛えていた。世界を救いたいのなら神の奇蹟でお前がやれ、と真剣に祈りを捧げるような豪胆な奴だった。
いくらでも思い出せる。いつまでも憶えている。
歩いて、玄関の扉をノックして。その勇気が出ないのを誤魔化すこともできずに、ただ立ち竦んでいる俺はきっと、傍から見れば不審者だろう。適当な魔族でも襲いかかってきたりしないだろうか。討伐して、その分、時間を稼げるのに。
「何を阿呆なことを……。十年経ってもその意気地なしは治らなかったのか」
不意にかけられた声は、俺の耳元から聞こえた。蚊を潰す要領で手を振り下ろし、手応えのなさに舌打ちする。
突如、小さな破裂音がし、俺の前に立ち塞がるように大男が現れた。
「よくぞ来た元勇者よ。中に入る前に、まずは認識を改めてもらおう。ここは吾輩が見つけ、吾輩の貯金で家具を購入し、吾輩が自らの手で整えた、吾輩の家だ。あの娘は吾輩の住まいに居候していた身である。家賃も払わぬ居候を、さも家主のように言うのはやめてもらおうか」
「……話がなげえよ」
後ろへ撫でつけた艶のあるブルネット、真紅の双眸、貼りつけたようなわざとらしい笑み。昔は黒いタキシードを着ていたはずだが、今は安物のシャツにやっぱり安物のズボンというさっぱりした服装だ。完璧に整えられた肉体美だけで着こなしていやがる。ムカつく。
「さあ、認識を改め謝罪せよ。吾輩に謝罪するという屈辱を味わえ」
悪魔種の頂点、元魔王軍幹部、悪魔ギャビン。魔眼が行き過ぎて読心できるまでに至った、面倒くさくてうざったい、くそったれ大悪魔だ。
「ふははは! 言葉選びのセンスは相変わらずだな、ダサンテ」
「お前も相変わらず性格が悪そうで安心したよ」
歩き出したギャビンについて家の中へ入る。
ごちゃごちゃと物であふれかえっているが、不思議と窮屈な印象は受けない。あるべきところにあるべきものが収まっているといった感じだ。
「座れ、茶ぐらいは飲ませてやる」
「おう、ありがとう」
俺にお礼を言われることを、昔から心底、嫌がっていた。顔全体で嫌悪感を示してくる。あんまり嫌な顔をするので話題を振って気を逸らす。
「なあ、玄関に変な看板あったけど、店でもやってんのか?」
玄関の扉には「店休日」という札がかかっていた。そして中には「悪魔屋」と書かれた看板があった。……その下には「猫の目」と店名らしき字が書いてあったが、のたくっていたしインクも垂れていたし、明らかに後から書き加えられたものだった。
「魔法具を販売している。ちょっとした日用雑貨や薬品も扱っているが、メインは魔法具だな。大悪魔ギャビン様の手製ということで、魔族の間では大変な人気だぞ」
「ふーん……お前、昔から手先が器用だったもんな。趣味と実益を兼ねてってやつか?」
「貴様が魔王様を殺したので魔王軍は解体してしまったからな。収入がなくなったのだ。吾輩一人ならともかく、厄介な働き者を養ってやらねばならなかったし、そやつがやたら我が家の物を壊すせいで修繕費もバカにならん」
出された紅茶のソーサーには、クッキーが二枚乗っていた。うーん、歓迎が手厚い。クッキーは猫の頭の形をしていて可愛らしい。……猫の目、気に入ってるんだろうか。
「悪魔種を中心にじわじわと顧客を増やし、今ではアイリス経由で人間種の顧客も増えている。商売を続ける理由はもうないが、金が湯水のように湧いてくる様は愉快でならん。吾輩は高笑いが止まらんのだ!」
そう言って本当に高笑いし始めた。……楽しそうで何よりだ。
茶を飲み、クッキーを齧る。腹が立つほど美味い。紅茶は多分、俺が淹れるよりずっと美味い。フェルに飲ませようと思うと蜜やらミルクやらじゃばじゃば入れるから、次第に淹れ方が雑になった自覚がある。紅茶風味のミルクになるからな。
ふと、ギャビンが笑みを引っ込めた。代わりに浮かんだ表情は、憤怒だった。
「ところで、貴様らは一体あの娘にどんな教育をしたのだ!? 神聖属性魔法しか適性がないのだ、魔法に期待はしておらん。しかし! 芋の皮むきをさせれば指を切り落とし、炒め物をさせれば悉く焦がし、皿を運ばせれば必ず一枚は割る! ちまちま一枚ずつ運ばせることの何ともどかしいことか! あの娘のせいでなあ! 吾輩は家中の割れ物をすべて木製にする羽目になったのだぞ! あの頃はここを買ったばかりで金もなかったからな全て吾輩の手製だ!」
勘弁しろ、とギャビンが頭を抱え悶えた。
「あそこまで生活力がなくてどうしてこれまで生きてこられたのかさっぱりわからん。貴様も会いに来ぬし、そのせいで吾輩はあれの愚痴を一人で抱え込んで……胃に穴が開くかもしれぬと怯える日々を過ごすなど初めてだ」
「……た、大変だったんだな」
「大変? そんな言葉で片付くと思うのか?」
くわっと目を見開いたギャビンが俺の眼前に指を突き付ける。
「釘を打たせようと渡した金槌が軽すぎると自前の物を持ち出した挙句、打った釘に聖痕を刻み吾輩の手を焼いた娘だぞ? 来客用の椅子だ。倉庫部屋の奥に隠しておいたのにわざわざ引っ張り出してきて、客だったゴブリンを座らせ消滅させた娘だぞ? 危うく廃業の危機だ。客が増えて椅子が足りなかったとはいえ、たかが一脚の椅子で混雑が緩和されるわけもなかろうが。店主が我輩でなければそのままゴブリン種と戦争になっていてもおかしくなかった一大事だぞ。思い出してもまだ腹が立つ! どうせ貴様が惚れた弱みで甘やかしたのだろう!?」
「っっっっざけんな! あいつの不器用は不治の病だ! あいつに家事を任せたお前がバカなんだよ! あいつは野営の時、結界張ったり周辺を浄化したり、そうやって俺たちに安眠を与えてくれる担当なんだよ!」
「ふざけるな! そんなことされたら吾輩が消滅するだろうが!」
「だからお前ら相性最悪だって言ったろうが!」
「やかましい! ナメクジのようにいじけて引きこもった馬鹿者が! 我輩に、説教、するな!」
「~~っっっっンだとてめえこら!」
立ち上がってギャビンに掴みかかる。同じように掴みかかってきたギャビンと手を組み合い、拮抗した力で肩が軋んだ。へし折るつもりで力を込めるのに、この馬鹿力は一歩も引かない。純粋な力比べで俺と張り合う奴なんてもうギャビンくらいのものだ。
「何年もカモミールと同居しやがって!」
「言い出したのは貴様だろう! 羨んで舌打ちするくらいならさっさと出てくれば良かったのだ頑固者め!」
それができればどれだけ良かっただろう。できなかったから俺は今、こんなにも惨めな気分だというのに。後悔ならいくらでも湧いてくる。でも決して、間違えたとは思わない。
「どいつもこいつも俺の一大決心をぼろくそ言いやがって! 反論の余地くらい残しとけよ喧嘩にもならねえ!」
「事実だろうが愚か者め! 思春期のまま時の止まった童貞が!」
「生きてるだけでも奇跡なんだよ! 俺が正気を保ってるだけでもありがたいと思え! それからなあ! ……童貞は今、関係ねえだろ!」
「関係大有りだ馬鹿者が! サキュバスにも靡かぬ鋼の意志を貫き通した結果でこの様なのだろう貴様。人間ならば人間らしく、番を得たら繁殖しろ馬鹿者。未練の一つも抱かせてやれんとは、男としてまで情けない」
いい加減にしろ、とこぼしたギャビンの声は寂しそうで。しかし俺が反応するより先に、再び憤怒の様相に戻ってしまった。
「吾輩の配下の中でも一級のサキュバスだったというのに。しばらく使い物にならん程の落ち込みっぷりだったぞ、責任とれ。ったく、知らんのか? 三十まで貫くといかがわしい魔法が使えるようになるという言い伝えがあるのだぞ。どうだ? 破廉恥な悪戯の一つもしたくなったか?」
「どこ発祥の言い伝えだよそれ!?」
「インキュバス」
「信憑性皆無じゃねえか! 淫魔ジョークだよそりゃデタラメだ」
昔、酒場でへべれけになったサキュバスが言ってたよ。そんなことばっか言ってるからインキュバスはモテないんだって愚痴ってたよ。
「あとな、それが魔法ってんなら、どんな魔法か知らねえけどやろうと思えばできるよ多分」
俺に使えない魔法を探す方が難しいだろ。
「そんなところも気に食わぬ!」
何やっても気に食わねえんじゃねえか……。
ぜぇぜぇ、と二人して肩で息をする。疲れた。組んでいた手を離してどっかり座る。間を空けず、ダンテ、と今日ようやくまともに名前を呼ばれた。
「ああ、そうだ。聖女であれば、無事に息を引き取ったぞ」
天気の話をするような何気ない言葉に、息を呑む。
「……そうか」
声が震える。取り繕おうとして案の定、失敗した。くっ、と瞑目する。
「契約通り、魂は吾輩が喰った。約束通り、肉体は吾輩が焼いた」
死者の魂は女神の元へ招かれる。それがこの国の、人間の死だ。あいつは嫌がって、そこへギャビンが契約を申し出た。
魔族に魂を喰われるということは、死ではなく消滅を選ぶということだ。女神の元へは行けないし、蘇生も転生も叶わない。それでもいい、とカモミールは迷わなかった。死はこれっぽっちも恐れなかったが、女神の元へは行きたくないと泣いていた。
肉体を焼くという約束も、女神が居座る世界に自分の欠片を残したくないという強い拒絶感からくるものだ。
「……そうか。約束守ってくれてありがとよ」
「ッッッッンで貴様はまったく! 吾輩は貴様のそういうところが好かぬのだ!」
「急にキレんなよ、しんみりさせてくれよ頼むから」
「やかましい! 吾輩は契約に則ってあの娘の魂を頂戴したのだ。約束などと、軽々しく言うな」
悪魔は契約にうるさい種族だ。魂の契約は絶対で、その一点においてなら悪魔は最も誠実であるといえる。形式的には間違いなく、カモミールがギャビンと交わした契約だ。けれどあれは、ああいうのは、
「いいんだよ、約束で。契約って言ったらお前、礼を言わせてくれねえだろ」
損得よりも情が先だったのならそれは、契約よりずっと優しい何かだろう。
「ふんっ! ……鞘はあの娘の部屋だ。勝手に持って行け。さすがの吾輩でも、あれをどうこうすることはできぬのでな」
そっぽを向いてしまったギャビンに微苦笑を漏らし立ち上がる。部屋を出ようと踏み出した背に、拗ねたような声がかかった。
「待ちかねた魂ではあったが、味は少々しつこかったな」
「何だよそれ……」
ちらり、とこちらを見たギャビンの目に映る感情を表すのは難しい。
「貴様のせいであろう」
「俺?」
「貴様が会いに来てやらぬからだ。未練がましく夢見ておったわ、あのたわけ」
最後にだけ、わずかな悲嘆を纏わせて。
「っ……!」
目元を手で覆う。奥歯をきつく噛んで、滲む後悔を押し止める。
会いたかった。そばにいてやりたかった。――会いに来ればよかった。できるはずもなかった夢ばかりが浮かんでは消える。
「しかし最期は笑って逝ったぞ。それだけは、吾輩のおかげだ。感謝せよ、愚かな勇者よ」
「勇者じゃねえって、言ってんだろ……!」
「貴様の勇気ある選択はあの娘を確かに救った。であれば、あの娘にとって貴様は間違いなく勇者であろう。誇れ」
誇れるものか。誇れるようなことは、何一つしていない。
「……強情だな、貴様は」
「うるせえよ」
鼻をすする俺に、部屋は奥だ行けばわかる、と声をかけて、ギャビンは家を出た。二人きりにしてくれた、と考えるのは調子に乗り過ぎだろうか。
◇
『聖女様のお部屋』
扉に直書きだった。
『悪魔は立ち入り禁止』
こっちは赤字で強調してある。
カモミールの部屋は確かにわかりやすかった。必要ないのに、ノックしてから中に入る。
まず視界に飛び込んできたのは、若葉色のカーテンだった。それだけで俺はもう駄目で。
あちこちに置いてある猫のぬいぐるみだとか、本棚からあふれて床に積まれてる本だとか、好きなものを好きなだけ詰め込んだ部屋の様子をじっくり眺める余裕は消し飛んだ。寝心地よりも眠る時に幸福を感じることに重点を置いたぬいぐるみとクッションだらけのベッドの上、その中心に、鞘が寝ていた。
湖の乙女の鞘。
尊き希望を叶える剣の鞘。精霊種の理想郷にて、不死を宿す林檎がなる樹を守っている湖の乙女たちから与えられた。所有者の傷を癒し、その力は肉体の時間を停滞させ不老不死を与えるほどの力を宿している。
魔王討伐を理由に女神がカモミールに授けた力は、あまりに強過ぎた。人間の器に注ぐには無茶な神の奇蹟は、カモミールの肉体を蝕み、寿命を食い潰した。少しでも死を遅らせようと、痛みを和らげ肉体を修復しようと、生きてほしいと。湖の乙女たちに希い、鞘の所有権を俺に移し貸し出していた。鞘は乙女たちがつくったものだ。所有権さえ俺に移れば、俺の魔力供給絵でいくらでも癒してやれたはずだった。
女神が鞘に授けた祝福さえ、なければ。
女神を嫌うカモミールを女神は嫌っていた。とんだ両思いもあったものだ。嫌い嫌われ、そのせいで鞘はカモミールを完治させることができなかった。鞘に宿った女神の祝福と、カモミールに宿った女神の奇蹟が反発した。
「……よお、カモミール」
鞘に触れる。光の粒子となった鞘が俺の体内に吸収された。体内を巡る清浄な魔力に、魔力器官が悲鳴をあげる。こんな痛みも懐かしい。
「ごめんな……」
この世のどこにもいないカモミールへ言葉をかけても、意味がないことはわかっている。それでも、静寂が恐ろしくて言葉を吐いた。
自分を誤魔化すのも限界で。救えなかった無力感を、救いたかった後悔を。
「鞘はもらって行くよ」
せっかく持ってきた花冠を置き忘れたと気づいたのは、部屋を出た後だった。もう一度、中に入ることはできなかった。せっかくギャビンが気を利かせてくれたかもしれないのに、あっという間に出てきてしまった不甲斐なさに笑ってしまう。
家を出る。
待っていてくれたのだろう、ギャビンは何をするでもなく月を見上げていた。
「花ならそこへ置いて行け」
指さされた方へ視線を向ける。
家のすぐそばにある花畑の真ん中。中心の黄色を包むように白い花弁を連ねる小さな花――カモミールが咲き誇るそこには、石が無骨に積まれていた。
「へぇ、気が利くことで」
「ふんっ! 目に見える形にせねば忘れるだろう」
忘れたくない、と。暗にそう言っているように聞こえた。
何でもかんでもすぐ忘れてしまう愚かな人間を皮肉ったとも。途方もない時間を生きるせいで覚えていられない魔族を皮肉ったとも。どうにでも捉えようはあったが、俺にはそう聞こえた。
肉体もなく、魂も消えた。欠片一つこの世に、俺に残してくれなかったカモミール。俺たちが覚えていないと、あいつが生きていた証拠はどこにもなくなる。それを嫌だ、と。
言葉に甘えて、上の石に花冠をかける。
「随分と早かったな。形見の一つでも持ち出せたか?」
「女の私物を持ち出せるかよ。……処分しろって言われなかったのか?」
「残念だったな、契約に含まれている。貴様が最後だ。すぐに焼く」
「そうか……頼むよ」
「ふんっ。契約は完遂する」
俺が出てくる可能性、ギャビンでも予知なんてできない。いつ訪れるともしれない可能性を、それでも待っていてくれた。
「何を笑っている、気色悪い」
「いや、お前も結構バカだよな~って」
「くだらん」
鼻を鳴らしたギャビンはぶすっと不機嫌顔で腕を組み、ふと声を落とした。
「そうだ、キーラカイェリリメリュアジューンは元気でやってるか?」
「ああ、姫ちゃんな。元気だよ。元気いっぱい、俺の母ちゃんやってる」
ギャビンは人をおちょくって遊ぶのが好きなくそ悪魔だが、悪魔種の頭領をやってることもあってか、面倒見がいい。初めて会った時も、妊娠中で弱っているところを人間に襲われた姫ちゃんを心配して探しに来たんだった。身重の、それも魔蟲との接し方などわからない俺たちがおろおろしながらも『どうすりゃいいのかわからんがとりあえず保護するぞ! この子のことはお姫様だと思って接しろ! お姫様のお通りだぞ道開けろこんにゃろう!!』と振り切って怒鳴り散らしている姿を見て警戒を解いたのが始まりだった。
「従僕に世話をされてるのか。主人としても情けないな貴様は」
「主従を強制する気はないんだから、自由にやってくれてていいんだよ。フェルも姫ちゃんには懐いてるし、森の守護者たちの関係もいい感じに繋いでくれてる」
大助かりだ、と笑ってやる。
眉間のしわを深めてはいるが安心した部分もあったのだろう。口元の険しさがほんの少しだけ緩んだ。
「……息災か」
「ああ、元気いっぱいだよ」
こちらはもっとわかりやすい。
ふっと引き結んだ口元が緩んで――頭上から降ってきたセツの大声で再び結ばれた。
「ぎゃあぎゃあ! バカト! バカトがバカやったぞ!」
「……姫ちゃんに食ってもらえ」
バカトがバカなのはいつものことだ。俺はまだ帰りたくない。
「バカトがクロエを泣かせたぞ!」
ギリィ、と奥歯を噛みしめる音がした。……俺だ。
「……邪魔したな、ギャビン」
「ふはははは! そういうところだぞ、ダサンテ。それで勇者じゃないとぬかすか。だから貴様はバカなのだ」
うるせぇよ。
魔力を練る。
「待て。吾輩は今、気分がいいのでな、優しくしてやろう。めったにない貴重な機会である。心して受けるがいい」
「何だよ」
ギャビンは返事をせず、何かを投げて寄越した。反射的に受け取って、その重さに鼻の奥がツンとした。
金槌。普通の物よりずっと重いそれは、カモミールの金槌だった。片口型で、打撃面には『めっ』と彫ってある。ボロボロになった体に鞭打って鍛え、振るえる限界の重量までアダマンタイト鉱石を混ぜた特注品だ。
変だと思った。カモミールが肌身離さず持っていたはずなのに、ベッドの上になかった。所有者を失って込められていた魔力が消失したとはいえ、これは人間が作ったものだ。俺の聖剣や鞘とは違う。消滅したりしない。ギャビンが持って……ギャビンに遺していったのか。
「勘違いするなよ、ダンテ。これは吾輩が迷惑料としてあの娘から徴収したものである。吾輩のタキシードを四着ダメにした際にな。死後は処分しろとかのたまっていたが、吾輩が吾輩の物をどうしようが、吾輩の勝手だろう?」
……お前、そういうとこだぞ。
そういうことするから、俺に嫌ってもらえねえんだ。バーカ。
「吾輩が使うにはちと重いのでな。貴様にくれてやる」
感謝せよ、と。ギャビンは初めて俺に礼を要求した。
「ああ、そうだな」
心から思う。
「ありがとう、ギャビン。愛してるぜ」
ぶちぃ、と血管がブチ切れるほど激怒したギャビンの顔を目に焼き付けて、俺はさっさと逃げ出した。
こうでもしないと、言わせてくれないだろ?




