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ひめみこ  作者: 転々
第十章 変化の兆し
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再会

「周くーん、どこかなー?」


 ちょっと目を離すとどこにでも走り出す。さすがに遠くには行っていないと思うけど……。


「周くーん」


「お姉ちゃん! ここだよっ!」


 周の声の方に走ると、向かいにしゃがんでいた女性が立ち上がりつつ振り返る。


「みっ、光紀さん!」


「あらぁ、昌クン。お久しぶり」


 円の手を引いた由美香ちゃんも追いついた。


「良かった。周くん見つかったんだね。

 あっ。こんにちは。柔術サークルの方でしたっけ?」


「うん。サークルはもうやめちゃったけどね。

 私は山崎光紀。よろしくね。昌クンと同じ学校の子かしら?」


「同じクラスの川崎由美香といいます。よろしく」


「こちらこそ。

 私のことは光紀って名前で呼んでくれればいいわ。

 ところで、そっちのかわいこちゃんは?」


「この子は昌ちゃんの妹の円ちゃんです」


 ……マズいなぁ。

 光紀さんは円と私を見比べている。見比べるまでもなく、そっくりだ。


「ふーん、こんな小さな『妹さん』がいたなんて、知らなかったわ。

 円ちゃんって、お父さん似かしら。将来はきっと『お姉ちゃん』みたいな美人さんだね」


 笑顔とともに、私に意味ありげな視線。


「あの、光紀さん? 周を見つけてくれて、ありがとうございます。周は何か言ってましたか?」


「ううん、別に。

 お父さんかお母さんは? って訊いたら、お母さんはお仕事で、お父さんはいないって言ってたけど……」


「うん! お母さんは今日もおしごとで、お父さんはずっと前にしんじゃったんだよ。

 でもお姉ちゃんと、じいじとばあばがいるからさみしくないよ」


 う、周、余計なことを……。

 光紀さんは、「周くん偉いねぇ」と言いながら頭を撫でている。


「あの、光紀さん?」


 光紀さんは私を見て笑顔を見せる。この人、こんな慈愛に満ちた笑顔が出来たんだ……、と場違いなことを考えてしまう。

 と、光紀さんが私をふわりと抱き締め、耳元で囁いた。


「大丈夫。誰にも言ったりしないから。安心して」


 光紀さんは、ほぼ事実に近い仮説を立てているに違いない。

 あれ? もの言いたげに苦笑しながらこちらを見ている男の人がいる。誰だろ?


「あの……、光紀さん、こちらの方は?」


「大学のお友達の、隆よ」


「どうも。同じ大学の大隈隆です。

 俺も、こんなに熱の籠もった抱擁を受けてみたいところ、かな」


 思わず笑ってしまう。


「彼氏さんじゃないんですか?」という私の問いには「俺はそのつもりだったんだけどね」と苦笑する。見た目は十人並みだけど、落ち着いた人だ。




「えーとね。こっちは私の元カレの昌クン。すごい美少年でしょ? で、こっちは初めて会ったんだけど、昌クンの今カノの由美香ちゃん、だっけ?」


「光紀さん。誤解を招くような発言は如何なものかと。ボクは生物学的には女性ですから」


「いいの。私の中では昌クンは美少年ということになってるの」


 ブレないなぁ。


「隆、昌クンと二人だけで話したいことがあるから、五分ほどこの子達見てて。走り出したら追いかけること! ここでポイントを稼いだら、友達からボーイフレンドに変わるかも知れないわよ」


「OK。ここで待ってるよ」


 隆さんは完全に尻に敷かれてる。


「すみません。五分ほどお願いします。由美香ちゃんもごめん。少し待ってて」




 私は光紀さんに付いていく。店舗から出て十メートルほど離れたベンチに腰掛けると、光紀さんは小声で切り出した。


「このこと知ってるのは? 比売神子様は当然として沙耶香さんも知ってるわよね。あと、昌クンのご家族は?」


 私は黙って頷いた。


「ボクの本当の両親と、つ、妻……だった人とその御両親。あとは姉と弟。家族以外では主治医の高瀬先生と看護師の三浦さん……、かな?」


「家族には、受け容れられてる? その、奥さんからは……」


「妻は、こんな姿になった私を想ってくれてる、と思う。

 今は継母ってことになってるけどね」


「そう……。良かった。

 ところで、私、お友達の前で微妙な話をしてないかしら?」


「子ども達とは父親が『私』の異母姉弟というコトになってる。

 実際、娘は私とそっくりだから、父親似ということで納得してると思う。

 多分、光紀さんがボクの家庭環境のことを少しだけ知ってる、と解釈してると思います。それに神子の血なんて、知らない人にしてみれば荒唐無稽な話だし」


「それもそうね。

 でも貴女、人には言えない苦労をしてるわね。

 身近な人には言えないことでも、身近な他人になら言えるかも知れないし、言うだけで楽になることもあると思うわ。

 だから辛くなったら私にも頼って。何たって、女としては人生の先輩ですからね」


 なぜか光紀さんは右腕の力こぶをポンポンと叩く。


「ありがとうございます」




「ふーっ。でもまさか本当に男の子で、しかも妻子持ちだったとはねぇ……。聞いてびっくり」


 光紀さんは腰掛けたまま手足を伸ばし、天を仰ぐ。V字バランスならぬL字バランスだ。


「え?」


「カマ掛けが当たっただけよ。

 こっちがここまで判ってるわよ、って言うと案外スルスル話してくれるものね。特に、言い出せない秘密を抱えてるときは、ね」


「じゃぁ、まさか……」


「そりゃ、何らかのつながりはあるだろうとは思ったけど、まさか本当に親子だったとはね」


 女性はコワい。紬ちゃんといい光紀さんといい、なんでこんな的確に尋問するかな。もしかして私を男の子扱いしたがる人って、本当にそういう特殊能力があるのかな? だとしたら、紬ちゃんも要注意だ。




 戻ると、周は隆さんと楽しそうに追いかけっこをしている。同じ遊ぶのでも、男の人が相手だと楽しそうだ。


「ありがとうございます、大隈さん」


 お礼を言うと、周は名残惜しそうだ。隆さんも少しそんな感じ。案外、子ども好きなのかも。


「それじゃ、隆サン、行きましょっか」


 そう言うと、光紀さんは右腕を隆さんの左腕に絡ませる。どうやら昇格したみたいだ。呼び方も変わってるし。


「じゃぁねー、昌クン。愛してるわよ! っと、ちょっと待って」


 携帯電話の番号を交換した。神子候補のときは、互いの連絡先は知らせないことになっていたけど、今の彼女は一般人だ。


「『彼氏』じゃなくなってから連絡先の交換ってのも、変ですね」


「いいのいいの、気にしない。

相談事があったら、いつでもかけてきて。私は人生の先輩ですからね。出来れば、恋愛相談なんてのがイイかな」


「恋愛は……、ボクにはまだ早いですよ」


 光紀さんが「そうかもね」と言いながら私を抱き寄せると、「今度、数学のレポート手伝ってね」と、耳元で囁いた。もちろんOKだ。私の出来る範囲でだけど。


 光紀さんがこちらを振り向いて手を振る。私も手を振り還す。周と円も手を振っている。




「光紀さん、私の家族のこと、詳しくは知らなかったんだ。私も言ってなかったし……。

 でも、困ったときは人生の先輩として相談に乗るよ、って」


「きれいなだけじゃない、素敵な人ね」


「うん。沙耶香さんといい、光紀さんといい、男として出会ってたら惚れてたかも知れない。ああいう女性にだったら、尻に敷かれてもいいかもね」


「昌ちゃん、たまに変なこと言うね」


 私はしどろもどろになりながら、ほとんどの男性がほっとかないって意味だと弁解した。もしかして、そっちの趣味と思われてるかなぁ。

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