表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ひめみこ  作者: 転々
第七章 中学校編入
55/202

お願いしますっ

 休み時間になっても、誰も話しかけてこない。男子も女子も遠巻きに見ているだけだ。川崎さん(由美香ちゃん)も委員会が忙しいのか、休み時間度に出て行く。

 私は手洗いに行く以外は、独りで時間が過ぎるのを待つだけだ。


 この姿は声をかけづらいのだろうか? 自分から行くべきなんだろうけど、女の子に自分からは声をかけづらい。かといって、男の子に声をかけるのもちょっと違う気がする。




 それは偶然だった。

 学校帰りに書店に寄ったら、安川さんらしい人を見かけた。

 近くまで行くとやはりそうだ。目があった瞬間、彼女は目を逸らした。悪いタイミングで遭ったという顔だ。絶対何か知ってる。


 立ち去ろうとする彼女の前に回り込んで声をかける。


「安川さん」


「お、小畑さん……」


「少し、訊きたいんだけど」


「私、急いでいるから」


「歩きながらでもいいよ。

 初日と、みんなが違うから、どうしてか教えて欲しいの。

 私、何かした?」




 結局、私がメールを返さなかったのが原因らしい。

 私のはスマホじゃないから、チャットみたいなアプリを使えない。わざわざメールを送っているのに完全無視した上、翌日も話しかけなかったのがおもしろくないらしい。――結果論で言えばそうだけど、声をかけようと思ったときには、スッとどっか行っちゃってたじゃないか。

 松下さんは、女子の中では結構大きな派閥を持っていて、彼女に睨まれるといろいろ具合が悪いらしい。安川さん自身も、私と話していることがバレると、立場が危うくなるようだ。


 何というか、下らない。

 そういえば、こういう話もテレビでやってた気がする。

 友達からの連絡にどれだけ短時間で応えるかが重要で、そのために四六時中スマホを触らざるを得ず、それそのものがストレスの元になっているとか……。

 でも、たかが一回のメールでそういう反応になるかなぁ。一ミスアウトって、どんな無理ゲーだよ。




 翌日も誰一人話しかけてこない。これは地味に効いてくると思う。

 私の場合、学校生活は神子になっちゃったことに付いてきたものだ。実際のところ、子どもの世話や自分の勉強の方が優先順位は高い。

 でも、ほとんどの中学生にとっては学校生活がメインだから、そこでこういう状況になったら厳しい。それが判っているから、自分がその立場にならないために、傍観するという形で消極的に荷担するのだ。


 そんなことを考えている内にも、授業はつつがなく進む。




 その日も状況が変わることなく、私は依然としてぼっちだった。でも、この状況は何かと不都合だろう。確か連休前には宿泊を伴う社会見学があったはず。

 多分、生徒間の親睦を深めることが目的の行事だが、既に親睦よりも溝が深まってる私としては、班分けの段階で(つまづ)きそうだ。


 それにしても、松下さんってそんなに影響力があるのか?

 確かにクラスの中では強っぽい雰囲気を出してるけど、それだけに見える。


 私は意を決して松下さんに対峙した。




「ちょっと、いい?」


「何?」


「できれば二人で話したいんだけど」


 松下さんは一対一で話すことを拒否した。


 ……まいったな。みんなの聞いてるところで顔を潰すことになるかも。

 所詮は中学生、言い負かすのは簡単だろうけど、そうすると遺恨でもっとややこしい話になりそうだ。もともと感情的な事だけに、それを責めれば人格を攻撃されたと受け取るだろう。


 私は、メールの一件を話した。松下さんは誰からそれを聞いたかをしつこく訊いてきたが、それは今の話に関係ない。


「私が連絡先を教えてもらったのはあなたたちだけだし、この話に他の人は関係ないでしょ。

 あなたが私のことをどう思うかについて、私はどうしようもないけど、他の人を巻き込まないで下さい」


「何よ、偉っそうに! 私が何かしたって根拠でもあるの? 第一、それ、誰から聞いたのよ」


 だめだ。会話がかみ合わない……。もしかしたら、かみ合わせないようにしてるのか? 周囲は関わり合いになるのを避けるためか、誰も何も言わない。針のむしろだ。


 切り上げたいのに、落とし処に誘導されてくれない。話はあちこち飛んで歩くし、私を孤立させようとしていたこと前提の物言いまでする。なんで自分から墓穴を掘るようなこと言うかなぁ。


 向こうはもう退くに退けなくなっている。こっちもいい加減疲れてきた。


「とにかく、メールを返しそびれたのは謝るけど、それは私とあなたの間の問題なんだから、他の人は巻き込まないで下さい。お願いしますっ」


 私は一息で言い切って、頭を下げた。もうこうでもしないと終わりそうにない。ある意味海千山千のオッサン達の方が、言葉が通じる分(くみ)しやすい。




 私は席に戻ると頭を抱えた。


 あんな言い方するつもりじゃなかったのにっ!


 思ったことが独り言になってたのか、由美香ちゃんが「気にしなくていいよ」と肩を叩いてくれた。今日初めて、相手から声をかけられたのと相まって、うるっと来てしまう。何で、この程度で。

 見上げると目が合った。数瞬見つめ合うような格好になったが、彼女は照れたように「体育の場所確認してくるから」と、行ってしまった。




 五限目は数学。担任の藤井先生の授業だ。


「小畑さん、教科書の内容は大丈夫そう?」


「はい。特に解らなくなりそうなところは無さそうです」


 多分、理系科目は先生よりも出来ると思う。もちろん、理解していることと教えることとは別物だけど。

 でも、中学校で授業を受けるのは退屈になりそうだ。なぜか数学は午後ばかりだし、絶対眠くなる。




 鋼の意志で(まぶた)を支えて六限目、体育だ。

 完全に忘れてたけど、着替えは女子更衣室。嫌だなぁ。


 休み時間は短い。みんなが更衣室に殺到する。

 私も行ったが、隅の方は既に誰かが使っている。これは一旦出て、人波が()けるのを待った方が良いかな? いっそ、多目的トイレで……、あれこれ考えていると、由美香ちゃんが後ろから声をかけてきた。


「早く着替えないと遅れるよ。空くのを待ってるみたいだけど、みんなギリギリまで出てこないから」


「あ、ありがと」


 そういえば、健診のときも、大半はおしゃべりをして、帰ってくるのも遅かった。


 私はなけなしの勇気を振り絞って再び更衣室に入った。


 幸い、着替え中の女子は居ない。終わったならさっさと出ればいいのに。おしゃべりなら外でも出来るだろう。この辺の感覚がよく分からない。


 私は壁に向かって手早く着替えた。スカートを下ろしたときにちょっとどよめきの声が有ったが、だれも話しかけてこない。




 その日は先生の自己紹介と、ストレッチなどだった。二人ずつ組になるのだが、ここでも私は最後まで残ってしまった。

 状況はすぐには改善しない。


 体育委員ということで、由美香ちゃんが私とペアになった。


「やっぱり、みんな私と組になるのは嫌なのかな」


「そりゃ、そうでしょ」


 私がポツリと言ったことを、由美香ちゃんがまともに肯定する。微妙に傷つく。


「やっぱり、私はみんなから距離を置かれてるのかな?」


「それも少しはあるだろうけど、もっと切実な理由だよ」


「?」


「明らかにスタイルで負けてるもん。まず腰の高さが違う!

 昌ちゃんと一緒だとそれを突きつけられるから、普通の女子じゃ一緒にストレッチはしたくないよ。

 あっちには男子もいるから、絶対、見比べられちゃうし……」


「由美香ちゃんは平気なの?」


「平気! とは言い切れないけど、身長がある分私の方がちょっと脚長いし、それなりに鍛えてるからね。

 って言うか、昌ちゃんの脚が凄いんだよ」


「叔父さんはもっと長いよ。

 ジーンズなんて、裾上げしたことないって言ってたし。身長は百八十五ぐらいだけど、股下九十センチだよ」


「いいなぁ。ウチはお母さんが大きいけど、お父さんは百七十無いから。バスケやるのに百六十五じゃねぇ……」


「でも、女子としては大きいし、あんまり大きいと服も既製品じゃ難しくなるよ」


「それもそうか。バスケも一生するワケじゃないし」


「そうそう。人並みが一番!」


「並外れたスタイルの昌ちゃんが言うと……」


「やっぱ、言うとイヤミに聞こえるかな?」


「普通はいい気しないかもね」


 見栄えがいいからって、それだけで好かれるとは限らないのか。現実は、なかなかテンプレ通りには進まない……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ