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ひめみこ  作者: 転々
第十一章 昌に
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ナンパ

 駅で紬ちゃんと待ち合わせ。お互い五分前行動だったせいか、テンプレ的な遣り取りは無しだ。


 前にも思ったけど、紬ちゃんはお化粧が上手だ。もともと目が大きいからか、雑誌のモデルたちと比べるとアイメイク自体は抑えめ。多分、肌の陰影の演出が巧いのだろうな。モノトーンの落ち着いた服や、少し踵の高い靴と相まって、すごく大人っぽく見える。

 並ぶと、私の子どもっぽさが強調されてしまう。周囲りからはお姉さんと、背伸びした弟みたいに見えているかも知れない。

 でも、本当はお化粧なんかしなくても十分魅力的だと思う。多分、この辺の考え方の基準が『私』寄りだからだ。




「やぁ、君たち、高校生? かわいいね」


 振り向くと男が二人。やれやれ、電車を降りて十五分もしないうちにナンパだよ……。


「ナンパならノーサンキューです。昌クンとのデートの邪魔しないでくださいですよ」


 紬ちゃんがヒラヒラと手を振る。振られた手が「シッ、シッ」と言っているようだ。そんな挑発的な拒否をしなくても……。


「そんな邪険にしないでさ、俺たちと一緒に遊びに行かない?」


 二人連れがなおも食い下がる。


「せっかくの昌クンと二人きりのラブラブタイムなのですよ。ナンパはノーサンキューなのです。二度も言わせないでくださいですよ」


 紬ちゃんは語気を強める。男のうち一人がビクッとなった後、すぐに苛立ちを隠せない表情になる。

 今、紬ちゃんから感じたのは……、と思った瞬間、男が更に間を詰める。まずいなぁ。紬ちゃんの振りに乗っておくか。

 私は紬ちゃんの前に立った。


「どうしてもデートっぽいことしたいって言うなら、少しぐらいならつきあっても構いませんよ。ボクは女装した方がいいですか?」


 男二人は訝しげに私を見た。


「おー、昌クン、ナイスアイディアです。女装してくださいです。絶対似合うですよ! さすがクラス一の美少年!」


 紬ちゃんも『女装』と『美少年』を大声で連発する。当然、周囲りの視線も集まる。

 私は立ち方を変えている。普段は一方の足と骨盤に偏って乗せる体重を左右均等にし、腰骨と背筋を垂直に。男の立ち方だ。


「あ、念のため先に断っときますけど、ボクはそっちの趣味ありませんからね。手をつなぐぐらいで文句は言いませんけど、それ以上のお触りは無しですから」


 わざと下品に言う。

 大きな声は出さないが、腹式呼吸で声を張りつつ、落ち着いた発声に注意する。宝塚とまではいかないけど、女優や声優が少年役をやるときはこんな感じかな?


「そうそう、お触りは無しですよ。昌クンの後ろが物理的に大きくなったら大変なのですよ。

 でも、道を(あやま)りたくなる気持ちは分からなくもないのです。紬も女装した昌クンと百合百合なことしてみたいのですよ」


 うーん。それはそれでどうなんだろう? 設定上はノーマルなのだろうか。なんだか認識のねじれというか、当事者なのに混乱する。

 周囲りからの視線も更に増える。「本当にかわいいわよね」とか「アリだな」とか、不穏当な発言も聞こえる。

 男二人は気まずそうだ。


 更に追い打ちをかけるように「いっそコスプレでも」と、ニチアサ枠のヒロインを持ち出す。「さすがにミニスカートは」と言っても、「大丈夫。スカートの下はドロワーズなので『ブツ』は分かりませんですよ」と胸を張る。

 こらぁー、女子中学生の口からそれは無いでしょ。聞いてるこっちが恥ずかしい。周囲りの幾人かは、そういう姿の私を想像してるんじゃないだろうか?


「おー! 昌クンが照れるところはかわいいです。萌えるです。ここは女装しかありません! どんな男もイチコロですよ」


 赤面する私を見て紬ちゃんが悪のりする。


 結局、「紛らわしい格好してんじゃねーよ」という捨て台詞でおしまい。女と間違えて男をナンパした態になるのは、確かに気まずいに違いない。

 今の私はユニセックスな服装だけど。紛らわしいのは私の恰好よりも台詞だし、君たちは間違ってもいなかった。悪いのは主に紬ちゃんです。


「ふぅ。うまくいったですね」


「でも、あの表現は無かったと思うよ」


「『ブツ』ですか? 思わず想像しちゃったですか? 昌クンはやっぱりムッツリです」




 歩き始めると、遠巻きに見ていた大学生だろうか? 若い女性が追いかけてきた。前に回り込んで、私を上から下まで見る。失礼な人だな。


「なんでしょうか」


「あの、本当に、男の子?」


「そう見えますか?」


「見えない」


「でしょうね」


 私は羽織っていたゆったり目のパーカーを脱ぎ、キャップと色の薄いサングラスもとった。ノースリーブの上半身が現れる。胸元は当然、下から押し上げられている。もっとも、この服なら後ろ姿だけで性別は分かるだろう。


「普通は、間違えないと思いますけど」


「ご、ごめんなさいね。あんまり堂々と男の子してたから。もしかして、本当にそういう関係?」


「違いますよ」


 この女性、かなり失礼というか、不躾なことを平気で訊いてくる。


「紬は、昌クンとなら道を過ってもいいですよ」


 だから、そういう冗談に乗っからないでよ。




 デート、と言ってもおしゃべりしながら店を巡るだけだ、勧めてくる服はボーイッシュなのは良いとして、もう一方の趣味はフェミニンを通り越している。どっちかというと、お人形さんにでも着せる服なんじゃないかな。


 靴屋さんで、スニーカーをレジに持って行こうとしたところで紬ちゃんに止められた。「えっ? なんで?」となったら、今買ったら荷物になるという至極真っ当な理由。

 そうだ。『私』の買い物は、買ったらそれで終了で、しかも自動車に積んでしまう。この姿になってからも、基本的に同じスタイルだから、そういう部分が抜けてしまっている。

 結構、馴染んできたと思っていたけど、未経験の部分では『私』だったころの行動が抜けきらない。




 そうこうしているうちに十一時半を回る。


「そろそろお昼にするですよ」


 そうだ、休日は早めに行かないと、店が混んでしまう。何処にしよう。『私』だったらちょっとお高めの回転寿司か、天ぷら屋さんだけど、中学生の選ぶ店じゃない。かといって、ファストフードってのも違う気がするし。


「何、食べたい?」


 私が訊くと、紬ちゃんはハンドバッグからクーポンを二枚取り出した。チェーン店のパスタ屋さんだ。


「こんなこともあろうかと、密かに持って来たのですよ」


 そこは、セリフが違うと思う。予定しての行動でしょ。それでも価格的には、中学生のランチとしては上限に近い。

 何もなかったら、以前に光紀さんと一緒に行ったイタリアンでもと考えていたけど、そこは中学生には高すぎる。別に私が払っても良いけど、それは中学生同士ですべきじゃないし。




 お店に着くと、既に数グループが順番待ちをしている。第一陣が入れ替わるのは、下手すれば三十分ぐらい先かも。

 他の学校の制服もチラホラ見える。街の学校の中学生は、制服でも垢抜けてる。


 紬ちゃんが客待ち名簿に名前を書いていると、次に書こうとしていた制服の女の子が「村田、紬、ちゃん?」


「ぉおぅ。ノンタン! 久しぶり」


 知り合いみたいだ。

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