勉強会
「ふわー! 大っきい家だね」
「う、うん。二十年ぐらい前にお祖父ちゃんが建てたんだよ」
「へぇ、そんなに経ってるようには見えないよ」
「床とかはワックスを掛けてるからね。でも、ほら、マットが敷いてあるところは色が違うんだ」
マットをめくると、その部分だけは色が濃い。日光に晒された部分はどうしても脱色してしまうのだ。
「それに、台所は十年もしないでリフォームが要るだろうし、軒の銅板も二、三十年したら葺き直さないと」
「ふーん。そうなんだ」
由美香ちゃんは感心しきりだ。
「昌ちゃんて、地味に変なことに詳しいね」
詩帆ちゃんは腕組みをして見回している。
「とりあえず上がってよ。ところで、紬ちゃんは?」
「あの子なら、さっき出たとこだって。あと十分ぐらいはかかるんじゃない?」
詩帆ちゃんは腕組みをしたまま応えた。
「ところで、弟さんや妹さんは?」
由美香ちゃんがもっともな質問をする。
「事情を言ったら、勉強の邪魔になるだろうからって、お継母さんが実家に連れてっちゃったんだ」
二人をリビングに通したが、そこにはソファと低い机のセット。およそ勉強する環境じゃない。
「やっぱり、ダイニングにしよっか」
ここならテーブルと椅子の組み合わせだ。私がお茶の準備をしている間に、由美香ちゃんがお菓子を出した。主にキャンディとチョコレート。太るとか気にしないのかな? あ、きのこの山。私はたけのこ派なんだけどな。
とりあえず見学のレポートだけど、これは大体終わってる。結局、男子のレポートと合わせないと進まないんだよね。
ぴんぽーん
「あ、紬ちゃんかな?」
玄関に行くと紬ちゃん。大きなバッグを抱えて立っている。
「おはよう、紬ちゃん。ところで、ずいぶん大きい荷物だね」
「お早うございますご主人様。この中には、秘密の服が入ってるですよ」
「だからメイド服はいいって」
「なんで、分かったですか?」
「分からせようと説明してたじゃない」
「ふふふ、ばれてはしょうがないです。どこか、着替えるところ貸して下さいです」
「着替えなくていいよ。そんなにメイド服がいいなら、家から着てくればよかったのに」
「さすがに、その格好で外は歩けないですよ。昌クンとは違うです」
「私のはコスプレじゃありません。一応」
ダイニングに戻ると、詩帆ちゃんはあきれ顔だ。
「やっぱり持ってきたんだ」
とりあえず、着替えはナシを宣告し、勉強を始める。と言っても、連休中の課題をやるだけだ。数学と英語が中心なのでスイスイ終わる。まあ、大卒社会人の知識+十代の脳で授業を聞いていたのだ。できないはずがない。
と、見ると、詩帆ちゃんも私と同じペースで進んでいる。基礎的な内容とは言え、大卒と同じレベルの作業が出来るって、ちょっと考えられない!
「へー、これだったら、勉強会なんて要らなかったかもね」
詩帆ちゃんが感心したように言う。むしろ感心してるのはこっちだよ。
「う、うん。……まぁ、療養中は他にすることが無かったから」
適当な言い訳をしたつもりだったが、三人の表情がちょっと曇る。まずい。『かわいそう』って思われてるっぽい。
「あ、昌ちゃん、この問題分からないんだけど」
由美香ちゃんが取って付けたように訊いてきた。
「ん、これはね……」
なんだかんだで一時間。時刻は十一時半近い。
「そろそろ、お腹すかない?」
「じゃ、ちょっと早いけどお昼にする?」
みんなはショッピングセンターのフードコートを考えていたみたいだけど、それはもったいない。第一、私のために来てくれたわけだし。
「簡単なものなら作れるよ」
「なら、紬は焼きそばがいいです!」
「焼きそば?」
「焼きそばが好きなのです。本当は上海焼きそばがいいですけど、ソース焼きそばでもいいですよ」
「由美香ちゃんと詩帆ちゃんもそれでいい?」
結局、焼きそばを作ることになった。
冷蔵庫を見るとキャベツがない。うーん。今日買い物に行く予定だったしなぁ。とりあえず、ニンジン、タマネギ、ピーマン、モヤシ、シイタケを出す。
「この材料なら……」
食材をきざみ、ニンジンとピーマンはレンジで軽く加熱する。フライパンにサラダ油とゴマ油、刻んだショウガ、ネギ、鷹の爪を入れて加熱する。
油に香りが移ったところで鷹の爪を取り除き、肉を投入。火が少し通ったら皿に受け、今度は野菜を投入し焼き肉のタレで薄く味付け。火が通ったら再び肉と合わせる。
ここからはフライパン二つで二玉ずつ調理。お湯を注して蓋をし、蒸し焼きにする。
一方は普通のソース味、もう一方にはヒミツの調味料を回し入れる。味が絡んだら、あえて混ぜずに麺を鍋底で少し焦がす。こうすることで、食感の違う部分が混ざって美味しいのだ。
「上海風の固焼きそばとは行かないけど、こっちは中華風だよ!」
「「「「いっただっきまーす」」」」
「あ、おいしい」
「おいしいです!」
「これ、味付け何?」
三人の反応は上々!
「これはねぇ、えへへ、青椒牛肉絲の素!」
「ホントだ」
「言われてみれば……」
「おいしいです!」
「昌ちゃん、料理上手だね」
「まぁね」
もともと、焼きそばにはオイスターソースも合う。ならばと試してみたら大当たり! 旨味が強いから二、三人分味付けできる。中学生ならこういう味が好きだろう。
「おいしかったですー」
紬ちゃんをはじめ、みんな満面の笑みだ。うん。その笑顔だけで作った甲斐があったというものだよ。
作り置きのポテトサラダにホウレンソウの煮びたし、レンコンのきんぴらもきれいになくなった。よし、買い物に向けて、冷蔵庫の整頓も順調!
「ところでさ、ちょっと興味ない?」
? 詩帆ちゃん、何に興味があるんだろ。
「あるですよ! 探検するですよ!」
「「昌ちゃんの部屋!」」
皿を洗ってると背後から不穏な会話が!
「そ、そんな! 私の部屋なんか見てもおもしろくないよ。何にも無いし」
「いいのいいの。何もなくても、そこに少しあるものからプロファイルするのがいいんじゃない!」
「いや、だから、私の部屋、お、お父さんが使ってた部屋、そのまま使ってるから……」
「じゃぁ、お父さんをプロファイルするですよ!」
「だからっ、私の部屋じゃないからっ」
「何か、見られて恥ずかしいものでもあるですか? 片付ける時間あげるですよ」
「無い! 多分、無いからっ。でも、何も無いから見てもおもしろくないよ……」




