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ひめみこ  作者: 転々
第八章 合宿
64/202

穴二つ

 休憩が終わり、工場見学が始まった。

 と言っても、組立工場は見てもあまり面白くない。やっぱり、溶接とか切削とか、火花が散る工程の方が造ってる感があるよね。


 班ごとに数珠つなぎに歩くのだが、髪の色が珍しいのか、工場の人達が私をチラチラ見る。ウィッグを忘れてきたのが痛い。


「みんな昌クンを見てるのです」


「この髪の色じゃね。立場が逆だったら私だって見ただろうし」


「『ボク』です」


「ボクだって見ただろうし……」


 悔しいな。なんか上手い切り返しは無いかな。




 部品が搬送装置で運ばれてくる。そのたびに音楽が鳴る。既に五、六曲聞いた。装置の種類で曲を使い分けてるのかな。


「電話の保留みたいだね」


 こういうところで知識の世代差を感じる。『私』の世代だったらファミコンみたいな、と言う所だ。ま、今の中学生が物心ついたときには、ゲーム機でもオーケストラを奏でてたから仕方ないか。


「こんなのずっと聞いてたら、工場出てもしばらくは頭の中でリフレインしちゃうよね」


「そうなのです」


 由美香ちゃんが紬ちゃんに話しかける。いい調子だ。そのまま紬ちゃんを捕獲しておいてくれ。


「どうして、普通の音声とか音楽にしないんだろうね?」


 詩帆ちゃんがもっともな疑問を口にする。


「あっちのフォークリフトは『バックします』って言ってたよ」


「そうだった? 気がつかなかった」


「多分それだよ。声だと他の音に紛れるから、電子音でキンコロ鳴らすんだよ」


「そっかぁ! 昌ちゃん頭いい!」




 また工場内でストップして説明が始まった。でも、このオジサンの説明はイマイチ退屈だ。お腹空いたなぁ。

 時計を見るとまだ十一時過ぎだ。


「お腹空いたね」


 詩帆ちゃんが小声で言う。


「うん。私もペコペコだよ」


 そう言った瞬間、紬ちゃんが振り向いた。


「『ボク』です」


 聞こえてた。周囲りでキンコロキンコロ鳴ってるのに聞こえるんだ。でもこのロシア民謡っぽい曲、工場出てもしばらく耳に残りそうだ。




 ふと、いたずら心が出た。

 設備の曲に合わせて、――私の周囲にだけ届くよう――小声で歌う。


「おーなかーが すーきましーたー、おー昼ーは 何でしょう。

 待ーちー遠しい おー弁当ーぉー はーぁやーく食べたいなー」


 あれ、無反応。聞こえなかったかな? じゃぁもう一コーラス。


「ぷっク……」


 成功! 紬ちゃんが肩を震わせている。由美香ちゃんにも流れ弾が当たったか、肩が震えている。許せ由美香ちゃん。君の犠牲は無駄ではない。




 説明中で、笑っちゃいけないと思えば思うほど、笑いのハードルは低くなる。紬ちゃんは笑いを堪えるのが大変そうだ。由美香ちゃんは、ゴメンナサイ。


 説明が終わり歩き出したところで、二人は堪えきれずに吹き出した。


「村田、川崎、アウトー」


 ただし、黒いのに尻をシバかれることはない。


「あの歌は何なのです?」


 紬ちゃんが笑いを堪えた怒り顔で訊く。


「うーん。メロディが耳について離れにくいかな? と思って。

 これで、お弁当の度にこのメロディが脳内で鳴り響く(のろ)いをかけたのですよ。ふっふっふ」


「くっ。紬は呪われるようなことしたですか?」


「したよ! 『ボク』って言わせてるじゃない!」


「昌クンには『ボク』が似合うのです」


「それ、似合う似合わないの問題じゃないから」


「せっかく似合う素材なのに。紬は似合わないから諦めたのに」


 え? ここでまさかのカミングアウト。紬ちゃんはボクっ子を目指してたのか? 天然じゃないけどリアル不思議ちゃん?


「だから、似合うかどうかは別問題だって」


「でも、紬ちゃんの言うとおり、昌ちゃんは『ボク』が似合うよね。

 って言うか、お姉さん達と話してるときが、素の昌ちゃんって気がしたし」


「由美香ちゃん……。

 でも、そんなに『ボク』って似合うかなぁ」


「似合うです!」




 そうこうしているうちに、見学コースも前半戦が終わりに近づく。途中からややペースアップした感じだ。




 初めの会議室に戻ると、前にはさっき無かったボール箱が三つ。

 多分、弁当と飲み物だ。弁当は何だろう。

 あれ? さっきの社長の息子と他に何人かいる。


「ちょっと早いですが、昼食時間とします。食事は工場の者も交えてですから、訊きたいことがあったら、食べながらでも訊いて下さいね」


 先生の他に、会社の人まで弁当を配っている。

 イケメンの兄ちゃんも、声をかけながら配っている。上に立とうという人は、こういう気配りができないと! イケメン兄ちゃんの評価をちょっと上方修正。




 紬ちゃんが弁当を受け取る。次は私の番。


「お待ちかねのお弁当だよ」


 見上げるとニコニコ笑っている。


「可愛い歌だったね」


「まさか、ボクのあれ聞いてたの、ですか?」


「録音できなかったのが残念だったけどね」


 恥ずかしい! しゃがみ込みそうになるのを堪えて、「頂きます」とだけ俯いて言った。

 更に、お茶の缶を落としそうになる失態。




 席に戻ってきた由美香ちゃんは怪訝な顔で私を見る。


「どうしたの? 顔、真っ赤だけど」


「……かれてた」


「「「?」」」


「歌を聞かれてた……」


 聞かせる予定のない人に聞かれると、凄く恥ずかしい。


「『人を呪わば穴二つ』の見本ね。お、お寿司だ!」


 詩帆ちゃんは早速つまみ始める。

 私も弁当を開ける。中身は巻き寿司と揚げ物だ。


「うん。意外と美味しいね」


 由美香ちゃんも頬張る。


「でも、玉の輿に向けて一番オイシイところは、昌クンが全部持って行ったです」


「ボクは、オイシくないです」


「オイシイと思うよ。

 さすが。昌ちゃん! 養殖ものとはひと味違う」


 詩帆ちゃん! それって、ボク、じゃなくて私が天然という意味ですか?

 この半日で私のイメージが……。

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