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お伽噺の後日談  作者: かたつむり3号
第二章 ダンテの「ダ」はダメダメの「駄」
10/33

02


 昨夜の宣言通り、フェルは朝から絶好調だった。


「ダンテ、これ美味しい! ダンテもこれ作って! フェルこれ好き!」

「はいはい、飯は逃げないからちゃんと噛んで食え」


 お前が今ご機嫌で絶賛しているのはホットサンドだ。お前がつまみ食いで具を減らさなきゃ、普段から同じものが食えていたんだ。作り方はばあちゃんに教わったんだから。


「ダンテこれも美味しい!」

「わかったから、静かに食え」


 自分の腹の音に驚いて目を覚ましたフェルは俺を叩き起こし、しかしここがシャーラの家だと思い出すや否や硬直した。またしょんぼりか、と揶揄う俺にムッとして、元気だ、と叫んだ勢いは良かったものの、食卓に朝飯が並ぶ頃には俺に張りついて離れなくなっていた。椅子を横付けするだけでは飽き足らず、麻袋を二重に被るわけのわからん徹底ぶりを見せている。


「フェル、俺の口にもなんか入れろ」


 ぎこちない動きでそわそわしていたのは初めだけ。食事が始まれば、一口食べてもうご機嫌だ。なぜか頑なに俺の方しか見ないがそれでも、食事の手は止まらず、さっきからフェルの口はパンパンだ。飲み込んで次を口に入れるまでのわずかな時間で、これが美味しいあれが好きと大いにはしゃいでいる。

 俺はそんなフェルを見ながら、両手でフェルの頬を支えている。

 美味しい、ほっぺが落ちる、と目を輝かせたフェルは両手で頬を押さえ、しかしそれでは食事ができないとおろおろし始めた。見兼ねて片手で支えてやれば、雑だの乱暴だの騒がれ、俺の両手を独占しやがったのである。おかげで俺は飯が食えない。我儘が過ぎる。とんだ暴君だ。


「ダンテには葉っぱあげる」

「主食寄越せ主食! せめてグラタン食わせろ! レタスばっか食わすな!」


 渋々といった風に差し出されたホットサンドからは、トマトだけ綺麗に抜き取られていた。俺だってトマト好きなんだぜ?


「ぎゃっぎゃっぎゃ! ダサいぞダンテ!」

「ご主人様をほっぽって満腹な使い魔は黙ってろ」

「ダンテ、私のサラダ要る?」

「クロエ、満腹だからって俺に押し付けんな自分で食え」

「あらあら、賑やかだねえ」

「シャーラ頼むから! レタス食ってる口にクッキーねじ込むのやめろ!」


 味も食感もぐちゃぐちゃだろうが!

 ――っっ疲れる! ただの食事なのに何でこんなに疲れるんだ。わけがわからん、勘弁してくれ。


「ダンテ! ダンテ! お呼びだぞ!」

「何だよ俺もう疲れたよ。誰だ?」

「バルト! バルト!」


 がたんっ! とクロエが立ち上がりざまに椅子を倒した。しかしシャーラに一睨みされ、そそくさと椅子を戻し何事もなかったように食事を再開する。賑やかな食事は多少お行儀が悪くても目を瞑ってもらえるが、ごちそうさま、と手を合わせる前に席を立つことは許されない。


「……バルトが何だって?」

「腕が二本じゃ足りないから、早く来てじゃがいもの皮むき手伝ってくれって大慌てだ!」

「……ああ、うん。俺も腕が二本じゃ足りねえから、こっち来てフェルのほっぺ支えるの手伝ってくれって言っとけ」

「ぎゃっぎゃっぎゃ! あーんしてもらえよダンテ。俺様がばっちり見ててやるんだぜ」

「何の拷問だそれ」


 おっさん二人でやったら地獄だろうが。やってる方も見てる方も仲良く共倒れだ。


「ダンテ、昔馴染みに総当たりって言ってたけど、具体的には何人くらいに会いに行くの?」


 妙にそわそわしたクロエが問う。


「十三……いやでも、まあ、たくさんだな」

「……なんか曖昧だね。ま、まあいいや。たくさんってことは早く行かないと、その……ね?」

「お前の方こそ曖昧じゃねえか」


 何が、ね? だ。小首を傾げたって可愛くねえぞ。欲望だだ洩れじゃねえかこの魔女。


「いいんだよゆっくりで。急ぐ旅じゃねえんだから」


 移動は全部、俺の転移魔法で省略するんだ。その分を滞在に回して問題ない。それにあんまり急ぐと、焦っていると思われてフェルが不安がる。何も問題ない、大丈夫。これはそういう旅、ただの旅行なんだから。


「何だいクロエ。おばあちゃんの家はもう飽きたかい?」


 どう言ったものかと悩む俺を見兼ねて、シャーラが助け舟を出す。途端にクロエは、顔を真っ赤にして反論した。


「ち、違うよ! おばあちゃんのこと大好きだもの! ただ、私ムキになって王都に行っちゃったからちょっと、その……」


 昨晩、説教のついでに仲直りも済ませた、とシャーラがこっそり教えてくれた。孫娘との和解にはしゃいだシャーラがご機嫌で用意した朝飯はやっぱり作り過ぎで、しかしクロエの好物ばかりが揃っていた。


「照れ臭かったのか」

「言わないでよダンテ!」

「おやおや、照れ隠しだったのかい?」


 耳まで真っ赤になったクロエがぱあん、と手を合わせた。


「ごちそうさまでした今日もとっても美味しかったおばあちゃん大好き!!」


 やけくそ気味に一息で言い切って、騒々しく部屋を飛び出して行った。


「まったく、落ち着きのない子だねえ」

「昔っからだろ」


 みずみずしいサラダのシャキシャキとした食感に混ざるクッキーのサクサク感、ベーコンの塩気に侵入するクッキーの甘味。大混乱を極め始めた俺の口の中だが、腹に沈めば同じだと諦めて噛み砕く。フェルが流し込む水とシャーラが注ぎ込む紅茶でいよいよ温冷まで混ざり合い、ちょっと面白くなってきた。


「ダンテ、バルトのところ行かねえのか?」

「セツ、俺の二本腕をバルトに貸したらフェルのほっぺが落ちちゃうだろ?」

「落ちちゃう! 烏わかってない!」

「ぎゃっぎゃっぎゃ! 落ちたら俺様が食ってやるよ!」


 喧嘩に発展しないようトマトでフェルの気を逸らしつつ、セツを睨めつけ黙らせる。食事中の喧嘩はさすがにシャーラが許さない。内心で冷や汗をかきながら横目で様子を窺うと、シャーラは静かに笑んで俺を見ていた。優しい声が俺の名を呼ぶ。


「ダンテ坊や、行っておやり。おばあちゃんはもう大丈夫だよ」


 瞠目し、しかしすぐに苦笑する。


「……そっか」


 バレバレかよ。

 シャーラが拾った子どもはクロエが最後だ。そのクロエは国家魔導士として魔法省勤めをするため、住居を王都に移した。他の子どもたちもそれぞれの生活の基盤ができあがり、里帰りの頻度は高くない。


「心配してくれるのは嬉しいけどねぇ、お前さんにはやることがあるだろう?」


 トマトを限界まで口に詰め込んだフェルを見る。


「十年も連絡一つ寄越さない孫に比べれば、みんな頻繁に顔を見せてくれているんだよ。クロエとも仲直りできたことだし。それにね、子どもばかりがあたしの人生じゃないんだ。希少な薬草の栽培だとか、泣いている動物の保護だってある。暇じゃないんだよ、ダンテ」


 力強い言葉に肩を竦める。まったく敵わない。


「そりゃあ、忙しいとこ大人数で押しかけて悪かったな。また来るよ、シャーラ」

「今度はもう少し間を空けずおいで」

「そうだな、約束するよ」


 フェルが最後の一つを飲み込んだ。手を合わせ、ごちそうさま、という声を聞いてから俺も手を合わせる。


「そんじゃ、バカの皮むきに行くか。フェル、今日は芋が食えるぞ」

「芋! フェルじゃがいも好き!」


 じゃがいも料理に思いを馳せてか、口端から涎を垂らしている。今、ごちそうさまって言ったばっかじゃん。


「出発準備! 鞄から出した荷物を詰め直せ!」

「おー!」


 こぶしを突き上げたまま部屋を飛び出して行くフェルを見送って、セツにはクロエに出発を伝えるよう指示を出す。

 子ども連中がいなくなると、途端に部屋が静かになった。


「セツを千切って置いて行くから、何かあったらすぐ言ってくれ」

「ありがとうね、ダンテ坊や」


 シャーラが笑みを深くする。


「ダンテ、お腹はいっぱいになったかい?」

「ああ、はち切れそうだ。口の中も楽しかったし」

「そうかい」


 安堵と喜色が混じった表情が、どれだけ心配をかけていたか如実に表している。頬を掻く俺をじっと見つめ、シャーラが何かしら逡巡する素振りを見せた。


「クロエを頼むよ、ダンテ。あの子はあの通り、心に引っかかったことを放っておけないから。夢中になり過ぎるせいで危なっかしくてねぇ」

「ははは、大人なのは歳だけだな。大丈夫、連れて行くと決めたのは俺だ。安全は保障するぜ」


 少しの間とはいえ、孫娘を任せる相手として俺はまだ逡巡の余地がある。シャーラにとっては俺もまだまだ手のかかるガキだ。


「頼りにしてるよ」

「ああ、任せろ」


 それとね、と今度は申し訳なさそうにシャーラが眉尻を下げた。


「例の話を、まだしていないんだよ。ダンテからクロエに、伝えてくれるかい?」


 これは返事をするのに時間がかかった。

 何の話かなんて考えるまでもない。けれど、頷くには勇気が足りない。


「ごめんよ、ダンテ。しんどいことを、お願いしているね」

「……いいよ、シャーラ。俺から言うよ。黙ったままじゃいられねえし、俺も覚悟を決めねえと」

「ごめんね」


 ここで謝罪をさせてしまうから俺は。

 まだまだ、ダメダメだ。



 準備を整え、おやつにとクッキーを山ほど持たされ、いよいよ出発となって。フェルがもじもじと落ち着きをなくした。


「クロエ、気を付けて行っておいで。それから、ダンテに迷惑をかけるんだからあんまり我儘を言うんじゃないよ」

「わ、わかってるわよ。おばあちゃんったら私を何歳だと思ってるの?」

「いくつになっても手のかかる孫娘だよ、まったく」

「うぅ……私ちゃんと良い子にできるわ。お、おばあちゃんの孫だもの」

「ふふふ、そうだねえ」


 クロエとシャーラのやり取りを眺めながら、しきりに俺の服を引っ張っている。


「何だよフェル、そんな引っ張んな破れる。言いたいことがあるなら口で言え」

「……」

「ばあちゃんはお前の顔、見えないんだぞ。麻袋被ってることを忘れるなよ」


 ぴくっと肩が跳ね、フェルの大きな宝石が俺を見上げる。


「ダンテ……」

「そばにいてやるから、言っちまえ」


 ひと段落したらしいシャーラとクロエがこちらに来た。


「あらあら、待たせちゃったねぇ」


 ぎゅう、と引っ張られた服の裾が嫌な音を立てた。溜め息を喉の奥で噛み殺し、フェルの背をそっと押してやる。


「あ、あのね」


 そこまでされて、しかしフェルは俺の後ろに隠れて、目も合わせない。


「クッキー美味しかった。あ……、ありがと」


 麻袋のせいで、シャーラはフェルの表情を知ることはできない。だからフェルは、言葉で伝えるしかない。小さな小さな声だった。けれど十分、伝わっただろう。


「こちらこそ、たくさん食べてくれてありがとうね」


 シャーラは顔が溶けださんばかりの笑みを浮かべた。

 今度はズボンを強く引っ張られ、しゃがむようにせがまれる。何だなんだと従うと、今度は耳を引っ張られた。内緒話の合図だが、もう少し力を加減してくれないと俺の耳が千切れる。


「ダンテ、あのね」


 こしょこしょ、と耳打ちされる言葉に、俺の方が照れてしまう。……最後の、内緒ね、は聞こえなかったことにしよう。


「シャーラ、フェルがまた遊びに来たいってさ」

「だ! ダンテ!? 内緒、フェル内緒って言った!」

「あ、そうだったの? 聞こえなかったなぁ~」

「それ嘘吐いてる時のやつ! フェル知ってる!」


 ダンテ嫌い、とお決まりのセリフをぶつけられたところで、シャーラの手がフェルの頭を撫でた。


「いつでも遊びにいらっしゃいね。おばあちゃん、楽しみにしているから」


 フェルがトマトのように真っ赤になって跳び上がった。逃げるように、俺の背を盾に縮こまる。


「く、クッキー……」

「たくさん作って待ってるよ。ご飯もたくさん、今度は坊やの好きなものを作ろうね」

「と、トマト……」

「うふふ、お任せあ~れ。おばあちゃんが育てたトマトはとっても美味しいから、ほっぺが落ちちゃうよ」


 ぱあっと表情を晴れやかに、フェルが俺の体を揺さぶる。


「ダンテ、ほっぺ落ちちゃうって。困ったね!」

「そうだな。また俺が支えとかなきゃならないじゃねえか」


 ようやく緊張が解れたらしいフェルが首元に抱き着いてくる。


「楽しみ! じゃがいもも楽しみ!」

「楽しいこといっぱいで良かったな、フェル」


 食うことばっかだな、こいつ。

 首にフェルをぶら下げたまま立ち上がる。あふれる感情を持て余してバタつかせているフェルの足が背を打つが、強めのマッサージだと思うことにした。せっかく機嫌が良いのだから、わざわざ水を差すこともないだろう。


「セツ、クロエ、行くぞ」


 今回は背にフェルをぶら下げているため、セツは俺の両肩に足を乗せ、余った一本は畳んだ。クロエはなぜか俺の右腕に自分の腕を絡めてご満悦だ。


「……何してんの、お前ら」


 荷物の重みが全部、俺の体に加算されていることに誰も気づいてくれないのだろうか。


「早く行こう、ダンテ」

「早く!」

「とろいぞダンテ!」


 ご主人様の頭に尻を乗っけて愉快そうに笑っている使い魔を、俺はどういう気持ちで見ればいいのか。誰か教えてくれ。


「ダンテ、」


 シャーラが俺の服を引っ張り耳元に口を寄せた。今度はこっちと内緒話か。大袈裟に身を屈め、セツを振り落とす。


「ダンテ、おばあちゃんからの助言だよ。魔女の助言だ心してお聞き」

「何だよ、改まって」

「鈍感さに慣れてはいけないよ。言葉だけが真実とは限らないからね」


 ……返す言葉は、見つけられなかった。


「シャーラ――」

「さあ、行っておいで坊やたち」


 ぽん、と胸を叩かれ話はお終いだと暗に伝えられる。

 待て終わるな、と声をあげようとした俺の眼前に、怒れるセツが飛び込んで言葉を奪った。


「ダンテ! 乱暴なんだぜ! 俺様ってば落ちちゃったじゃねえか!」

「人の頭に尻を乗せといて何言ってんだお前は! 良い子でいられねえなら置いてくぞ!」


 ぎゃっ! と鳴いて、セツは俺の左肩に着地した。三本足それぞれの爪をがっつり肉に食い込ませ、広げた翼で器用に俺の頭を包む。置いて行く、という部分にビビり過ぎて、良い子、を聞き逃したらしい。


 シャーラの助言について考えるのも、追及するのも、もう無理だな。深々と溜め息を吐いて、気持ちを切り替える。


「行ってくるよ、シャーラ」

「はい、いってらっしゃい」


 かつて、同じように見送ってもらった。面倒を頼むばっかりで、一度もちゃんと帰ってきたことはないまま森に引きこもることを決めてしまった。


「いつでも遊びにおいで」


 今度はちゃんと、帰って来よう。


「行ってきます、おばあちゃん!」


 千切れんばかりに腕を振るクロエを真似て手を振るフェルに思わず破顔したら。肩の力が抜けた。

 魔力を練る。


 視界が歪み、転移を終えた俺たちを出迎えたのは、


「うわああああん!! ……くぅ~ん、わおおおおんっっ!!」


 耳をつんざくような声量で咽び泣く人狼と、


「ああああ! 待って待ってまだ泣くな!!」


 それを上回る声量で絶叫するバルト……バカトだった。

  

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