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お伽噺の後日談  作者: かたつむり3号
     
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かつての勇者の成れの果て


 昔々あるところに、人並みの正義感があるだけのちっぽけなガキがいました。彼はある時、くそったれ女神に「勇者(いけにえ)」として選ばれました。


 世界を支配しようと暴虐の限りを尽くしている魔王、その討伐を、成人もしていないガキに任せるなんてろくな神じゃないと、愚かな彼は気づきません。彼は女神に押しつけられた聖剣を手に一人、生まれ育った村を追い出されました。


 魔物を斬り捨てては小金を稼ぎ、右も左もわからない外の世界で、魔王の根城をひた目指す日々を過ごしました。

 数えきれないほど騙され、そのたびに彼の正義感はすり減っていきます。それでも彼は止まりません。数えきれないほど魔族を殺して、そのたびに彼の心は濁っていきます。それでも彼は止まれません。まるで悪夢のような日々を、それでも彼は歩み続けます。


 魔王を倒した暁には、どんな願いでも一つだけ叶えて上げる、と。国で一番偉いという男のサインが入った紙切れに、夢の中にまで押しかけてきた女神に、伝えられたその言葉を彼は利用するつもりだったからです。

 魔王を殺して、そのあとは――悪夢を終わりにしてぐっすり眠る。そのためだけに勇者は仲間を集め、魔族を殺し、人間を救い。そうして魔王城にたどり着きました。

 長く険しい旅を終え、辛く厳しい旅を終え、ついに彼は魔王の心臓を潰しました。


 世界に平和が訪れ、生まれ育った村がある国に帰った彼を待っていたのは予想通り、悪夢の続きでした。

 彼は強くなり過ぎたのです。人間だけでなく、魔族だってもう彼には勝てません。魔王よりも強い勇者は、魔王より恐ろしい、世界の新たな脅威となったのです。


 魔王がいなくなった世界に、勇者はもう必要ありません。だから彼は、世界の外に行くことにしました。契約書を手に王様を脅し、聖剣を手に女神を脅し、誰にも邪魔されず誰にも干渉されない、彼のための世界を手に入れました。大きな国のど真ん中、王都の北側に広がる大きな森が彼の世界になりました。森の真ん中に家を建てて、彼が森の外に出ない代わりに誰も森に入らない。そういう約束です。


 こうして世界を脅かした魔王は消え、世界を救った勇者は消えました。


 めでたし、めでたし――



 目を開ける。

 視界の端から差し込んでくる光が朝だと告げるが、目の前は暗いままだ。同時に顔に何かが乗っている不快感を覚え、それを掴んでようやく思い出す。昨日はどこにあったのかひょっこり出てきた古ぼけた絵本を読んで、あまりのつまらなさに不貞寝したのだ。片付けるのも面倒で、かといってそこらに放置するのも業腹で、日よけの代わりと顔に乗せて目を閉じた。夢を見たのはそのせいだ。


 絵本を閉じると、表紙に描かれた笑顔の勇者と目が合った。


「よお、勇者。平和はどうだ?」


 自嘲気味に声をかけ、アホらしいと思い直す。魔力を練りささっと燃やして、絵本のことはもう忘れた。


 立ち上がって背伸びする。肩やら背やら腰やら、体中から音がした。不貞寝で夜を明かすにしても、寝床は選ぶべきだったな。三十のおっさんには、テーブルの足置きに硬い木製の椅子という寝具はきつい。いっそ寝返りでも打てれば床に体を横たえられたが生憎、寝相は良い方だ。寝た時のままの状態で朝を迎え、おかげで体中が悲鳴をあげている。


「さて、と」


 飯にするか、と体の向きを変え、恨みがましい視線に貫かれた。


「……何してんだ、お前」


 部屋の隅で膝を抱える子どもは、癖が強く硬質な黒い長髪も、血を流し込んだような深紅の双眸も、まとめて頭から被った麻袋で隠している。首元で袋を閉じている紐は丁寧に洗われ、何年も同じものを使っているにも関わらず、その群青が色褪せることはない。


「フェル? フェルさーん? ……不満があると黙り込むのやめろよ。見えるったって、感情まで読めるわけじゃねえんだって、何度も言ってんだろ」


 欲しくもなかったのに押しつけられた魔眼のおかげで、麻袋程度の隔たりであれば問題なく向こう側を視認できる。


「テーブルと椅子、ベッド代わりにしないでって何度も言ってる」


 幼さの残る声からは呪詛さえ感じさせる。何をそんなに怒っているのだか、と首を傾げたタイミングで、きゅうう、と切なげな音がフェルの腹から聞こえてきた。麻袋の中で、フェルの顔が真っ赤に染まる。


「見ないで!」

「あ、はい。すんません」


 思わず謝って、そして気づいた。不貞寝したのは昼飯の後で、そのまま夜を明かしたのなら夕飯は抜いたことになる。


「あれ? フェル坊もしかしなくても、夕飯食ってない?」

「ダンテ嫌い」


 食ってないらしい。


「食えば良かったろ。食うもんくらい、いくらでもあったろうに」

「ダンテ嫌い」

「何でだよ!」


 フェルが指差したのは、俺が寝具代わりに使っていたテーブルと椅子。なるほど、我が家にあるテーブルはこれ一台、椅子はこれ含め三脚。食卓も文机もこれ一台で済ませている。その食卓を俺が占領したために、食事ができなかったということらしい。


「床で食うなり椅子をテーブル代わりにするなり、やりようはあったろ」

「行儀悪い。ダンテ嫌い」

「うん、お前が俺を嫌ってることはよくわかった」


 くそぉ、俺が育てた野菜を食って育ったくせに生意気な。

 俺みたいなぐうたらなおっさんと共同生活しているにも関わらず、このガキんちょは変なところでお上品さをごり押しする。品性で腹は膨れないというのに、強情なことだ。


「あー……うん、悪かったよ。フェル坊、朝飯で俺の分の卵を一個やるから機嫌直せよ」

「トマト」

「へーへー、トマトも食っていいよ」

「ダンテ、ちょっと嫌い」


 フェルの機嫌が直ったところで、俺の腹も盛大に鳴る。


「フェル、卵と野菜とって来るから、テーブル拭いて皿出しとけ」


 こくりと頷くのを確認し、俺は急いで家の裏にある鶏小屋へ駆けた。



 回収できた卵は二個、収穫したトマトはフェルの総取り。なぜかベーコンも一枚奪われ、ベーコン一枚とわずかなレタス、クルミパン一個と、俺の朝飯は寂しいメニューとなった。腹も膨れず、ますます寂しい。せめて心を温めようと、多めに蜜を入れたホットミルクを飲みながら今日の予定をぼんやり考える。

 三杯目を飲み干したフェルから、そっとカップを奪う。飲み過ぎだ。フェルは不満げに眉を顰めたが何も言わず、食事用として口元が開閉できるよう窓を作ってある麻袋から、普段の麻袋に被り直す。


「フェル、今日は何する~?」

「勉強する。火の魔法、教えて」

「見事な半熟卵だったぞ~俺、食ってないけど。火の扱いは完璧だな、もう教えることはない」

「勉強する。火の魔法、教えて」


 俺の発言は無視ですか、フェルさん。


「やだよ。お前どうせまた加減できずに畑とか焼いちゃうだろ」

「焼かない」

「あの時もそう言って、でも焼いただろ」


 水魔法を教えれば洪水を起こして家を流し、風魔法を教えれば竜巻を起こして鶏小屋を吹き飛ばし、土魔法を教えれば地割れを起こして俺を生き埋めにした。規格外の潜在魔力、常識外れの魔力器官。身の丈に合わない魔法の適性で、こいつは幾度となく俺の住処をぶっ壊してきた。

 火魔法の時もそうだった。丹精込めて育てた野菜たちを灰にされた恨みは忘れない。


「お前、体はちっこいのに魔力器官バカだもんな」


 魔素を生成し、魔力へと変換し、魔法として放出するための器官。魔力の素、生命エネルギーそのもの、生物が生きるうえで必要不可欠な魔素を、フェルの魔力器官は常人の何倍も生み出すことができる。膨大な魔力を有し、それを行使するに耐えうる強靭な肉体も備えている。まるで奇跡のような子どもだ。

 ただし、魔力の制御が下手くそなうえ力加減もうまくない。幼さと、生まれ持った不器用さが原因だ。目下、俺が育成中だが、骨が折れる。


「フェル、バカじゃない。謝って」

「はい、ごめんなさい。お前も俺の畑を焼いたこと、もう一回謝れよ」


 フェルがムッとして反論する。


「ちゃんと直した」

「そういう問題じゃねえの! それに直したのは俺だよ!」


 俺が時空魔法を使えるからって調子に乗るな。野菜の時間を灰になる前まで戻せたって、野菜を灰にされたって記憶は俺の中に残るんだ。


「火の魔法……」

「今日は剣の訓練をします! 異論も反論も認めません!」

「……わかった」


 渋々立ち上がったフェルが、自分の領地と勝手に線を引いた家の隅から木造の剣を引きずってくる。ちなみに線は、俺の鉄製の剣を引きずって床に傷をつけたものだ。

 二人暮らしの家は大して広くない。家の真ん中に食卓と椅子を置いて、四方にそれぞれフェルの領地、俺のベッド、キッチン、風呂場を設置している。仕切りの壁も区切りの扉もない。

 フェルの領地だけが閉鎖的だ。朝日が差し込む窓を遮っていたカーテンを奪って杭で壁に打ち付けただけでもびっくりしたのに、線の淵にこれまた杭で打ち付けた時は落ちる肩を止められなかった。器用にテントのような仕様にした技術はすごいと思うが、おかげで俺は毎朝、朝日が目に突き刺さる。

 かつて風呂場は仕切っていたが、狭い、薄暗い、という二点に癇癪を起したフェルに壁ごと俺のベッドを吹き飛ばされ、以来、俺たちの生活にプライベートはなくなった。狭い、はともかく薄暗い、は風呂場を照らすランタンをフェルが領地に持ち込んだ結果なのだが、言って通じる相手じゃない。


「俺はコップ洗ってくるから、準備運動してろ」


 こくりと頷いたフェルが玄関の扉に手をかけ――



 ――ばあんっ! と玄関が吹き飛んだ。



「またか……」


 目を丸くして棒立ちになっているフェルを回収する。領地からお気に入りの犬のぬいぐるみを引っ張り出して持たせてやる。よほど驚いたのか、されるがままだ。


「おはようダンテ聞いて私、国家魔導士になった!!」


 破壊された玄関から飛び込んできたのは、魔女。

 ミルクティー色の髪をなびかせ、透き通る青の瞳を輝かせ、おろしたてだろう黒いローブを身に纏ったこの女は先日、成人を迎えたばかりだ。これで大人の仲間入りだと大はしゃぎしていたが、大人らしさの欠片もない来訪だった。ちなみに、こいつが扉を開けて入ってきたことは一度もない。


「クロエ、人ん家の玄関を吹き飛ばしてまず言うことがそれか?」

「あ、ごめんねダンテ。早く報告したくて」


 そんなことより褒めて褒めて、と駆け寄ってくる。ちっとも『そんなこと』じゃない。毎回、修理する俺の気持ちを考えてくれ。


「その前にフェル坊に謝れ。見ろ、びっくりして震えてるだろ」

「あ、ごめんねフェル様。美味しい苺持ってきたから、許して?」


 フェルは、こてん、と首を傾げて可愛い子ぶるクロエを怯えた目で見上げ、しかし手に持った苺の入ったカゴを見てすぐさま目を輝かせた。


「許す」


 クロエは麻袋の中を見られない。フェルは偉ぶって鷹揚に頷いて見せているが、口端から涎が垂れている。


「ありがとう、フェル様。じゃあ私ダンテに褒めてもらうから、これ食べて待ってて」


 フェルは差し出されたカゴを大事そうに抱え、領地の奥、我が家で最も上等な布で仕切られた寝所へ引っ込んだ。俺には一粒もくれないらしい。こんなにも腹を空かせている人間がここにいるというのに、ひどい奴だ。


「フェル様に謝ったよ。貢物もした。さあダンテ、褒めて! 真っ先に褒めてもらいたかったの」

「そういうのはまず家族じゃねえのか?」

「い、いいのよ! えっと……そう、手紙! 手紙で知らせたから!」


 どう見ても嘘だった。嘘が下手くそ過ぎる。


「さあ、褒めて!」


 誇らしげに胸を張るクロエに反して、俺は肩を落とす。何でこうも懐いたかな。十六歳で国家魔導士の資格を得るような優秀な魔女が、こんなくたびれたおっさんに懐く理由なんてないだろうに。

 国家魔導士といえば、現存する魔法の研究、新たな魔法の開発など、魔法に関するあらゆることを扱う国の重要機関「魔法省」の職員だ。魔法への深い造詣と、実際に魔法を扱う高い技術が必要とされ、就職試験の受験資格を得たというだけでも優秀さの証明になる。


 早く早く、と目を輝かせるクロエの頭に手を置く。


「大変良く頑張りました」

「えへへ」


 溶けるような笑顔だ。そんなに嬉しいかね、さっぱりわからん。

 幸せいっぱいといったクロエの様子がくすぐったくて、話題を変える。


「クロエ、玄関の修理してけよ」

「ダンテならすぐなのに?」

「国家魔導士様なんだろ、お前。俺がせっせと金槌を振り下ろしてやるよりずっと早いだろうが」

「え、でも――」

「大人なんだろ、修理してけ」


 フェルの教育にもよくない。フェルが玄関の扉は破壊するものだ、なんて覚えたらどうしてくれる。これから先あいつがどこかへ出かける度、行く先々で扉を破壊したとして、頭を下げて回るのは俺なんだぞ。


「修理します……」


 クロエはしょんぼりして、吹き飛んだ木片を集め始めた。

 俺も洗いかけのコップを綺麗にすべく流し台の前へ移動する。水は基本的に俺の水魔法で代用するから、汚れた水を排出する穴を空けて外と繋いでるだけの簡素なものだ。


「ねえダンテ、たまには町においでよ。私が仕事してる姿とか、見られるよ?」

「魔法省は王宮の敷地内だろ」


 一般人の俺がそんな場所に立ち入れるわけがない。一歩でも敷地内に踏み込もうものなら即お偉い騎士様に斬り捨てられる。


「でもでも、町に出かけるともなれば、さすがのダンテでもおしゃれするでしょ?」

「しねえよ」

「嘘……その寝癖だらけの頭も無精髭も、着古されたヨレヨレの服も、そのままの格好で出かけるつもり? ここは仮にも王都だよ? 浮浪者に間違われちゃうよ?」

「失礼な娘だなお前は」


 でもまあ、否定はできない。食後の歯磨きも毎日の風呂も欠かさないが、清潔であることと清潔感を感じさせることはまた別だ。

 振り返ると、玄関はすっかり元の状態に戻っていた。さすが若き秀才、クロエ様様だ。風魔法で木片を集めて、土魔法と水魔法を練り合わせて粘土にして繋ぎ合わせただけだが、扉の形をしているので元の状態に戻ったことにする。……あとで時間を戻しておこう。


「フェル様のお洋服とか、町なら可愛いのいっぱいあるよ?」

「俺しか見ないのに可愛いの着たって意味ねえだろ。それにフェルは男だから、可愛い服は要らねえよ。それよりクロエ、そのフェル様ってのいい加減やめろよ。俺のことは呼び捨てなのに、何でフェルは敬称付くんだ。我が家のヒエラルキーが崩れるだろうが」

「もう呼び慣れちゃったし、フェル様って呼ぶとなんだか嬉しそうだし、これでいいの」


 フェル様と呼べ、と。初めて我が家を訪ねてきたクロエに名を知られ、『フェル君』とよばれたフェルがキレて言い放った。気安く呼ぶな、名を呼びたければ貢物をしろ。当時、反抗期の真っ只中で風が吹いても雨が降ってもキレまくっていたフェルの癇癪に、クロエはいまだ律義に付き合ってくれている。


「ヒエラルキーって言っても、ダンテとフェル様しかいないでしょ」

「だからこそだ。家主と居候、力関係ははっきりさせとかねえと」

「ちっさいよ、ダンテ」

「うるせえ!」


 ――不意に、屋根の上からけたたましい音が鳴り響いた。


「な、何なに怖い!?」

「落ち着け、風見鶏が鳴いてんだ。といっても、我が家のは(からす)だけどな」

「風見鶏? 烏?」


 クロエの問いには答えず、俺はフェルの領地に踏み込んだ。分厚いカーテンをめくると、奥で頭から毛布を被って縮こまっていた。苺のカゴは空になっている。マジで全部食いやがった。


「フェル」

「……ダンテ」

「客だ。終わったら呼ぶから、それまで寝てろ」


 小さく頷いたフェルが犬のぬいぐるみを引き寄せ横になった。そっと頭の位置を撫で、すぐ領地の外に出る。


「何、どうしたの?」

「俺の森に入ろうとしてるバカがいるんだよ」

「わ、私は何をしたらいい?」

「何もしなくていい」


 窓を開けるとすぐさま烏が飛び込んできた。


「どこのバカだ?」

『くそじじい! くそじじい!』


 舌打ちする。面倒くさい奴が来た。


「ダンテ、くそじじいって誰? ねえ、ちょっとは説明してよ」


 クロエの森への立ち入りは自由にできるよう許可を与えている。烏は鳴かず、出迎えもなく、森もクロエには干渉しない。今の状況を理解できないのは当然だ。


「今この森の入り口に俺の知り合いが来てる。玄関のベルの代わりにこの烏が鳴いたんだよ。お前の時もこいつが迎えに行ったろ。俺の知り合いや顔見知りなんかは登録してあるから、聞けば名を鳴くんだ」

「……確かに、初めてここに来たときは大きい烏が迎えに来たけど。あの鳴き声がベル?」

「ちゃんとノックして家主の返事を待つ客人ばっかじゃねえんでな」


 なにせ森だ。看板立てても警告しても、どこの世にもバカはいる。迎えの烏が到着する前に無茶して侵入しようとする奴もいるから、寝惚けて烏の知らせを聞き逃さないように爆音で鳴くよう設定してある。


「ねえ、これって魔法なの?」

「似たようなもんだ」


 嘘だ。魔法じゃない。でも教えない。絶対、面倒くさいことになるから。


「それよりお前、今日は帰れ」


 烏に迎えに行くよう指示を出し、窓を閉める。


「お客さん来るから?」

「若い女の国家魔導士を家に入れてるなんて知られたら面倒だから」


 あのくそじじいはそういうところ、突っつかずにはいられない性格だ。


「普通の女の子のフリできるよ?」

「普通の若い女の子を家に連れ込んでると思われたら余計に面倒だろうが!」

「でも、でも……なんかダンテ、顔怖いし……いつもと違うし」


 そのままポロッと落ちそうなほど眉尻を下げたクロエに、思わず言葉が喉に引っかかった。


「わ、私お利口さんだしそんなにスペース取らないし、良い子にできるよ?」

「……犬じゃねえんだから、」


 深く息を吐き、気持ちを落ち着ける。まあ、いいか。


「……隅で小さくうずくまって大人しくしてろよ」

「わん!」

「……俺は家の外で話すから、絶対、声出すなよ。喋るな騒ぐな物音立てるな」


 いいな、と念を押すと、クロエはこくこくと何度も首を縦に振った。

 いそいそと家の隅に移動したクロエを尻目に家の外へ出る。

 ちょうど烏が戻ってくるのが見えて、危なかったと胸の内で溜め息を吐く。

 烏が連れてきたのは、今にも死にそうなヨボヨボのじいさんだった。俺が生まれ育った、王都の南方にぽつりとある小さな村の長だ。老い先短いだのこれが最後だの散々言っては、必ずまたやって来るのだこのじじいは。


「久しぶりじゃのう、勇者様。息災か?」

「また死に損なったかくそじじい」


 若い頃はやんちゃで冒険者まがいのことをやっていたとか、村一番の暴れん坊だったとか、謎の武勇伝をいくつも持つじじいだ。体は小枝のように細くなったが、眼光だけは昔からずっと鋭さを失わない。


「ひどい言い様じゃ。年寄りには優しくせんか」

「何の用だよ」

「そう嫌ってくれるなダンテよ。今日はお願いがあって来たのじゃ」


 お断りだ。

 ばっさり切り捨てる。こいつのお願いなど二度と聞くか。


「そう言うてくれるな。女神さまがの、降臨されたのじゃ」


 王都にある教会の女神像、あいつは何かあるとすぐあそこへ降臨する。神のくせに人間との距離が近すぎるんだ。ありがたみが薄れそうなものだが、その辺は神官がうまくやっているらしい。ご苦労なことで。


「余計にお断りだ。くそったれ女神の頼みなんて誰が聞くかよ」

「じゃがのぅ、聖剣はお前が持ったままじゃろうて」


 聖剣、という言葉で、俺は警戒レベルを最大まで引き上げる。


「おい、聖剣が必要なお願い事って何だ。冗談じゃねえぞ」

「冗談なものかバカタレが」


 老いを感じさせない覇気で、じじいが目を尖らせる。こいつがこんな顔をする時は、大抵ろくでもないことが待っている。聞きたくない、けれど聞かないわけにはいかない。



「魔王が現れたのじゃ」



 俺はその場にくずおれた。顔を覆う手は指先が震えている。

 ――勘弁してくれ。

 

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