親の目線?
明けて月曜日、社会見学と週末の二日を挟んだだけなのに、教室が久しぶりという気がする。もっとも、もうすぐ大型連休。その間はまた学校から遠ざかることになる。
連休中は神子としての集まりも一時お休みだ。沙耶香さんも連休を満喫したいに違いない。
それでも、連休明けに光紀さんの送別会をする。会場は北陸。美味しい和食と温泉、そして観光というわけで金沢方面だ。でも、私は試験前なんだけどなぁ。
せっかくの連休。たまには子ども達をどこかに連れてってあげたいな。とは言え、今の私には足も免許もない。どこかに行くにしても、渚の運転というのは心苦しい。徒歩で行動できる範囲じゃ変わりばえしないし……。
ぼんやり考えていると由美香ちゃんが話しかけてきた。
「昌ちゃん、連休中だけど、今度の土曜日は予定ある?」
「ごめん。土曜日は弟が遠足なんだ。お継母さんが出勤日で行けないから、私がついてくことになってる。二時半か三時頃には帰ってこられるとは思うけど」
「そっかぁ。遠足じゃその日はぐったりだよね」
「うーん。多分。
でも、みどりの日? じゃなくて昭和の日? その日なら空いてるよ」
「じゃぁ、その日にしようかなぁ」
「何?」
「あ、一番大事なこと言ってなかったね。
詩帆ちゃんと紬ちゃんも入れて、勉強会。レポート発表の準備もあるし……。それに、昌ちゃん、ずっと入院してたから、勉強、遅れてるよね」
「ありがとう。でも、いいの?」
「実は藤井先生からも頼まれたんだ。一緒に勉強する機会をつくるようにって」
「うん。じゃぁ二十九日、空けとくよ!
でも、予定、前倒しさせちゃってごめんね」
「ううん、気にしないで」
そういうことか。私自身は勉強のことは全く心配してなかったけど、普通は考えるところだ。大卒社会人の知識は中学校レベルじゃズルそのものだ。情報の更新が必要な科目はともかく、それ以外は準備なしで臨んでもミスしなければ問題ないんだけどね。
「じゃ、詩帆ちゃんと紬ちゃんにも都合訊いとくね。特に詩帆ちゃん、去年はずっと学年で五番以内だったから、実は私も頼りにしてるんだ」
その日の授業も淡々と進みお昼の時間。そろそろ仲良しグループで集まって食べるようになってきた。
「昌ちゃんは苦手科目とかはある?」
詩帆ちゃんが訊いてきた。私の苦手に合わせて、準備してくれるのかな?
「多分、社会科かな? あと、しいて言えば国語」
「英語できるのは分かってたけど、数学とか理科とかは?」
「ん。理数系は得意だよ」
「まいったなぁ。私、詩帆ちゃんに理科教えてもらおうと思ってたのに……」
由美香ちゃんはがっかり顔だ。
「大丈夫。理科とか数学だったら、多分、私でも教えられると思うから」
「ホントですか? じゃぁ紬は昌クンに手取り足取り教えてもらうです。できればそのとき昌クン、一人称ボクで」
「それは先週までだよ。それと紬ちゃん、『君』づけもちょっと困るよ。あらぬ誤解を招くから……」
昨日の顛末を話した。
「大丈夫だよ。昌ちゃん見て男の子だって思う人はいないよ」
「そうだよ」
「です!」
「でも、恥ずかしかったんだからねっ。女装趣味だなんて思われたら大変だよ」
「だから、昌クンの場合は女装じゃないですよ」
「だから、その『君』もやめてくれないかなぁ」
「じゃぁ、『ご主人様』。
二十九日、紬はメイド服にするですから、期待するのです」
「メイドだったら、お嬢様とかじゃないの?」
「そこ? 普通はメイド服に突っ込むところじゃない?」
由美香ちゃんは冷静だ。
「紬ちゃんにはその部分で突っ込むのは諦めました。とりあえず譲れないところ優先で」
「昌ちゃんも、紬ちゃんとのつきあい方、分かってきたみたいね」
詩帆ちゃんはあくまで平常運転。
「ところでさ、勉強はどこでする? まさか市立図書館ってわけにもいかないし」
「紬のウチでもいいですよ。その日は『お帰りなさいませ、お嬢様』って迎えるですから」
それは、もういいから……。でも、
「できれば、ウチがいいかな。弟や妹のめんどうも見なきゃ行けないし……」
「いいの?」
「うん。
家までの地図書く?」
「これで教えてです」
紬ちゃんがスマホ――本当は校内使用禁止――を出す。地図検索のページだ。
私は慣れない手つきで地図上を示す。
「へぇ。割と近いね」
由美香ちゃんが覗き込んで言う。紬ちゃんも近い。詩帆ちゃんだけが学校を挟んで反対側だ。
「こうすると、ご近所の様子が見えるですよ」
最近の地図サービスはすごい。写真をうまく加工して実際にその場の風景を見られるようになってる。
「あ、昌ちゃん家、立派!」
この写真は二年ぐらい前に撮られたものらしい。渚の車も写っているということは休日かな? いや、二年前なら育休中か。
たった二年なのにずいぶん前に感じる。あのときは娘にデレデレになってたけど、こんなことになるとは……。写っているカブリオレも今は無いし。
「じゃぁ、二十九日の十時からということで」
「渚、じゃなくてお母さん」
「何?」
「二十九日に同じクラスの子が家にくることになった。入院で勉強が遅れてる私のために勉強会だって」
「いいんじゃない? 青春をもう一度ね。来るのは男の子?」
「ううん、同じ班の女の子」
「なら、安心ね」
「男じゃなくて、女の子で安心?」
「そりゃそうよ。まして、男の子と二人きりとかだったら心配よ」
「私は、そんなにガードが甘く見えるかなぁ」
「大甘ね」
「そもそも、そういう状況にはならないし、第一、男子の友達はまだいないよ。どうも、向こうは私に声をかけづらいみたいでさ。
ちゃんと話したのはこないだの社会見学が初めてで、それも同じ班のメンバーだけだし。
ところでさ、私を見る視点が、親目線に変わってきてない? 一応、娘である前に夫だったはずなんだけど」
「別に変わってないわよ。
まぁ、結婚するってのは、大きな息子ができるようなものよ。だから、息子が娘に変わったって、大した違いは無いわ。
大きな子どもだと思ってダンナを躾けるのも、女の甲斐性よ」
「そういうもん?」
思わず訊いてしまった。もしかして『私』はそういう視点で見られていたのか? 仮にそうだったとしても、息子と娘はかなり違うと思うけど。
「そういうものよ。あなたも憶えときなさい。いずれ結婚するんだから」
「へ?」
「子ども。産まなきゃいけないんでしょ? その子をお父さんが分からない子にする気なの?」
「そ、そんな! 男と結婚なんて、ムリだよ!」
「あなた、意識が戻った日、子ども達のためにどんな覚悟をしたのかしら? それに比べれば大したこと無いわよ。少なくとも相手を選べるんだから」
「人ごとだと思って……。って、何で私の考えてたことを」
「あなたの考えそうなことぐらい、予想できます」
「マジで?」
「マジで」
私がこの域に達するのは、一生無理な気がする。これが大人の女子力ってやつだろうか……。




