表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ひめみこ  作者: 転々
第一章 変わる日常
5/202

ナル……?

 一夜明けて翌朝、私はトイレで半寝ぼけから完全に覚醒した。


「はぁ、夢ってオチは無かったか……」


 紙で拭き取る。プレパパ教室――これからお父さんになる人向けの講習会――で習ったように、前から後ろへ優しく。いや、それは大きい方の時だったか……? 小の時は軽く当てるだけでもいいんだっけか?


「子どものために習ったけど、自分にすることになるとは思わなかった」


 この独白も、昨日から何回目だろう。


 既に下着は渚が買ってきたものに替えている。以前とは異なり、左右対称にきちっと収まるのは、ある意味新鮮な感覚だ。


 この手の話で『男のプライドでこれだけは』って描写がある。

 しかし私のプライドは昨日のあの一撃で簡単に折れてしまった。この身体でトランクスはエラいことになる。ものの形には、すべからく理由があるのだ。そうそうあることとは思わないが、同様の経験をする諸氏には、トランクスだけは止めておくよう忠告したい。 そう言えば、テレビに出てた男装女子は下着まで男物らしいが、どう対策してたんだろうか? その辺のことは触れられてなかったけど……。

 まぁいい。どうせこの姿に慣れなくちゃいけないし、それを意識するにはまず形からだろう。早いか遅いかの違いだけだ。

 私は自分を納得させた。


 鏡に映る自分の姿を見る。

 自分で言うのもアレだが、少しやつれているにも関わらず美しい。美少女と言っていいだろう。毎日見慣れた自分の姿としてではなく、四十近いオジサンの視点で客観的に見ているからだろうか、見惚れてしまう。

 私はこんなにナルシストだったのだろうか。いや、昨日とは違って、心に余裕があるからそう見えるんだろう。


 ふと昔のことを思い出す。

 男子トイレの前でぎょっとされたこと数知れず。街頭で、明らかに女性に配るべきティッシュを渡されたことも……。

 そして極めつけは男にナンパされたこと。高校一年のときだったが、あのときは男性であることをなかなか信じてもらえなかった。

 後で憤懣を吐き出していたとき、周りの目が妙に生暖かかったのは、この外見のせいだろう。自慢していると受け取った者もいたに違いない。


 と、違和感に鏡を覗き込んだ。昨日は気付かなかったが、目の色が違う。

 黒目の外周が青みを帯びているのは以前からだが、私の目はむしろ黄土色に近い薄茶色だったはず。それが今は明るい群青色になっている。虎目石から猫目石に格下げだ。

 さすがに左右の目の色が違うとかじゃ無くて一安心だが、この色ではカラーコンタクトをしているイタいオジサンだ。あぁ、今は十代の姿だから許容範囲だろうか。


 更に観察を進めると、この三週間で新たに生えてきたらしい部分は白髪だ。残っている黒い髪も根本は白い。

 もともとサイドは白髪が目立ち始めていた。その数年前から、鼻毛と眉毛の白髪率も急上昇していた。そこに来てこの身体の変化。心身の負担で白髪になるくらいは仕方ない。とりあえず禿げてないなら良しとしよう。今の身体の年齢なら、健康を取り戻しさえすれば色は戻るだろう。




 タオルを頭に掛けて伸びた髪をシミュレートする。……見れば見るほど愛らしい。十代の私はこんな姿をしていたのだろうか?

 いや、随所に面影を残してはいるが違う。

 明らかに違うのは目の大きさと顔の縦横比だ。目は大きく、顔は丸顔よりの卵形。頬から顎にかけてのラインがいかにも女性的だ。いわゆる女顔ではなく少女の顔。


 よく見ると、目が大きくなったと言うより頭部自体が小さくなっている。特に眉から下が縦方向に小さくなっていて、少女と言うより幼児のようなバランスだ。頭蓋骨だけ見たら、宇宙人みたいなんじゃないだろうか?


 身体全体の骨格も小さくなっている。

 思えば、隣に座った渚の方が頭一つ大きかった。何故、気づかなかったのだろう。自分の体格の変化に気付けないぐらいテンパっていたようだ。

 とりあえず、この姿にも慣れて行かなくてはならない。




「小畑さん、朝食ですよ」


 ドアの向こうから看護師さんの呼びかけが聞こえる。

 そうだ、今日から食事は点滴じゃなくなる。

 数週間ぶりの食事への期待に、胃袋も催促の声を上げる。


「はいっ!」


 私はドアを開けた。濡れた手を行儀悪くお尻で拭いてベッドに腰掛ける。


「無理せず少しずつ食べて下さい」


「頂きます」


 部屋を後にする看護師さんを見送り、一人手を合わせて箸を取る。お膳の蓋を取ると豆腐の味噌汁、ご飯は白粥、青菜のおひたし、匂いからいってリンゴのゼリー……、見るからに消化の良さそうなものばかり。温泉卵あたりも付けてくれれば()(かけ)(ごはん)を食べられたのだが、贅沢は言えない。


 箸の先を味噌汁につけて濡らす。これも行儀は悪いが、こうすることで飯粒が箸に付きにくくなる。

 看護師さんに言われたとおり、ゆっくりと箸を進めた。




「ふぅ」


 数週間ぶりの食事は美味しかったが、長い断食で胃が小さくなったのか、食べきれない。申し訳ない気もするが、半分近く残してしまった。でも、ゼリーだけは後で小腹が空いたときのため、冷蔵庫にしまっておこう。




 食べ終わると所在ない。本来なら出勤している時間だ。

 あれから三週間、部品もぼちぼち揃い始めているに違いない。一部、組み始めているだろう。


 三次元で設計してるから「あ、あたっとる」とかは無いと思うが、ちゃんと問題なく試運転までいけるだろうか。

 こっちから連絡を取るわけにはいかない。もっとも、連絡したところで「どちら様ですか?」に違いないけど……。


 バッグを探ってみると携帯電話があった。充電しつつ着信履歴を見ると、入院して二、三日目に数件ずつ。さすがに昏睡状態に陥った時期以後に着信は無かった。それでも律儀にショートメッセージで経過が送られている。内容を見る限り、サーボモータと制御盤の入荷が遅れた以外は順調に進んでいる。


 これが『小畑昌幸』としての最後の仕事か。画竜点睛を欠いたな。

 私はため息をついた。


 と、着信音。母からのショートメッセージだ。十時前に来ると連絡。今後について話すことがあるらしい。


「今後か……。問題山積だ」


 時計に目をやると、十時までは三十分以上ある。とりあえずシャワーを浴びよう。とにかく脂っぽい頭を何とかしたい。

 私は風呂場の洗面道具を確認した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ