6話 最終回
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6話 最終回
霧雨晴雪は私の救いだった。
ずっとひとりだった私にとって。
学校に虐げられ。
母親に蔑まれ。
父親に無視され。
ただそれでも行く場所もなく学校に通う私にとって。
彼はただ一人、私に寄り添い、認め、赦してくれた。
優しくそばにいてくれた。
「ハルは!」
目の前の魔王を胴体で切断する。
「私を見てくれる『世界で唯一の人間』だった!」
今度は正中線に沿って断つ。
「その言い方だと」
ウィロウ・ストリーム――この世界を征服した魔王が、私にぶつ切りにされながら笑う。
嘲笑する。
「君にとっての『人間』は彼だけだったみたいに聞こえるけど?」
「そう言ってるんだよ」
右手の刀と刃物化させた左手でずたずたに切り刻む。
「残りは『ヒト科の哺乳類』だよ」
「はっ、そりゃあ人類全てが君と敵対するわけだよ」
刻んだそばから、彼の肉体はくっつき、もとの状態へと回帰しようとする。
彼の鉄の棒にしか見えない黒くて直径五センチメートル程の円柱を、シンプルに私の肉体の中心に向かって適確に突き刺してくる。躱す。
一瞬だけ距離を取り、再び詰める。
一度目の接敵は彼の――魔王・ウィロウ・ストリームの再生力を確認できた。いや、わかってはいたが。
私の眼鏡の殺人ゲージが、私が〝能力〟の最大解放――〝地晴雨〟の時間経過でみるみるうちに減っていく。黒い魔力を溜めたブレスレットはもう一つ割れてしまった。
時間がない、次の接敵で決めるしかない。
〝空間転移〟――「瞬間移動」のことだ――は使えないか。まだこの異世界の正確な三次元座標を把握しきっていない。彼に対して不正確な〝転移〟は死だ。なら見えている空間を圧縮すればいい。
「!」
「お前」私レヴェルの敵と相対するのは久しぶりだな? 或いは無いか。私は元の世界の人類全てと戦ってきたんだぞ――と発声する時間も惜しい。
彼に私の左の掌が触れる。唱え――
「■」
彼は一つの発音に私に伝える言葉を全て込めやがった。時短のために。私の腕を両掌で触れる。『その技は僕も困るので腕を〝着脱〟で破壊する』という意味だったと思う。
〝柳〟=〝着脱〟――本来、何も厄介な能力ではない。触れた無機物の構造を理解している場合に限り解体することができる。自身の肉体に限り、ある程度のサイズまで付け外しができる。
のだが。
問題は、莫大なこの世界の魔力で、彼の〝能力〟が凶悪な強度になっているであろうことだ。もともとの〝着脱〟は魂が入った私の肉体をばらばらにすることはできない。たとえ私の肉体が機械的性質をもっているとしても、だ。
それほどまでに魂のもつエネルギーは強い。こと、こうして何らかの超越的能力をもった私たちは――仕方がない。
「!」彼は驚愕の色を浮かべる。私は彼が触れた左腕をただの肉体に戻す。〝着脱〟は効かないが――ばきばきばき。単純な腕力で、私の左腕は破壊されつつある。
が。触れていれば十分だ。
痛みは、この十八年で慣れていた。
「〝旱〟」
あの吸血鬼を滅ぼした、私の最強の〝祝詞〟。ブレスレットが全て粉々になる。
〝星〟――〝日〟にして〝干〟。
〝恣〟――〝欲〟。
私は自然と口ずさんでしまう――「手のひらの太陽」を。
掌に太陽を生み出して、彼に叩きつける。
「あ――」
短い断末魔を残して。
彼の肉体は、鳩尾のあたりから渦を巻くように燃えていく。ついでに、私の左腕も。
まるで新聞紙が燃えるように――彼は燃えかすになって空に消えた。
私の眼鏡は、元の黒縁に戻った。
「で? なんでお前がここにいるわけ?」
玉座。ここは私の玉座だ。正確に云えば私の国の玉座であり、もっと正確に云うのであれば、私が乗っ取った肉体の持ち主、女王・スウィィエウスー・メイィシャイの治めていた『太陽の女神の国』の玉座だ。
その右横に、玉座の肘おきくらいの高さの小さい丸テーブルが置かれていて、
「〝着脱〟ってここではそういう能力なんだよ。莫大な魔力で細胞単位まで分解しても元通り再生できる。文字通り細胞単位まで君が分解してしまったから、まだこのサイズだけどね」
ウィロウ・ストリームが。
私が小型の太陽をその肉体の中心にぶち込んだことによって燃やし尽くした筈の、魔王にして、世界制服を成し遂げた『魔の国』の皇帝が、そこにはいた。
丸テーブルの上には透明な縦長の直方体の水槽があり、培養液が満たされていたその中にぷかぷかと浮かんでいる。
自然と舌打ちが漏れる。私の中のビタミンが消費されていく。
「で? なんで私のところに来た?」
溜息混じりに私は訊ねる。
「君が僕を倒してしまったからね。君が『魔の国』の――ひいてはこの世界の頂点に立ってしまったわけだ。だから君にはちゃんと世界を治めてほしくてね」
「は? めんどくさい」
溜息溜息溜息。
「なんで私の仇敵はそう再生力が高すぎるんだ……」
「君が強すぎるから、対抗するには倒されても斃されない相手しか敵わないんだよ」
「はあ……」
「魂の記憶から肉体を変えてしまった君もそうだけれど、僕の魂も、粉微塵になった肉体が元の形に戻る程度にはエネルギーがあるし」
「あー私はわかるんだけどさ、この随筆の読者にもわかるように解説してくれる?」
「随筆?! これのどこが?!」
「いや随筆でしょ。いやそんなことどうでもよくて」
一人称視点の物語で「全ての登場人物が理解している」事実を物語を見ている者に説明する合理的な方法について考えているのだ。
「ふーん……じゃあさ、こういうのはどうかな?」
「何?」
「要するにひとり無知の者を配置すればいいってことでしょ」
「本題を早く」
「ここに僕の宰相を呼ぼう――流石に彼は、魂が形而下の肉体に宿っている比率と僕たちの〝能力〟の強度の関係性に関してまではわかっていない筈だよ」
……人の気配がすると思ったがそのせいだったのか。人払いはしておいたのに。
「ていうかいくら玉座があるからって、わざわざこんな大ホールにいる必要ある?」
「え? 私がどこにいようが勝手でしょ?」
ていうか今それ言う?
「すみません、我が主の軽口をどうかお許しください」
いつの間にか、その宰相とやらは丸テーブルのすぐ向こうに立っていた。
中性的だが恐らく男性、白髪が肩まで届かない程度、ほんのり吊り目、燕尾服、背は百八十……二センチメートル。声は少し低い良い声だ。
「お前は?」
「『魔の国』の宰相、です。我が主が倒されてしまった以上、貴女に世界を支配していただかないと世界が崩壊してしまいます」
「それでいいじゃん?」
「僕が完全復活しないと、君の回帰述式を発動できないよ? ――その前にこの世界が崩壊したら」
「……」
「というか完全に僕を殺しにきてたよね? どうやって君は自身の回帰述式を訊き出すつもりだったの?」
「は? どうせなんか保険かけてんだろーなって思ってたから、生き残ったかけらを拾って情報を抜き出した方が早いと思ってた」
「意外と君はバカなの?」
自然と右腕が水槽を破壊すべく動いていた。
「お止めください女王様」
――動く前に、宰相が私の右腕を摑んでいた。
「おおー。すごいじゃん感心したわ。ゆるす」
「ありがとうございます」
「……で、ウィロウ。お前の完全復活までどれくらいかかるの?」
「百年くらいかな」
目眩がした。また私のビタミンがストレスで消費された。
「魂、ですか」
と宰相ウェイェテェイェは訊ねる。
「この世界、宗教とかってどうなってるの?」
私の質問にウィロウは、
「まあ国によりけりだけど――特に『魔の国』は『死んだら〝無〟だから生きてるうちにやりたいことやろうぜ』って考えだけど」
「だからあんな無法者の集まりになるんだよ何とかしろ」
「侵略のときだけ許すことによってガス抜きはしてたんだけどね、今後どうしよう」
「おい」
「さておき」と彼は咳払いして、「まあ多いのは地球と殆ど同じだよ。『世界を創った神を信じて人を愛することで救われる』『厳しい修行を積めば苦しみから解放される』。まあそれは僕や君のように全てを知っているわけではない者たちが考えた、現世と死後の定義づけだね」
「それで?」
「なんで結局君が質問してるの?」
「ああそうだったね。宰相くん」
「せっかく名前聞いたんだから呼んであげなよ」
「長い」
「「……」」
二人分の三点リーダ。六点リーダだろうか。
「この世界の住人名前長すぎない? 覚え切らないんだけど」
「いや君一度聞いた名前絶対忘れないタイプでしょ」
「いいから宰相くん」
「……はい。赤井陽妃さま」
「おおいいね。様付け」
「あなた方の言う『魂』とは一体なんなのでしょうか?」
「人間の本質、みたいなものかな」と私は答える。「私たちの肉体を動かしている。ウィロウや私のように超越的能力をもっている人間はその魂の『存在力』が強い。ウィロウの場合だと――この世界に限った話だが、莫大な魔力によって〝着脱〟で肉体がどこまで粉々になっても、魂の存在力で元の形に戻る。時間はかかるだろうが。私の場合は肉体が〝機械〟になったから唯一私を滅ぼしうる『肉体が朽ちる』ことがほぼない」
だから地球の人類たちは、『私の魂を肉体から無理やり引き剥がして別々に〝封印〟する』というただの対症療法的でたった一つの冴えたやり方をやってのけた。
「ウィロウが不死なのは肉体も不死だからなのか?」
「僕の場合は、恐らく種族的に長生きなんだと思うよ? 僕は先代から継いで王になったけど、彼も結構最近まで生きてたし」
「マジか」
「ああ、君には感謝しないとね」
と、彼――ああこの場に男性は二人いるか――彼は、呟くように言う。
「何が? お前の暇潰しに付き合ったこと?」
「いやそれもあるけど」
それにしては、戦っていた実質の時間は十五秒ぐらいだったと思うけど。
「ちょっとだけ帰還できたんだよ」
「元の世界に?」
「そう――五分間だけね」
「三百秒」
「僕はどうやら、向こうで死んだみたいだ」
「そう」
キャバ嬢のように相槌を打つ私。
「老衰だった。まだ世界はこれからってときだったけど。まあ何にせよ、生きていた時の記憶が戻ってよかったよ」
「そう」
これはお酒をボトルで入れられるレヴェルなのでは。
「そうしか言ってないけどね!」
「よかったじゃん」
「よかったけども。突然肯定されても」
「皇帝だけに?」
「僕が言ったみたいにしないでくれないかな」
「いや今のはお前だろ」
「それじゃあ絶対にボトルとやらは入れられないと思うよ。どこに挿入するのか知らないけれど」
「小さい声で下ネタなのかボケなのか天然なのか判断しにくいことを言わないでくれる?」
そういえば今私たちは何語で話しているんだ? わからん。まあいいか。
「……その方はどなたなのですか?」
この玉座の間に私が呼びつけた侍従長が、怪訝そうな表情で訊ねる。
「水槽にいるのが昨日倒した魔王で、そこに立っているのはその宰相」
「……昨日の今日でそんなに」
と彼女はだいぶ不満げだ。眉を顰める。いつでも戦闘態勢を取れる構え――まあ、彼らだけでなく私に対しても常にそうだったか――
きっと、私がこちらにやってくる前からもともと。
「まあそう言うな。だってそもそも、国家元首がこの魔王と契約交渉してるわけだし――お前も知っていただろ?」
「……はい」
「お前とウィエウスーが開発した技術は素晴らしい」
「ぁ」
「でもま」と彼女が口を開くも言葉を発する前に続ける、「こいつとの契約は今日締結された」
「そんな――」
彼女は膝を折りはしなかったが――気丈なものだ――明らかに力の抜けた様子だった。
「ああ。お前とウィエウスーがずっと女王に反対していた、」
そして女王本人も、交渉相手が世界を手中に収めた巨大な帝国だと――ただ侵略されるばかりだとついに気づき、禁忌である神の降霊術式に手を出してしまうほどの――契約。
「本当に確信したのは、あの城下町の一部にだけ地下空間があることを不審に思って見に行って、だ」
この国。侍従だけでなく国民――町民で出会ったのは女性だけだった。
そして謎の地下空間。
「お前――侍従長、名前はなんて言うんだ? そろそろいいだろ、教えても」
最終回だし。
「……カイィッサ・カィ」
「いやまあ特に感想はないんだけどね」
「……」
侍従長――カイィッサが怒りに燃えているのがわかる。
「何? やる?」
「……やめておきます」
「まあでも素直にすごいと思うよ。カィ家を再興させたあの地下研究所――私のこいつに消し飛ばされた左腕も、カッコよく治してほしいんだよね。」
「……知ってて私の名前を?」
「姓はね」
「……」
より彼女に猜疑心を抱かせていく。
「私はともかく、女王にはそれぐらいされても仕方がないと思うけどね――ともかく」
ともかく。何回言うねん。
「その研究所の最奥。私がこの国で見た唯一の男性だった」
虚な目をし、口の端からは涎がたれ、裸で力なく壁に凭れて足を投げ出す少年。
こちら側はガラス張り。
つい、私はぐっと目を瞑る。
男性の出生率が極端に少ない種族。
カィ家の研究を知り、女王は苦渋の決断をした。
「お前がウィエウスーとしていた研究は、続けてもらって構わないよ。ただ、私と魔王――はこんなだから宰相が実際には担当するによる秩序のもとに、『魔の国』の男子と異種間交友をする」
「異種姦?」
「ウィロウは黙っとれ」
合ってるけど。
「きっとカイィッサ、お前のその『同性で子孫を作る研究』はまたこの国が」
――或いはこの世界が。
「危機に瀕した時に役に立つだろうから励んでくれ。予算は会議で通しておこう」
「……」
「ん? どうした? 感謝の舞でも披露してくれていいんだよ?」
「……この国はもともと女王様の独裁でしたので、会議などございません」
「……なんだと?」
あの少女、わりとやる女だったのか。
*
「歓迎するよ、旅行者さん」
しばらくぶりの、この『太陽の女神の国』への旅人だった。
男女の二人組。二人ともこの謁見の間――いやいつもの大ホールだけれど――跪いている。
「楽にしてくれていいよ」
私のその声で二人は顔を上げ、立ち上がる。女性のほうが半歩前にくる。若い女性だ。私の歳と――元々の私の歳と同い年ぐらいに見える。いや、歳は十代後半だと感じるんだが、フードを被った顔はもっと幼く見える。
「女王様、お目にかかれて光栄です。私は竜胆輪舞と申します。隣の彼はラプラス・ラプソディー。『竜の国』から旅の途中――」
もとい、と少女。
「荼毘の途中で、寄らせていただきました」
「……」
無意識に、私は自分の三つ編みを触ってしまっていた。いや、たぶん八十年前のキレキレの私だったら既に全力で切り掛かっていたと思う。
それほどに、彼女の讃えた表情の闇。魔闇さえ――吸い込んでしまいそうなほど。
それに――私は横に立つ宰相の格好をしたウィロウ・ストリームにアイコンタクトを送る。
『おい、あいつ今「日本語」で名を名乗ったよな?』
それに「彼」の名は……英語?
『そうだね。『竜の国』……まだ生き残りがいたのか』
『は? どういう意味だ?』
『そのままの意味だよ』
二秒ぐらい経って、そろそろ変な沈黙になるので、
「そうか」と私は答える、「大変な旅だと、想像するが、この国でゆっくり休んで行ってくれ」
「はい、ありがとうございます――あの」
と彼女はその虚無的な目をこちらに向けて。
「女王様のお名前は? なんとおっしゃるのですか」
満面の笑顔で。なんか球磨川くんを思い出しちゃったわ。やめて。
「スウィィエウスー・メイィシャイだが? 知らないで来たのか?」
『知らないで来たのか?』は言外に匂わす予定だったのに口に出していた。
というかただの白いパーカーでしかもフードをかぶって王の前に来るなんて無礼極まりないのでは?
けれど彼女は――ハイライトの消えた瞳のまま、とても幸福そうな笑顔で。
「あなたの魂の名前を訊いているのです」
つい時間を止めてしまった。
「なあウィロウ」
「なんだい」
輪舞とラプソディーの二人は、目の前で停止している。少女は幸福そうな笑顔のまま。
「念のため訊くけど」
「ん?」
「『竜の国』はそういう宗教であるわけではないんだよな? 死者に法名をつける仏教みたいな?」
「んー、たぶん違うと思うんだよね」
「たぶん?」
「殆ど内容が伝わっていないんだよね。『竜の国』の内情について」
「三百年もいたのに?」
「君ももう八十年経つだろ」
「それはもういいから。わかってることは?」
「……『竜の国』は、百二十年前に滅んだ国なんだ」
「そうだとは思っていたが」
――年代は別にして。
「国家元首が、彼らの信じる宗教の最高権威でもあり――まあよくあるやつだけれど、『神の子がこの国を作って、その子孫が国家元首』ってやつだ」
「結構わかってんじゃん」
「それ以外は全く。細かい信条とか、何を善として悪とするか、死生観とか――僕はこの宗教、フェイクだと思っているんだけれど」
「それがフェイクだとしたらもっと作り込んで流布するだろ」
「そうかな?」
「『竜の国』は全世界から国境を封鎖されてついに滅びたんだ。――全てにおいて、彼らは進みすぎていた。……いや」
「『彼らは自ら滅びたのかもしれない』?」
「……」
彼は鼻から一つ息を長めに吐く。
「彼らは世界の魔術の全ての大元を構築した――と、言われている」
「……なあ」
「……なんだい?」
「ずっと思ってたんだ」
「八十年間?」
「ああ――ここが、地球とは違う惑星だったとして、地球から相当離れている筈だろう? 魂を転送するには莫大なエネルギーが要る――正直、とても現実的ではない」
「それはそうだと思うけれど。物理的なエネルギーにしても超越的なそれにしても」
「彼らを――ああ、この竜胆輪舞とラプラス・ラプソディーを見てさ、思ったんだよ」
「奇遇だね。僕も思った」
「お前も知っていると思うけれど、〝Colours〟の能力者の中に『過去の超人の魂を使役する能力者』がいるだろ?」
〝Colours〟――違う色をそれぞれ名にもつ異能集団。私の時代では世界政府だった。目の前にウィロウも〝柳〟=〝着脱〟の〝Colours〟だ。
「〝藍〟=〝幽霊〟だね。飛頼は彼[女]に召喚されて、世界を最初に――僕の前に、終わらせた責任を取らされていたよ」
「私の〝封印〟の音頭を取っていたのもあいつだったわ。なんだあいつ。死んでからも迷惑なやつ」
「笑」
「ともかく――この世界」
あまりに変わり果てすぎて、ここが異世界だと信じかけていたが。
「未来か」
まるで――『月光蝶』のように。
「……たぶん、ね」
「……」
「知っての通り、少なくとも僕たちのいた地球の『世界線』は一本だ――並行世界は存在しない。だからこそ〝未来視〟が存在しているし、僕の兄は時間跳躍を許された」
「……」
「未来は決して変化しないから」
世界は彼らの影響を一切受けないからこそ――彼らは存在できた。
「……ぷーん」
「ぷーんて」
「ってことは……〝竜胆〟輪舞――」
〝竜胆〟=〝竜〟。『竜の国』。
「『竜の国』は生き残りだ――君が滅した地球人類の」
たぶん恐らくきっと、と彼はわりと強い口調で付言した。
「じゃあ竜胆輪舞に訊いたらさ、お前の復活を待たずとも帰れ――」
「そろそろいいっすか? 赤井陽妃、ウィロウ・ストリーム」
「「!!!」」
目の前に、竜胆輪舞が立っていた。
真っ白なパーカー。フードを脱いだ髪は竜胆色――#9079ad――に綺麗に染められていた。下も真っ白なチノパン――
パーカーには『DRAGON』の文字。
「とりあえず時間、元の流れに戻してもらっていいっすか?」
動くのだるいので、と、輪舞は一つ溜息を吐いた。
「私たちに会いにきたんだな?」
私は二人に訊ねる。
というかこいつ、ただ私を動揺させるためだけに私の名前を訊いたな。クソが。
……場所は食堂に移した。やっぱあの玉座の間にしてダンスホールは寒いんだよね。視覚的に。
まあ、ゆうてこの食堂、天井は二メートルほどだが床面積は三十畳あるので、元庶民の私に取っては割と広い。私の背には火が灯された暖炉があるので寒くはないが。
というかそもそも、肉体が〝機械〟化しているので感覚はないのだが。
上座の誕生日席に私、長ーいテーブルの反対側に竜胆輪舞、その左隣の角にラプラス・ラプソディー、私の左隣にウィロウ。
「その通りです、赤井陽妃」
また虚無に満ちた目の輪舞が、元気でハキハキした口調で言う。やめて。なんか心が乱れる。
「もう、ここに留まる理由はないのでは? もうそこの帰り先のないウィロウもほぼ復活しましたし、この世界の統治も彼に任せていいでしょう。有り体にいえばもう貴女はこの世界の邪魔ってことっす」
「言うね〜」
「八十年散々この世界を無茶苦茶にしといてよく言いますよ」
「え? そんなに?」
「え? 自覚ないんすか?」
言いながら四代目のカィちゃんが作った満漢全席を物凄い勢いで食べていく。
「食べ終わったら始めましょうか」
「もう食べ終わってんじゃん」
「じゃあ始めましょうか」
「えー世界中の知り合いに挨拶したい」
「『知り合い』なんすね」
友達じゃなく。
「未だに『友達』の定義を私は知らないよ」
「じゃあいいっすよね?」
「今からやるの?」
「ええ。善は急げっす」
言いながら彼女はさっと掌をこちらに掲げる。マジか。展開早すぎでは。
「もともと今日やる予定だったらもっと事前に通告してれれば」
「逃げるでしょ?」
「……」
「追うのは可能ですけど」
めんどうなので、と虚無笑みで。
「……というか私は悪なの」
「はは」
「乾いた笑いをするな」
可愛くない。
「ラプラス」
「〝留〟」
私が動くよりも先に行動を止められる。
たった一言で。
「な――まさか」
『神の子がこの国を作って、その子孫が国家元首』。
この呪文――〝祝詞〟。
「美子――様」
姿は、精悍な男性のまま。
彼女は口角だけを上げて、微笑んだ。
優しく、私を慰めるような、慈愛の笑み。
「〝言い残すことは?〟」
八十年前にたった一言――〝終〟とだけ聞いた彼女の声そのものだった。
「〝手短に、だけれど。ごめんね〟」
「はい、大丈夫です」
と心にもない答えが出る。
「――カィちゃん!」
「はいぃ!」
侍従長――控えていた十歳の幼女メイド、リリ・カィちゃんがどこからかまろび出てくる。
「ありがと、じゃあね。ウィロウに養ってもらえ」
「え――」
「ウィル」
「ん」
「まあ、がんばれ」
「そっちも。楽しかったよ」
輪舞がニヤリと笑う。なんでだ。
美子が優しく、〝祝詞〟を告げる。
「〝modo Re:‖〟」
なんだか毎回、こう、異世界移動は唐突だ。
*
天からくるくると真っ白な大剣が舞い降りてくる。
「天地開闢――〝天叢雲〟」
ちょうど柄の部分を右手が掴む。
天気は大雨、だが気温は高い。夏だろうか――日本か。多分梅雨時期だろう。どうやら、私が〝封印〟を受けてから百六十五年が経っているようだった。私の電波時計がそう示す。
淡々と情報が入ってくる――脳が世界中のクラウドと接続する――戻ってきた。
私の世界に戻ってきた。
――目の前には。
「久しぶりだな、赤井陽妃」
宿敵。金髪碧眼、真っ黒なゴスロリ姿の、前回見たときよりも大人に――具体的に云えば、十代半ばぐらいだった見た目が二十代後半くらいになっている。
一緒・エル=セレテト・〝ヴラド・ツェペシュ〟・暮内。
どうやらこいつも、私が粉々にしてから復活したようだった。
まあ、百六十五年も経てば当然か。はあ。
「まだ怒ってんのか? 私がお前の彼氏を喰ったこと」
「ええ。絶対に許すことはないでしょう。私は彼を救うために、神に祈ったのだから」
体中が燃える。
理不尽の排除。苦痛の排除。
弱い体を〝機械〟に替えて。
弱い心を〝機械〟に変えて。
弱い世界を〝機械〟に代えて。
「私はあなたを殺すために、〝機械〟になったのだから」
言いながら切りかかる。目の前のクソアマは言う。
「天地明察――冲方丁」
「ふざけてんじゃねえ」
彼女の刀と私の剣が合う。
さあ、早くこいつを斃して私は新しい人生を歩もう。
頑張って長生きして、龍胆輪舞に御礼参りしないとな。
……復讐に満ちてんなー私の人生。
ご覧になっていただきありがとうございました.