少しずつ
既に一週間経ったが、例の六人を始めクラスとは今一つ疎遠なままだ。
でも、由美香ちゃんを筆頭に、幾人かと少し親しくなれた。
もともと由美香ちゃんは女バスのスタメンで、周囲りからも一目置かれている。美人だし、スタイルもいいし、誰とでも仲良くなれる気さくな性格で人気がある。
彼女とは衝突した方が悪者になっちゃうのだろう。
あと、古川さんと村田さん。二人とも、見事に文化系。
どっちも固定した派閥というか、女子の仲良しグループに属してはいない。
古川詩帆さんは本の虫って感じ。私が図書委員として図書室に行ったときに声をかけてくれた。実は同じクラスだって気付かなかった。背も高くはないし華のある顔立ちではないけど、白い肌と切れ長の目が特徴の美人だ。
私が図書委員にならなければ、彼女がなるつもりだったそうだ。
村田紬さんは、その名の通りお裁縫が好きで家庭科部。中二にしてマイミシンを持っていて、制服の縫製を手直ししたり、自分の服だって作れるらしい。
制服のブラウスとスカートをちょっと手直しすることで、スタイルがよく見えるよう地味な調整をしているそうだけど、私にはよく分からなかった。特にスカートは動くプリーツと動かないプリーツ、その可動範囲についていろいろこだわりがあるようだけど……、それこそ、よく分からない。
彼女は、私と松下さんとのやりとりを聞いて、私に興味を持ったという。訊くと、私が誰からメールの話を聞いたかを言わなかったことについて「そういう『仁義』を通せる人って、女子ではなかなかいないのですよ」
って……。あれは『仁義』なんて立派なものじゃないし。あそこで言っちゃったら、次から本当の事を誰も教えてくれなくなるという打算が働いただけだよ。
なんか、凄く買いかぶられてる気がする。
今日は図書委員として司書当番をする。司書と言っても、本の貸し出しや返却の世話をするだけで、図書の整理とかはしない。
一応、返却された本は十進分類順に並べておくけど、書架に戻す作業は司書教諭がすることになっている。
最近の学校図書館は、――『昌幸』の時代と違い――視聴覚教材やコンピュータも充実している。DVDなども中で視ることが出来る。科学番組のDVDが主だけど、一部に歴史物とかもある。更にドキュメンタリー風のとか。
あれって、マネジメントは失敗したけど、結果オーライだった例が多いから、ドキュメンタリーと言うよりドラマとしてみるべきだよね。仕事の進め方という点では反面教師にすべき題材かな。
今日は、何故か委員会をサボってしまった桂君の代わりに詩帆ちゃんが隣にいる。
勝手知ったるなのか、詩帆ちゃんはカウンターの中だ。
「ごめんね。私が図書委員に立候補したばっかりに……」
「いいわよ。でも、夏休みに読書感想文を必ず書かなきゃいけないんだよ」
最近の中学校がそうなのか、この学校がそうなのか、夏休みの宿題として読書感想文は出なくなったらしい。
それはいいことだ。
私は感想文が苦手だったから、ざっと斜め読みして後書きや解説を参考にして書いてた。
多分、今の中学生だったらネットで検索して、それを切り貼りして書くんだろう。そんな宿題に意味はない。
それでも優秀作品をコンクールに出す必要があるということで、図書委員が書くことになっている。図書委員になるくらいだから本を読むのが苦じゃない層が集まっているだろうとの見込みなのだが、確かに読むのは苦じゃないけど書くのはちょっと……。
現実問題として、女子中学生の感性からかけ離れた文を書きそうで怖い。
「お願い! 私の代わりに書いてっ!」
「高いわよ」
「高くてもいいから」
他愛もない会話をしていると、司書教諭がじっと見ていた。小声でも――特にカウンター内は――私語厳禁だ。
詩帆ちゃんは本を取り出して読み始めた。
私は懲りずに小声で訊く。
「ところで、どうしてカウンターで読むの?」
「ここがちょうどいい高さだから」
「ちょうどいい?」
「乗せるのに。
普通の机だと低いから猫背になっちゃうし、かといって乗せてないと肩が凝るから……」
乗せるって……。詩帆ちゃんを見たら一瞬で理解できた。同時に私の顔は熱くなる。多分、ぼんっ! って擬音が似合うぐらいの赤面だと思う。
「このぐらいで赤面しちゃって、かーわいぃ(棒)」
当の詩帆ちゃんはすました顔で淡々と言う。
私も本を読み出したが、一度気がつくと気になって、ついチラ見してしまう。
大きい。単純なサイズだけなら沙耶香さんの方が凄いけど、この体格でこのサイズは……。うーん。どれぐらいの重さだろう。目測で三百五十ミリリットルを超えるぐらいか? 両方で大瓶一本強なら結構な重さだ。
私の視線に気付いたか、詩帆ちゃんがこっちを向く。
「大きいと、それはそれで大変なんだよ。重いし、動けば痛いし。本当は、教室の机にも乗せる台が欲しいぐらいだよ。
いいなぁ。昌ちゃんぐらいがベストサイズなんだけどな」
「そ、そうかな? でも私のは筋肉で上げ底だよ」
「だからいいのよ。おさえも効くから揺れてもあんまり痛くないし。男子にジロジロ見られないし」
その後も少し乳談義。何が困るというと、夏場に汗がたまるのが地味に堪えるとのこと。小まめに拭いたり空気を当てられればいいけど学校ではそうもいかず……。大きいには大きいなりの苦労があるようだ。
四時近くになり、図書室も閉館時間が近づく。
もともと図書室の利用は少ない。五人ほど残っていた生徒を追い出し、軽く掃除して私たちも帰ることにした。
詩帆ちゃんとは帰る方向が逆なので、玄関でお別れだ。
玄関を出ると、グランドでは野球部やサッカー部が練習している。
自転車を走らせると、学校の周囲の道路を運動部の生徒が走っている。
友達を作るには、部活でもした方がいいのかなぁ。
でも、帰ったら買い物して、夕食の下ごしらえ、そして子ども達の世話……。週に二、三日ならともかく、毎日は無理だ。
どうして部活って、どっぷりと浸かるか全く参加しないかの両極端しか許されないんだろう。
大会とかを一つの目標にする以上、参加の度合いに濃淡があるとめんどくさいのは解るけど……。私みたいに、ユルく参加したいっていうのは、ワガママなのかな?
私は家に荷物を置くと、買い物籠を持って出かけた。ウィッグは、まぁいいか、近所だし。登下校じゃないし。
白髪で注目されることは減ってきたけど、制服のままで行くのは初めてだ。制服で白髪は結構目立つようで、特に他校の制服を着た子がチラチラ見てくる。
やっぱり、着替えてくるべきだったかな?
アニメとかだったら、制服に変な髪の色でも違和感がないけど、現実には違和感が有りまくりだし。
私を見て魚屋のおっちゃんが目を丸くした。
「姉ちゃん、北部中?」
「はい。この春から通うことになりました。先月までは自宅療養だったんです」
「へぇ。俺ァまた、何とかスクールとかホームステイとばかり思ってたよ」
「これでも一応日本人で、生まれたときは黒い髪だったんですよ。
あんまり人に言うことじゃないけど、大きな病気をしてて、治療の副作用で白髪になっちゃったんです。
それに弟や妹と一緒に来てたし。妹なんか、私とそっくりだったでしょ?」
「あー、そりゃ、悪ィこと訊いちまったなぁ」
おっちゃんはバツが悪いどころか、済まなそうな、困ったような表情だ。
「いいですよ。気にしてませんから。ぷんぷん!」
ちょっとツンとしてそっぽを向くと、おっちゃんは更に慌てた。私はそれを横目に陳列棚を見る。これは美味しそうだ。
「今日は、これにしよう」
マダイとサヨリの刺身を一パックずつ取った。
「相変わらず、いいの選ぶねぇ」
威勢良く言い、小声で「内緒だぞ」と『おつとめ品』の割引シールを貼ってくれた。ラッキー!
「やったぁ! ありがとう!」
おっちゃんに笑顔をプレゼントして売り場をあとにする。
でも、なんか悪いことしたような気がしてくる。
沙耶香さんなら「女子力よ」って言うのかな?




