勉強会再び 一
「昌ちゃん。金沢で美味しい和食って知らない?」
急な電話は沙耶香さんだった。
「金沢は詳しくないですけど、あの辺だったら、そこそこの値段の店選べば大抵美味しいですよ。あ、でも市内でなくても良ければ、心当たりがあります。沙耶香さんも知ってるかも、ですけど……。
今すぐは分からないので、調べて折り返しますね」
出張先の部長と行った店、どこだっけな。私の中では和食ナンバーワン。また行こうと思って、マッチをもらってきてたはず。
書斎をあちこちあさる。どこやったかなぁ? 温泉地にあった料亭だったけど……。
あった! 観光の本にセロテープで留めてあった!
「沙耶香さん! 金沢からちょっと離れた懐石ですけど、最高ですよ。ここで夕食なら泊まりはビジネスホテルでもいいぐらいです」
「へぇ、ちょっと検索してみるわね……。
ふーん、お任せでこの値段か。まぁ妥当な線ね」
「美味しかったですよ」
「じゃ、ここにしましょうか。光紀ちゃんも昌ちゃん推薦の店なら納得でしょうし。
でも、ここで夕食だと泊まりがね……、温泉ってわけに行かなくなるし。ここって市街地から結構離れてるわよね」
「確か車で二、三十分ぐらいだったと思います。金沢までだと更に小一時間ってとこでしょうか。
じゃ、お昼をここにして観光しつつ夜は金沢、なんてのはどうですか?」
「昼からコレってちょっと重いわね。それにせっかくの料理にお酒がないんじゃねぇ」
「私も我慢するんだからイイでしょ」
「一応、全員で乾杯はするわよ。ただ、昼間っからだとその後の観光がね……」
「あの……、ここは車でないと難しいと思うんですけど、運転はどうするんですか?」
「ガードにさせるから大丈夫」
「ガードって、沙耶香さんにもKとかスミスが?」
「そうよ。でも随分古い映画で喩えるわね」
「古いですか?」
「前世紀の映画でしょ? 貴女は公称十四歳、戸籍は十七だけど、どっちにしても二十一世紀の生まれですからね」
「そ、そうですね」
「ちなみに現役の比売神子には全員、ガードが張り付いているわよ。ついでに言うと、貴女にも。
貴女の場合は比売神子になるのが確実視されてるのもあるけど、事情が事情だから、ね。
プライバシーは侵さないようにはしてるから、その辺はご了承下さいね」
「了承も何も、今の今まで知りませんでした。それに嫌って言っても、気づかれないように続けるんでしょ」
「まぁ、そうなるわね」
「だったら、訊くまでも無いじゃないですか。
あ、それで『追跡』!」
「そういうこともあったわね。
貴女、ものすごい運転するから、途中で追跡メンバーをチェンジしたのよ」
「あー、その節は申し訳ないです。
でも、ちょっと上手い人なら付いてこれなくありませんよ。対向車線には出てないし、安全マージンも十分取ってたつもりですけど」
「ついてくだけならね。でも、気取られないように付かず離れずは無理だったそうよ。
ガードのうち、比売神子に関することを知ってるのはチーフ一人だけだから、残りの追跡メンバー、泡食ってたわよ。貴女の外見からじゃ考えられない運転だったから」
私に張り付いているのが何人かは教えてもらえなかったが、指揮者を除いて全員、私が見かけ通りの年齢じゃないことを知らないらしい。女子中学生がタイヤ鳴らして峠道を走るなんて、普通はあり得ないか。
要人警護の訓練を受けてるってことは、公安関係者? 比売神子の存在は大っぴらに出来ないから、民間の警備会社なんか使えないだろうし。いや、そもそも民間の要人警護派遣なんて日本にあるのかな?
ってことは、私はその人達が見ているところで、無免許運転に加えて、一発で免停になるようなことをしたわけだ……。これはシャレにならない。
「報告では相当な走り方だってことだけど、練習でもしてたの?」
「以前、ジムカの練習もしたことがあります。でもサーキットは未経験ですし、そもそもライセンスも持ってません」
「あらホント? 気晴らしに運転できる機会をつくってあげたいわね。私としてもどんなウデなのか見たいから」
「ホントに? 楽しみです!」
「ま、期待しててね」
久々にかけてきたと思ったら、送別会の店探しだった。確かに沙耶香さんはイタリアンとかフレンチには詳しいけど、これまでも和食はあんまり行ってなかった。比売神子の合宿を除けば、『路上教習』のときだけかも。
他の神子達も実年齢はともかく、人生はおそらく十代までしか経験していない。和食に疎いのも仕方ないだろう。と言うより、この外見の私が和食好きって方が変か。
階下で派手に何かが落ちる音がした。慌てて走るとキッチンは水浸し。横にはバツの悪そうな顔の周。どうやら昆布を水で戻している鍋を落としたらしい。幸い鍋は火にかける前だったが。
「周っ! 台所、入っちゃいけないって、言ってるでしょっ! 本当に危ないんだよっ!」
全く、昆布出汁でびしょびしょだ。シャワーと着替えをさせなきゃいけない。床を雑巾で拭く。もう一時間もしないうちに同じ班の子達が来るのにっ。
周を脱衣所に連れて行き服を脱がせる。めんどくさいので自分も脱ぐ。どうせみんなが来る前に着替えなきゃいけないし。あー、あと三十分ぐらいだ。慌てなきゃ!
周にシャンプーをする。周が自分で洗っている間に、私も身体を軽く洗う。洗顔の代わりに全身を洗うことになった。今度は周のシャンプーを流し、全身を洗う。
脱衣所に出て時計を見る。約束の時間まで十五分近く残っている。なんとか間に合いそうだ。
「周くん。自分で拭けるかな?」
タオルを渡すと、満面の笑みで「できるよ!」 私も髪をタオルで拭き、身体をもう一枚のタオルで拭き始めた。
「あ、」
周がなぜか脱衣所を裸のまま飛び出した。
私は慌ててショーツを身につけ、ゆったり目のTシャツをかぶる。マキシ丈ではないが、太腿の半分ぐらいは隠れる。拭き切れていない背中にシャツが張り付くが、構わずに裾を引っ張り追いかける。
「くぉらっ! 周っ、待ちなさい!」
脱衣所をでて五歩、玄関に人影が三人。同じ班の、よりにもよって、男子!
どうして、こんなに早く来てるんだろう!




