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ひめみこ  作者: 転々
第六章 少女としての日常
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クリスマス

 大切な人と過ごす日。


 と言うわけで、今夜は自宅でささやかなパーティだ。周が大好きな唐揚げとポテトが入ったオードブルを買ってくる。子どもがいると危なくて家では揚げ物を作れないんだよね。かと言って、作りおきはしたくないし。

 そして主役はケーキ。本当は一歳の円には少し早いけど、今夜は特別!




 揚げ物をウォーターオーブンで温め直し、大皿に盛りつける。お魚やエビのフライのために、手作りのタルタルソースもたっぷり準備。

 シチューで煮込んだハンバーグとトロフワのオムレツ。この辺は代わり映えしないが、チキンライス風のケチャップライスとタコさんウインナーが横に座るだけで見栄えが変わる。


 子ども達は普段食べないものに大喜び。

 私も今日だけは特別に――渚の許しを得て――スパークリングワインを開ける。栓を抜く音に子ども達はびっくり。


 以前の私だったら、こんなに甘い飲み物を口にすることは無かったけど、この身体になってからは甘いものが美味しい。


 周も普段はこんな濃い味付けのものをあまり食べさせてもらえないから大喜びだ。ポテトを両手に持ってご満悦。脂と塩のダブルパンチにメロメロだ。




 夕飯を食べ終わったところで、主役のケーキ。

 箱からケーキを出すと子ども達は目を輝かせる。ケーキが入ったカップを指さして「サンタさん! サンタさん!」


 円はケーキを見たことも無いが、周の喜びように引っ張られてか嬉しそうにしている。


 周にはサンタさんのケーキ。まだケーキが早い円には、プリンアラモードのフルーツを取り分ける。ちょっとクリームが付いているが、これぐらいならいいだろう。

 円は、こんな甘いもの食べたことがないと言う顔でフルーツを食べる。鼻の下と顎先にクリームのヒゲが着いているのはご愛敬だ。周はそれを指さして「サンタさん!」。ヒゲさえ着いていればサンタさんなのだ。


 渚はレアチーズ、私もイチゴショートをほおばると、円が欲しそうに指さす。よし、愛娘にはイチゴを進呈しよう!


 いま、この瞬間、私は結構幸せかも知れない。




 時刻は八時近い。そろそろおねむの時間だ。

 子ども達の歯磨きをし、寝かしつけに入る。程なく円は寝息を立てるが、周はなかなか寝付かない。


「ほら、早くねんねしないと、サンタさん来てくれないよ」


 お母さんに声をかけられて目を閉じたが、もぞもぞと動き続ける。


「サンタさんには何をお願いしたの?」


 訊いても、にーっと笑うだけで答えてくれない。

 それでも五分程するとまどろみ始めた。その顔を見ながら頭を撫でる。


「サンタさん、何を持ってきてくれるかなぁ」


「お父さんとプール」


 私の独り言に、まどろんでいるのか寝言なのか応えがあった。


 そうか……。そうだよね。


『私』が倒れた直前の日曜日、子ども達二人とビニールプールで遊んだのだ。周にとっては『私』と遊んだ最後の思い出で、きっと特別なものに違いない。


 後ろを向くと、渚が台拭きを持ったまま、何とも言えない表情でこちらを見ている。

 私の視線に気付くと、無言のままテーブルを拭き始めた。


 私は子どもを抱え上げ、寝室に寝かせた。

 洗面所で歯を磨いていると渚が入ってきた。


「もう、寝るの?」


「うん。ちょっと一人になりたいから、今日は二階で寝る」


「分かった」




 ふと目覚めると午前四時過ぎ。昨夜は九時前に寝たせいか、アルコールを摂ったせいか、極端に早く目が覚めてしまった。


 わずかな期待を込めて自分の身体を探る。


 そこは相変わらずの不毛地帯。もう一方は、初めて触れたときよりもやや大きくなっている。


「やっぱり、サンタさんに『お願い』は届かなかったか……」


 溜息を一つ。




 こんな気持ちのときに……。


 かつての自分に、


 戻りたいと思っているのに……。


 何故自分は、


 この身体で自家発電をしてるんだろ、うっ……。




 初めてのときも『私』でありたいと思ったときだ。

 この欲求は何なんだろう……。

 変な思考が次々に浮かんでは消える。おかしいな、女には賢者タイムは無いはずなのに?

 なんだかもどかしい。クシャミが出そうで出ない感じをうんと強くしたようなもどかしさだ。


 あ、まずい。トイレ行きたい……。


 迷った末、中断してトイレに行った。


 なんだかもやもやしたものが残るが、結局再開しなかった。

 それにイブの晩とかクリスマスの早朝に、自家発電なんて寂しすぎる。




 時計を見ると既に五時。なんだかんだで小一時間だ。まさか、変な声とか出してなかったよね。布団にしっかり潜ってたから、少々は大丈夫だと思うけど。


 私は階下に降りると、例によってシャワーを浴びる。自室で寝たときだけ、早朝からシャワーを浴びた上に洗濯するって、怪しすぎるかな?




 その週も変わらずに過ぎる。しかし「お父さんとプール」の一言がずっと引っかかっている。


「渚、……再婚とかって、考えてる?」


「なによ、急に?」


「子ども達には、父親が必要かなって……」


「姿は変わったけどあなたはいるし、祖父母はどっちも健在よ。

 それとも、子ども達と別れて暮らしたいの?」


 そうか……。血縁という一点で考えたらそうなる。




「昌さん」


『ちゃん』でも『あなた』でもない。




「自分が不遇だって思ってない?」


 正直、思ってる。

 不遇……か。『ふぐぅ~』だったら萌えるかな? と、どこかで思考が現実逃避している。


「事情を知らない人から見れば、あなたは自分で思ってるほど不遇でも不幸でも無いのよ」


「そりゃ、事情を知らない人から見ればそうだよ。でも……、」


「でも、周りの人は事情を知らないの!

 とりあえず、将来に渡ってお金に困ることが無いということは、それだけで他の人から見れば十分に幸せなのよ。それにあなたの容姿、不幸なんて思ったらバチが当たるわ!」


 似たことを沙耶香さんからも言われたな。


「姿は、最初は戸惑ったけど、今はもう慣れたし……、そもそも、今までも――コンプレックスを持ったことはあったけど――余り気にしたことが無かったし。

 お金は、言ってなかったけど、十五年ぐらいを目処に打ち切られるって。子ども達に一番お金がかかるときなんだけどね。


 まぁ、貯金もするし、それまでに就職してれば問題ないけど、出自が出自だから、職業選択には制限がかかるって聞いてる」


「どういうこと?」


「私が比売神子になれなくて、血を受け継ぐ者の責務を果たさないなら、支援も無くなるんだ」


「責務?」


「血を残すこと。

 つまり、私の血を継いだ子どもをつくること」


「子どもならいるじゃない。二人」


「血が出てから、つまりこの身体になってからの子どもじゃないといけないんだ。

 当然、その前にしなきゃいけないことがあるわけで、今の私の身体だと、相手は……、その……、要するに、私の子猫ちゃんに地下鉄がインしたりアウトしたりするようなことが起こるわけで」


「露骨に言うわね」


「相当、婉曲に表現したんだけどね」


「ぐるっと回って露骨よ。

 それ、初耳だけど、知ったのはいつ? もしかして戸籍の写しを貰ったあの日?」


「正解。

 今の私は、いわゆる性同一性障害の人が、心でなく身体に合わせた生き方をするようなものだし。これって、結構辛いモノがあるよ。

 とりあえず、比売神子になれれば当座の問題は解決だから、今はそれを目指すしかないんだけどね」


 私は強引に結論を出して打ち切る。

 本当は、心が身体に引き寄せられれば、私個人にとっては良いことなのだろうけど……、それは渚にとってはどういう意味になるのだろうか。

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