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ひめみこ  作者: 転々
第六章 少女としての日常
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薬局にて

 節分が終わると、街はバレンタインムード一色だ。どこに行ってもハートとリボンの飾り。お菓子屋の販促で始まったイベントは、エビで鯛を釣る利回りの良い投資機会となり、今では女の子同士での『友チョコ』が主流になっているらしい。

 それでもカップルの姿がちらほら見える。ほんの数ヶ月前は、私達も夫婦だったんだけど……。




 薬局で、洗剤と紙オムツ、トイレットペーパー、そしてそれらで挟むようにしてアレ用品をかごに入れた。


 初めて買ったときは、こんなモノを買うのは沽券(こけん)に関わるというか、正直なところ、それを手にすることに気恥ずかしさを覚えていた。でも今は、していることは同じだけど、その恥ずかしさの種類が違う。

 何て言うんだろう。言葉を飾らずに表現すると、自分の下半身事情に直結する道具を見られたくない。

 下着を干すときも、他の洗濯物の内側になるように干している。これは渚に注意されたからだけど、今ではそうするのが当然になっている。

 この身体になって数ヶ月、既に行動だけでなく心の在りようも変わりつつあるのかも知れない。行動療法というやつだな。行動が心に影響を及ぼしている。




 買い物かごをもう一つカートに乗せると、何を見つけたか周は走り出した。追いかけていくと手に赤い箱を持っている。中はお菓子が一杯だ。四歳になったばかりの周にとっては夢のような宝箱だろう。


「欲しいの?」


 周は大きく頷く。

 渚を見ると、笑顔で許可。誕生日のプレゼントもまだだったしね。本当は、明日にも家電量販店のおもちゃ売り場に行くけど、別腹ということで。


「じゃぁ円の分も買おっか」


 カートに二つ積むと、周は一つ取って抱える。まぁこれぐらいはいいか。でも食べ過ぎると鼻血が出るぞ。


 続けて歯ブラシ、掃除用の洗剤…。もう一つのかごもすぐに一杯になる。ふぅ。主婦してるなぁ。




 ふと見ると、高校生だろうか? 腰痛サポーターを手に取りながら隣のコーナーのゴム製品を横目でチラチラ見てる。どれを買うか迷いつつ、でもじっくり見比べる勇気が無いといったところか。うん、それは大切だぞ。男としての思いやりだ。バレンタインはがんばりすぎて腎虚になれ! リア充もげろ!


 そう言えば、買いだめしたのが家にも結構残っていたな。結局、0.0一ミリを試せなかったのが残念だ。もう、風船としてふくらますぐらいしか使い途が無い。

 比売神子になったら解禁なんだろうけど、使う予定は無い。私の場合、それは交配か種付けの手段だから、今度産むという選択は有り得ない。


 そんなことを考えていると、私の視線に気付いたのか、さっきの少年はバツの悪そうな表情で別の所に行ってしまった。


 しまった。考え事をしていただけなのに、悪いことしちゃったな。ある意味営業妨害だ。これで買えなかったばかりに命中しちゃったら、私にも責任があるのかな?




「何を見てるかと思ったら……、使う予定あるの?」


 渚がニヤニヤ笑いながら訊いてくる。


「無いよ」


 だってあれは、妊娠は困るけどもしたいってときに使うモノだ。


「着けてでもしたいって思えるようになるのかな……」


「そういう出会いがあるといいわね」


 私の独白に渚が応じた。


 でも、本当に、どうなんだろう? 私は受けいれられるのだろうか? なったとして、それを渚はどう思うんだろう?




 ドラッグストアを出ると寒い。コートのフードを目深に被る。周もフードをかぶせて紐を結ぶ。手袋をしてこなかったのは失敗だ。


 帰り道、中高生らしい集団が自転車で追い越していく。うーん。本格的に寒くなってきた。この寒いのに周は元気だ。子どもは風の子とはよく言ったものだ。


「ぇっくちゅん! ぇっきひょーい!」


 周が可愛いくしゃみをする。(はな)水が垂れている。ティッシュで拭いたがまた垂れてくる。


「ほら、お鼻かむよ。フンして」


 せっかく紙をあてたのに、ずびっと啜ってしまった。もう、仕方ないなぁ。苦笑いだ。


「青い洟を垂らしてた」


 ついついCDの落語で聞いた替え歌が出る。ソプラノで情感たっぷりに歌いながら歩く。


「かみなよって言ったら、啜って舐めちゃったよ、二本洟。

しょっぱかったあのときの、あの青い洟だよ」


「下品よ。子ども達がまねしたらどうするの」




 後ろから、笑い声が聞こえてきた。しまった、誰か後ろで聞いてた。恥ずかしい。一応笑いを堪えてるっぽいけど、堪え方が中途半端だ。

 早足で逃れたいが、渚も一緒だし、周をつれている。後ろから足音が近づいてくる。思わず私はフードを更に引っ張る。白い髪を見られたら、確実に特定される!


 私を追い越したのは、小学生か、せいぜい中学一年生ぐらいの少年だ。追い越してからこっちを見た。間の悪いことに目が合ってしまった。

 目があった瞬間に、少年は(きびす)を返して走り去って行った。足、速いなぁ、と場違いなことを考える間もあればこそ、少年の姿は路地に消える。


 恥ずかしさに体温が上がっている。いつの間にか寒さをあまり感じていない。

 白い髪は見られてないし、この薄暗さだ。あの一瞬で個人を特定出来るはずがない。私は自分にそう言い聞かせて家路を急いだ。

 今度から歌うときは周りに注意しよう。

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