年明け 二
六時過ぎ。
少し早いが夕食だ。お義母さんは気を遣ったのか、オードブルとお寿司、お刺身に加え、私の前には鰤カマが運ばれてきた! 表面がじゅうじゅういってる。しかも、ビールが飲めない私の前には薩摩切子の杯!
渚の方をチラと見遣ると、にっこり。よし、お許しが出た!
お義父さんにはビールを注ぎ、私は冷酒を注いでもらう。渚は梅酒、お義母さんにもビールだ。子ども達には渚がジュースを配る。
みんなで乾杯する。杯を一気にあおると、お腹がカッと熱くなる。くぅーっ、旨い!
「うーん。美人に注いでもらうと旨い!」
お義父さんはかなり不穏当なことを言いながら、空けた杯に冷酒を注いでくれる。実にいい酒だ。『私』のペースで行ったら、間違いなく泥酔コースだ。
私は鰤カマをほじくりながらちびちび行くが、それでもペースが上がってしまう。これは上限を決めておかないと具合が悪い。
冷酒を一合ほどお銚子に注ぎ、レンジで一分。燗にすればペースも落ちる。
子ども達を見やると、揚げ物ではなく、源平なますを喜んで食べる。うちの子はモズク酢とか変なものが好きだ。
「あら、これ、上手いこと炊いてある」
お義母さんは、私が煮た飛竜頭を美味しそうに食べている。
「でしょ!
昌って、がんもとか大根とか、上手に煮るのよ。おでん屋さん出来るわよ」
いやいや、具は買ってきたものだし、汁も昆布出汁こそ自分でひくけど、市販のだしの素だぞ。
ぼちぼちと食べていると、玄関に来客だ。お義母さんが出る。すぐに四、五人の気配がこちらに向かってくる。新年早々になんて、気安い客なのだろうか? 私は緊張した。
「あけましておめでとう」
入ってきたのは渚の従兄弟夫婦と、その子ども達だ。私も会釈すると、お嫁さんと子ども達は私を見て固まった。
「すごい美人だろ? 通夜の後、いい歳した大人が萌えたの惚れたのって話してたぐらいだし」
通夜を思い出す。
周は訳が分かってないから、読経の最中に「お父さんは?」とか言ってぐずり出した。それで私もいたたまれなくなって、半泣きで謝りながら周を抱きしめたんだった。挙げ句、終わり頃になって私まで意識を半分失って、沙耶香さんに連れ出された。
事象だけを見たら涙を誘うシーンだけど、見方によっては萌えるシチュエーションと捉える人がいたかも知れない。
ようやく意識がこっちに戻ってきたお嫁さんが、渚と私の設定について話している。その息子――中三だったか――は、私の方を盗み見ながら飛竜頭を食べ始めた。
「うまっ!」
都合三口ぐらいで食べてしまう。もう少し味わえよ。あ、更に大皿から取る。しかも百合根入り。そんな食べ方するやつは具無しので十分だろ!
「母ちゃん、これ、めちゃウマ」
「どれ? あら、ホント! これ、何処で売ってるの?」
「あ、フツーに美味しい」
おい、『普通に』って何だよ。高二にもなって言葉使いを知らないのか?
「これ、誰が作ったと思う?」
渚がニヤニヤしながら訊く。
「まさか、渚さん? でも、味は伯母様と違うし……」
「違うわよ。作ったのは昌。そっちの大根とじゃが芋もそうよ」
「マジで? 外人なのに?」
おいこら、あんたのお母さんと渚の会話聞いてなかったのか? 義理の娘。父親は日本人。母親も設定では日本人。
「昌は日本人よ。さっきも言ったけど、この髪と目の色は治療の副作用よ」
「あ、あの、明けまして、おめでとう、ございます……」
とりあえず、いつでも脱出出来るよう、人見知りの少女を演じておく。アルコールで赤く染まった顔も、プラスだろう。
「うっわー。こんな子がこの料理? しかも可愛いし。
ねぇねぇ、昌、ちゃん? 小学生でこの料理ってすごいわね」
「あの、一応、この春から中二になります」
「マジ? どう見ても小学生じゃない。背も小さいし」
え? 背は君とそんなに違わないと思うんだけど……。
「一応、中学生です。あと、飛竜頭は京都から寄せたものなので」
「お出汁は付いてくるの?」
お嫁さんが口を挟む。
「別売りで買えるけどちょっと甘いです。だから、味付けはうちで作った出汁で」
「普通に昆布と干し椎茸と削り節よ。出汁は昌に任せてあるのよ」
「自分で?」
「いえ、昆布と干し椎茸からは自分で取るけど、お魚は市販のだしの素。削り節は香り付けにちょっとだけ、です」
「でも、この味なら胃袋がっちり掴めるわね」
「胃袋?」
「この見た目で、この料理だったら、男がほっとかないわよ。
気になる男の子とか、いないの?」
高二のお姉さんは恋バナが好きそうだ。でも、気になる以前に、まだ学校にも行ってないんだけど。
「昌は自宅療養中。今度の春から中学校デビューの予定」
しばらくはお嫁さんと料理についておしゃべり。とりあえず、だしの素と醤油の銘柄は伝えた。あの出汁はマイナーなメーカーで、扱いのある店が少ないけど、クセが無くて使いやすい。たしか鳥取の食品会社だったかな?
お嫁さんも、基本、褒めちぎるんだけど、私がぬる燗になった大吟醸をちびちびいくことには、何か言いたげだ……。
酔いが回ったか、昼間の疲れか、少し眠くなってきた。それ以上にトイレに行きたい。立ち上がると一気に酔いが来る。マジ眠い。
「うわっ、背、高っ!」
お姉さんが驚く。ふふん、座ってるときはちっこく見えても、背丈は君と変わらないのだよ。
翌朝――もう九時は回ってるけど――起きると、頭が重い。飲み過ぎたっぽい。日本酒だけをちびちびいっただけとは言え、あれだけ飲み続けてれば残る。
枕元の携帯を見ると着信履歴。見ると沙耶香さんだった。更にメールも。明後日――つまり明日――柔術の寒稽古をするとのこと。神子達と新年の顔合わせだ。
「……というわけで、私だけ帰るよ。明日は早くに沙耶香さんが迎えに来るから」
「もう一泊してけばいいのに」
「九時にお迎えだよ。渚、じゃなくてお母さん、そんなに早く私を家まで送れる? ここにお迎えはちょっと目立ちすぎるんじゃないかなぁ」
沙耶香さんだけならともかく、いや、沙耶香さんだけでも目立つけど、他のメンバーも一緒だったら、本当にアイドルグループみたいだし。
その日は、昼過ぎに帰宅した。
寒稽古は、単に寒い所で稽古するだけだった。寒いよりも床が冷たいのが堪えた。昔から続いているそうだけど、絶対健康に悪い。女性は下半身を冷やしたらいけないんだぞ。こちとら、産まなきゃいけないのに。
その分、練習後のお風呂は格別だった。
こうして、昌としての新年は始まった。もう三ヶ月後には中学校だ。




