アカズノ間
#1. ヒッコシ
オレは、初めての「基地」に心が浮ついていた。
やたらと世話を焼くことが、「愛情」だと勘違いした母。
飼い犬のコタロウと触れ合うことで、現実逃避をする父。
いつしかオレに敬意を払わなくなった妹。
そんな家族から、しばし距離を置く。
そう、オレは大学生になった。
ひと月前。
後期試験で合格したオレは、焦っていた。
物件がない。残っているのは、●●荘の名がふさわしいボロボロのアパートか、
アルバイト生活では賄えないファミリー向けマンション。
このままでは、オレの実家脱出計画が無に帰してしまう。
そんなオレに救いの手を差し伸べたのが、不動産屋の新入社員、佐伯あかりさんだった。
大学まで、徒歩5分。家具つきで、家賃はなんと月2万5千円。
友人のコウジからは「確実に事故物件だろ」と揶揄されたが、
オレは、佐伯あかりさんの真っ直ぐな瞳を信じている。
雑に封がされた段ボールを、カッターで切り裂いていく。
山積みの荷物は、封を切るたびに増殖していくようだ。
とりあえず、備えつけられた家具を端に寄せよう。
パイプでできた安っぽいベッドを立てかける。
「ん?」
壁に、小さなドアがある。
高さは50cmくらい。小型犬が通り抜けられるくらいの大きさだ。
表面の木材はささくれ立ち、真鍮のドアノブは錆びかかっている。
ドアノブに手をかける。湿った、嫌な感触。
時計回りに捻ると、錆を落としながらギシギシと回る。
回しきったところで、思いきり押してみる。ビクともしない。
思いきり引いてみても、同じことだった。
ドアの向こう側には、隣の部屋があるはずだ。
今度、挨拶がてら、ドアのことを聞きに行ってみよう。
隣の住人が、佐伯あかりさんみたいな美人だといいな。
能天気なオレは、不気味なドアの存在をピンク色の妄想に変え、
段ボールとの格闘を再開した。