一つの別れ 三 キス?
「私は、昌クンみたいなの、いまいちしっくりこないんだよね」
「そう言えば、いつもシックな感じでまとめてましたよね」
「だから昌クンにこういうの着せるんじゃない。初めて会ったときから、こういうの着せたいって思ってたもの」
「の割に、男の子っぽく振る舞わせてますよね」
「そこはそれ、これはこれよ」
微妙に言葉も用法も違う気がするのだけど。
「それに、男の子の方が昌クンには自然よ。まとっている空気が少年なのよね」
「空気? ですか?」
内心ギクリとする。もしかして、この子は変な能力を持ってるんじゃないか?
「そう! 成長するとなくなっちゃうんだけど、男の人はたまにそれを大人になっても持ってるのよ。女はこうはいかないけど……」
「ボクって、お子様ですか?
って言うか、微妙に男の子前提で話するのはどういうことですか?」
「だって、昌クンは美少年だもん」
「その『少年』に、こういう服を着せるわけですね」
「それは……、昌クンにはそっちの方が似合うから」
婦人服売り場に入ると、明らかに私の服は場違いだ。回りのお客さんもチラチラこちらを見てる。正直、恥ずかしい。
「昌クーン、これ、似合うかな?」
「光紀さんなら、余程変なの選ばない限り、何でも似合いますよ」
「あら、お上手。そうやって女の子口説いてたのかしら?
じゃぁ、ちょっと着替えるの手伝って」
手伝ってって……、背中にファスナーなんか付いてないぞ。
試着室で二人きりというのは気まずい。まして、さっきとは違って脱ぐのは光紀さん。
「やっぱり、ボク、出ますよ」
「待って」
光紀さんは後ろから私を抱き寄せた。
右肩を挟む双丘が私の体温を上げる。女の子ってスキンシップが凄いな、と思う間もあればこそ、光紀さんが顔を寄せる。
「!」
数瞬の間、何が起こったか分からなかった。
私の口はふさがれている。
え? 何?
光紀さんは女性で、私も身体は女性。
確かに男の子扱いされてるけど、それはおもしろ半分で。
私の人格はともかく、光紀さんから見れば女同士のはず。
頭の中がグルグルする。
力が入らない。意志に反して膝が揺れる。
理由も無く、目尻から頬に涙が伝う。
腰から崩れ落ちそうになり、光紀さんにしがみついた。
それと同時に、光紀さんが私の背中に回した腕をぐっと寄せる。
これって、男女が逆の気がする。
あれ? 光紀さん的にはこれはどういう位置づけだろう?
なんだか考えるのが億劫になってきた。
ふと我に返ると、二人して試着室に膝をついていた。
下半身に力が入らない。
光紀さんはニッと笑うと、何事もなかったかのように立ち上がって試着を始めた。私はそれをどこか遠くのことのように眺めていた。
「昌クン、どうかな?」
ふわふわする意識をつなぎ止めて光紀さんを見る。光紀さんは焦れたように私の肩を揺すろうと……
「ひゃん!」
肩から電流が走ったような感覚。皮膚感覚が過敏になったような気がする。でもそれはむしろ甘美なもので……。
「ちょ、ちょっと今は触れないで下さい」
私は後ずさった。
何だろう? 全身の皮膚が電気を帯びたような気がする。空気の流れすら感じ取れる。というより、仮に私の首から下がハゲじゃなかったら、産毛がそよいだだけでもビリビリ来そうだ。
「はは~ん」
光紀さんが変な笑顔を向ける。これは逃げないとマズい。
力の入らない下半身を気合いで動かし立ち上がる。が、光紀さんが間合いを詰めてくるのが早い。
「ひっ!」
脇腹をつつかれただけで力が抜ける。
「お、お願いだから、やめて下さい」
「い・や」
耳に息を吹きかけられると腰砕けになる。
這々の体で試着室から逃れたが、膝は生まれたばかりの仔馬のような状態。
「お、お手洗い、行ってきます」
「ごゆっくり」
とりあえず、冷たい水で顔を洗おう。首筋や耳まで熱い。
トイレまでの道すがら、周囲からチラチラ見られる。この服のせいで視線が鬱陶しい。
トイレに入って鏡を見ると、うっわぁ、こんなえっちな顔して歩いてたのか……。顔はほんのり桜色、これはまぁ許せるとして、目と口元がひどい。
目は暗くもないのに瞳孔が開き気味。眼底検査の目薬を注した後みたいになっている。潤んだのと相まって、よく言えば乙女チックだけど……、この口元が台無しにしている。
口元は、要するに唇が赤い。吸われたせいか唇が充血し、それだけで一回り大きく見える。ノーメイクなのに、ばっちり化粧したかのようだ。よく言って、グラビアのお姉さんの媚びるような表情。ぶっちゃけ、オスを誘惑するメスの顔だ。
とりあえず、顔を冷水で洗う。
少し落ち着くと下着に違和感がある。慌てて個室に駆け込んだ。
「こっちも受け入れ準備万端じゃないか……」
その部分はしとどに……、って、何を受け入れるって言うんだ!
下着を替えようにもお泊まりセットはコインロッカーの中だ。仕方が無い。替えの下着を買おう。
数分後、新しい下着に替えた。履いてたのは多目的トイレで軽く水洗いしてナイロン袋+紙袋に梱包する。
「あら、随分遅かったじゃない」
誰のせいで、と言いたいところだが、ここは我慢。言ったら墓穴を掘る。
「いろいろ回ってたんです。で、どんな服を選んだんですか?」
「最終候補はこの二着。どっちも良いから迷うわ」
一方は、普段から着ているような品の良いシックな服。もう一方は清楚な中にも飾りの多いツーピース。ツーピースの方はこれからの季節には遅いけど、秋冬にも使えそうだ。でも色合いは春な感じか。
勧めるとすれば、ツーピース。今まで着たことがないタイプだ。でも、これだとすぐに着られなくなるし……。
「両方とも買っちゃいましょう」
「えーっ、それじゃぁ悪いわよ」
さっきのアレは、光紀さん的には悪くないのかな?
「こう見えても、ボクはお金持ちなんです! 社会人でしたから」
「じゃ、お言葉に甘えて……」




