コレ
翌朝、飲みきれなかった分を捨て、洗ってぺちゃんこにした缶をそっと持ち出した。ゲームコーナーのゴミ箱に証拠隠滅。
その足で朝湯。部屋のシャワーでも良かったけど、音でみんなを起こすのは気が引ける。
まだ五時半を回ったばかりで、大浴場には誰もいない。手足を伸ばして湯船に浸かると鼻歌が出る。一人で湯船なんてなかなか無い。いつもは子ども達を風呂に入れてるし。
さて、そろそろ上がろうかな。いくら何でも六時近くなれば誰かが来そうだ。
脱衣所で身体を拭いていると、入り口の引き戸が開く音。誰か来たようだ。慌てて下着を着ける。
「あら、小畑さん。おはよう」
「おはようございます。藤井先生も朝湯ですか?」
「そうよ。小畑さん、早いわね」
「ボクはいつもこの時間には起きてますから。朝ご飯の支度とか、弟や妹の身支度があるので」
「へぇー、感心ね。ところで『僕』?」
あ、ここは私でも良かったんだ。
「あ、これはちょっとワケがあって。罰ゲームというか、紬ちゃ、村田さんの策略というか……。合宿中は一人称『ボク』なんです」
さすがにその経緯まで話さない。藤井先生は「あまり感心はしない」ということだ。
「ところで先生、私って、その……、『天然』でしょうか?」
「うーん。何を指して『天然』と言うか分からないけど、それは個性なんじゃないかしら。小畑さんはもう少し自分に自信を持ってもいいと、先生は思うけどな。あなた、いつも周囲りの目を気にしてるように見えるもの。
ほら、早く着ないと湯冷めするわよ」
なんだか上手くはぐらかされた気がする。でも私は、そんなにオドオドしてるように見えるのだろうか。
部屋に戻ると紬ちゃんがうなっていた。
「お腹、痛いですぅー」
二日酔いまでは行かないが、ちょっと残ってるようだ。
「ほら、紬ちゃん、これ飲んで」
スポーツドリンクを渡すと、四分の一ぐらい飲んだ。
「ちょっと臭うから、シャワーかお風呂にしたら?」
「紬は、汗臭いですかぁ?」
「アセはアセでも、アセトアルデヒドだよ。
できれば湯船に浸かった方がいいよ。あ、でも大浴場には藤井先生がいるから部屋のを使った方がいいかな。
とりあえず、お湯、溜めとくね」
「昌クン、優しいですぅ。彼氏になって下さいですぅ」
「それは、フィジカルな理由で無理です」
紬ちゃんを脱衣室まで連れて行った。さすがに「脱がせて下さいですぅ」の無茶振りには応えられない。「昌クン、ここはデレて欲しいですぅ」のわざとらしい声も聞こえるが、これも無視する。
とりあえず溺れていないか、聞き耳だけはたてておくけどね……。
紬ちゃんは溺れることなく無事浴室から出られたようだ。時刻は六時半近い。見るともなくテレビをつける。テレビ体操だ。
「昌ちゃん、まさかここでするの?」
「さすがに今日はしないよ。ただ見てるだけ」
「見てるだけ?」
「うん。体操のお姉さんはスタイルがいいなぁって」
「見てどうするの?」
「どう? って、……うーん。人生の励みに、かな?」
なんか、変な子扱いされてる気がする。まぁいいや。コレも『個性』だ。そのまま続けて見る。何年か前まではこの時間にピタゴラやってたんだけどな。
「そろそろ集合の時間だよ」
「あああああ……。0655が……。猫の歌が……」
農業法人の見学は特に変わったことも無い。
葉もの野菜の水耕栽培を見学し、イチゴの収穫体験をする。さすがに野菜は工業的に製造するというわけにはいかない。種を使う代わりにクローン技術でとか、サイバーなことを想像してたけど、そういうことはしていないらしい。
日本は、野菜の自給率こそ高いけど、種子や肥料の輸入依存度はかなり高い。その辺をバイオテクノロジーでなんとかできないだろうか? 病気とか害虫とかを遮断できるんだから、そういう方法は採れないのかな?
うん。この辺はレポートに書いておこう。
昼食の食材はここや同系の法人で穫れたものだ。
一連の食事の中では一番のアタリだった。でもみんなの目は売店の方に注がれている。
売店でも、ここのフルーツや産物を使った食べ物が売られている。女子に人気なのは当然、甘いものだ。
私たちもプリンのコーナーでデザートを選ぶ。
由美香ちゃんは王道のカスタード、詩帆ちゃんは生クリームとフルーツがたっぷり乗ったプリンアラモード、紬ちゃんはマンゴープリンを選んだ。でも紬ちゃん、女子中学生が「マンゴー」発言を連発するのは如何なものかと。
「昌クンはどれにするですか?」
「うーん。じゃぁボクはコレにしよう!
お姉さん、この、クリームブリコレ下さい!」
瞬間、周囲りが凍り付く。
「あ、昌ちゃん。これ、ブリュレだよ」
由美香ちゃんが小声で言う。ユがコに見えた。恥ずぃ……。顔に血が上って行く。
「ウケ狙い、でも、ないみたいね……」
どんどん赤くなる私の顔を見て詩帆ちゃんが呟く。
周囲からはヒソヒソ、ザワザワ。
衆人環視の中、素で間違えてしまった。お菓子の名前を知らないなんて、明らかに女子力不足じゃないか。
「昌クンは天然系じゃなくて、残念系美少年ですね……」
それを聞いた売店のお姉さんは、私の顔と制服を見比べる。あれ? このお姉さん、まさか変な誤解してない?
商品を手渡してくれるときお姉さんが小声で訊いてきた。
「女の子、ですよね?」
店員さんが、それ訊く? いや、それ以前に女の子以外に見えるの? 『前世』でさえ女の子に間違えられてたのに……。第一、学祭の余興でもあるまいに、女装はあり得ないでしょ。
「さぁ。どうでしょう?
今日の『ボク』は、罰ゲームなんです」
「ずっとそれで行くですよ。昌クンにはこっちの方が似合うです」
紬ちゃんもノせてくる。この子、本当に頭の回転速いなぁ。
「ちょっと、店員さん変な誤解してない?」
売店を後にした私たちに由美香ちゃんが小声で言う。
「え? 『ボク』って言ってるから、店員さんが変に思ったんじゃないかなぁ」
「紬も変なこと言ってないですよ。昌クンには『僕』が似合うです。これからも『僕』でいって欲しいです」
由美香ちゃんは額を抑える。昨日のアルコールが今頃来たようだ。
帰りのバスの中はウトウト。男子の大半は爆睡だ。多分昨夜はほとんど寝てないに違いない。隣の紬ちゃんも寝ている。私も眠い。
なんだか、盛り沢山の社会見学だった。駅で沙耶香さんに会って、工場で歌を聞かれて、お風呂。ガ○ダムの話にガールズトーク。最後はクリームブリコレ。あれ? 無かったことにしたい話が多いような気が……。あぁ、ダメだ。眠い……。




