一つの別れ 二 デート
「昌クーン。こっちだよ」
光紀さんが手招きする。路地を一本入ったところにあるイタリアンのお店だ。入り口のイーゼルに黒板が立てかけられ、ランチのメニューが書いてある。
「ここのランチはお得だよ!」
「よくこんな店、見つけましたね。知らないと来れないですよ」
「サークルの先輩から教えてもらったのよ。最寄り駅だから、この辺は行動範囲だし。
しょっちゅうは来ないけどね」
「この近所に住んでるんですか?」
「住んでるのは大学近くのワンルーム。他の子達と違って、つましい生活よ。
でも、私は私のままで生活できてたし、……なれなかったしね」
ここで小声になった。
「候補の中には、引っ越しとかのために支度金を三百万ぐらいもらって、月々も公務員並にもらってる子もいるみたいよ。別人になるんだから仕方ないけどさ。
ところで、昌クンも結構もらってるんでしょ? 大卒の社会人だったみたいだし。いくらもらってるの?」
……言えない。絶対に言えない。私の待遇はかなり違うような気がする。
「うーん。沙耶香さんから口止めされてるし。多分、合宿メンバーの中では沢山もらってる方だと思う」
ウソです。多分二位以下をかなり引き離してます。支度金は桁が違うし。
「まぁ、あの『格』なら比売神子になるのは確実だし、『格』だけに『別格』の金額でもおかしくないわね」
「店の前で生臭い話しないで、中、入りましょうよ」
店に入るとオープンテラスの席を勧められた。でも、外から丸見えの食事は落ち着かないに違いない。屋内の席でお願いする。
通されたテーブルも窓際。外の方が明るいから、そうそう中は見えないだろうけど、ちょっと落ち着かない。
メニューはイタリアンのコースだ。前菜は共通で、二品目とパスタとメイン、そしてデザートを選べる。
それぞれ異なるメニューを選んでシェアすることにした。
「昌クンって、お箸なんだ」
「そうですよ。麺類には割り箸が最強です」
新婚旅行でローマに行ったとき、隠し持っていた割り箸を出して渚に厳重注意されたな。
全体的に量は少なめだが、品数が多いので満足感がある。渚の好きそうな店だから今度連れて来よう。でも、メニュー的に子ども達は無理だ。それ以前に、店の中を走り回って迷惑をかけるか……。
子ども達は祖父母に預けて来るしかなさそうだ。
当たり障りの無い会話だが、今ひとつ接点が少ない。お互いサブカル系には詳しいけど、方向性が違うんだよね。まぁ、向こうの年齢はほぼ見た目通りだし、こっちの中身は……。元は四十近いオッサンと女子大生じゃ、話がかみ合わなくても仕方ない。
店を出ると次はショッピング。買うか買わないかすら決めずに店に入って、ピンと来たものを買う。私にはなかなか出来ない行動だ。こういうところが女子力不足なのだろう。あ、でも書店では似たようなことしてるか……。
「昌クンの服、私が見立てて上げよっか?」
「あ、それじゃ、お願いします。でもキワものは困りますよ」
「大丈夫! 私にまっかせなさーい! 昌クンにぴったりのを選んで上げるわ。試着室で待ってて」
光紀さんの趣味から言っても、女の子女の子した服は無いだろう。さすがに男物をってことも無いだろうけど、普段の彼女から言って、シックにまとめて来るに違いない。
と思っていたら……。ものすごくフェミニンな服なんですけど。いや、フェミニンを通り越してる。それにそのマントかガウンみたいなの、普通に売ってるんだ……。
まぁでも今日ばかりは光紀さんの顔を立てなくちゃ。
「あの、光紀さん? ボク、着替えるんですけど」
「手伝って上げるわ」
「多分、一人で着られますよ」
「手伝いたいのよ」
え? そっちのシュミ?
そう思った瞬間、光紀さんに抱きすくめられた。ガチですか?
「昌クン」
光紀さんが耳元で囁く。息がくすぐったい
「な、なんですか? 耳がくすぐったいです」
「貴女、本当は……、本当に男の子だったんでしょ?」
「ひっ!」
驚きで背筋が反り返る。マズい。どう応えよう。
「くっ、くすぐったいです。耳に息を吹きかけないで下さいよ!
で、何ですか?」
上手く誤魔化せたかな? 光紀さんは「ごめんね」と言いながら私を解放すると、じっと私の目を見つめ、にこっと笑った。
「ううん、何でもない。
じゃ、これから着てみましょうか?」
バレたかな? いや、言質は取られてない。疑いを持ってるけど保留ってとこだろうか。
思考を巡らせている間に、いつの間にか脱がされている。え?
「いつの間に脱がしたんですか!」
「『脱がせていい?』って訊いたら、昌クン『うん』って言ったでしょ? どうしたの?」
いつ答えたんだろう? 上の空で生返事したらしい。
着せられた服はヒラヒラで、自分では絶対に選ばないようなデザインだ。
「こ、これはちょっと…。ハードル高くないですか?」
「そう? すごく似合ってるよ。っていうか、こんな服がリアルで似合う子、なかなか居ないよ。お姫様か天使みたい。って言うか、ベルちゃんみたい! 髪が長ければ完璧ね」
光紀さん、ベルちゃんってアレですか? お酒が好きなお姉さんとアイスクリームが好きな妹がいる……。
「ボクの体型はむしろ妹の方ですけど。って、光紀さん、そのマンガ、よくご存じですね」
「まぁ、周囲りにそういうのが好きな人がいるから。でも昌クンも知ってるんだ。女の子で知ってる人は少ないと思うんだけどな。
でも、昌クンなら知ってても意外じゃないか。元が元だけに」
なんだか聞き捨てならない発言が……。
「じゃ、これは買って上げることにして」
「えっ? ボクが自分で買いますよ」
「でも、これは昌クンのシュミじゃないでしょ? 私が着せたくて選んだんだから、私に買わせて」
「分かりました。じゃぁお返しに光紀さんの服をボクからもプレゼントしますね。でもボクは服のセンスが無いので、光紀さんが選んで下さい」
「分かったわ。昌クン、今日は今買った服を着て付き合ってね」
「えーっ! こんなヒラヒラの着て歩くんですか?」
「今日ぐらいいいでしょ? 折角似合ってるんだし」
五分後。注目されてます。
光紀さんも美人だけど、私がこんなコスプレみたいな姿じゃ、ねぇ。
「光紀さん。ボクたち目立ってますよ。それに写真を撮られたっぽいからマズくないですか?」
「大丈夫よ。ネットにアップされる端から削除されるし、アップした人にはキツーい注意が行くから。
昌クンの写真はかなり削除されたらしいわよ」
「そうなんですか」
そう言えば、私の姿は田舎じゃ目立つにもかかわらず、ネット拡散はしてないみたいだし。そういうことがあるのか。
「でも、とっても似合ってるわよ」
それはさっきも思った。有り体に言って、制服姿の方が私の容姿――特に髪の色――と合わないためコスプレっぽい。こんな服の方が似合うってどうなんだろ。若いうちはともかく、おばちゃんになったらどうしたものか……。
私たちは注目を浴びつつ、今度は光紀さんの服を選びに行った。




