一章 『冷え性お断り』 第三話
第三話 はじまりはじまり
橘花は凪を家に送り届け、一人で歩いていた。
「(逢魔さん大丈夫かな…)」
逢魔と出会ってから約二か月、その間帰り道は逢魔がいつもそばにいたせいかなんとなく寂しさを感じた。橘花の覚えている限り、今までこのようなことはなかった。五時半のチャイムが聞こえる。橘花は急いで家に帰った。
「ただいま、藤梧」
橘花が玄関に入ると、リビングから藤梧が頭だけを出していた。
「お帰りー、体調大丈夫…みたいだ!よかったぁ!兄ちゃん腹空いたから手伝う!」
「うん、ありがとう、遅くなっちゃったかなごめんね」
橘花は急いで靴を脱ぎ、ランドセルをリビングに置いて手洗いうがいをすると、晩御飯のカレーを作るために冷蔵庫を開けた。橘花はまず玉ねぎを出し、慣れた手つきでくし型に切っていく。
「兄ちゃん、今日帰り遅かったけどなんかあったのー?」
藤梧は橘花の隣でジャガイモの皮をむいて芽を取り除きながらそんな質問をした。平日は二人でごはんを作ることが多いせいだろう、作業をしながらでも出来事を話す程度はできるようになっていた。
「あ、うん、先生に頼まれごとされちゃって」
橘花は考えうる中で一番無難な答えをだした。幽霊と共に人外の住む通りに行っていた、なんてことは絶対に言えない。そんなことを言えば確実に心配をされるだろう、もしくは自分も行きたいと言い出すのは目に見えてわかる。
「そっか!兄ちゃんはすごいなぁ、俺そんなの頼まれたことないや」
「藤梧は体育委員だから運動会で活躍してるもしいいんじゃないかな」
「へへー、運動なら一番だもん!」
「そうだね、羨ましいなぁ」
橘花は本当に羨ましく思いながら藤梧からジャガイモを受け取り、縦に切ってから一口大サイズにしていく。その間に藤梧は人参の皮を剥いていく。
「そういえば兄ちゃんのクラスの転校生、どんなひとなのー?俺のクラスでも話題なんだー」
「凪ちゃん?いい人だよ」
橘花は本心からそう言った。自由人ではあるし、あまり話を聞いてない人ではあるがそれよりも他人の心配ができる優しい人だと橘花は感じていた。残念なのはそれが自由すぎる性格で分からないことが多いという事だけだ。
「めずらしー、兄ちゃんが名前で呼んでる!仲良しなの?」
「あ、うーん…うーん……どう、だろう?」
「あー、なんとなくわかった、兄ちゃん自分からあそぼとか言わないもんな」
「あはは…」
弟の容赦ない感想に橘花は苦笑し、小さな声で「そうだね」と認めた。
その後人参とお肉を切り、橘花は厚手の鍋を取り出しサラダ油を入れ玉ねぎを炒め始めた。
「あと手伝うことあるー?」
「特別はないよ、宿題やっておかなくて大丈夫?明日友達のおうちにお泊りじゃないっけ?」
「そう!へへへー、楽しみなんだぁ!」
「それなら今のうちに宿題やっておきな?日曜日にやるの大変だよ?」
藤梧は「確かに!」といい、自室に一旦戻り宿題をもってリビングに走ってきた。
「ここでやる!」
「うん、がんばってね」
橘花はそう笑い、料理を再開した。
藤悟が宿題を始めると途端に先程の心配が頭の中に戻ってきた。逢魔はなぜ突然消えたのか、名前なる魔のものに何故会ってはいけないのか、そして。
「(待って、って俺に行ったのかな)」
二人には聞こえていなかった様子だったあの声。何歳かもわからない、それどころか男とも女かさえわからない声。
焦げるようなにおいがした。
「兄ちゃん?大丈夫?」
「え?あ、あぶなっ…セーフだよ、うん」
「ほんとにー?」
「…ほんとにー」
橘花は大丈夫、と自分に言い聞かせるように呟き、じゃがいも、にんじん、そして肉を順に入れた。全体に油がまわり、玉ねぎがしんなりした頃、水を加え、あくが出るのを待とうとしたとき、藤悟が大きく伸びをした。
「宿題やったおーわり!兄ちゃん、残り俺やる!次、兄ちゃんが宿題やるばーん」
「ありがとう、じゃあお言葉に甘えるね」
藤悟は立ち上がり、橘花とハイタッチして台所で鍋で煮込まれているルウなしカレーの前に立った。
「人参に爪楊枝が簡単に入るようになったらルウ入れてね」
「オッケー!」
橘花はリビングの床に置いたままの自分のランドセルを背負い、一度部屋に戻った。
橘花に送ってもらい家に入った凪はリビングに入りランドセルをその辺に投げ置き、窓から橘花が歩いていくのを見守っていた。
「ばいばーい」
聞こえないのは分かっている。それでも声に出たのはそれだけ橘花といるのが楽しかったからだろう。
「おかえり凪」
凪の母が二階から降りてきていまだ窓にへばりついている凪に声をかけた。
「ただいまママ―、今日のごはんなにー?」
「今日はさかな、なんで窓のほうにずっといるの?」
「友だちみてたのー」
「友達?凪、よかったね友達出来たの…そう…よかった」
凪の母は嬉しそうに笑い、凪の頭を優しくなでた。凪の父は転勤が多く、家族で引っ越しをしていたため既にあるコミュニティに属する、ということが苦手な凪に友達ができることは少なかった。性格上、生活上仕方ないことではあった、がそれでも両親二人は申し訳ないと思っていた。学校につまらなそうに行く凪を見ていた母親からすれば余計にだろう。だから本人から「友だち」という言葉が出た嬉しさは計り知れない。
「ママ、あたしにも友だちいるよー」
「うん、うん…そうね、凪、今日はアイス一緒に食べよっか」
「アイス!やった!!」
母親の言葉に凪は嬉しそうに飛び跳ねた。
「ママはご飯作るから、凪はお部屋で宿題とお風呂済ませて来なさいね」
凪は「はーい」と返事をし、転がっているランドセルを背負い部屋に向かっていった。
凪が部屋の中にはいると、窓が開いており夕日が差し込んでいた。
「…おーまさん、大丈夫かな」
凪はそう呟き、机にランドセルを置き夕日を眺めた。凪自身に霊感はない。だからあの後、逢魔が消える瞬間になにがあったのかは橘花でなければ分からないだろう。
「(大丈夫で、また明日さがすもんね、見つかればそれいっか)」
凪は窓を閉め、ランドセルから教科書やノートを出した。
「宿題やって、アイス!」
気合をいれ、宿題をしていくが解けないところが多く結局明日橘花に会った時に教えてもらうことにした。
すぐにやめたこともあり「(アイスまで時間があるなぁ)」と思い、時間をつぶすため橘花に電話することにした。が、電話番号を知らないことに気が付き、仕方なく携帯で妖、妖怪について調べることにした。
先程あった”ぬりかべ”、”雪女”のことは本人たちの話を聞いたため、調べる必要を感じない。ではなにを調べるか。
「…あ」
名のある川の主、大妖怪と呼ばれる鬼、有名な人間に退治された魔。逢魔の言っていたことを思い出した。
「(名のある川の主って、多摩川とか、荒川かなぁ、あんまりそこは調べてもわかんなそう…)」
凪はしばらく唸り仕方なく思いつく有名な人物、そのあとに妖怪と入力し、検索し始めた。”織田信長 妖怪”、”豊臣秀吉 妖怪”、”徳川家康 妖怪”、”ペリー 妖怪”、”禿の人 名前”など、検索ワードが増えていくがどれもゲームや攻略wiki、植毛などしか出てかない。うまくいかず、凪は大きく欠伸をしつつ携帯の時計を見た。既に18時は越している。凪は仕方なく携帯を充電器に差し、着替えをもってお風呂に向かった。
逢魔はゆっくりと目を覚まし、自分が何処にいるのかを確認する。未だに視界がぼんやりとしていることもあるが周囲が暗いせいで瞬時には理解出来なかった。既に夜中なのだろう。
項垂れていた頭をなんとか上げると灰桜色の花びらがひらりと落ちてきた。逢魔が真上をみると魔のものにしか見えない満開の桜が妖しく霞色を纏って静かに花びらを散らしていた。
この桜の樹は遥か前からある。そして度々人の前で狂い咲きをしてきた。そのため、学校の子供や近所の子供、そして老人たちから幽霊桜と呼ばれてきた。そのため今では小学校の七不思議のひとつになっている。
逢魔は小さくため息をつき、立ち上がる。先程突然消えたせいで橘花と凪には心配を掛けたか、それか驚かせただろう。
「しゃあない」
逢魔は桜の根元から歩き出し、橘花の家に向かった。遠くからでも薄ぼんやりと光る桜を見つつ、逢魔はどう説明したものかと考えていた。
逢魔
おうま
名前もわからない幽霊。趣味は煙草と酒。よく魔のモノが住む通りに飲みに行っている。
今まで橘花以外にも見える子供に出会い、相手が見えなくなり見守るようになった。