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ひめみこ  作者: 転々
第八章 合宿
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夜の散歩

 蒸し暑い。

 まだ四月も後半に入ったばかりというのに。


 暑いせいか、子ども達もなかなか寝付いてくれなかった。

 この暑いのにくっついてくるからイライラするし、それを感じ取ってか子ども達がなかなか寝付かないので大変だ。


 寝付いた子ども達のタオルケットをなおし、ダイニングに戻る。冷たいものでも飲もうと冷蔵庫を開けたが、こんな日に限って品切れだ。

 冷凍庫のアイスクリームも以下同文。


「買いに行くか……」


 でもコンビニまで自転車で行くのもめんどくさいな……。よし!


 私は久しぶりにウィッグを着け、体型が出にくいデニムのワンピースを着ける。サングラスを持って『私』の車に乗り込んだ。


 ハンドルを握るのは何ヶ月ぶりだろうか。自然と笑みが出る。顔バレしないよう、隣の市のコンビニまで走る。




 コンビニでペットボトルのジュースとお菓子を幾つか。レジは気だるそうな顔をした四十代半ばの女性だ。誰何されることなく支払いを終え、車に乗り込んだ。


 せっかくだから少し遠回りをして帰ろう。

 少し欠け始めた月が煌々と照らす中、幌を開けて月光浴しつつ走る。


 オープンカーというと、髪がたなびくイメージがあるが、最近の車は風の巻き込みがほとんど無い。もっとも、巻き込む風は後ろから後頭部や背もたれに当たるよう吹くから、髪が後ろに、なんてことは有り得ない。

 意外に思われるかも知れないが、屋根を空けるよりも、屋根を閉めて窓だけ開けた方が、車内の空気はかき回されるのだ。


 ちなみに、どれぐらいの速度でヅラが飛ぶかという実験をした例もあるが、ディフレクターさえ立てていればそうそう飛ばない。某高級車であれば、二百キロオーバーでも頭髪が威厳を失うような事故は起こらないらしい。

 もちろん私はヘアピンで固定しているので心配無い。


 もう少し心地よいドライブを愉しみたいがそろそろ潮時だ。幌と窓を閉めて家路につく。

 と、電話が鳴った。(まず)いな。渚が起きたのかな?


 車を停めて電話を見ると、沙耶香さんだ。


「もしもし? こんな時間に何ですか?」


「昌ちゃん、できたら今から言うところに来てくれないかしら?」


「え? どこですか?」


 沙耶香さんが指定した場所は、ここから五キロほど後ろだ。家からは十キロ近く離れている。


「そんな遠くに今からですか? 一時間ぐらいかかりますよ」


「無理に、とは言わないわ。

 でも、あと一キロ少し先で、飲酒運転の検問やってるわよ。

 止められて職質されたら、ちょほいと大変よ」


 う、バレてる。何で……?


「五分で来られるわね」


「は、はひ」


 この声の方が、『格』より怖い……。




 指定された会館の駐車場に着くと、沙耶香さんが腕組みして立っていた。

 車から降りた私を認めると、沙耶香さんは無言のまま(きびす)を返して玄関に向かう。私も無言で後を追った。


 小会議室と札の付いた扉をくぐるとテーブルを挟んで椅子が八脚。


「座って」


 私が座ると、沙耶香さんが向かいに座った。


「変装しなきゃいけない、という程度の分別(ふんべつ)ははたらいたのね。

 無免許運転するなんて、貴女、いくつ?」


「……」


「中身は四十近いわよね」


「その歳の『私』は免許持ってます。ゴールドだから、失効してませんし」


「中学生でしょ!」


「だったら、四十の判断力を求めないでよ!」


「中学生が小学生でも、無免許運転の是非は判るでしょ!

 頭の中まで子どもになったの?」


「……」


「何か、言いたいこと、ある?」


「ありません」


「今日、貴女の追跡に何人動いたか、知ってる?」


 追跡? どういうことだろう?


「貴女のすることは貴女だけの問題じゃなく、比売神子の存在全体に関わる可能性があるのよ」


 私に興味を持った人間が、出自を調べれば……。

 公的記録が造られたものだと気づき、そこに何か秘匿すべきものがあると思われたら……。

『血の発現』に伴う変容にまで辿り着くことは無くとも、神子という立場に何らかの影響が出るかも知れない。


 沙耶香さんは私の表情を見て深呼吸をした。


「これ以上、この件については話す必要は無いでしょう。貴女なら危険性を理解できるでしょうから。

 でも、車はこちらで預からせて頂きます。

 理由は、言わなくても判るわね」


「はい」




「ところで、学校では孤立気味らしいわね」


「……」


「貴女は、周囲りを子どもだと思ってるでしょ。

 実際、知識も判断力も、比較にならないでしょうね。……今晩の一件を別にすれば。


 でも、そういう気持ちで周囲りを見ている限り、ずっとこのままよ。別に、見下しているわけじゃないでしょうけど、彼らなりに大切だと思っていることを、下らないと考えてるんじゃなくて?


 終わったことは変えられないし、貴女もすぐには変われない。

 でも、貴女はもっと学ぶべきね。少なくとも全員、女としては人生の先輩なんだから」




 私は沙耶香さんの車で家まで送られた。

 温くなったジュースを冷蔵庫にしまうと、涙が溢れてきた。


 沙耶香さんの言うのが正論だろうけどさ。

 でも、以前は当たり前にしてきたことも出来ず、かといって年少者として振る舞うこともできない。

 子ども扱いと大人扱いを都合良く使い分けられてる……。


 帰り道にカーラジオから聞こえた『アルハンブラ宮殿の思い出』が耳から離れない。




         ――同時刻 車内――




「はい。竹内です」



「はい、今、送り届けたところです。

 今後、こういうことは起こらないでしょう」



「変化、ですか?

 確かに変わりつつあります。やや不安定ですが」



「そうです」



「恐らく半年前、いえ、二ヶ月前までの彼女なら、今日のようなことはなかったと思います」



「仰るとおり、心が肉体の年齢に引かれているようです。その兆候は以前からありました」



「それは、判断が難しいです。

 今回は、学校で孤立しているストレスと、月経前症候群が重なったためでしょう」



「いえ、それが精神の女性化と言えるかは疑問です」



「はい。その件はもう少し時間がかかると考えます」



「はい。以前報告したとおり、理性が緩んだときにその側面が現れます」



「……あれで挑発に乗りやすいところもありますから」



「私見ですが、それはあまり良い方法とは思えません。

 やはり、『昌幸』としての人格を尊重……」



「……はい。私もそう考えております」



「仰るとおりです。むしろ早いぐらいかと……」



「今のところその心配はありません。その心配が必要になれば、むしろ重畳(ちょうじょう)と言えるのでは?」



「はい。お任せ下さい」



「はい、分かりました」



 ……

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