お宅拝見 一
結局、押し切られて私の部屋へ。もっとも、部屋は寝るかDVD視るぐらいだから、本当に何も無いんだけどね。
二階の突き当たりのドアを開ける。
「広いですぅ」
確かに広いと思う。十一畳半あるし。部屋の中央にセミダブルのベッド、壁際にオーディオとパソコン、四隅にスピーカ。
「昌クンは、やっぱり男の子ですね!」
「だから、お父さんの部屋をそのまま使ってるって言ったじゃない」
「あれ? こっちは?」
「クローゼットと書斎だよ」
「書斎?」
詩帆ちゃんは目を輝かせる。さすが、本の虫だ。
「見ていい?」
「いいけど、本はあまりないよ」
書斎の中はDVDとプラモデル、模型飛行機……。アルコール飲料と乾き物が入った冷蔵庫。完全に男の子の部屋だ。置いてある本と言えば、自然科学系の読み物と専門書、仕事に関する本。いかにもおっさんが好きそうな小説……。
「あ、こっちにもノートパソコンがある。さわってもいい?」
以前使っていたノートだ。あまりにもでかいのでタブレット(2in1)を普段使いにしたら、ほとんど使わなくなってしまった。それに、ネカマ認定されちゃったし……。
「いいよ。そっちはネット用なんだ。あんまり使ってないけどね」
詩帆ちゃんは慣れた手つきでPCを操作する。
「何コレ?」
「え? なに?」
ヤバいデータでも残ってたのか? いや、半年前にOSは再インストールしてるし、ブックマークも無難なものだけだ。
インターネットの閲覧履歴は、検索履歴も含めて消去する設定になってるから、見られてマズいものは無いはず。
「あり得ないスペックじゃない!」
あぁ、そうか。確かにそれは、ノートとはいえ3DCAD用にBTOしたもの。モバイルワークステーションだ。
「こっちのワークステーションはもっとすごいよ」
「そんなの、何に使うの?」
「もともとは『お父さん』が仕事に使ってたけど、今は……、インターネットとゲームかな」
「もったいない」
「これって、そんなにいいものなの?」
由美香ちゃんがもっともなことを訊く。うん、彼女が普通なんだよ。
「これはね、言ってみればオーダーメイドのコンピュータなんだよ。
性能は、電気屋に売ってるのが軽自動車とすれば、これはベンツぐらい」
高級車と言えばベンツか……。解りやすい喩えだけど、そこまでの価格差は無い。
「何が出来るの?」
「出来ることは一緒だよ」
由美香ちゃんはビミョーな表情。いやまぁ、普通に使う分には高性能機なんて要らないのは確かだ。
「ひゃぁ!」
突然の音に、紬ちゃんが悲鳴を上げた。
と、棚の上で時計をつけた台が動き出している。腕時計がくるくる回る。
「何? 何ですか?」
「時計のゼンマイを巻く機械だよ。
タイマーがついてて、時間が来たら時計を回してゼンマイを巻くんだよ」
「この時計、ゼンマイ式?」
「うん。巻かないと、二日ぐらいで停まっちゃう」
「機械式ってやつね」
さすが詩帆ちゃん。詳しい。
「時計のゼンマイを巻くのに、わざわざ電気とタイマーを使うですか?」
ちょっと薄目で私を見る。こういうのがいわゆるジト目ってやつか?
「う、まぁ、そういうことになるかな」
いいんだよ。機械式も漢の浪漫なんだよ。針がいっぱいついてて、中は歯車がいっぱいで、ベゼルが計算尺になるのもイイんだよ。
女ってのは、どうしてこういう浪漫を受け容れないかな? 今は私もそっちのポジションにいるけど、私は浪漫が解るぞ。
「ムダですね」
ほっとけ! とは言えないので「そ、そうかもね」と返す。
「こ、これ、お父さんの形見なんだ。きっとお継母さんは、お父さんとの時間を、停めたくなかったんだよ。だからこうやって、今でも巻いてるんだよ、きっと!」
我ながらナイスな言い訳。この場にいない人のせいにする。
「すてきなお母さんだね。
旦那さんを大切にして、昌ちゃんも……」
由美香ちゃんは口ごもった。
私の言い訳のおかげで、渚の株は本人のあずかり知らぬところでストップ高だ! こういうのを怪我の功名って言うのかな。
「そうだよね。私だったらこの時計、質入れしちゃうよ」
詩帆ちゃんは物騒なことを言う。
「この時計って、幾らぐらいするですか?」
「モンブリランか。これってクロノじゃ、ピンからキリのキリの方だろうけど、それでも新品で買ったら五十万は下らないよね。店頭で七~八十万てとこかな」
紬ちゃんの質問に詩帆ちゃんはさらりと応えた。
「く、詳しいんだね」
「うちのお父さんも似たようなのしてるから。って言うか、私にカタログ見せて、どれがいいか訊いてきたし。セイコーのクォーツにしとけば? って言っといたけど。
男の人にとっての時計とか車って、女の人にとっての靴とかバッグとか、そんな感じじゃないかな。お母さんはぶーぶー文句言うけど、私に言わせればどっちもどっちだよ」
この子、すごく大人びた考え方をする。まさか、見た目通りの年齢じゃないとか。もしかして比売神子候補? まさかねぇ。格は感じないし。あ、私も格は抑えてるか。
でも、本当にそうだったら、私のこと気づいてるよね。沙耶香さんや候補者と話してるの見てるし、神子なら次席比売神子を知らないはずが無い。
「何? 昌ちゃん」
「ううん、なんでも。
詩帆ちゃんって、見かけと違って、大人びた考え方をするなぁって思っただけで……」
「本当にそう思ってるですかぁ? 昌クン、詩帆ちゃんの胸見てたですよ」
「みっ、見てないよっ! 」
見てたら『見かけに寄らず』なんて思わないよ。




