予期せぬ遭遇
合宿は何とか終了。
夕食は美味しく、少しアルコールが混じったにも関わらず、心配していたようなことは起こらなかった。
口ではああ言っても、みんなまともだ。沙耶香さんとは違う。
と、思っていたのだけど……。
二日目の武術訓練。沙耶香さん以外との組み手は久しぶりだ。
初めてのときは優奈さんに軽く転がされたけど、今回はレベルアップしている! と意気込んだはずだった。
「もう優奈ちゃんじゃ、昌ちゃんの相手はきつそうね。
光紀ちゃん、お願い」
その言葉に光紀さんは目を妖しく輝かせていた。あのときに気づくべきだったのだ。
結局、光紀さんの崩しから関節技、寝技の連携で弄ばれた。
弄ばれたというのは比喩でも何でもなく、文字通り弄ばれた。特に寝技で押し込まれた状態で……。思い出したくない。何かいろいろと失った気がする。
「ふーっ。堪能した!」
私は、心なしか雰囲気が艶っぽくなった光紀さんから距離をとった。
「ボクもう、お婿に行けない……」
「「大丈夫! 私がもらって上げるわよ」」
ハモった。光紀さんと聡子さんがハモった。
「あらぁ、昌ちゃんは私の嫁よ」
沙耶香さんまで悪のりする。
「昌クン、これは、毎晩スッポンが必要ね」
いつの間に間合いを詰めたか、光紀さんが耳打ちしてくる。そのネタはもう止めて……。
いろいろと消耗した合宿だった。
明けて次の週は社会見学。私たちはバスの中で移動中。
「ねぇ昌クン、今度、紬とデートするのです」
紬ちゃんがニヤニヤ笑いながら話しかけてくる。由美香ちゃんは苦笑い。詩帆ちゃんは笑いを堪える作業。
こうなった原因は、小一時間前に遡る。
集合時間三十五分前に駅に着いた。集合場所が最寄り駅から一駅離れていて、電車が一時間に二本しか無いからだ。当然、生徒の半分近くはその時間に駅に来る。どうせなら集合時間を八時半にすればいいのに。いや、そもそも学校で集合にすれば話が早いのに。
集合場所に何となくクラスごとに集まる。男子の半分近くの姿が見えない。駅まで自転車で来るのだろうか。
キオスクで何か買おうかと話をしていたら男子生徒が騒ぎ出した。
「おぉっ、すげぇ美人」
「芸能人? 」
つられて私たちもそっちを見たら、沙耶香さん。
後ろには千鶴さんが一緒だ。確かに美女と美少女の組み合わせ。幸い要注意人物の姿は無いが、ここで遭うのはマズい。
「ごめん。私、ちょっとトイレに行ってくる」
由美香ちゃんにそう言うと、沙耶香さんと反対の方に向かう。とりあえず逃げの一手だ。
集団から抜け出して走り出そうとした瞬間だった。
「「確保ぉ!」」
聡子さんと光紀さんに挟まれた。両側から腕を捕まれて集合場所に戻される。「確保」の声が大きかったせいで、皆の注目が集まる。まるで犯人のような扱いだ。
「昌クーン、逃がさないわよぉ」
「放して下さい! ボクはトイレに行きたいんですっ!
痛い、痛いっ。光紀さん、肘、極めないでよっ!」
「あらぁ、偶然ね。昌ちゃん」
「偶然じゃないでしょっ! 沙耶香さん。
それに、平日なのにどうして聡子さんまでいるんですかっ?」
「私は創立記念だよ。光紀ちゃんは休講」
「ちゃぁんと学校で仲良くやってるか見に来たんじゃない。これでもお姉さんは心配してるのよ」
沙耶香さんはすまし顔で言う。男子の視線は主に沙耶香さんの胸に釘付けだ。
「ねぇ、昌ちゃんって、キミから見てどんな子?」
沙耶香さんはニコニコしながら男子生徒に訊く。彼の顔は真っ赤だ。
「え、えっと、小畑さん、ですか?」
「そう! 小畑 昌ちゃん」
近くの男子は、この声だけでヤられてしまっている。
「小畑さんって、あの、現実感が無いぐらい、その……、きれいで、ちょっと、近寄りがたいです。何ていうか、クールビューティって感じで」
「くぅるびゅぅてぃ? この、ド天然が?」
光紀さんが口を挟む。でも、天然は無いでしょ。しかもドまでつけて。
「ボクは天然じゃ無いです。変なこと言わないで下さいよっ。ボクにもイメージってもんがあるんですからっ」
「イメージって、昌クン、学校じゃキャラ作ってるの? 猫の毛皮を何枚羽織ってるわけ?」
「キャラなんか作ってませんっ! 沙耶香さん、何とか言って下さい。天然じゃないですよねっ」
「うーん、私はコメントを控えておくわ。
でも一般論で言えば、天然な人は自分が天然だって気付かないものなのよね」
沙耶香さんはちょっと困った表情をつくって応えたが、それじゃ本当に天然だと思われちゃう。
「ほら、やっぱり天然じゃない」
「やめて下さい! 光紀さんが勝手な事言うと、ボクのイメージが変なことになっちゃいます!」
「昌クンのイメージ? 私の中では天然系美少年ってことになってるんだけど、お友達は違うの?」
「違います! それに少年はないでしょっ。一緒に沐浴したこともあるんですから」
「上手いこと挟んで隠してたのかも知れないじゃない」
「みんなと一緒だったら、隠しきれるわけ無いじゃないですか!」
「え? 隠せなくなるの? どうして?
そう言えばこないだは部屋のシャワー使ってたわね。
一人でナニしてたのかしら?」
何って、あの日はアレの最中だったから……って、そんなこと言えないし。
「ふ、普通にシャワー浴びてただけです! それに、次の日の組み手でしっかり確認してるでしょっ! 光紀さん、ボクに何をしたと思ってるんですか」
「そうね、昌クンと組んずほぐれつ……、これ以上はうら若き乙女の口からは言えないわ」
光紀さんはクネクネとシナをつくりながら頬を染める。わざとらしい!
「誤解されるような言い方しないで下さい!
横四方固めかけながらボクにしたこと、忘れませんからねっ!」
「私も忘れられないわぁ。すてきなひとときだったもの……」
「まぁまぁ、昌ちゃんも光紀ちゃんもその辺にして。男の子達が色んなこと想像しちゃうから」
完全に注目されてる。
沙耶香さんはニコニコ笑いながらクラスのみんなを見る。男子の何人かはその視線だけで鼻の下を伸ばしている。まぁそうなる気持ちもよく解る。よく解るけど……。
「昌ちゃんは、全然近寄りがたくなんかないわよ。本当はお茶目で可愛い子なんだから。
こう見えて寂しがり屋さんだから、仲良くしてあげてね」
男子生徒は全員骨抜きだ。当たり前だけど、中二男子と沙耶香さんじゃ勝負にならない。
「じゃ、私たちは電車があるから行くわね」
「昌クンもみんなも、まったねー」
光紀さんも手を振る。
台風が去っていった。どっと疲れが来る。
男子生徒は名残惜しそうにしているが、外見に欺されると大変だぞ。みんな見た目通りの年齢じゃないんだから。
一番ずれの少ない光紀さんですら、もう大学生なんだし。
私が溜息をつくと、由美香ちゃんが側に来た。
「昌ちゃん。あの一団、何? 知り合い、なんだよね?」
「一番背の高いお姉さんが、療養してたときに世話になった沙耶香さん。看護師で、私のリハビリも兼ねて柔術を教えてくれてる。
残りは、同じ柔術サークルのメンバーだよ」
「そのサークルって、美人じゃないと入れないの? 最初見たとき、芸能人? って思ったし」
詩帆ちゃんもずいっと顔を寄せてきた。近いって……。
しばらく黙っていた紬ちゃんが目をキラキラさせて口を開いた。
「昌ちゃんって、本当は、僕っ子なのですか?
それとも、まさか、リアル男のコなのですか?」
しまったぁ!




