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ひめみこ  作者: 転々
第八章 合宿
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コレ

 翌朝、飲みきれなかった分を捨て、洗ってぺちゃんこにした缶をそっと持ち出した。ゲームコーナーのゴミ箱に証拠隠滅。

 その足で朝湯。部屋のシャワーでも良かったけど、音でみんなを起こすのは気が引ける。


 まだ五時半を回ったばかりで、大浴場には誰もいない。手足を伸ばして湯船に浸かると鼻歌が出る。一人で湯船なんてなかなか無い。いつもは子ども達を風呂に入れてるし。

 さて、そろそろ上がろうかな。いくら何でも六時近くなれば誰かが来そうだ。


 脱衣所で身体を拭いていると、入り口の引き戸が開く音。誰か来たようだ。慌てて下着を着ける。


「あら、小畑さん。おはよう」


「おはようございます。藤井先生も朝湯ですか?」


「そうよ。小畑さん、早いわね」


「ボクはいつもこの時間には起きてますから。朝ご飯の支度とか、弟や妹の身支度があるので」


「へぇー、感心ね。ところで『僕』?」


 あ、ここは私でも良かったんだ。


「あ、これはちょっとワケがあって。罰ゲームというか、紬ちゃ、村田さんの策略というか……。合宿中は一人称『ボク』なんです」


 さすがにその経緯まで話さない。藤井先生は「あまり感心はしない」ということだ。




「ところで先生、私って、その……、『天然』でしょうか?」


「うーん。何を指して『天然』と言うか分からないけど、それは個性なんじゃないかしら。小畑さんはもう少し自分に自信を持ってもいいと、先生は思うけどな。あなた、いつも周囲りの目を気にしてるように見えるもの。

 ほら、早く着ないと湯冷めするわよ」


 なんだか上手くはぐらかされた気がする。でも私は、そんなにオドオドしてるように見えるのだろうか。




 部屋に戻ると紬ちゃんがうなっていた。


「お腹、痛いですぅー」


 二日酔いまでは行かないが、ちょっと残ってるようだ。


「ほら、紬ちゃん、これ飲んで」


 スポーツドリンクを渡すと、四分の一ぐらい飲んだ。


「ちょっと臭うから、シャワーかお風呂にしたら?」


「紬は、汗臭いですかぁ?」


「アセはアセでも、アセトアルデヒドだよ。

 できれば湯船に浸かった方がいいよ。あ、でも大浴場には藤井先生がいるから部屋のを使った方がいいかな。

 とりあえず、お湯、溜めとくね」


「昌クン、優しいですぅ。彼氏になって下さいですぅ」


「それは、フィジカルな理由で無理です」


 紬ちゃんを脱衣室まで連れて行った。さすがに「脱がせて下さいですぅ」の無茶振りには応えられない。「昌クン、ここはデレて欲しいですぅ」のわざとらしい声も聞こえるが、これも無視する。

 とりあえず溺れていないか、聞き耳だけはたてておくけどね……。




 紬ちゃんは溺れることなく無事浴室から出られたようだ。時刻は六時半近い。見るともなくテレビをつける。テレビ体操だ。


「昌ちゃん、まさかここでするの?」


「さすがに今日はしないよ。ただ見てるだけ」


「見てるだけ?」


「うん。体操のお姉さんはスタイルがいいなぁって」


「見てどうするの?」


「どう? って、……うーん。人生の励みに、かな?」


 なんか、変な子扱いされてる気がする。まぁいいや。コレも『個性』だ。そのまま続けて見る。何年か前まではこの時間にピタゴラやってたんだけどな。


「そろそろ集合の時間だよ」


「あああああ……。0655が……。猫の歌が……」




 農業法人の見学は特に変わったことも無い。

 葉もの野菜の水耕栽培を見学し、イチゴの収穫体験をする。さすがに野菜は工業的に製造するというわけにはいかない。種を使う代わりにクローン技術でとか、サイバーなことを想像してたけど、そういうことはしていないらしい。

 日本は、野菜の自給率こそ高いけど、種子や肥料の輸入依存度はかなり高い。その辺をバイオテクノロジーでなんとかできないだろうか? 病気とか害虫とかを遮断できるんだから、そういう方法は採れないのかな?

 うん。この辺はレポートに書いておこう。




 昼食の食材はここや同系の法人で穫れたものだ。

 一連の食事の中では一番のアタリだった。でもみんなの目は売店の方に注がれている。


 売店でも、ここのフルーツや産物を使った食べ物が売られている。女子に人気なのは当然、甘いものだ。


 私たちもプリンのコーナーでデザートを選ぶ。

 由美香ちゃんは王道のカスタード、詩帆ちゃんは生クリームとフルーツがたっぷり乗ったプリンアラモード、紬ちゃんはマンゴープリンを選んだ。でも紬ちゃん、女子中学生が「マンゴー」発言を連発するのは如何なものかと。


「昌クンはどれにするですか?」


「うーん。じゃぁボクはコレにしよう!

 お姉さん、この、クリームブリコレ下さい!」


 瞬間、周囲りが凍り付く。


「あ、昌ちゃん。これ、ブリュレだよ」


 由美香ちゃんが小声で言う。ユがコに見えた。恥ずぃ……。顔に血が上って行く。


「ウケ狙い、でも、ないみたいね……」


 どんどん赤くなる私の顔を見て詩帆ちゃんが呟く。

 周囲からはヒソヒソ、ザワザワ。

 衆人環視の中、素で間違えてしまった。お菓子の名前を知らないなんて、明らかに女子力不足じゃないか。


「昌クンは天然系じゃなくて、残念系美少年ですね……」


 それを聞いた売店のお姉さんは、私の顔と制服を見比べる。あれ? このお姉さん、まさか変な誤解してない?


 商品を手渡してくれるときお姉さんが小声で訊いてきた。


「女の子、ですよね?」


 店員さんが、それ訊く? いや、それ以前に女の子以外に見えるの? 『前世』でさえ女の子に間違えられてたのに……。第一、学祭の余興でもあるまいに、女装はあり得ないでしょ。


「さぁ。どうでしょう?

 今日の『ボク』は、罰ゲームなんです」


「ずっとそれで行くですよ。昌クンにはこっちの方が似合うです」


 紬ちゃんもノせてくる。この子、本当に頭の回転速いなぁ。




「ちょっと、店員さん変な誤解してない?」


 売店を後にした私たちに由美香ちゃんが小声で言う。


「え? 『ボク』って言ってるから、店員さんが変に思ったんじゃないかなぁ」


「紬も変なこと言ってないですよ。昌クンには『僕』が似合うです。これからも『僕』でいって欲しいです」


 由美香ちゃんは額を抑える。昨日のアルコールが今頃来たようだ。




 帰りのバスの中はウトウト。男子の大半は爆睡だ。多分昨夜はほとんど寝てないに違いない。隣の紬ちゃんも寝ている。私も眠い。

 なんだか、盛り沢山の社会見学だった。駅で沙耶香さんに会って、工場で歌を聞かれて、お風呂。ガ○ダムの話にガールズトーク。最後はクリームブリコレ。あれ? 無かったことにしたい話が多いような気が……。あぁ、ダメだ。眠い……。

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