送別会 一
「あれ? 前回と道が違いますね」
「前回は学校帰りに拾ったけど、今日は違うとこ、一つ隣の駅からよ。それにこっちの方が道も判りやすいし」
沙耶香さんは助手席から応える。比売神子候補達は二列目、三列目だ。今日はいつものクーペやセダンでない。候補者全員が合流して移動できるよう三列シートのバンだ。いわゆるミニバンだと三列目は非常用に近いが、これは広々だ。しかも後輪駆動で脚もいいのか、後席の揺れも少ない。
車は駅前の駐車場に入ってゆく。近くにショッピングセンターがあるんだから、そこを待ち合わせ場所にすればいいのに。
「じゃ、ボクが呼んできますね」
「私も行くわ」
「今日の主賓なんだから、車で待ってて下さいよ」
「いいの。私も行きたいの」
「じゃ、一緒に」
私たちは駅の方に歩く。
休日だけど、駅前は閑散としている。一つ隣の駅と違って、近くに学校があるわけでもなく、ショッピングセンターも車前提だからだろう。ちらほら見えるのは中高生ばかりだ。
「あ、昌クーン」
声の方を見遣ると、聡子さんが手を振っている。
「聡子さん。久しぶ……、一ヶ月ぶりぐらいですね」
「そうね。光紀ちゃんも、久しぶり」
私たちは連れだって車に乗り込んだ。
「今日と明日は楽しみましょ。まず、お昼はどこで?」
「温泉街の料亭。昌ちゃんご推薦のお店よ」
店はお香が焚かれていた。うん。高級店はこうでなくちゃ。
和服の仲居さんは私たちを見て一瞬驚いた顔を見せたが、即座に平常運転。「今日はようこそおいで下さいました」と挨拶をする。
沙耶香さんは勝手知ったるなのか、軽く挨拶を返して部屋に進む。
仲居さんは続く私たち一人一人にもお辞儀してくれる。最後の私を見て驚いた表情、この髪と目の色は初見じゃびっくりするのも無理はない。
部屋に通されると、まずはお飲み物。と言っても、私たちの見かけは未成年だからお酒はNGだ。と思ったところで、光紀さんと聡子さんが普通にアルコールを注文した。直子さんも続こうとしたところで、沙耶香さんがちょっと格を発動。さすがに公称高一まで下がると、サバを読むわけには行かない。
私も仕方なく棒茶を頂くと直子さんと優奈さんもそれに続いた。千鶴さんは始めからウーロン茶。
程なく、食前酒のグラスと先付けの盛り合わせが、各々の前に並べられた。
「それじゃ、山崎光紀さんの、今後の健康を祈念して」
「「「「「「かんぱーい」」」」」」
一息で梅酒? 梅ワイン? を飲み干すと、薄い酒精が胃の中を熱くする。よし、何から食べようかな。
しばし無言で一口目。
みんなは、鴨肉が好みのようだ。旨味がしっかりで、断面に赤みが残ってるけど火はしっかりと通っている。ゼラチン質の脂身も、油っぽくない。見るからにコラーゲンたっぷりで美肌効果がありそうだ。
個人的にヒットは白和え。砂糖やみりんの代わりに甘味料として使われているのは柿だ。その甘みと薄い塩味、練り込まれたごまの香ばしさが出汁の旨みと調和し、実に美味しい。薄味なのにこれだけ複雑な美味しさに仕上げるのはプロの技だ。
私がその味覚を反芻していると、沙耶香さんが側に来た。
「どれがオススメ?」
手には冷酒の冊子。おお! こんなに種類があるのか。
「この辺がさらっとして飲みやすいですよ。こっちはどっしりしてるから、昼間からこれはさすがに……」
「じゃ、昌ちゃんのオススメはこの辺ね」
良いタイミングで仲居さんが入ってきた。沙耶香さんが小声でいくつかの冷酒を注文すると、杯の数を聞いてきた。耳をそばたてていると、残念、三つだ。
仲居さんは、先付けの器を下げて行く。あれ? 食前酒の杯がそのままだ。
程なく、冷酒を二本持ってきた。盆には氷と水も。あれ? 冷酒は割らないはずだけど……。もしかしてそういうことかな?
「気を遣わせちゃったかしら?」
仲居さんを見送ると、沙耶香さんが私の方を見た。苦笑を浮かべて、水の入ったデキャンタを見る。
「そうですね」
私が応えると、他の皆は怪訝な顔だ。
「それじゃぁ、遠慮無く」
私は食前酒が入っていた杯に水を少し注いでくるくる回し、飲んで空にした。そこに沙耶香さんが冷酒を注ぐと、全員が納得の表情。同じことを直子さんと優奈さんも始めた。
「千鶴ちゃんはどうする?」
沙耶香さんが聞くと、千鶴さんは迷い顔。
「最後ぐらいイイじゃない」
光紀さんが言うと「じゃ、一口だけ」と杯を出した。
全員に冷酒が行き渡ったところで、改めて乾杯する。
くーっ。旨い。やっぱり酒は北陸だ。
「あ、美味しい」
千鶴さんは驚いた顔だ。そう言えば、甘いカクテル以外を飲んでるのは初めてかも。
「でしょ? 昌ちゃんのオススメよ。見かけは子どもだけど、味覚はオトナよ」
沙耶香さんも飲み始める。
千鶴さんは血が出る前から日本酒が苦手だったそうだ。多分、初めて飲んだのが不味かったんだろう。
光紀さんも美味しそうに飲んでいる。
品は椀ものに進む。蓋が取れなくなる前に素早く開けると、やはりしんじょうだ。出汁と柚子の香りが芳しい。椀ものはこれじゃなきゃだよ。白いしんじょうに、飾り庖丁が入った人参と湯通しされた三つ葉がアクセント。
まずは汁を一口。薄味だけどふくらみのある出汁。二年ほど前に来たときと同じく美味しい。こんなのどうやって作るんだろ? 真似しようと試行錯誤したけど難しい。
「この店、沙耶香さんに紹介したの昌クンでしょ? 本当に舌が肥えてるわよねぇ」
光紀さんは空になった椀を名残惜しそうに見ながら言う。
「そうよね。しかも料理も上手いのよ。随分前に食べた雑炊も美味しかったし、こないだごちそうになったときの吸い物も。
もしかして、この味を再現しようとか考えてたんでしょ」
「がんばってはいるんだけど、まだまだなんだよね」
「でも、並の和食屋より美味しいんだから大したものよ」
「えー、本当? 昌クーン、私のお嫁さんになってぇ」
何で沙耶香さんと光紀さんはいつもこの流れなんだろう……。
料理はどんどん進む
昼食で、メンバーが女性の団体ということもあってか、量も味付けも控えめだ。蒸し物も味付けこそ薄いが旨味がしっかりで、本当に、どうやってつくるんだろう?
千鶴さんが立ち上がる。私も久々の冷酒でもよおしてきたので、立ち上がった。あ、立ち上がった千鶴さんの足下があやしい。慣れない日本酒を飲み過ぎたようだ。
「大丈夫ですか?」
「あんまり美味しかったから、つい」
「肩貸しますか?」
「大丈夫。ちゃんと自分で歩けるわよ」
手洗いの前で千鶴さんを待つ。こういう料理を食べられるのは幸せだ。渚と子ども達を連れて来たいな。いや、子どもには早いか。
部屋に戻ると更に料理が並んでいる。既にかなりの品数を食べてるけど、まだ入っちゃう。
最後の炊き込みご飯も美味しい。炊き込みご飯と言えば、普通はキノコやタケノコ、あるいは鶏とかが一般的だけど、生姜のそれは初めてだ。でも、出汁のふっくらとした味わいが良くて、ついお代わりしたくなる。
その後、デザートとコーヒーで食事を終えると、軽く一時半をまわっていた。
ここからは一路、金沢に向かう。




