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お伽噺の後日談  作者: かたつむり3号
第二章 ダンテの「ダ」はダメダメの「駄」
13/33

05


 白を基調とした石造りの魔王城は壮麗だ。森の中にどっしり構え、月明りが不気味に外壁を照らしている。


「昔のまんまだな」


 懐古の情より先に立つ感情がデカ過ぎて、しかし感傷に浸る気にはなれない。

 正門の前に立つ。肌を突き刺すような拒絶感は他でもない、俺自身が張った結界のせいだ。魔王城からの帰り道、疲れ果てた体に鞭打って必死こいて張った傑作だ。

 ざっと確認したところ、結界が綻んでいる様子はない。誰かが触れた痕跡もなく、俺が張った頃と変わらないように見える。つまり、セツを監視に送り出す以前から、俺が結界を張ってから、誰も中に入ろうとせず、そして誰も外に出ようとしていないということだ。


「さて、と」


 結界を眺めていてもしかたない。

 まずは、無駄だと思うが声をかけてみる。返事があれば御の字だ。


「こんばんはー!」


 腹から声を出す。俺の声に反応した鳥が一斉に羽ばたいて樹々を揺らした程度で、城からは何の反応もなかった。諦めず声をかける。


「魔王様はご在宅でしょうかぁ! わたくし元勇者もどきと申しますぅ!」


 返事どころか物音一つしない。


「何だよダンテ。元とかもどきとか、怖気づいたのか?」

「そりゃ怖気づきもするだろ。魔王城だぞ、ここ。本来こんなあっさり到着できちゃ駄目な場所だろ」

「……まあ、そうだな」


 地下にでも引きこもってるのか、中で動いている気配もしない。

 しかたない。ノックしよう。結界に負荷がかかればさすがに動揺くらいしてくれるだろう。

 壊すまではいかなくとも、ヒビくらいはいれよう。

 持ち上げた腕を大袈裟に振るう。拳が結界を打ち。



 ばちんっ、と。



「……は?」

「あん? ……ぎゃっ!?」


 弾け飛んだ俺の右腕を見て、セツは嘴がとれんばかりに仰天した。

 すぐさま魔力を練る。腕は再生したが、気持ちはそうもいかない。俺が張った結界に、俺が撃ち負けた。


「嘘だろ!? 俺が張った結界だぞ!?」

「ダンテ逃げろあれが来るぞ!」


 飛んできた風の渦が足元の地面ごと右足首を抉った。左足だけで後方へ跳び、踏み出した右足が地面につく前に足首を再生する。逃げろ逃げろ逃げろ!

 ゆらり、と結界の表面が波打ち、火、水、風、土の属性を帯びた魔法を次々に放出する。鞭のように振るわれる火、礫のように降り注ぐ水、渦巻き巨大な刃の塊となって唸る風、圧し潰さんと襲い掛かる岩塊。対侵入者用に俺が組み上げた結界魔法は、俺を相手に発動した。

 ぎゃあぎゃあ、と大騒ぎしながら逃げ出す。その間にも結界は容赦なくじゃんじゃん魔法をぶっ放してくる。


「嘘やだ俺ダセェ! 過去の自分に殺されるのはダセェ!」

「やっぱり十年も経つと人間って老けるんだなダンテ! 歳には勝てねえってやつか!?」

「うるせえばっか野郎! まだ負けてねえよ負けて堪るか!」


 森での生活はゆるかったが、ぬるま湯に浸ってたわけじゃない。志が落ちぶれたからって、魂が腐りかけてた頃の俺に手も足も出ないなんてこと有り得るもんか。それに俺はまだ三十代だ。おっさんにはなったがおじいちゃんにはまだ時間がある。たった十年の歳月で、世界の荒波に揉まれてくたびれたガキの結界を解除できなくなるとかそんなこと、


「ああ強い速いこれやっべぇ!」


 ……あるかもしれない。いや、無理だろこれ。久々に外に出た引きこもりのおじさんだもん俺。月明かりが眩しくて、濃厚な瘴気で胃がもたれちゃうよ。


「ダンテふざけんなよクソご主人様この野郎! 死んじゃう死んじゃうこれは俺様でも死んじゃうよ助けて!!」

「飛んで逃げろよ! 射程範囲から出ろ!」


 何で頑なに俺にくっついてるんだ、と上空に投げるため伸ばした手をセツは避けた。


「バカンテこら! 俺様を遠ざけたら寂しくて死んじゃうぞ! いいから頑張れ。ダンテは頑張るの得意だろ!」

「チッ……」


 得意じゃねえよふざけんな。

 急停止。

 魔力を練る。振り向きざま、迫る岩塊を薙ぎ払う。魔力を練る、魔力を練る、魔力を練って、練り上げる。


「頑張ってやるから、俺がダサかった話は内緒にしろよ」

「俺様ってば忘れっぽいんだぜ! ダンテかっけー!」


 伊達に歳食ってねぇぞ。ぐじぐじ湿ってトゲトゲ拗ねてた頃とは違う。おっさんになってな、俺は生き方が雑になったんだ。カッコつけても褒めてくれる女がいないからな!


 地面を抉りながら唸る風を受け止め、噛みつく。歯を突き立て食い破る。霧散した魔法も余さず練った魔力で絡めとり、食う。喰う。

 心臓が一度、大きく脈打った。熱した油を浴びた時のように肌がバチバチと総毛立つ。流れ込んだ魔力の塊が分解され、雷のように体内を駆け巡る感覚に眩暈がした。


 悪食。


 世界の誕生と時を同じくして生き続けている原初のドラゴン種が保有する能力。大気中の魔素を、他者の内包魔力を、食うことで吸収し己のものにする。魔力器官をもたず、単独の魔法行使を可能とする存在だけが宿した特殊なスキルだ。

 勇者なんぞに選ばれてすぐ、女神が差し出した林檎を疑いもせず食ったバカな俺は人間としての境界がブレた。神に近い形に魂を改変されたことに気づかないまま、旅の最中、空腹に耐えかねて魔族を食ったことで悪食が発現した。人間は神の創造物だ。しかしその存在は地上に根付いている。だから天上の神ではなく、地上の覇者であるドラゴンの保有する能力の方がより馴染み深く、肉体に添った。

 魂の在り方を捻じ曲げて、より至高の存在へ近づける。女神の思惑はあいつが最も嫌う形で実り、そして俺はどんどん人間から遠のいた。


「ダンテ頑張れ、頑張れダンテ!」

「うるせえよ! お前も手伝え!」

「俺様ってば夕飯食べたばっかでお腹いっぱいなんだぜ」


 殺した魔族を食う生活は俺の肉体をメキメキ育て、俺の心をズタズタにした。猛毒を吐く魔族だろうが、灼熱の魔石だろうが、魔素を含んでいれば俺の肉体は吸収して強くなる。頑丈になる一方の肉体も、どんな魔法にもビクともしなくなる魔力器官も、俺が人間でなくなる証明にしかならない。けれど腹は減るし、食わないと倒れる。人間は、食事をしなければ生きていけない。そんなところばっかり人間性を残す自分が嫌で、嫌いで。


「だああ! 顎が痛ぇ! 手のひらから吸収できるようになれよ!」

「ダンテ、それは悪食のルール違反なんだぜ」

「俺は人間の例外なんだから多少のルール違反くらい認めろ!」

「誰に認めさせるんだ? ダンテは時々、本当にバカなんだぜ」


 自分で構築した魔法を自分で食ってまた魔法へ変換する。俺の魔力が循環しているだけの、実にくだらない状態だ。

 昔の俺なら悪食頼みの戦闘なんて死んでも避けていた。己が化け物だと証明するような行為を、絶対に見せたくない奴らがいた。でも今は違う。虚像に縋るより大事な約束がある。待っている奴らがいてくれるから、五体満足で帰ることが最優先だ。俺が化け物であるなんて今更だ。覆らない。諦めることにも、随分と慣れた。


 火は熱いが火傷するほどじゃない。水は冷たいが凍えるほどじゃない。風は痛いが擦り傷にもならない。岩はデカいが砕けないほどじゃない。土地に停滞する瘴気を吸い上げるような仕組みにしたせいで、吸収した魔素が臓腑を焼くが、それも耐えられない痛みじゃない。


「――っしゃできた!」


 練り上げた魔力で新たな結界を組んだ。同質同量の魔素を変換した魔力で練った結界を、城へ向けてぶん投げる。ぶつかる魔法を相殺しながらすっ飛び、ぶつかる。雷が落ちたような轟音が響き、しばらくすると二つの結界は融合した。静寂が戻ってくる。


「……すっげ」

「お前のご主人様だぞ。すげえに決まってんだろ」


 ……疲れた。顎が痛い。俺の傑作、めっちゃ硬い。

 空を見上げると、うっすら白んでいた。朝が近い。


「帰るぞ、セツ」

「魔王はいいのか?」

「あんだけ大騒ぎして物音一つしねえんだぞ。居留守のプロだ。疲れたから、今日は帰る」


 魔王城に背を向けた時、それは、突然来た。

 首の後ろを糸で引っ張られるような感覚――召喚された。視界が歪み、景色が変わる。


「セ――」


 視界いっぱいに広がった炎の塊を見て、俺はすべての疑問を後回しにした。魔力を練る。

 ――セツてめえ召喚先くらい気ぃ遣え下手くそがっ!!

 言葉ごと炎に呑み込まれ、わけもわからないまま、俺の体は蒸発した。



 体を流れる清廉な魔力に叩き起こされる。

 ――助かった。危なかった。

 魔力を練るのがあと一瞬でも遅ければあのまま死んでいた。

 懐かしい死の感覚、眩むような蘇生の感覚。何度経験しても慣れない。冗談半分で蘇生魔法云々と話してはいたものの、まさか本当に、しかも自分に使う機会がくるとは思わなかった。


「セツ」


 鋭く名を呼ぶ。声を出す余裕はないのか、返事は思念できた。


『負傷者なし』


 ぐっと腹に力を入れ跳び起きる。迫りくる二撃目は振った腕で掻き消し、視界を確保する。

 抉れた地面、薙ぎ払われた樹々、あちこちでくすぶる炎。家だけが不自然に無傷だった。視線を巡らせ、家のそばで剣を構えるバルトと結界を張るセツの姿を確認する。家は二人で守ったらしい。

 深く息を吸って、長く吐く。


「フェル」


 返事の代わりに飛んできた炎を払う。


「随分と早起きだな。にしても寝起きの運動にしちゃ、ちょっと危ないんじゃねえか?」


 やはり返事はない。

 魔力器官に喝を入れる。疲れてる場合じゃねえ。玉で制限をかけているフェルの魔法で死ぬなんて、油断し過ぎだ。情けない。不甲斐ない。

 警戒しつつバルトの元へ駆ける。


「よお、おかえり。懐かしの魔王城はどうだった?」


 剣こそ構えているが、バルトはケロッとしていた。


「余裕かよ。……ただいま。ありゃ駄目だ。出直す」

「へえ、手こずるなんてどうした? 引きこもり生活が長すぎて鈍っちゃった?」


 蛇のようにしなる炎を掴んで食う。続けざまに飛んできた火球はバルトが斬った。


「かもな。エレーナと子どもたちは?」


 高圧で放たれる水が風を切って迫る。これは結界で弾いて、よくわからん風の塊を食う。


「森だ。クロエと二人、子どもたち抱えさせて逃がした。みんな寝惚けてたから怯えてもないし、仲直りの必要はねえと思うけど……癇癪の激しい子だな」

「こんな激しいのは久し振りだ。何があった?」

「さあ? えらく早起きしてお前のこと聞くからトイレって嘘吐いたらバレて、したらキレた」

「……」


 しくじったなあ。昨日は遊び疲れていたし、普段の睡眠時間からも大丈夫だと思ったが、食事が足りなかったか。腹が減ればすぐ起きるからな、あいつ。セツと二人で出かけるのを嫌がってたし、遂にキレたか?


「ダンテ! ダンテ! クロエが戻ってきた!」

「はあ? 隠れとけって言ったぞ俺!?」

「はあ? 何考えてんだあいつ!」


 セツが示した方へ視線を向けるのと、クロエが姿を見せたのは同時だった。フェルが風魔法を放つ――クロエめがけて。


「ばっか……フェル!」


 二人の間を塞ぐように体をねじ込み、しかし結界は間に合わなかった。風の刃がもろに肉を抉った。


「ダンテ!」


 右目が潰れた。耳も一緒に千切れて音を拾い損なった。今、名前呼んだの誰だ。魔力を練って回復する。視界を阻害している血を拭っていると、駆け寄ってきたクロエが悲鳴を上げた。


「ダンテ! あぁ、どうしよう……ごめんなさい! ごめんダンテ――」


 腕を掴んで、担ぎ上げる。


「危ないから、良い子でお利口にしてろ」


 バルトに向かって、クロエの体を放り投げる。なるべく優しく、バルトが受け取りやすいように。


「投げる時は言えよ!?」

「投げたぞ!」

「おっせえよバカだなお前ほんっとバカ!」


 文句を言いながらもバルトはしっかり受け止めた。よし、これでクロエも安全だ。セツに、エレーナへクロエを保護したことと誰もこっちに戻さないよう伝言を頼む。


「フェル、不満があるなら口で言えっていつも言ってんだろ」


 説教の時間だ。俺だけを狙うならいざ知らず、バルトを巻き込む魔法の使い方をした。おまけにクロエには狙って魔法を撃った。

 当たればクロエなんて紙も同然だ。誰かを傷つけるために魔法の訓練してきたわけじゃねえぞ。


「ダンテ……また、……のに」

「聞こえねえよ。ハキハキ喋れ」


 睨めつけるフェルの視線を真っ向から受ける。


「俺に怒ってるならいいよ、殺す気でこい。でもな、バルトたちを巻き込んだのはどういうつもりだ? クロエがお前に何した?」


 距離を詰める。しゃがんで目線を合わせると、フェルの方から視線を逸らした。


「八つ当たりしてんじゃねえぞ、フェル」


 弾かれたように膨れ上がった魔力を相殺する。魔法を攻撃目的で他人へ向ける奴に、使わせてなんぞやるものか。


「他人様にかけていい迷惑にも限度がある。お前のは、駄目だ」


 俺がバカみたいに頑丈なだけで、人間は殺したら死ぬ。思い出すまでもないことだ。忘れていられるようなことじゃない。


「フェル、危ないから魔法は終いだ。頭冷やして、ちゃんと考えろ」


 触れようと伸ばした手は弾かれた。


「嫌! 嫌い!」

「フェル、」

「嘘吐き! フェルといるって言ったのに!!」


 悲鳴に近い声が響いた。


「ダンテ、フェルといるって言ったのに! 烏とばっかり……フェルを置いて、」


 涙の混じった声に怯む。

『フェルといる。どこにも行かない』

 それは、あの日フェルと交わした約束。


「フェルを置いて……知らない話ばっかり……フェルを置いて行かないで!」


 ここ最近のフェルの様子を思い出す。

 セツと話している時に限って機嫌を損ね割って入る。セツと二人でいるのを嫌がって噛みつく。執拗に俺のそばを離れず、甘えるようにしょっちゅう抱き着いていた。視線すら俺以外には向けないよう、わざとやっている節があった。

 セツを嫌っていることは知っていた。単に不仲なだけだと思っていたが、真意は違うのかもしれない、と今更ながら思う。フェルが俺を独り占めしている、と拗ねたセツの言葉は、そのままフェルにも当てはまるのではないだろうか。


「そっか……そうだよな」

「約束したのに」

「ごめんな。お前が我慢してくれてるのに、甘えた。甘え過ぎた。悪かったよ、フェル」


 甘えていた。自惚れていた。

 自分の鈍さに甘えていた。どうせ嫌われているから、と自惚れていた。好かれてはいけない、好いてはいけない。勝手に決めつけて、勝手に押しつけた。


『鈍感さに慣れてはいけないよ。言葉だけが真実とは限らないからね』


 ――ああ、シャーラ。

 返す言葉もない。

 好意を受け取れない自分の鈍感さを免罪符にしてきたツケが回ってきた。嫌い、というフェルの言葉に甘え続けた罰が下った。懐くしか道がないとはいえ、ずっと二人で暮らしてきた。情の一つ、好意の一欠片、抱いたっておかしくない。嫌っている以上、向けられている感情があるのだ。無関心でない以上、俺に心を割いているフェルがいるということを忘れてはいけなかった。

 俺が自分に言い聞かせているだけで、頑なに欺き続けているだけで、意地を張っているだけで。


「約束破ってごめんな、反省する」


 情けない。どうしようもない。度し難い男だ。救えねえ。

 森の外に出る。望んだことではなかったはずなのに、友人たちに会いに行くという条件が加わっただけのことが思った以上に嬉しかった。期待していた。浮かれて、気がそぞろになっていた。人見知り、なんてそれだけで済む話じゃないことにも気づけなかった。


「悪かったよ、フェル。……でもな、そのことにバルトたちを巻き込んだのは、いけないことだ。それだけはちゃんと考えてくれよ」


 俺のことは怒っていいから。

 ごめん、と言葉を重ねる。顔をあげてくれたフェルはやはり、俺を睨んだままだった。


「嫌い、」


 怒りに燃えるフェルの目が溶けるように濡れ、あふれた。



「ダンテ、大嫌いっ!」



 ――ああ、それは。


「そうか。ごめんな、フェル」


 傷つくなあ……。

  

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