神子?
「紬ちゃん、小学校と全然違うから、分かんなかったよ!」
ノンタンと呼ばれた子はかなり驚いている様子。小学校と言うより普段とだよ。メイクのレベルが違う。
紬ちゃんは私ほど童顔ではないけど、キレイよりカワイイ寄り。それをここまで大人っぽく持ってくるんだから……、どれぐらい時間をかけてるのだろう。化けて粧うとはよく言ったものだ。
ひとしきり旧交を温めていた二人だが、それぞれの連れに気づいた。簡単な紹介だ。
『ノンタン』は、水口 望さん。保育園、小学校と紬ちゃんと同じだったけど、中学入学のタイミングで、都市部へ引っ越したらしい。もう一人は望さんの文芸部仲間で、奥田 沙希さん。人見知りするタイプなのか、少し緊張気味だ。無論、紬ちゃんとも初対面。
「私は、ノンタ……、水口さんと同じ小学校で、村田 紬です」
紬ちゃんはこのときばかりは余所行きの言葉遣いだ、と思ったら、
「こっちは私の彼の小畑 昌クン。今はデート中」
と私の左腕に右腕を絡めた。
私は帽子とサングラスを取って挨拶する。
「私は紬ちゃんと同じクラスの小畑 昌です。よろしく。あと、彼氏になるには性別的に問題があります」
二人は髪の色に驚いたのか、目を丸くしている。変な気を遣われるのも嫌なので、通り一遍に説明する。この反応にも説明にも慣れたものだ。
せっかくなので、二人二組から四人一組にする。
私たちは程なくテーブルに案内された。
ここは注文にタブレットを使う。メニューを見ると、パスタソースは選択で、それに前菜やパン、ドリンク、デザートをつけるかどうか。
でも、ニンニクを使っているメニューが多い気がする。嫌いじゃないけど、女子が昼間からニンニク臭を散らしながらってのはどうだろ? と思っている端から、紬ちゃんは厚切りベーコン入りのペペロンチーノを選択。いいのか? 望さんと沙希さんは遠慮したのか、それぞれカルボナーラと昔懐かしのナポリタンを選択、私は無難にバジルのトマトソース。でも、これも後から臭いそうだ。
注文したのでドリンクバーへ交代で行く。みんなは甘い飲み物が中心だけど、私はホット烏龍茶。本当は、フレーバー無しの炭酸水あたりがあればそっちを選ぶところ。
前菜が来たので、早速パンを取りに行く。紬ちゃんは見事に甘いのばかり三つ。私はコッペパンみたいなのと、ミニサイズのフランスパンぽいもの、あとコーンが乗ったの
望さんと沙希さんは、甘いのと淡泊なのから一個ずつ選択したような組み合わせ。前菜とともに早速食べ始める。
紬ちゃんは前菜もそこそこにパンを食べ終わってしまう。私はぼちぼち、行儀は良くないけど、スープにパンを浸けて食べる。向かいの二人は甘いのを半分ほどで、パスタ待ちの構え。
紬ちゃんと望さんは互いに近況報告を交わしている。言葉使いがいつもと違う。『ですよ』口調は中学生になってからなのかな?
ふと顔を上げると、沙希さんが私をじっと見ている。
「何かな?」
「いえ、あの、こんな女の子がいるんだぁ……って」
「あぁ、この髪だと、ちょっと純粋日本人には見えないよね」
うーん。会話が続かない。でも、コスプレとか不穏当な単語が出るあたり、やっぱり紬ちゃんの友達の友達だ。
パスタ、早く来ないかなぁ。
続かない会話を二言三言、何度か繰り返したところで、漸く待望のパスタが並んだ。
「じゃぁ、みんなでシェアしましょう!」
紬ちゃんは高らかに宣言すると、いきなり初対面のはずの沙希さんの前から、ナポリタンをフォークとスプーンでぐるり。
ちょっと固まる沙希さんを余所に、望さんもペペロンチーノをガバッと取って、それを自分と沙希ちゃんの皿へ。私も、ペペロンチーノを箸でひとつまみ。
でも、この取り分けで沙希さんの緊張も少しほぐれたのか、会話が始まる。
みんなフォークとスプーンを器用に使ってパスタを巻き取っている。スプーンの腹にフォークの先端をあててクルクル。上手く一口サイズになる。
以前同じことを自分でやったときは、際限なく巻き付いて巨大な玉ができた。それ以来、麺類は箸なのだ。二筋ぐらいをするりと引っ張り出して一旦お皿に降ろし、それを改めてつまめば、啜る必要が無い。
私が望さんにもトマトソースを勧めたら、望さん、トマトが苦手らしい。でも、ナポリタンもケチャップ味なんだから、広い意味ではトマトなのに。
「残ったソースは、これ!」
いつの間に取ってきたのか、フランスパンの輪切りや、フレーバーのついていないパンで残ったソースを拭き取って食べる。私も真似して、ペペロンチーノのオイルにパンを浸して食べる。パスタそのものより、こういう食べ方の方が好きかも。
「そんなに食べて、太らないの?」
望さんからもっともな問いかけだけど、私の場合は体脂肪率をできれば十五%ぐらいまで上げるよう指示されている。でも、紬ちゃんはどうなんだろ。
「私ね、中学校に行く頃に体質が変わったんだ。小学校の卒業式の二日後から熱出して三月一杯寝込んで、入学までの半月ほどの間に体重も十キロ近く減ったんだけど。
で、なぜかいろいろ調子が良くなって太らない体質になったの。小六と中一で、体重が十キロ以上違ったし。
肌の調子も良くなって、周りからいろいろ聞かれましたよ」
十日ほど寝込んだとか、体質が変わったとか……、そしてさっきナンパされているときに感じたのは、――弱いながらも格だった。
もしかして、紬ちゃんも神子なのだろうか? でも、沙耶香さんや他の神子を見ても何の反応もしてなかったし……。
私は思考がそっちに捕らわれてしまって、それ以後の会話は上の空だった。そのせいで、紬ちゃんにはともかく、望さんと沙希さんからは、孤高を保つクールキャラだと思われてしまうことに。以前の天然よりはマシだけどね。
その夜、沙耶香さんに連絡した。
「ちょっと確認したいのですけど、もしかして私と同じクラスに、神子っていませんか?」
「何よ、急に。その学校で神子として認められた子、貴女以外にはいないわよ」
「あの、もしかしたら、同じクラスの村田紬ちゃんって、神子かも知れません」
「あぁ、その子なら分かってる。明らかに血の発現を経てるわね」
「じゃぁ、どうして?」
「発見したときには遅かったのよ。年齢も変わらず、変容も少なくて、分かったときには日常生活に戻っていたの。
それに、現実問題として、彼女に比売神子になれるだけの格はある? 発現が早すぎて格のレベルは最低。実際、光紀ちゃんよりも弱かったでしょ。
今更、神子です、って引っ張ったところで無意味よ。相当な努力を重ねて、実際かなり伸ばした光紀ちゃんですら届かなかった。こればかりは努力だけではどうしようも無いの」
紬ちゃんはそういうタイプでもなく、まして戸籍の変更も不要で、比売神子になれる見込みもない。
実際、把握し切れていない神子だって、少なくないだろうと。
沙耶香さんは「わざわざ予算をつけて、その子たちの将来を狭くする必要があるかしら?」と言う。
その通りだ。私の連絡や報告は、興味本位の出自暴きの域を超えない。紬ちゃんの立場を変えたって、沙耶香さんの言うように、何の意味も無い。なんでこんなつまらないこと、わざわざ訊いちゃったんだろう?




