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ひめみこ  作者: 転々
第十一章 昌に
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変化

「……というわけなんですよ」


 私は高瀬先生に顛末を話した。


「三次元を想像できないと言いましたが、数学の問題は解けるんですよね」


「合宿でも、他の神子に教えてるわよ。設計してただけに作図はきれいだし、変わったところではデッサンもすごいのよ」


 高瀬先生と沙耶香さんは怪訝な顔だ。


「いえ、三次元を想像するというのはそうじゃなくて……」


 私は説明を続けた。


 ほとんどの人にとって、三次元を想像するというのは、立体的なものを、好きな方向から見た姿を想像できるということだ。それは、三次元を二次元に射影したものを想像しているに過ぎない。

 たとえば三次元CGであっても、それを映している映像には厚みがない。映像はあくまで二次元なのだ。


「なんて言うのかな、うまく言えないですけど、触覚で見るというか、感じ取るに近い感覚で立体を捉えるというか……」


「つまり、立体を視覚的に処理しているうちは、三次元でないということですか?」


「そう、そんな感じです。

 で、今はそれしか出来ないんです」


 比売神子の血が出ると、特に知的活動の能力が著しく伸びるらしい。私の場合も、外国語の聞き取り能力や、人の名前と顔を一致させる能力は、以前と比較にならない。

 しかし、思考はほぼ音声イメージのみに頼るしかなくなった。以前は言語で追いつかなくなると、空間に浮かぶ図形のイメージも併用したというのに……。


「ふーむ。面白い」


「面白くないですよ。私にしてみれば、出来たことが出来なくなってるんですから」


「いえ、そういうことではなく、我々が普段、当たり前にしている『考える』ということも、不思議なことですね。

 たとえば、小畑さんは音声のイメージで考えると言いましたが、先天的に聴力が無い人は、自問自答をどういう風に処理しているのでしょうか?」




「二人だけで盛り上がってるとこ、悪いけど……。

 以前は出来てたのに、血が出てから出来なくなったってのが問題なんでしょ」


「あぁ、そうですね。

 それについては、いくつか仮説を挙げられます。

 一つは、脳の構造が変わってしまった結果です」


「いわゆる、男脳、女脳ってのですか?」


「はい。男性の方が空間認知能力に優れているというものです。でも、これは違うように思います」


「と言うと?」


「男脳、女脳というのはあくまで傾向の話であって、実際は個人差の方が大きいですから。

 方向オンチの男性も少なくありません。……私を含めてね」


「そうなんですか?」


「恥ずかしながら……。


 別の仮説は、単に貴女の脳が訓練前の状態に戻ってしまっただけというものです」


「訓練前?」


「貴女が言うような想像は私も出来ませんし、図形を使った思考というのも難しいでしょう。おそらく、私も含めて大多数の人はそのレベルに達していないと思います。

 思うに、それは脳を相当に訓練した結果、到達出来る領域なのではないでしょうか。貴女だって、生まれつき空間を想像できたわけではないですよね」


「そう言われてみると、院試に向けて勉強してる頃ぐらいだったように思います」


「つまり、現在の脳は訓練前の状態に戻ってしまっている」


「そうでしょうか?」


「実際、ほぼすべての神子は、血の発現を経ると筋力が低下します。つまり、今まで出せた力が出せなくなる」


「それは体格が小さくなるからで、脳の活動とは違いますよね」


「なぜ、脳と体は別だと考えるのです? たまたま記憶と経験を引き継ぐから、能力の低下に気づかないだけでは?

 あるいは、喪われた記憶だってあるかも知れません。本人があったこと自体を知らないから気づかないだけで。

 貴女はたまたまそれに気づいてしまった、という解釈も成り立ちます」


「前世と同じぐらい脳を訓練すれば、また出来るようになるでしょうか?」


「それは無理ですね」


「え? なんで?」


「前世の記憶や経験というアドバンテージがあるわけですから、更に高いレベルのことをしてはじめて、訓練になるのでは?


 それはそれとして、そういうことには一時目を瞑って、新しい毎日を過ごせば良いと思います。貴女自身は、思考力が低下したと言いますが、そんな方法で物事を考えられる人は、男女問わず多くはありませんし、実際のところ、今の貴女の知能指数はすごい数字になると思いますよ」


「そうでしょうか」


「そうですよ」


 高瀬先生はいつもの笑顔だ。そう言えば、この人っていつも笑顔だな。イケメンの自信ってやつか。


「ありがとうございます。それじゃぁ、次の検診は来月末ですね」


 私たちは病院を後にした。




 沙耶香さんがメールを着信した。ちらちらとスマホを見ている。運転中、それはまずいんじゃないかな?


「彼氏ですか?」


「ひ・み・つ」


 沙耶香さんはわざとらしいぐらいの笑顔だ。これは本当に春が来たか? なんだか用があるらしく、送ってもらえるのは駅までだ。


「ごめんなさいね。ホントは家まで送ってあげたいけど、ちょっとヤボ用なのよ」


「いえ、駅まで送っていただければ十分です。それじゃ」




            ――病院――


「彼女の状態、少しマズい傾向ですね」


「あら、そんな難しい顔なんて、珍しい。

 で、昌ちゃんがマズいって、どういうことかしら?」


「自分の人格の変化に対して、恐怖感を覚えているようです。

 確かに、初めからその傾向はありました。実際、脳の断層映像の確認もしていましたしね」


「変わってゆくことは、認識しているわよね」


「無論です。その点は十分に理解しています」


「理解しているなら、問題ないんじゃ?」


「理解することと、それを受け容れることは別です。

 今回の問診では『昌幸』として持っていた能力を喪ったことについて、質問されましたが……、私には、能力より『昌幸』としての人格に固執しているように見えました」


「能力の喪失が、人格の喪失だと?」


「少なくとも、本人はそう考えているフシがあります」


「今後、どうなるかしら?」


「今の彼女は、変わることと喪うことを、ほぼ同じことだと受け止めているようです。結果、変化した自分を、かつての『昌幸』とは別の人格だということにする可能性があります」


「彼女の中に『昌幸』と『昌』、二人の人格が同居すると?」


「そうなるかもしれません。私はその分野については専門外なので詳しいことは分かりませんが……」


「分かる範囲で教えて。そうなったら、何が起こるというの?」


「悪くすると、小畑さんは、自分で自分自身を傷つけるような行動を取る可能性があります」


「自傷行動とか?」


「いえ、『彼』自身は責任感のある人格ですから、そういった行動を取る可能性は低いでしょう。血を遺すためには健康でなくてはいけませんしね」


「だったら、何をするというの?」


「例えば、性に対して奔放になるかも知れません。

『彼』だったら受け容れられないようなことを、その肉体が自身のものでない、つまり今の自分は『自分』ではないとするために、積極的になるかも知れません」


「あの外見なら、男には不自由しないでしょうね」


「しかも、男心を分かっていますから。ある意味『悪女』よりも始末が悪いかも知れません。下心無しに男の想像する理想の女性像を演ずるでしょうから」


「誘惑されたら、耐えられる?」


「さてね。でも、貴女の誘惑には耐えてますよ。


 まぁ冗談はさておき、『彼』の理性がリスクの低い相手を選ぶでしょうから、すぐには致命的なことにならないでしょう。誘惑される男性は大変ですが……」


「どんな相手を選ぶかしら」


「まず、社会的地位がほどほどに高く、関係が公になることを望まない相手ですね。いつでも別れられるように」


「妥当なセンね」


「あるいは、物理的に彼女を追えない状態の男性。例えば、事故の後遺症などで身体に麻痺がある人とか……。そういった、恋愛を諦めた男性に、一夜限りの恋人として振る舞うかも知れません」


「美しい話ね。話だけだったらだけど。

 でもそれって、結局本人が後で自己嫌悪に陥るんじゃなくて?」


「おそらくは。

 そして、それから逃れるために行動をエスカレートさせる恐れもあります。

 ですから、竹内さんにはそうならないよう、彼女を見ていて欲しいのです」


「責任重大ね。でも、家族が無茶をしないように努めるのは年長者の役目。

 任せてちょうだい。昌ちゃんは私の嫁なんだから」

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