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ひめみこ  作者: 転々
第十一章 昌に
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ノート提出、そして

 期末試験も終わったが、社会科はノートを提出することとなった。

 私自身はそこそこの点だったが、クラスの大多数が散々だった。要するに平均点が悪かったから救済としてノート提出となり、クラス全員が提出することとなった。


 なぜか中間試験に続いて、今回も私がノートを集めている。これって図書委員の仕事じゃないと思うのだけど。

 とりあえず桂君と一緒にノートを持って行くことになった。社会科の担当は山本先生。二組の担任だ。


「失礼しまーす」


 職員室に入る。一応私は『優等生』だし、素行も悪くない、つもりだ。外見はこんなだけどこれは仕方がない。先生の中には、私は外見がこんなだから、なおさらしっかりしていると思っている人もいるぐらいだ。




 山本先生は居なかった。隣に座っている藤井先生にことわってノートを机に置くと、そのタイミングで山本先生が戻ってきた。


「お、小畑さんか。ノートは全員分、集まったかな?」


「男子は一人忘れていて、明日持ってくるそうです。女子は永田さんがお休みでした」


「おう、ありがとう。

 まぁ、わざわざ出させることも無いのも居るけど、半分ぐらいは救済しないとな。こういう機会でもないと、ちゃんと書かないのも多いからなぁ」


「到達を測るためと言うより、勉強をさせるための試験になってますね」


「まぁ、そうだ。本末転倒だとは思うけどね」


「これを機会に到達をはかるのですね。はかるは図書の図で」


「謀略の謀かもしれんぞ」


「あはははは、ナイスです先生。」


 いつの間にか桂君は行ってしまった。挨拶無しでの退出は良くないぞ。




「あれ? 写真、変わりましたね」


 私はデスクの写真立てを指さした。


「もうすぐ一歳になる。かわいいだろぉ? まだ歩けないけど、なかなかの早さで這い回るぞ。男の子は違う」


 山本先生は、デレッデレだ。うん。気持ちは分かる。


「でも一昨日から熱を出しててなぁ」


 と、先生のスマホが微振動。私が「どうぞ」と言うとチラと見る。

 どうやら、奥さんからのメッセージ。おいおい、放課後だって勤務時間中だろう。でも、どうやら熱が下がってきたみたいだ。親としては心配だよね。


「息子、ずいぶん具合が良くなってきたみたいだ。まだ本調子じゃないけど、立つようになったよ」


「良かったですね」


 頃合いだろう。この先生、普段は真面目だけど、奥さんと子どものこととなると、のろけと自慢が始まるのだ。しかも長い。


「ちょっと遅めの知恵熱みたいでね」


 まずい。話に巻き込まれる。藤井先生に助けを求めようとチラ見すると、あ、自分の仕事に没頭し始めた。ここは自力で脱出しなくてはならない。

 よし。三十前のアンちゃんに、ここは一つおっさんとして、格の違いを見せてやるか。




「先生って、えっちですね」


「ん? なんでだ?」


「だって、ムスコさんのこと奥さんに『具合が良くなってきた』なんて言わせて、それをうら若き乙女に自慢したり、たった話とかするなんて……」


「それの何処がえっちな、ん……、あ!」


 気づいたようだ。藤井先生までこっちを見ている。あの顔はしっかり理解している顔だ。


「ムスコさんに宜しく! 撫でてあげるときっと喜んで、もっと元気になりますよ! では」


 絶句している二人に一礼し、私はその場を離れた。




 この程度の下ネタで絶句するなんて、まだまだ若い。まあこの外見の少女の口から発せられるとは思わなかったろうけどね。

 ふふん。見た目は美少女、中身はおっさん。下ネタのレベルは女子中学生としては全日本級だ。




 数日後、子ども達を寝かしつけたところで渚が私を呼んだ。


「昌さん。ちょっと座って」


 なんかマズいことしたかな。でも隠れてお酒飲んだのは既にばれているし、なんだろう。布団の上に正座する。


「な、何? お母さん」


「今日、保護者懇談で、すっごく恥ずかしかったわ!」


「え?」


「あなた、一昨日の火曜日、職員室で変なこと言ったでしょ」


「変なこと?」


「その……、山本先生のお子さんと掛けた下品なこと」


「あー、うん。女子中学生のレベルじゃなかったかも。まぁ、なんせ中身がおっさんだから」


「おっさんでもあんなこと言わないでしょ。あなたが昌幸さんだったとき、あんなことは言ったかしら?」


「うん……、言わなかったと思う」


「じゃぁ、なんであんなこと言ったの?」


「……」


 なぜだろう? なぜ、あえて『らしくない』言動を選んだのだろうか。渚はじっと私を見ている。




「もしかしたら、どこかで抵抗してたのかな」


「抵抗?」


「『昌』であることに。

 今の自分は本来の自分じゃないって、思いたかったのかも知れない。最近……、だんだんね、私の中から『昌幸』が失われていくのを感じるの」


 一月、一月、感性が変化している。きっと、月ごとのリズムが私の脳に作用して、感覚や物事の受けとめ方、心のあり方を変えているに違いない。

 すでに、ものの考え方や判断も『昌幸』だったらどうしたか、意識的に考えないと分からなくなりつつある。以前は『昌』という少女ならどうするかと考えないといけなかったのに、今は逆の状態だ。


 このままでは、自分が完全に『昌』になってしまい『昌幸』という人格が消えてしまうかも知れない。

 いや、今でさえ、『昌幸』という人間の知識や経験を使えるだけの状態になりつつある。『昌幸』という人間が存在して、それが自分だったと確信できなくなりつつある。これで『昌幸』としての記憶が徐々に薄らいでいったら……。

 私にとって、自分の存在は『我思う、ゆえに我在り』程度で信じ切れるほど、簡単な問題じゃない!




「きっと、不安の裏返しなんだと……。不安感があんなことを言わせたのかも知れない……、と、思う」


 渚は黙ったまま、私をじっと見ている。




「渚にとって、私は『昌幸』? 『昌』?」


「……両方よ」


「じゃぁ、『昌幸』として君を求めたら、受け容れてくれるの?」


「も、もちろんよ」


 言葉を発するときの逡巡(しゅんじゅん)が、異なる意味のことを伝えてくる。

 私は立ち上がって渚に近づいた。

 渚から緊張感が伝わってくる。


「求めようにも、お道具が無いからムリだよ」


 渚と目が合った。怒っているのか泣いているのか分からない表情で立ち上がる。

 次の瞬間、左頬がなった。熱い。一秒か、数秒経ったろうか、ようやく頬を張られたことに気づいた。涙が溢れてくる。




「……ごめん」


 私は一言だけ発すると、渚に背を向けた。

 と同時に、背後から抱きしめられた。強引に向き直させられ、唇を奪われる。

 渚ってこんな積極的だったっけ? 場違いな思考を巡らせる間もあればこそ、布団に押し倒された。


 え? ちょっと、うそっ、ちょ、何? 的、確、なん、だけど。

 子ども、たちが、横で、寝て、るん、です、けど!


 私は訳が分からないうちに――満足に抵抗も出来ず――触れられていた。自家発電で経験した範囲を飛び越え、私の心は未知の領域に突入する。




 ひんやりとした感覚が、私を夢見心地の状態から現実に戻した。見ると、渚が私の身体を拭いているところだった。

 渚がウェットティッシュで私を拭いている。裸の私を!


「じっ、自分で拭けるからっ!

 って言うか、シャワー浴びるからっ!」


 私は真っ赤になってタオルケットを身体に巻き付けた。

 自分がするのとされるので、こんなに違うものか。


「あなた、女の子みたい」


 渚はいたずらっぽい表情で私を見る。表情? ってことは、電気が付いたままの明るい部屋で裸にされて……。


 ぅー、無かったことにしたい。




 シャワーを浴びて少し落ち着いたのだが、渚の顔をまともに見られない。なんだろ? この感じは。


 タオルケットをマットから剥ぎ取り、改めて新しいタオルケットを敷く。

 横になると、ストレッチをした後のような倦怠感――でも不快ではない――が身体を満たす。


「お、おやすみ」


「おやすみなさい、昌」




 これって、客観的には継母と義理の娘との間の、禁断の関係になるのかな?

 しばらく渚の顔をまともに見られそうにないよ……。

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