お宅拝見 二
「こっちはクローゼットですね」
「私の服はあまり無いよ。お継母さんの冬物がほとんど」
「あ、これは先週の服ですね」
「どんなの?」
ちょっと及び腰だった由美香ちゃんも、服には興味あるようだ。
「これは、チャレンジャーだねぇ」
詩帆ちゃんは正直だ。うん。私もそう思う。自分じゃ絶対に選ばない。
「じっ、自分で選んだんじゃないよっ! 柔術サークルの人が選んでくれたって言うか、買ってくれたから、さすがに着ないのはまずいかなって……」
「確かに、これを着るのは勇気が要るよねぇ。こんな服似合う人、ちょっといないよね」
「と、思うですね? ところが、昌クンがこれ着るとすごいんですよ!」
うーん。いやな予感。一歩後退すると、いつの間にか詩帆ちゃんが私の背後に回り込んでいた。振り向くとにっこり笑った。
「着て見せて」
「え? やだよぉ」
「見せるですよ。せっかく似合うですから」
「私も、ちょっと見てみたいかな」
由美香ちゃんまでそんなことを……。女の子は着飾ることについては基準が違うっぽい。
「……分かりました。着替えるので、閉めますね」
私はクローゼットの扉を閉めて深呼吸――ため息とも言う。スカートとノースリーブを着ける。裾自体は膝下まであるけど、前後のスリットが深いから、油断すると太腿の半ばまで見えるんだよね。座るときのことを考慮したとは思えないデザインだ。当たり前だが、座ると自重で左右に開くのだ。
更にマントとも袖無しのジャケットともつかない上着を羽織る。後方からの視線は遮られるが、前までは隠せない。襟の意匠は抑え気味とは言え、普通に着る服じゃぁない。
「お待たせしました」
扉を開けると、由美香ちゃんと詩帆ちゃんは揃って唖然とした表情だ。紬ちゃんは満面の笑みで「ほら、似合ってるですよ」と胸を張る。
「本当に、似合ってる」
「……だよね。この服が自然に見えるって、ある意味すごいよね。コスプレ感が無いもん。これ見た後だと、制服の方がコスプレに見えちゃいそうだよ。
ねぇ、写真撮ってイイ?」
「駄目駄目駄目、絶対に駄目!」
「じゃぁさ、それ着て一緒に買い物行こうよ」
「そそそそ、それも、駄目!
この服、脚が丸見えになっちゃうんだよ! 油断したらパンツまで見えちゃうんだよ! 駅でも電車でも大変だったんだから!」
「座らない限りパンツは見えないと思うよ」
「だったら、詩帆ちゃんが代わりに着てよ」
「それはムリ。胸が入らない。多分、紬ちゃんでもきついかな。
由美香ちゃんでギリギリってとこか」
「私も無理ね。まず、アンダーも違うし」
ずーん。悲しい現実を突き付けられました。
「でも惜しいです。こんなに似合うなら、紬だったら着て出歩くですよ。
スリットが心配なら、開きにくいように手を加えるですか?」
「それもいいよ。多分、これで出歩くことは無いから。
それに、紬ちゃんだって、メイド服着て出歩かないでしょ?」
「出歩かないですよ。昌クンほど似合わないですから」
似合うとか似合わないとかの問題じゃないんだけどな。
私の部屋探索も終え、勉強会は終了。
「昌ちゃんの家なら広いし、レポート発表の打ち合わせとかも出来そうだね」
「いいよ。連休中は別に遊びに行く予定も立ててないし、弟や妹がいたら、なかなかそうも行かないし」
「この部屋、ある意味男子のあこがれの部屋だよね。
大画面二つのPCにプレステ、ホームシアター。昌ちゃんのお母さんって、お父さんの趣味に理解があったんだよ」
詩帆ちゃんが腕組みをしたまま言う。多分、詩帆ちゃんちの両親は趣味を巡っての鞘当てがあったのだろう。
実際のところ、ウチでもこの部屋が二人の寝室になったときにホームシアターは一旦片付けられて、寝室を一階に移してから復活させたのだ。リアスピーカのケーブルがとにかく邪魔だったようだ。
私がその立場になったら、ちゃんと認めよう。って、私がその立場に立つと言うことは……。
「どうしたの? 急に顔を赤くしてもじもじして。家族を褒められて照れてるの?」
「照れる昌クンカワイイです」
「べ、別にそういう訳じゃ…」
階下から渚の声。あれ? もう帰ってきたのかな。
降りて見ると両手に荷物、どうやら、子どもを実家にあずけて、買い物をしてきたらしい。
「こんにちは」
「お邪魔してます」
渚は初顔合わせだから挨拶を交わし、私の学校での様子を訊く。なんだか居づらい。『女子』としての私の様子を『私』の妻が訊く。コレってなんて罰ゲーム? いたたまれない気持ちになる。
こういうのを『針のムシロ』って言うのかな。
その日の夕食後、渚がにこにこしている。
「どうしたの?」
「どの子が本命? あの、背の高い子かしら?」
「つまんない冗談はよしてよ。みんな友達だよ。昌としての」
「そうね。でもあなた、案外、女を見る目は確かだもんね」
「……微妙に、自分を褒めてない?」
「そう言われればそうかしら。
でも、学校ではちゃんとやってるようだし、少し安心したわ。女子力がすごいって、褒めてたわよ」
「中学生基準だからだよ。ちょっと料理が出来るぐらい、女子力には入らないよ」
「でも、みんな、女としては先輩よ」
沙耶香さんと同じこと言う。完全に結託してる。
「ところでさっきの服、初めて見たけどどうしたの? あなたが選んだの?」
「ち、違うよ。神子の一人に選んでもらったのが、あれだったんだ。自分じゃあんな服、絶対に選ばないよ」
「そうね。あなた、そういうセンスはイマイチだもんね。でも、あんな服が似合うなんてちょっと羨ましいわ。
髪、伸ばさない? あの服だったら、絶対その方が合うと思うんだけど」
「伸ばさないよ。手入れもめんどくさいし。
それに、あれはお願いされたから仕方なく着ただけで、自分でわざわざ着ないよ」
「あら? あの服着たあなたを連れて買い物したかったなぁー。
きっと子どもたちも喜ぶわよ。保育所じゃ『天使のお姉さん』なんでしょ」
「な、なんでそれを!」
「ちゃーんと、保育士さんから聞いてますから」
「着ませんよ」
「私のお願いでも?」
「渚のお願いでも」
「あぁ……。若い子のお願いは聞けても私のお願いは聞けないのね。私より若い子の方がいいのね。あなたって、やっぱりそういう人だったのね」
「もう……。わざとらしいことは言わないで下さい」
「じゃぁ、着てくれる?」
「……。
あの服、ちょっと油断すると、パンツ丸見えになるんだよね」
「だったら、なおさら着なきゃ。訓練です。
とりあえず、ドレスコードのある店でディナーなんてどう? 夫婦水入らずで」
「……でも、アルコールはナシなんでしょ?」
「ちょっとぐらいならいいんじゃない?」
「え、それなら! でも……」
「着るわよね?」
「……わかりました」
私って、押しに弱いのかな?




