一章 『冷え性お断り』 第四話
第四話 はじまりはじまり
コンコン。と窓がノックされる音が聞こえた。橘花は寝る準備を終え、ベッドに入ろうとしていたがそれをやめ窓のほうに近づいた。窓の鍵を開けようとしてからしまった、と思った。こうやって近づいたせいで今日、正確には昨日の夜から酷い目にあったのだ。今から鍵を閉め直してベッドに入ってしまおうか…。そうも考えたが気になる。橘花は空気を吸い、息を止め、窓を勢い良く開けた。しかし、そう言ったことを初めてしたせいか力加減がわからず窓の可動域の限界のせいで、窓がバウンドして少し戻ってきて危うく指を挟むところだった。咄嗟に手を引き、怪我はせずに済んだ。
「なにやってんだ、お前さん…」
逢魔が逆さまのまま浮いており、顔が突然橘花の目の前に現れた。橘花は驚きすぎたせいか、声が出ないまま床に尻もちをついた。逢魔はケラケラと笑い、橘花の部屋の中に入った。
「おー、大丈夫か?」
「お、逢魔、さん?え、あ…だ、だいじょうぶ…だったの?」
「あー、まぁ、うん、へーきだ。あによ、心配してくれてたん?」
「そりゃするよ。よかった…あ、凪ちゃんに伝えて…電話番号わかんないや…」
「会ったときに言えばいいべや」
「明日会うからそのときかな…逢魔さんはなんでさっき消えちゃったの?」
橘花の問いに、逢魔は答えずらそうにした。言いずらいことなのかと思ったがどうやらそうではなくどうすれば伝わるか、というところを考えているようだった。
「…あー…時間切れ、ってとこかぁな?」
「時間切れ?」
「んだ、長く離れすぎたんよ…まぁ、細かい話はまた明日…って、休みか」
橘花は首を振り、明日会うこと、逢魔を探す予定だったことを伝えた。逢魔は少し驚いた様子で「ほぉ」と声を漏らした。
「こりゃ、随分心配させたんだぁな…悪ぃな」
「ううん、凪ちゃんと会ってから、どこに行けばいいかな?」
「んー、なら学び舎の桜のとこ来てくれ、ほんじゃおやすみ」
にこりと笑い、逢魔は空中に消えていった。橘花は安心した気持ちと、明日が少し心配になった。が、こうしていても仕方ないのでちゃんとゆっくり窓を閉め、ベッドの中に潜り込み目を瞑った。
次の日、藤梧を見送った橘花はその足で凪の家に向かい、訪問者を伝える呼び鈴を押した。「はーい!」という声と共にドアが開かれ、中から凪がとびでて来た。
「橘花くん!おはよ!」
「おはよう凪ちゃん、朝からごめんね。あのね、逢魔さんが昨日の夜に来てもう大丈夫って…あと」
言いかけて凪の顔を見た橘花は言葉を止めた。凪は本当に心配していたのだろう、嬉しそうに橘花の手を握ってきたからだ。
「よかった…えへへ、おーまさん大丈夫ならよかったっ!」
橘花は少しだけ困ったように笑い、頷いた。
「…そう、だね。逢魔さんが事情を説明するから、学校の桜の木まで来てくれって言ってたよ」
「そっか、じゃあ行こ!」
凪は中に親がいるのだろう、声を掛けてから二人は学校に向かった。
「おはようさん」
校庭についてすぐに声を掛けられた。辺りを見ると、花壇の淵に眠たそうに疲れたように腰を掛けていた。橘花は凪の手を握り、逢魔に向けて挨拶をした。
「おはよう、逢魔さん。あれから帰れたみたいでよかった…」
「おはよー!だいじょぶ?」
「橘花みたいな間抜けじゃねぇからへーき、さてと…んじゃまァ、移動すんべ」
橘花と凪はそう言われ首を傾げつつ逢魔の後を追う、がすぐに立ち止まり逢魔は二人にブランコに座るように促した。確かに花壇の花に話しかけているように見えても仕方ない状況は大人に色々な心配をかけるだろう。橘花はブランコに座り、凪はブランコに立ち乗りしようとしたがやめてブランコに座り少しだけ漕いだ。昔は人気だったである錆が少しついたブランコは久々の団体…といっても二人と一人だが、お客様に嬉しいのかギィ、ギィと音を立て、繋いだ橘花の腕ごと揺れた。
「昨日は悪かったぁな、心配かけて」
「大丈夫…では、ないよね。俺は聞いたけど時間切れって…?」
「時間切れってなにがー?」
「昨日の夜逢魔さんにそういわれたの、その説明も今日するからぁって言われちゃって…」
逢魔は二人の正面の校庭とブランコを区切るための鉄の棒に腰を預け、腕を組んだ。なんとなく寒そうに見えた。初夏、のはずだが今日は妙に冷える気がした。
「俺は地縛霊だからあんまり離れられんのよね」
「地縛霊…」
橘花は土地に縛られた幽霊、といった簡単な意味ぐらいしか知らなかったが凪はそうではないようだった。
「死んだことがわからなかったり、死んだことを理解できなかったりして、死んだ時にいた土地とかビルから離れずにいる霊?」
「知識偏りすぎだべや…まぁそっこと。俺はこの桜の木から長時間離れられんの、離れると…なんというか、まぁ、いわゆる悪霊になるんだろうな」
「え」
橘花と凪は逢魔をみた。逢魔は困ったように笑い、刀を邪魔そうにしつつ顎を擦った。
「別に今、悪霊になるわけじゃねぇよ?見てもなんもならんべ、見んな見んな」
「そ、そう、だよね…じゃあ、通りもあんまりいけないの?」
「長居はしないってとこだな」
凪はしばらく黙っていたが、すぐに逢魔をまっすぐ見ていつもの調子で質問を始めた。
「なんで桜の木なの?」「なんで悪霊になるってわかるの?」「おーまさん自覚ある幽霊だよね?」と、珍しく的を得るような内容に、逢魔も橘花も驚いた顔をした。
「あー…えっと、一個ずつ答えるな?まず、桜の木はこの下に俺の墓と首が埋まってるから」
「え、掘ったら出てくるの?」
「たぶん、昔ここは川でな…もう埋め立てられて無くなっちまってるけど、桜は防波堤として植えられたんよ。それがいまではこの立派な桜さ…あ、掘るなよ?桜が枯れちまうから」
「そうなんだぁ、ちぇー…」
「凪ちゃんメンタル強いね…」
橘花は想像してしまったのか青い顔をして凪を見た。逢魔はこれが普通の反応だぞと言いたげに頷いたが凪には通じていなかった。
「次!悪霊はなんで?」
「勘…と言いたいけど、昔…坊さんにそう言われたんだわ、「桜から離れるな、悪鬼になる気か」って」
「あっき?」
あまり聞かない言葉なのだろう、凪は聞き返すが明らかに意味が分かってない言い方だ。
「わるぅいお化けっておもっときゃいいさ、まぁだから離れんようにしてるの」
「へー…坊さんは?」
「知らん、すれ違った時にそう言われただけで、後ろ姿しかなぁ…」
橘花は何故か、あの時の声を思い出した。「待って」それも、逢魔に忠告をした坊さん、のようなものなのだろうか?だがあんな不明瞭な声を今まで橘花は聞いたことがない。静かにそのことを考えていたせいだろう頭の上から逢魔の声がした。
「橘花、大丈夫か」
橘花は頭を上げ、逢魔をみた。心配そうな顔をしている。
「あ、うん…考え事してた…」
「そかぁ…?なんかあったらちゃんと言うよ、お前さんは貯め込みがちだかんな…」
逢魔は橘花の頭を撫でたようにしたが、感触はない。が、それでもなんとなく橘花は安心したような気持になった。
「橘花くんなに考えてたのー?」
「あ、えっと…」
声のことを言えばまたなにか心配させてしまうだろう。橘花は違う気になっていたことを聞くことにした。
「な、んで、名前のある妖怪に会っちゃいけないのかなって…」
「あぁ、なるほど。そりゃ簡単、名前があるやつらは純粋に強いし、お前さんらみたいな童が会ったら確実に食われるさ」
逢魔は意地悪そうに笑い、親指と人差し指でつまむよな仕草をし舌なめずりをした。
「ひぇ…た、たべられたくない…」
橘花には刺激が強かったのか目が潤み、ボロボロと泣き始めた。これには逢魔も予想外だったのか慌てて橘花に笑いかける。
「さ、さすがにそんなこたぁ早々ねぇよ、だいじょぶ、な?だから泣くなって…」
「おーまさんいけないんだー!泣かせた人は謝るの!」
「わぁってるよ、橘花ごめんな?びっくりさせてすまん」
逢魔は橘花の前で両手を合わせて謝る。橘花は落ち着いたのかくしゃくしゃになりながら大丈夫、と答えた。驚かせた逢魔も悪いが、今回は自分の想像力の自爆だなぁと思ったがそのことは言わないでおくことにした。
「最後!なんで自覚あるのに地縛霊なの?」
凪は足をぱたぱたと動かしつつ聞いた。動けないことがつまらないのか癖なのか橘花にはわからない。
「そればっかりは俺にもなぁ…なぁんか心残りでもあるんかねぇ?」
逢魔の適当な返事に凪は不貞腐れるが、逢魔が本当にそうなのだと言うと凪も真面目になぜかと考え始めた。しかしどれだけ考えても二人にはわからなかった。
「まぁ…そんなすぐにわかればこうはならんか…はは」
乾いたような笑い声に、橘花も同じように苦笑いをするしかなかった。
「あ、ねーねーそういえば!昨日話しかけてきた妖怪はー?」
凪も考えるのに飽きたのか、新しく質問をした。
「あー、あれか…まぁ、えらぁい魔のモノよ。関わらんでいいさ」
逢魔の言い方には含みがあったが、橘花はそれ以上聞くことはせず小さな声で「そっか…」と言った。凪は納得がいってないようだったが逢魔がそれ以上言うつもりがないことがわかり、不貞腐れてしまった。
「そんな不貞腐れんなよぉ凪、言ったら会いたいって言うだろ?」
「言う!」
「だからだっての、阿呆」
逢魔はゆっくりと立ち上がり、優しく笑いかけた。
「朝から呼び立てて悪かったなぁ、俺ぁそろそろ休むからお前さんらはどうする?」
凪は自分が持ってきていた宿題のことを思い出し、橘花に昨日のことを伝えた。
「橘花くん!宿題手伝って!」
「うん、いいよ。そこまで頭よくないけど…」
橘花はそう言いつつ、どこで宿題をするか考えた。どちらかの家、というのも手だが凪の性格上遊んでしまうのが目に見えている。ゲームや遊べそうなものが手近にない場所、となると…。
「そこの図書館ならちょうどいいかも…」
「じゃあ急いで行って、宿題終わらせてあそぼ!」
やはり遊ぶ気満々だった。橘花は予想が当たったことに笑いそうになるが、出来るだけそれを表に出さないようにして逢魔にそのことを伝えた。
「とりあえず、帰る…でいいのかな?宿題を図書館でやったら遊びに行ってくるね」
「あいよ、気ぃ付けてな?また夕方になったらお前さんらのとこいくべぇよ」
そう言って逢魔は桜の木に近づき、手を振って消えてしまった。普段はこうやって休んだりしているのかな、なんてことを橘花は思った。
「いこ!」
「あ、う、うん」
凪は橘花の手を引き、図書館に向かった。宿題は簡単には終わらず、結局逢魔が来た夕方ごろに終わったぁと凪は疲れたように伸びをすることになった。
あざがみ とうご
阿座上 藤梧
元気だけが取り柄と言われやすいタイプの普通の少年。橘花の弟だが橘花よりも成長が早くよく兄と間違えられる。クラスでは人気者で誰とでもすぐに仲良くなれるのでいじめられたことはない(本人談)。
橘花を兄と慕うが、橘花のいつも申し訳なさそうなところに不満を抱いている。幽霊や魔のモノとの縁はなく、全く見えない。
ほんとのほんとにお待たせいたしました。そして明けましておめでとうございます。いやもう明けすぎて二月に突入寸前です…ほんとすみません。年越しはPCの前でリアル友人とがっつりTRPGしておりました。ありがとうリアル友人、めっちゃ楽しかった…。
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