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ひめみこ  作者: 転々
第一章 変わる日常
7/202

『小畑昌幸』の肖像

 一月前までの『小畑昌幸』はしがない会社員。

 妻である(なぎさ)との間に、長男(あまね)、長女(つぶら)の二人をもうけ、小さな幸せを享受しているごく平凡な男だった。

 しかし、新たに別の経歴が加わる。


 会社員でありながら、実は凄腕のデイトレーダーとしての顔を持ち、その資産は数億円。

 現在の妻と結婚する前に別の女性との間に女児をもうけたが、米国でのことだったため本人はその存在を知らなかった。その女性が亡くなる直前に娘がいることを知らされる。


 娘は小児がんを患っており、その治療は日本で行うことが難しい。結局、米国での治療を選択せざるを得なかった。昌幸は父として自分の資産の大半を娘の治療費に充てる。その結果娘の病は完治したが、今度は昌幸が病に倒れる。


 もう残された時間がほとんど無いことを知った彼は、娘を妻に託した。妻はそれを承諾し、血の継がらない娘を我が子として育てる決心をする。

 夫の死に際してその遺産の額を初めて知るも、それを子ども達のためのみに使うこととし、自身は仕事を続けている……。




「なんだか、このストーリーだと『昌幸』ってめちゃくちゃ悪い男な気がする。海外でおイタした挙げ句に知らん顔してバイバイって、考えられん」


「そう? なかなかのイイ男じゃない? 昔の女から娘を託されて、実の子かも確認できないのに億の金突っ込むんだから」


「まぁ、でも、出来過ぎと言うか、御都合主義と言うか、ベッタベタと言うか……。平成どころか昭和の昼ドラでももうちょっとマシな設定だと思うけど」


「じゃぁ、サスペンス枠にする?」


「それはそれでイヤだな。で、このストーリーを考えたの誰?」


「比売神子の二人」


 もう、ため息も出ない。


「私は今日からハーフってわけか」


「いいえ。純粋日本人。米国生まれは、帰国時に日本国籍を取得したことにするため。戸籍が無いのは拙いでしょ?」


「渚はこれを了承してるのか?」


「大筋では」


「なんか、疲れてきた」


「疲れてるところ悪いけど、昼食前に病室を移動よ。療養者向けの病棟」


 ICUを出るということは、もうバイタルを見る必要は無いということだ。言い換えれば、容態が急変する危険がほぼ無いという判断だろう。心配かけたことを謝らないと。


「その髪と目の色は、抗がん剤や放射線治療の副作用ということになるわ。学校にもそう連絡するから憶えておいて」


「学校?」


「当たり前でしょ。戸籍が新しくなるんだから、義務教育は受けないと」


「義務教育? って、中学校から?」


「その顔で高校生は無理があるでしょ。あんた、前より童顔なんだから。それとも、小学生からの方がよかった? 見た目はそっちの方が自然だけど」


「手戻しは最短で」


「じゃぁ、次の春から中二。昨日十三歳になったばかりね。誕生日は好きな日を選べばいいわ。ただし本当のはダメ」


「何故?」


(のろ)いをかけられないため」


 呪いなんて迷信だろ? 第一、生年から性別まで違うんだから、関係ない気もするんだが。


「ところで、私の留学時期じゃ、高校生ぐらいじゃないと計算が合わないけど」


「あぁ、それね。

 病気と治療のせいで成長が遅れたってことにするそうよ。戸籍上の実年齢は公称よりも三歳上だけど、中学校でいろいろ問題が起こらないように、十三ということにする。校長には話を通さないといけないけど、知る人は最小限にするそうよ」


「やっぱ、高校から始めるってわけには、行かないかな?」


「その外見と女子歴の浅さで、女子高生できるはずないでしょ。

 産まれの根拠さえなんとかなるなら、小学生から始めるべきだと私は思うわ」


「じゃぁ、中二からで」


「あと、十八になっても、高校生の間は免許とかダメだから」


 マジかよ……




 黙っていると、母がハサミとシェーバーを持ってきた。


「え? 何するの?」


「髪を切ります」


「は?」


「さっき言ったでしょ。治療で髪が無くなって、今の髪の色は副作用ということになっているのよ」


 私は髪を切られながら訊いた。


「私がストーリーを考えてもいいのかな?」


「いいと思うけど、作るなら急いで。一応『小畑昌幸』は公的にはもうすぐ死亡することになってるから。それに、お金の話は絶対に出るから、早めにね。納税記録の改ざんなんて、そんな簡単なことじゃないし」


「自分の息子が死ぬってのに、何でそんなに平然としているかな」


「その覚悟は半月前に終わったし。それにあんたは今、姿は変わったけど生きている。


 それから、隣の棟に行ったら他の患者さんもいるから、言葉には気をつけなさい。この病院で前のあんたを知ってるのは、高瀬先生と看護師の三浦さんだけだから。


 あと、もう一つ大事なこと。自分の名前を決めなさい」


「は?」


「自分の『娘』でしょ。『父親』として名前を決めなさい」


 私が私の娘で、私は父親として娘である私に命名する。

 ややこしい。


「はい、完了。頭を洗ってらっしゃい」


 私はもう一度洗髪をした。

 ドアの向こうでは箒の音がする。床に落ちた髪を掃除しているのだろう。


 鏡を見ると、申し訳程度に残っていた黒い部分は全て刈られ、白髪になっていた。頭は坊主とまで行かない。長さは三センチほど。意外と残っている。シェーバーのバリカンで刈られた眉毛はうっすらと残っているが、白いのでぱっと見には無いように見える。眉毛が無い顔って違和感が強い。

 それを見て母が眉墨を引いてくれた。毛先にうっすらとチャコール系の色がつく。


「わざわざそんな色のを準備したの?」


「髪の色にある程度合わせたのよ。なかなか良い色が無くて……。これでもいろいろ探したのよ」


「とりあえず、ありがと。でも暫くしたら髪の色も戻るだろうし、もったいないんじゃない?」


「髪と目の色はずっとそのままよ。比売神子だから」


「え、ずっと白髪?」


「プラチナブロンドとか、銀髪とか、もうちょっと別の言い方があるでしょ」


 日本の学校だったら目立つだろうなぁ。

 染めるか? いや、中途半端に色落ちしたら余計みっともないことになる。それに上手く染まっても、しばらく経てばコーヒーゼリーにミルクだ。メンテナンスが大変なのは避けたい。


「学校はインターナショナルスクール、とか?」


「田舎にそんなもの在るわけ無いでしょ。北部中学よ」


 はぁ……。出身校にもう一度、か……。中学校では、あまりいい思い出がない。


 荷物をまとめたところで、涼しくなった頭にニットの帽子を乗せられた。


「いいよ別に」


「女の子だったら、そこは気にするところです」


 なんだか、さっきからスパルタだ。この姿になったせいだろうか、完全に子ども扱いされている。




 車椅子を押されて療養病棟に入る。あれ? 景色が違う。ICUから出て初めて転院していたことに気付いた。


「いつの間に転院したの?」


「『血の発現』の兆候が出てすぐ。比売神子の存在は知られたくないし、まして十二,三歳の女の子に起こるならともかく、今回は特殊事例だから」


 どうやらこの病院はその辺の機密保持が可能らしい。


 療養病棟に入ると他にも幾人か患者がいた。検査着じゃ無いのもいるが、多くが検査着だ。

 淡いグリーンと、私と同じベージュの検査着。私はいつからベージュに変えられたのだろうか。


 談話室らしきところを通過するとき、一人の少女と目があった。療養だからか、検査着は着ていない。かなり痩せているが高校生ぐらいだろうか? 眉の薄い顔と帽子。多分、私の『設定』と似た境遇だ。抗がん剤の副作用は辛いと聞く。その少女はあの年齢で耐えているのだ。

 母の配慮に感謝すると同時に、後ろめたい気持ちにもなる。


 でも、私は海外の病院で療養していた設定だ。病院スタッフはともかく、入院患者とは不用意に接点を持たない方が良いだろう。

 どうせならICUで隔離しておいてくれた方が良かったのに。


 私はその日から、療養病棟に移った。いつ、退院できるのだろうか。

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