遠足 二
東屋の方に走ってゆくと、お父さん方の視線が集まる。主に私の脚に。まぁ、仕方ないけどね。何人かのお父さんの顔は赤い。
私がとびきりの笑顔を見せつつ一本くれるようにお願いすると、もちろん向こうは勧めてくれた。
クーラーボックスを覗くと、ジュース、お茶に混じって、ビールとか発泡酒とかチューハイとか。赤い顔が混ざってたのはこういうことか。
子ども達がいるのに、昼間っから実にケシカランです。それに缶チューハイはジュースと紛らわしいデザインです。これも実にケシカランです。子どもが間違えたらどうするつもりでしょうか?
私は一本取ると、即座に蓋を開けた。他の人が止める間もあればこそ、二口三口と嚥下する。くーっ! 旨い! グレープフルーツの『ジュース』ってちょっと苦みがあるけど、それがいい。
お父さん方があっけにとられているうちに席を確保。この外見だと、あっさり席を譲ってくれる。枝豆を食べながら『ジュース』をもう一口。
あ、視界が揺れる。しまった。日中は夜よりも回る上、子ども達と日光の下で走ったから。それに今の体はアルコール耐性が低い。
「あは、ちょっと、ごめんなさい。やっぱりお茶ももらいますぅ」
脚をもつれさせながら麦茶のペットボトルを取る。あれ? 開かない。手に力が入らない。蓋をシャツの裾でくるんで、よいしょ。やっと開いた。麦茶を流し込むように飲んだ。
異変に気づいたお母さん達が二人やってきた。
「小畑さん、大丈夫?」
その声とは別の声がお父さん方に何か言ってる。なんだか、いろいろ厳重注意しているっぽい。これはマズい。
「あはははは。飲まされたんじゃなくて、自分れ飲んだんれすよ。父が生きてたら、きっとビールを飲んでたから、私が代わりに。れも、ビールは苦くれ飲めないから……」
一生懸命説明すると、周囲りに集まったお母さんが「健気だ」「いい子だ」と口々に褒めてくれる。えっへん! 今日はたくさん褒められてる!
おぼつかない足取りで東屋に戻り横になった。芝生の上を通ってきた風が気持ちいい。横になったままペットボトルの麦茶をもう一口。美味しい。
気がついたら、集合時間だった。
起き上がるが、頭がやや重い。うーん。小野先生まで心配そうに私を見る。
「大丈夫ですよ。お酒だと判ってて飲んだんですから。
父ならきっと一緒に飲んでたと思うし、私もちょっと飲んでみたかったんです」
「昌さん」
小野先生がじっと私を見た。
「ごっ、ごめんなさい。未成年なのに……」
「それもあるけど、そういうことだけを言ってるわけじゃないの。
以前にも言ったはずよね。お父さんになろうとするのはやめなさいって」
「……はい。
あの、このこと、お継母さんに言います?」
「言って欲しいの?」
「い、言わないで下さい!」
「さっき言ったこと、忘れないでね」
「はい」
セーフ! いい感じに誤解してくれてる。でも、天使って言われるほど、だんだん黒くなっていく気がする。
帰りのバスの中、園児達の半分は目を閉じている。もう半分も船を漕ぎ始めているか、あるいはお母さんに体を預けている。周も眠りそうだ。
私は周の頭を撫でながら『おぼろ月夜』をうたう。戦前からある歌だが、これは日本最高の歌の一つだ、と私は思っている。本当は私のようなソプラノじゃなく、男声のテノールで朗々とうたい上げたのがいい。これを聴くと、それぞれの人にとっての原風景が想い出されるに違いない。
周は目を閉じた。そうだろう、そうだろう。この一年ほどは聴かせてなかったけど、生まれたばかりの頃から、寝かしつけの歌はこれだったもんね。
周囲を見ると、周だけでなくほとんどの園児が寝付いている。あれだけ走り回ってれば眠くもなる。それに普段でも午睡の時間だ。
幸いにして渚には飲酒の件は伝わらなかったようだ。それでも、直接顔を合わせるのは気まずい。私は「疲れている」ことにして子ども達とともに床についた。
本当は自室で眠るつもりだったけど、周が「一緒に寝る」と譲らなかったのだ。
自分も疲れている割に、なかなか寝付けない。そうこうしているうちに入浴を終えた渚が寝室に来た。
「明日はなにか予定あるかしら?」
「特に何も無いよ」
「じゃぁ、買い物と食事、一緒に行かない?」
「買い物って、何買うの?」
「小さいパソコン。ほら、タブレットっての。あなたが持ってるのの半分ぐらいのが良いんだけど。
適当なの、選んでくれない?」
「いいよ。私も買いたい物あったし」
頭の中で買う物リストを並べる。HDDレコーダに接続用のケーブル、バックアップ用の外付けHDD……。電球も補充しとかないとね。
「ところで、子ども達は?」
「実家にあずけてくるわ。でないと、落ち着いて食事どころか、買い物も出来ないでしょ」
それもそうだ。家電量販店なんか行ったら、走り回るに違いない。
「食事は、何?」
「ホテルでイタリアンよ。実は、もう予約してあるの」
「私が都合悪かったらどうするつもりだったの?」
「友達と行ったわよ」
「たまには、そういうのもいいんじゃない?」
「あなたと行きたいの」
「こんな姿の?」
「いいじゃない。自慢の娘を見せびらかすのよ」
「自慢の娘ねぇ……」
「というわけで、明日はあの服ね。ドレスコードあるんだから。
他の服じゃ入れないわよ」
「え、あのコスプレ紛いの服で行くの? まだしも制服の方が良いと思うんだけど……」
「客観的に言って、制服の方がコスプレっぽいと思うけど」
「髪の色がコレだからでしょ。明日はウィッグ着ければいいじゃない」
「残念! ウィッグはクリーニング中です」
「本当に着るの?」
「無理にとは言わないけど、着て欲しいな。せっかくの天使さんなんだから。
ところで、今日の天使さんのお昼寝のこと、周から聞いてるのよ。あんまり過ぎるようなら、お義父さんにも注意しとかないとね」
まずい。父さんに冷酒を買ってきてもらってるの、バレてるっぽい。
「謹んで、着させていただきます」
「分かれば宜しい。明日が楽しみね」
周のやつ、口が軽い。それにお酒のこと、何でバレてるんだろう。
翌朝、渚は慌ただしく子どもたちを連れて出た。
「三十分程で帰ってくるから、準備しときなさいね」
ふぅ……。でも、コレで外出かぁ。自室のベッドの上に例の衣装を並べてみる。油断すると、前がぱっくり開くんだよなぁ。
スパッツを履いてからスカートを着ける。あー。スパッツが透ける。黒とか紺だと駄目だ。アイボリーか、せめてベージュとかがあれば良かったのに……。




