お父さん
「顔は普通だねぇ。昌ちゃんのお父さんだったら、もっとイケメンだと思ってた」
悪かったね。そりゃ、普通だよ。
何故か、読み合わせはそっちのけで、『私』の写真を見ている。ガチで間違えられたことがある十代のはあらかじめ隠しておいた。
主に性別がはっきり表に出ない小学校低学年。更に、大学卒業や留学中、そして結婚後のをいくつか。成人後のは、ジム通いのビフォーアフターだ。肉体改造中の五年間分はあえて抜いてある。
「でも、確かに昌ちゃんはお父さんに似てるね」
確かに、客観的に見ると、小学校低学年の『私』と現在の私は似ている。でも、私の部屋なのに、さっきからアウェイな感じで、どうにも居心地が悪い。
「いい。いい。うふふ。むふふふふふ」
紬ちゃんが、気持ちの悪い笑い方をしている。
「なに? 紬ちゃん」
私が訊くと、紬ちゃんがニヤニヤしながら写真を覗き込む。
「生きてるうちに会いたかったのです」
「紬ちゃんって、こういうのがタイプ? あんまり特徴無いわよ」
由美香ちゃんが変なものを見る目で訊く。そう言う態度は、微妙に傷つく。由美香ちゃんは『私』のタイプだったし。
「タイプとかじゃないですよ。……でも、生きているうちにお会いしたかったのです。惜しい人材を亡くしました」
「「「?」」」
「これほど女装が似合いそうな人はいないのですよ。うん。美人になりそうです」
「え? 取り立てて美少年? 美青年? な感じはないけど」
由美香ちゃんは容赦なくダメ出しをする。私の心のどこかが削られていく気がする。
「まだまだですねぇ。女装の素材はですね、こういう十人並みの美男子が最高なのですよ。
この化粧乗りの良さそうな白い肌、小振りな鼻と口、凹凸が少なく左右対称に整った顔立ち。目だけは大きめで黒目がち。
こういう顔が化粧映えするのですよ」
私をチラ見して、「うん。紬なら、昌クンをとびきり美人にした感じに仕上げられますよ!」とドヤ顔。いや、まだ何もしてないから。別にしなくていいけど。
「こないだ、馬淵先生が持ってた写真の、昌ちゃんの伯母さんぐらい?」
「アレは、化粧のレベルがまだまだです。言ったですよ。昌クンをとびきり美人にした感じですよ」
ちょ、なんで紬ちゃんまであの写真見てるんだよ。馬淵先生、ロクなことしない。
「私は見てないけど……、昌ちゃんをとびきり美人にしたら相当だよね」
詩帆ちゃんは例によって腕組みをして、一人納得したように頷いた。
「くぅー、女装させたかったのですよ!」
「まぁ、由美香ちゃんも写真見たし。私の『お父さん』は、由美香ちゃん好みのイケメンではなかったと言うことで、とりあえず続きしようよ。
それにこのガタイで女装なんてムリだよ」
「確かにこれはムリだよね」
詩帆ちゃんは、ビニールプールに浸かって子ども達を抱き上げている『私』の写真を見る。何を思ってか、しげしげと向きを変えて観察している。
「合成じゃないよねぇ」
詩帆ちゃんも、合成写真だと思うんだ……。ビフォー――二十代の頃――と、首から下がかなり違うから、それを疑っているようだ。
私は三人を連れ出そうと部屋の扉を開く。この会話を続けてるだけで、心のどこかがガシガシ削られていく。
鍛えた筋肉や、ビフォーアフターの落差に話題がいくかと思っていたのに、アテが外れた。
「分かったのです。発表原稿の続きをするのです」
珍しく紬ちゃんが動き始めた。
原稿に手を加えたものを通して読み、プレゼンと照らし合わせた。男子とのすり合わせは学校でやれば十分だろう。原稿の直し、ちゃんと進んでるかな? 進捗管理は詩帆ちゃんに一任してあるから、大丈夫とは思うけど。
一昨日の読み合わせのときも、詩帆ちゃんは男子にかなりのダメ出しをしていた。言ってることは的確だし、反論の余地が無いけど、かなりスパルタ。
原稿のところでは、聞く方は聞いた端から抜けてくんだから、とにかく簡単な文で。重文・複文は禁止。漢語表現も少なめに。
読み方でも、助詞――『を』とか『が』とか『の』――にアクセントをもって来たら聞き苦しいから、名詞と動詞にアクセントを持ってくるとか。
さすがアナウンス部門で県大会に出てるだけある。
まぁ、私の方も読むのが速くなりがちなのと、間が持たなくなって、つい次に進みたくなることに注意が入った。
私たちの部分はほぼ完了。なぜか学校ではUSBメモリの使用が禁止なので、データはCDに焼いて学校に持って行く。
今日はここでお開きとなった。由美香ちゃんは用があるとかで、足早に帰って行った。詩帆ちゃんも遠いから以下同文。
当然、紬ちゃんも帰るのだが、二人を見送ってさぁ帰ろうというときだった。
「うふふふふ。
馬淵先生が見せてくれたあの写真」
「ん?」
「アレはお父さん本人ですね」
「!」
背筋にゾクりとした感覚が駆け上がる。寒気を感じたというのに、顔に、耳に、熱いものが駆け上がってくる。背中に悪い汗が流れる。
「どういうことかな?」
私は極力いつも通りに応えた、……つもりだ。目を合わせられない。
「隠さなくてもイイですよ。コスプレのメイクもしているですから、私の目はごまかせないですよ」
紬ちゃんはいつもの笑顔。ここはどう応えるのが正解だ? 私は知らなかったことにするか? いや、写真は『伯母』さん――姉とは別人だ。この言い訳は通せない。ここは正直に行くしかない。学祭の余興に無理矢理つきあわされたのだ。
「あれは、父の教育実習のときだそうです。実習のお礼に学校を訪ねたときに、生徒達に捕まったらしいです」
「なるほどです。
でも、二十歳過ぎであそこまで女装が似合うなんて、やはり惜しい人材を亡くしたものです」
「でもさ、どうして分かったの?」
「まぁ、いろいろあるですけど、一番分かりやすいのは、瞳と鼻の頭を結んだ三角形ですね。あとは耳の形」
更に紬ちゃんによると、骨格を視ることでほぼ判るとか。
頬骨がやや高めであることや耳の形は、私にも受け継がれているとのこと。
なんだか恐ろしくなってくる。紬ちゃんって、ほわほわした雰囲気は作りもので、実際は恐ろしく緻密な思考をしているのかも。
「そ、そんなに似てる?」
「もう、そっくりですよ。
お父さんが中学生か高校生ぐらいだったら、昌クンとは美人姉妹に見えたですよ、きっと。
同じ系統の顔で、キレイ系とカワイイ系で、どちらを選ぶかお好み次第」
「私にも選ぶ権利あるけど」
「そこはそれ、オカズですから実害はありませんですよ」
「オカズって何の」
「それを乙女に言わせるですか?」
「乙女はオカズなんて言葉使いません!」
「ってことは、昌クン、しっかり分かってて訊いてるですね」
「……」
顔が赤くなる。何で、こんな簡単に言い負かされるんだろう。
「誰にも言わないでよ」
「さぁ、どうするですかねぇ?」
「言わないでよね」
「じゃぁ今度、紬とデートするのです。
その日は昌クン、ちょっとボーイッシュな感じで」
「その日はやっぱり『ボク』?」
「おぉう。昌クン解ってますねぇ。では、そういうことで」
紬ちゃんは、きっと光紀さんと仲良くなれるタイプだ。




