お願いしますっ
休み時間になっても、誰も話しかけてこない。男子も女子も遠巻きに見ているだけだ。川崎さんも委員会が忙しいのか、休み時間度に出て行く。
私は手洗いに行く以外は、独りで時間が過ぎるのを待つだけだ。
この姿は声をかけづらいのだろうか? 自分から行くべきなんだろうけど、女の子に自分からは声をかけづらい。かといって、男の子に声をかけるのもちょっと違う気がする。
それは偶然だった。
学校帰りに書店に寄ったら、安川さんらしい人を見かけた。
近くまで行くとやはりそうだ。目があった瞬間、彼女は目を逸らした。悪いタイミングで遭ったという顔だ。絶対何か知ってる。
立ち去ろうとする彼女の前に回り込んで声をかける。
「安川さん」
「お、小畑さん……」
「少し、訊きたいんだけど」
「私、急いでいるから」
「歩きながらでもいいよ。
初日と、みんなが違うから、どうしてか教えて欲しいの。
私、何かした?」
結局、私がメールを返さなかったのが原因らしい。
私のはスマホじゃないから、チャットみたいなアプリを使えない。わざわざメールを送っているのに完全無視した上、翌日も話しかけなかったのがおもしろくないらしい。――結果論で言えばそうだけど、声をかけようと思ったときには、スッとどっか行っちゃってたじゃないか。
松下さんは、女子の中では結構大きな派閥を持っていて、彼女に睨まれるといろいろ具合が悪いらしい。安川さん自身も、私と話していることがバレると、立場が危うくなるようだ。
何というか、下らない。
そういえば、こういう話もテレビでやってた気がする。
友達からの連絡にどれだけ短時間で応えるかが重要で、そのために四六時中スマホを触らざるを得ず、それそのものがストレスの元になっているとか……。
でも、たかが一回のメールでそういう反応になるかなぁ。一ミスアウトって、どんな無理ゲーだよ。
翌日も誰一人話しかけてこない。これは地味に効いてくると思う。
私の場合、学校生活は神子になっちゃったことに付いてきたものだ。実際のところ、子どもの世話や自分の勉強の方が優先順位は高い。
でも、ほとんどの中学生にとっては学校生活がメインだから、そこでこういう状況になったら厳しい。それが判っているから、自分がその立場にならないために、傍観するという形で消極的に荷担するのだ。
そんなことを考えている内にも、授業はつつがなく進む。
その日も状況が変わることなく、私は依然としてぼっちだった。でも、この状況は何かと不都合だろう。確か連休前には宿泊を伴う社会見学があったはず。
多分、生徒間の親睦を深めることが目的の行事だが、既に親睦よりも溝が深まってる私としては、班分けの段階で躓きそうだ。
それにしても、松下さんってそんなに影響力があるのか?
確かにクラスの中では強っぽい雰囲気を出してるけど、それだけに見える。
私は意を決して松下さんに対峙した。
「ちょっと、いい?」
「何?」
「できれば二人で話したいんだけど」
松下さんは一対一で話すことを拒否した。
……まいったな。みんなの聞いてるところで顔を潰すことになるかも。
所詮は中学生、言い負かすのは簡単だろうけど、そうすると遺恨でもっとややこしい話になりそうだ。もともと感情的な事だけに、それを責めれば人格を攻撃されたと受け取るだろう。
私は、メールの一件を話した。松下さんは誰からそれを聞いたかをしつこく訊いてきたが、それは今の話に関係ない。
「私が連絡先を教えてもらったのはあなたたちだけだし、この話に他の人は関係ないでしょ。
あなたが私のことをどう思うかについて、私はどうしようもないけど、他の人を巻き込まないで下さい」
「何よ、偉っそうに! 私が何かしたって根拠でもあるの? 第一、それ、誰から聞いたのよ」
だめだ。会話がかみ合わない……。もしかしたら、かみ合わせないようにしてるのか? 周囲は関わり合いになるのを避けるためか、誰も何も言わない。針のむしろだ。
切り上げたいのに、落とし処に誘導されてくれない。話はあちこち飛んで歩くし、私を孤立させようとしていたこと前提の物言いまでする。なんで自分から墓穴を掘るようなこと言うかなぁ。
向こうはもう退くに退けなくなっている。こっちもいい加減疲れてきた。
「とにかく、メールを返しそびれたのは謝るけど、それは私とあなたの間の問題なんだから、他の人は巻き込まないで下さい。お願いしますっ」
私は一息で言い切って、頭を下げた。もうこうでもしないと終わりそうにない。ある意味海千山千のオッサン達の方が、言葉が通じる分与しやすい。
私は席に戻ると頭を抱えた。
あんな言い方するつもりじゃなかったのにっ!
思ったことが独り言になってたのか、由美香ちゃんが「気にしなくていいよ」と肩を叩いてくれた。今日初めて、相手から声をかけられたのと相まって、うるっと来てしまう。何で、この程度で。
見上げると目が合った。数瞬見つめ合うような格好になったが、彼女は照れたように「体育の場所確認してくるから」と、行ってしまった。
五限目は数学。担任の藤井先生の授業だ。
「小畑さん、教科書の内容は大丈夫そう?」
「はい。特に解らなくなりそうなところは無さそうです」
多分、理系科目は先生よりも出来ると思う。もちろん、理解していることと教えることとは別物だけど。
でも、中学校で授業を受けるのは退屈になりそうだ。なぜか数学は午後ばかりだし、絶対眠くなる。
鋼の意志で瞼を支えて六限目、体育だ。
完全に忘れてたけど、着替えは女子更衣室。嫌だなぁ。
休み時間は短い。みんなが更衣室に殺到する。
私も行ったが、隅の方は既に誰かが使っている。これは一旦出て、人波が捌けるのを待った方が良いかな? いっそ、多目的トイレで……、あれこれ考えていると、由美香ちゃんが後ろから声をかけてきた。
「早く着替えないと遅れるよ。空くのを待ってるみたいだけど、みんなギリギリまで出てこないから」
「あ、ありがと」
そういえば、健診のときも、大半はおしゃべりをして、帰ってくるのも遅かった。
私はなけなしの勇気を振り絞って再び更衣室に入った。
幸い、着替え中の女子は居ない。終わったならさっさと出ればいいのに。おしゃべりなら外でも出来るだろう。この辺の感覚がよく分からない。
私は壁に向かって手早く着替えた。スカートを下ろしたときにちょっとどよめきの声が有ったが、だれも話しかけてこない。
その日は先生の自己紹介と、ストレッチなどだった。二人ずつ組になるのだが、ここでも私は最後まで残ってしまった。
状況はすぐには改善しない。
体育委員ということで、由美香ちゃんが私とペアになった。
「やっぱり、みんな私と組になるのは嫌なのかな」
「そりゃ、そうでしょ」
私がポツリと言ったことを、由美香ちゃんがまともに肯定する。微妙に傷つく。
「やっぱり、私はみんなから距離を置かれてるのかな?」
「それも少しはあるだろうけど、もっと切実な理由だよ」
「?」
「明らかにスタイルで負けてるもん。まず腰の高さが違う!
昌ちゃんと一緒だとそれを突きつけられるから、普通の女子じゃ一緒にストレッチはしたくないよ。
あっちには男子もいるから、絶対、見比べられちゃうし……」
「由美香ちゃんは平気なの?」
「平気! とは言い切れないけど、身長がある分私の方がちょっと脚長いし、それなりに鍛えてるからね。
って言うか、昌ちゃんの脚が凄いんだよ」
「叔父さんはもっと長いよ。
ジーンズなんて、裾上げしたことないって言ってたし。身長は百八十五ぐらいだけど、股下九十センチだよ」
「いいなぁ。ウチはお母さんが大きいけど、お父さんは百七十無いから。バスケやるのに百六十五じゃねぇ……」
「でも、女子としては大きいし、あんまり大きいと服も既製品じゃ難しくなるよ」
「それもそうか。バスケも一生するワケじゃないし」
「そうそう。人並みが一番!」
「並外れたスタイルの昌ちゃんが言うと……」
「やっぱ、言うとイヤミに聞こえるかな?」
「普通はいい気しないかもね」
見栄えがいいからって、それだけで好かれるとは限らないのか。現実は、なかなかテンプレ通りには進まない……。




