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ひめみこ  作者: 転々
第八章 合宿
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初めての合宿

光紀(みつき)さん、遅くなりましたけど、大学合格おめでとうございます」


「ありがとう、昌クン。

 これで私も花の女子大生よ。それにもうすぐ恋愛も解禁だし」


「そうなんですか?」


「血が出て、もう六年になるから。

 比売神子を諦めるかどうかを決めるリミットなのよ。多分、諦めることになるけど」


「諦める?」


「私は血が出るのが早かったから。それだと『格』もそれなりにしかならないのよね」


「それは……、残念ですね」


「そう? 私は良かったと思ってるわ」




 後で聞いたところ、彼女は中学生になって間もなくに『血の発現』を迎えたそうだ。そのため外見上の年齢がほとんど変わらず、『山崎光紀』のままで家族とともに生活できたという。

『血の発現』を迎えた神子の多くが違う土地で別人として暮らさなくてはならないことを考えれば、彼女は幸せといえるだろう。


 もちろん、比売神子になれなくとも、今後も彼女の行動や職業選択にはある程度の制限が加わる。ただし、公務員などの形で私たちのバックアップをする立場になるなら、いろいろと特典もある。




「ところでどこの大学でしたっけ」


 訊くと彼女が通うのは私が住んでいるところにほど近い国立大学だ。


「昌クン、一緒に泊まりは初めてね。

 私は多分あと二、三回ぐらいしか無いだろうけど、最後に同衾(どうきん)できて嬉しいわ」


「ど、同衾って!」


「あら、照れちゃってカワイイ」




 私は今回初めて、合宿に泊まりで参加するのだ。

 ただ、昨夜の厳重注意直後なので沙耶香さんとは気まずい。いつもなら助手席だけど、今日は後部座席で光紀ちゃんの隣に座っている。

 途中で更に一人拾うことになるので、車はいつものカブリオレではない。国産の高級セダンだから、後部座席も広々だ。


「今日の行き先は北陸よね? 食べ物が美味しいから大好き! 私の送別会も北陸がいいな」


「そうですね。でも、どうせなら冬の方が良かったなぁ。冬は特に美味しいですよ。カニ、エビ、寒ブリ……。カニは終わりだろうけど、それでもまだまだ美味しいものはあると思います」


「それは楽しみね、夕食に期待! 

 沙耶香さん、聡子(さとこ)ちゃんは途中で拾うの?」


「そうよ。次のインターで降りるわ」




 インターを降りると海鮮が食べられそうな看板に混じって『すっぽん』とか『スッポン』の看板がある。


「ねぇねぇ昌クン、この辺ってスッポンの名産なの?」


「さぁ。聞いたこと無いですけど。どうなんでしょう」


「やっぱり、温泉に向けてスタミナをつけるのかしら?」


 光紀さんは十三かそこらで『血の発現』を迎えて今に至る。ということはそういう経験は無いはず……、だと思うけど。


「温泉でのんびりしに行くのに、スタミナですか?」


「温泉で同衾するからスタミナなのよ。スッポンを食べれば、昌クンのスッポンもスッポンみたいにスタミナが付くわよ」


「ボクはスッポンじゃありません!」


「じゃぁ、何?」


「何って……、何でしょうね?」


 一瞬、寿司ネタの一つを思い浮かべたが、余りにも下品なので口には出さない。


「マムシ?」


「マムシなんか付いてませんっ!」


「……じゃぁ、まさか、ツチノコ? 顔に似合わず!」


 この人は、耳年増だ。欲求不満に違いない。


「光紀さん、ボクのこと何だと思ってるんですか?」


「理想の、美少年?

 恋愛解禁になったら、スッポン持ってくから昌クンのスッポン食べさせてちょうだいね」


「だから、スッポンは持ってませんからっ!

 ほんとにもう……。すっぽんぽんになってスッポンスッポンする話は止めましょうよ」


 光紀さんが絶句している。あれ?


「昌ちゃん。さすがに今のはちょっと……、女子の言うことじゃないわね」


 沙耶香さんはそう言うけど、そうなんだろうか? 言っていいラインがどこまでなのか判らない。どう考えても、先に踏み越えたのは光紀さんの気がするんだけどな。


「美少年だと思ってたのに、美少年だと思ってたのに……。

 昌クンがオヤジギャグを言うなんて……」


 光紀さんはヨヨヨと泣き崩れる真似をする。まぁ、ある意味正解に近いんだけど、言うわけにはいかないし。




「さて、聡子ちゃんは来てるかしら」


 駅前に着いた。ここで待ち合わせらしい。


 いかにも昭和の香りがする駅前だ。土曜日だというのに高校生だろうか、制服姿が多い。

 聡子さんは制服で駅舎の前に立っていた。美人なだけに目立っている。なんて言うか、纏っている空気が違う。

 同じ学校の生徒のはずなのに、男子生徒は彼女をチラ見していく。多分、もててるんだろうなぁ。


「光紀さん、どうします? ボクが呼びに行きますか?」


「二人で行きましょ」




「聡子さーん」


「あっ、昌クン! 光紀ちゃん」


 車を降りて声をかけるとすぐにこちらに気づいた。荷物を持って小走りに駆けてくる。


「ボクが一個持ちますよ」


「あらぁ、悪いわね」


 そう言うと、聡子さんは私に腕を絡ませる。

 なんだか、周囲りから注目されている気がする。ま、この髪じゃ仕方ないか。




 荷物をトランクに載せていると、すでに後部座席は埋まっていた。助手席を空けて後部座席に三人ってのはいかにも作為的だから、仕方なく助手席に座る。


「今日は土曜日ですけど、学校だったんですか?」


「補習、みたいなもんね。三年になると、土曜日なのに授業があるのよ」


「やっぱり進学校ですね」


「都会の進学校とは比較にならないわ。全国偏差値より校内偏差値の方が高くなっちゃうこともあるのよ。光紀ちゃんとは違って、私じゃ地方の国立が限度ね。昌クン、数学の力分けてよぉ」


「数学は……、最後はやった量勝負ですよ。とにかく問題をこなすしか無いです。数Ⅲは難しく見えますけど、代表的なパターンを五、六十種類ぐらい暗記すれば、大学入試レベルで解けない問題はほぼ無くなりますし」


「その暗記ができないから困ってるのよ。

 あ、ところで昌クン、この春から中学通い出したんだって? もう友達はできた?」


「うーん、せいぜい挨拶したり話したりする程度ですけど、三人くらいかなぁ」


「女の子?」


「はい」


「彼氏は?」


「作りませんよ!」


「おかしいなぁ。もう十人ぐらいは手玉に取ってると思ったのに。

じゃぁ、ラブレターもらった? 告白された?」


「どっちもまだです。と言うより、男子とはほとんどしゃべったこと無いです」


「もったいないなぁ。私だったら放っとかないのに」


「比売神子になるまでは、恋愛は御法度でしょ」


「恋愛はしてもいいわよ。最後まで行かなければね。

 昌ちゃんには、大いに恋をしてもらいたいわ。

 でも、昌ちゃんはこの外見でしょ。きっと、黙っていたら声をかけづらいのよ」


 沙耶香さんが口を挟んできた。私の素性を知っててこんなことを言う。男子と恋愛なんてそんな簡単なことじゃないんですけど。


「そうねぇ。神子の集まりできれいな子には慣れてる私たちでも、昌クンには目を奪われちゃったし。黙ってたら、普通の中学生じゃ声をかけられないかもね」


 聡子さんも腕組みしながらうんうんと頷く。


「『黙ってれば』でしょ?

 聡子ちゃん、さっき昌クン、何て言ったと思う?

 私が昌クンと同衾って言ったら、すっぽ……」


「わーっ! わーっ! ただのダジャレです。そもそも、光紀さんがしつこく変なこと言うからでしょっ」


「じゃぁ、黙っててあ・げ・る。貸しにしとくけど、高いわよ」




 初めての合宿参加だというのに、先が思いやられる……。

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[一言] クラスの連中が「ボク」って聞いたらどうなるか·····
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