穴二つ
休憩が終わり、工場見学が始まった。
と言っても、組立工場は見てもあまり面白くない。やっぱり、溶接とか切削とか、火花が散る工程の方が造ってる感があるよね。
班ごとに数珠つなぎに歩くのだが、髪の色が珍しいのか、工場の人達が私をチラチラ見る。ウィッグを忘れてきたのが痛い。
「みんな昌クンを見てるのです」
「この髪の色じゃね。立場が逆だったら私だって見ただろうし」
「『ボク』です」
「ボクだって見ただろうし……」
悔しいな。なんか上手い切り返しは無いかな。
部品が搬送装置で運ばれてくる。そのたびに音楽が鳴る。既に五、六曲聞いた。装置の種類で曲を使い分けてるのかな。
「電話の保留みたいだね」
こういうところで知識の世代差を感じる。『私』の世代だったらファミコンみたいな、と言う所だ。ま、今の中学生が物心ついたときには、ゲーム機でもオーケストラを奏でてたから仕方ないか。
「こんなのずっと聞いてたら、工場出てもしばらくは頭の中でリフレインしちゃうよね」
「そうなのです」
由美香ちゃんが紬ちゃんに話しかける。いい調子だ。そのまま紬ちゃんを捕獲しておいてくれ。
「どうして、普通の音声とか音楽にしないんだろうね?」
詩帆ちゃんがもっともな疑問を口にする。
「あっちのフォークリフトは『バックします』って言ってたよ」
「そうだった? 気がつかなかった」
「多分それだよ。声だと他の音に紛れるから、電子音でキンコロ鳴らすんだよ」
「そっかぁ! 昌ちゃん頭いい!」
また工場内でストップして説明が始まった。でも、このオジサンの説明はイマイチ退屈だ。お腹空いたなぁ。
時計を見るとまだ十一時過ぎだ。
「お腹空いたね」
詩帆ちゃんが小声で言う。
「うん。私もペコペコだよ」
そう言った瞬間、紬ちゃんが振り向いた。
「『ボク』です」
聞こえてた。周囲りでキンコロキンコロ鳴ってるのに聞こえるんだ。でもこのロシア民謡っぽい曲、工場出てもしばらく耳に残りそうだ。
ふと、いたずら心が出た。
設備の曲に合わせて、――私の周囲にだけ届くよう――小声で歌う。
「おーなかーが すーきましーたー、おー昼ーは 何でしょう。
待ーちー遠しい おー弁当ーぉー はーぁやーく食べたいなー」
あれ、無反応。聞こえなかったかな? じゃぁもう一コーラス。
「ぷっク……」
成功! 紬ちゃんが肩を震わせている。由美香ちゃんにも流れ弾が当たったか、肩が震えている。許せ由美香ちゃん。君の犠牲は無駄ではない。
説明中で、笑っちゃいけないと思えば思うほど、笑いのハードルは低くなる。紬ちゃんは笑いを堪えるのが大変そうだ。由美香ちゃんは、ゴメンナサイ。
説明が終わり歩き出したところで、二人は堪えきれずに吹き出した。
「村田、川崎、アウトー」
ただし、黒いのに尻をシバかれることはない。
「あの歌は何なのです?」
紬ちゃんが笑いを堪えた怒り顔で訊く。
「うーん。メロディが耳について離れにくいかな? と思って。
これで、お弁当の度にこのメロディが脳内で鳴り響く呪いをかけたのですよ。ふっふっふ」
「くっ。紬は呪われるようなことしたですか?」
「したよ! 『ボク』って言わせてるじゃない!」
「昌クンには『ボク』が似合うのです」
「それ、似合う似合わないの問題じゃないから」
「せっかく似合う素材なのに。紬は似合わないから諦めたのに」
え? ここでまさかのカミングアウト。紬ちゃんはボクっ子を目指してたのか? 天然じゃないけどリアル不思議ちゃん?
「だから、似合うかどうかは別問題だって」
「でも、紬ちゃんの言うとおり、昌ちゃんは『ボク』が似合うよね。
って言うか、お姉さん達と話してるときが、素の昌ちゃんって気がしたし」
「由美香ちゃん……。
でも、そんなに『ボク』って似合うかなぁ」
「似合うです!」
そうこうしているうちに、見学コースも前半戦が終わりに近づく。途中からややペースアップした感じだ。
初めの会議室に戻ると、前にはさっき無かったボール箱が三つ。
多分、弁当と飲み物だ。弁当は何だろう。
あれ? さっきの社長の息子と他に何人かいる。
「ちょっと早いですが、昼食時間とします。食事は工場の者も交えてですから、訊きたいことがあったら、食べながらでも訊いて下さいね」
先生の他に、会社の人まで弁当を配っている。
イケメンの兄ちゃんも、声をかけながら配っている。上に立とうという人は、こういう気配りができないと! イケメン兄ちゃんの評価をちょっと上方修正。
紬ちゃんが弁当を受け取る。次は私の番。
「お待ちかねのお弁当だよ」
見上げるとニコニコ笑っている。
「可愛い歌だったね」
「まさか、ボクのあれ聞いてたの、ですか?」
「録音できなかったのが残念だったけどね」
恥ずかしい! しゃがみ込みそうになるのを堪えて、「頂きます」とだけ俯いて言った。
更に、お茶の缶を落としそうになる失態。
席に戻ってきた由美香ちゃんは怪訝な顔で私を見る。
「どうしたの? 顔、真っ赤だけど」
「……かれてた」
「「「?」」」
「歌を聞かれてた……」
聞かせる予定のない人に聞かれると、凄く恥ずかしい。
「『人を呪わば穴二つ』の見本ね。お、お寿司だ!」
詩帆ちゃんは早速つまみ始める。
私も弁当を開ける。中身は巻き寿司と揚げ物だ。
「うん。意外と美味しいね」
由美香ちゃんも頬張る。
「でも、玉の輿に向けて一番オイシイところは、昌クンが全部持って行ったです」
「ボクは、オイシくないです」
「オイシイと思うよ。
さすが。昌ちゃん! 養殖ものとはひと味違う」
詩帆ちゃん! それって、ボク、じゃなくて私が天然という意味ですか?
この半日で私のイメージが……。




