編入 一
年度替わりだ。
今日は転入に掛かる手続きと、私の『事情』を教職員に説明しに中学校へ行く。
既に準備されている制服で行くが、スカート、しかもブレザーでなくプリーツの付いた昔ながらのスカートというのは頼りない。高校はブレザーが多いのに、中学は未だにセーラーが主流なのはなぜだろう。
普段はパンツしか履かないから、こういう格好をすると気恥ずかしい。コスプレ感ありありだ。
既製品だと丈が合わず、半ばオーダーメイドに近い作り方をして貰ったので、着せられてる感が無いのがせめてもだ。でも、姉さんや篤志が見たら何と言うだろう。
学校には、私の『継母』である渚に加え、『主治医の代理』として沙耶香さんが付いてくる。
沙耶香さんから「今日は黒髪のウィッグで」と告げられ、久々にウィッグ――新品の――を乗せて行く。これなら校内では目立たない。と言っても今は春休み。体育館やグランドには部活の生徒がいるものの、廊下に人気はない。
事前に話が通っていたのか、職員会議の場に直接赴くことになった。
既に私の『事情』について、通り一遍に書かれた書類の写しが配られている。住所、家族構成、病気の治療のために海外へ行っていたこと、治療の副作用があったこと、帰国後半年近くに渡ってリハビリを兼ねて自宅療養兼していたこと等々……。
「娘が編入するにあたって、先生方に知っておいて頂きたいことと、いくつかお願いがございます。治療の副作用に関することも含みますので、主治医の代理として看護師の竹内さんにも説明をお願いしたいと思います」
どうやら渚と沙耶香さんの間で既に打ち合わせていたようだ。私は「とりあえず、黙ってて」としか言われていないので、やや不安がある。でも、『親』や医療関係者を差し置いて話すのが拙いのは確かだ。
ウィッグを着けたままということは、副作用ということになっているこの外見について、まだ話を通していないのだろうか?
「看護師の竹内と申します。主治医の代理で伺いました。この度は説明の機会を頂き、ありがとうございます」
一礼して自己紹介。沙耶香さん、こういうのが様になっている。(主に)男性職員の視線が集中する。
「お手元の資料にあるとおり、小畑昌さんは療養を終え、この春からようやく学校に通うことが出来るようになりました。それにあたって幾つかお願いしたいことがございます」
促されて立つと、教職員達の視線が集中する。三十人ぐらいいるだろうか。一礼する。
「小畑昌です。よろしくお願いします」
「資料にあるとおり、彼女は海外で治療を受けていました。その際の副作用で、容貌が少し変わってしまいました。
日本人としてはやや目立つ容貌なので、先生方に知っておいていただき、他の生徒さん達への事情説明とともに、彼女が好奇の目で見られることの無いよう、配慮をお願いしたく思います。
……昌ちゃん、ウィッグ外して」
全員が息を飲むのが分かる。白い髪に視線が集中する。
「この通り、彼女の髪は治療の副作用で白髪となってしまいました。また、瞳の色も青くなっています。いわゆるアルビノではありませんが、色素が薄いため、直射日光なども出来るだけ避けて頂きたいと思います。
更に、入院の期間が長かったため、運動能力はともかく、持久力はかなり落ちています」
ん? 体力は同年代の女子と比べればある方だと思うぞ。
訝しむ私の視線に気付いたのか、沙耶香さんは私を座らせた。
背中を支えるポーズを取りながら耳打ちする。
「話を合わせて。しばらくは『か弱い』フリをしていて」
そういう打ち合わせは事前に欲しかったのですが……。
周囲を見回すと、職員の大半は、顔を見合わせて何か囁き合っている。この中には数ヶ月前から出没する白髪の少女について耳にしている人もいるのだろう。
「ごらんの通りの容貌なので、事情を御理解いただいた上で、他の生徒さん達への説明と配慮を重ねてお願いいたします」
ちょっとゴツい感じの先生が発言を求めた。
「生活指導上の難しさを抱えることになるので、今のようにカツラを着けるか染めていただく、という訳には行きませんか?」
何処にでもいるんだな。手段そのものを目的にしていることに気づいていないのかな。一瞬そう考えたが、そういう意見もあるということを代弁しなきゃいけない立場なのだろう。
沙耶香さんも同じ見解なのか、淡々と応える。
「ウィッグの着用については、私も考えないではありませんでしたが、本質的には問題の先送りでしかありません。
卒業まで隠し果せるかというと、現実的には非常に難しいでしょう。それに……、例えば水泳の授業などをどうするかという問題もあります。
加えて、途中でこの外見を隠していたことが露見すれば、初めから知らせていた場合よりも状況が悪くなることを避けられません。
また、染めるというのは論外です。
そもそも校則で身体への加工を禁じているのは、それによる心身の成長への悪影響を防ぐという教育的配慮からかと存じますが、その観点に立てば、安易な選択は本末転倒ではないでしょうか」
ゴツい先生はグウの音も出ない。
実際のところ、立場上の発言だし、ああいう先生が校内の治安維持に寄与している側面もある。そう言わなくてはならない事情に少し同情する。
中学生には理屈が通らないし、かといって罰――生徒が一時的に表面上は不利益を得る――という方法には批判がつきまとう以上、ああいう理屈の通らない先生も必要なのだ。
私がぼんやりと考えているのを余所に沙耶香さんは話を続ける。
「それに、医療に携わる者としても、髪への加工は推奨できません。
健康上のデメリットがありますし、少なくとも、せっかく伸びてきた髪が痛むことは避けられません。
先生方も、抗がん剤や放射線治療が身体に与える影響についてはご存じかと思います。
私は、病室で帽子を被ったこの子を、眉毛も無かった顔を覚えております。それがこの年頃の少女にとってどれほど辛く悲しいことか、想像してはいただけないでしょうか。
それに……、資料の通り、この子は既に実母を喪い、先年には父親も亡くしています。辛い思いはもう十分でしょう。
別に特別扱いしろとは申しません。ただ、他の生徒さんと同じように生活できるよう、学校としての配慮をお願いしたく思います」
沙耶香さんは深々と一礼した。
女の先生の中には涙ぐむ人もちらほら見える。
場の主導権は完全に沙耶香さんのものだ。ここから先、学校は沙耶香さんの要請を――たとえ特別扱いでも――断ることは出来ない。『薄幸の美少女』という設定が会議室の思考力を奪ってしまった。途中から呼び方を『この子』に替えたのも、感情を抑えようと淡々と話すのを微妙に失敗している風の口調も、狙ってやってるに違いない。
以後は、ほぼ沙耶香さんのペースで話がついた。始業式当日は式に参加せず、その後のホームルームで事情説明後に紹介という運びになる。
ただし、登下校時は黒髪のウィッグでということになった。これは生活指導というより防犯上の理由だ。生徒を特定されることは可能な限り避けたいらしい。
それにしても、こういう交渉をさらりとやってのける沙耶香さんは、ちょっと怖い。




