ザ・課金ソルジャー(三十と一夜の短篇第52回)
大英帝国文書音声記録 #00019833-3B
通話日時 1917年 11月3日 午後3時41分
通話者:ダグラス・ヘイグ(陸軍元帥 英国海外派遣軍総司令官)
デイヴィッド・ロイド・ジョージ(首相)
「それでなんて言った?」
「パッシェンデールだ。そこを攻め落とす」
「そこにはなにがあるんだ?」
「なにも。砲弾がこさえた穴がどこまでもひろがってるだけだ」
「そんなとこ、占領して、なにになる?」
「ロイド・ジョージ、それは極めて微妙な軍事的機密要素がだな――」
「ヘイグ。ソンムの二の舞はごめんだぞ」
「ソンムのなにがいけないんだ?」
「なにがいけないかだって? じゃあ、教えてやろう。きみはピカルディ地方のソンム河畔を制圧するといって、兵隊を使い切った。1916年7月1日だけで何人失ったんだ?」
「ほんの8万人だよ」
「ヘイグ。我が国はもっと少ない犠牲でナポレオンをワーテルローで下した。クリミア戦争では二年半戦って、4万人損害をこうむったが、ロシアの野望を打ち砕いた」
「8万人といっても、死者は2万人で負傷者が6万人だ。ボーア戦争だって同じくらいの被害だったろ?」
「ボーア戦争は二年半で八万人だ。それにその犠牲を払って、南アフリカを取得した。ヘイグ、ソンムの戦いの初日に我が軍はなにを得た?」
「一マイルも前進した!」
「たった一マイル……」
「開戦以来ずっと動いていなかった戦線で一マイルだ。これは大きい」
「なあ、ヘイグ。たった一日で八万人のイギリス人の若者を失ったときいて、わたしは柄にもなく神に祈ったよ。『主よ、イギリスはこれだけの出血に耐えられるのでしょうか?』」
「耐えたじゃないか」
「四か月半で45万人の損害を出してな」
「そして我々は11キロも前進した! ただ、まあソンムなんて過去のことにこだわっちゃいけない」
「報道規制するのがどれだけ大変だったか分かるか? わたしは新聞記者たちにいま、きみが言ったことを言ったんだ。開戦以来動いていなかった強固なドイツ軍防衛ラインを一マイルも押し込んだとな。だが、そのためにどれだけの犠牲を払ったかは言わなかった。そんなこと言おうものなら、わたしの内閣は倒れてしまう」
「ロイド・ジョージ、これは戦争なんだぞ? みんなが犠牲を払う。真実だって例外じゃあないのさ」
「ヘイグ。簡単な算数の問題だ。ヘイグくんは一マイル前進するのに八万のイギリス人の若者を死なせるか一生まともに暮らせないくらいの大怪我をおわせました。ベルリンまで到達するにはあと何人のイギリスの若者が死んだり一生まともに暮らせないくらいの大怪我をしなければいけないでしょう?」
「ちょっと待ってくれ。紙に書いて計算する。ええと、ベルリンまで520マイルあるから520に8万をかけて――」
「やめてくれ、ききたくない」
「問題を出したのはそっちじゃないか」
「とにかく、もうソンムの二の舞はごめんだ。その、なんとかかんとかという土地のためにこれ以上は犠牲を払えん」
「そんなこと言わずに、もう一度カナダ軍団を送ってくれ」
「ちょっと待て。もう一度ってどういうことだ? カナダ軍団をどうしたんだ?」
「使い切った」
「なに!? 大英帝国精鋭のカナダ軍団を使い切ったってどういうことだ?」
「二個師団2万人をパッシェンデールにぶちこんだんだが、カリーのやつ、損害が80%になるとしぶってな。だが、2万人の80%っていえば、たった1万6千人だろ? たったそれっぽっちの損害で占領できるならしないのが馬鹿だ。で、使い切った。だから、新しいカナダ軍団をくれ」
「大英帝国精鋭部隊をそうおいそれと出せるわけないだろうが」
「なんだよ。カンブレーには大量に戦車を送りつけてるくせに。おれは知ってるんだぞ。まあ、いいや。じゃあ、本土の徴兵された連中でいい。訓練途中でもかまわない。大切なのは前進することだけだから」
「だめだ。送らない」
「なに? 冗談じゃないぞ、ロイド・ジョージ。あと少しでパッシェンデールからドイツ軍を追い出せるんだ。ここでやめたら、今までつぎ込んだ分が無駄になるだろうが。もっと兵隊をくれよ」
「くれてやれば、くれてやった分だけお前はすぐに使い切っちまうだろうが!」
「それがなにか?」
「だめだ。これ以上、そっちに兵隊は送らない。イタリアかメソポタミアに送る」
「また、それか。きみの悪い癖だぞ。ロイド・ジョージ。西部戦線が詰まると、別の戦線で何とかしようとする。だが、イタリアやメソポタミアでドイツ軍を破っても、西部戦線で負ければ、戦争全てが負けになるんだ。だから、スパゲッティ食いどもにくれてやるだけの兵隊があるなら、こっちに送ってくれ。大至急だ。今度こそパッシェンデールを占領してみせる。今度はできる。そんな気がするんだ」
「あー、あー、きこえなーい(ガリッ、ガリッ、ガリッ!)」
(その後、ノイズにより通話不能となり、通話は切断されたが、電話機に異常はなく、話者が受話器を爪で引っかいたことにより生じさせた音と推測される)
以上の通話記録は国家最高機密対象とし、
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管理局長 サー・エドワード・チェイムリー




