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ひめみこ  作者: 転々
第六章 少女としての日常
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師走のある日

 随分寒くなってきたけど、今日は小春日和。

 自宅周辺で積雪は一冬に何度も無いとは言え、それでも冬用タイヤは必須だ。


 道具が揃っているから作業は大したこと無い、というのは間違いだった。渚の車はタイヤが大きい。しかもハブは雌ネジだ。

 ホイールを印籠(インロー)に引っ掛けてボルトを挿そうとするが、穴を合わせようとタイヤを回す際に、支えきれずに落としてしまうこと三度。

 昨春に同じ作業をやったときは、一時間とかからなかったのに、既に二時間近くかかっている。


 沙耶香さんに言わせると、私の腕力は中一女子としては破格らしい。けど……、『前世』では鍛え込んで七十キロ近くあった身体も、現在は四十五キロそこそこ、タイヤを片手で把持できない。

 小さくなった手と細くなった腕を見る。


 次は『私』の車だ。車を入れ替え、タイヤ交換開始。

 こちらはハブボルトにホイールを引っ掛けられる上、それ自体も超軽量だからすいすい進む。うーん。渚のも鍛造アルミに替えよかな。


「よし、あと一本」


 と、エンジン音。沙耶香さんだ。

 家の前の道は、私の車が占領している。


「車、どこに停めればいい?」


「車庫前のスロープでいいですよ。

 あれ? 今日は土曜ですよね。合宿合流は明日じゃありませんでしたっけ?」


「明日よ。ヒマだったから来てみただけ」


「デートとかしないんですか? もう半月ほどしたらクリスマスですよ」


「今晩は泊まりになるんだから、デートなんてしてる暇無いわ」


「本当は、相手がいないんでしょ。

 篤志――叔父様に書類選考用の資料を送ってもらいますか?」


「余計なお世話です」


「やっぱり、相手がいないんだ」


「トークのウデを上げたわね」


 車を降りた沙耶香さんは、後ろから私の作業を見ている。


「女子中学生がタイヤ交換って、変な絵柄ね。まぁ、これはこれで需要がありそうだけど」


「需要って何のですか? そんなこと言うなら手伝って下さいよ。どうせヒマで来たんでしょ」


「タイヤ交換なんて、女子のすることじゃないわ」


「パンクとかしたらどうするんですか?」


「ロードサービス呼ぶわ」


「さいですか」




 手伝ってくれないので黙々と作業を進める。と言っても、残りは一本。最後にタイヤを地面に着けてトルクレンチで増し締めする。


「それ、何?」


「トルクレンチですよ。

 素人はついつい締め過ぎちゃうんですけど、ネジは締めすぎてもダメなんです」


「へー、物知りね」


「一応、『前世』は機械設計してましたから。

 沙耶香さん、一つお願いがあるんですが」


「何かしら? もしかしてデートのお誘い?」


「デートと言えばデートですね。身支度してきますから、この車でドライブにつき合って下さい。本当は私が運転したいんですが、免許が無いので」


「いいわよ」




 汗だくになった身体にシャワーを浴びて着替える。その間十五分。


「随分早いわね」


「急ぎましたから」


「そういうところの女子力はまだまだね。

 ところで、アレ、ちゃんとやってる?」


「アレって、ネットゲームですか? 最近はあまり……」


「どうして?」


「あの……、始めて二週間でネカマ認定されて、それ以来敷居が高くて」


「つまり、女子としては不自然だったわけね。せっかく貴女の姿に似せたアバターを準備してもらったのに。別アカでやり直す?」


「やらなきゃいけないですか?」


「無理にとは言わないけど、そういうところで女性として認知されないようじゃ、ね。一朝一夕にとは行かないだろうけど」


「オフで会えば解決なんですけどね」


「それじゃ、本末転倒よ。女性として見られることが目的じゃないんだから」


「分かってますよ。

 まぁ、その辺は追々で。

 それより、行きませんか?」




 車に乗って沙耶香さんが一瞬固まる。


「これって、マニュアルじゃない」


「沙耶香さん、オートマ限定?」


「馬鹿にしないでよ。病院のワゴンはマニュアルなんだから」


 エンジンをかけ発進する。言うだけあってなかなかスムーズだ。


「とりあえず、インター近くのガソリンスタンドに行って下さい」


「OK」


 沙耶香さんの運転はなかなかだ。


「へぇ。国産車もワリと良いじゃない。見た目はポルシェが栄養失調になったみたいだけど」


「栄養失調って……。

 でも、FFのクイクイ曲がる感じも良いけど、運転して気持ちいいのは後輪駆動でしょ。ハンドルを切った分だけ鼻先をスッスッと向ける感じはこっちじゃないとね。

 沙耶香さんもFRのクーペなんてどうですか?」


 そういう車から美女が降りてきたら、魅力割増だ。




 ガソリンスタンドでタイヤの空気を足し、オイルとフィルターを交換してもらうと、時刻は既に一時近い。


「ちょっと遅めですけど、寿司屋でも行きませんか?」


「寿司?」


「『前世』での行きつけで、ランチセットが安いんです。焼き魚定食が千五百円ですよ」


「微妙な価格帯ね。女性向けのイタリアンとかだったら、もう少し足せばデザート付きのランチが食べられるわよ。この辺でそんな店無いの?」


「渚に訊けば分かると思いますけど……、今日は会社の全体会議だから」


「師走は忙しいものね。じゃぁ、そのお寿司屋さんに行きましょうか」




 例によって、店から出るとお腹がパンパンだ。


「貴女の行く店って、美味しいんだけど女性には量が多いわ。太るわよ」


「そうですね。結局、ご飯残しちゃいました」


「まぁ、これから女子力アップの店を探しましょ。

 でもカウンターに座って『今日の焼き魚は何ですか?』って、女子中学生の言うことじゃないわ」


「え? その日のお勧め、訊きませんか?」


「普通はメニュー見てから訊くものよ。

『昌幸』だった頃ならいいでしょうけど、昌ちゃんは一見さんなのよ」


 そう言えばそうだ。常連だったのは私でなく『昌幸』だ。

 しかし『前世』では毎週行ってて顔も憶えられてたし、こんなに似ているのに、それについては全く訊かれなかった。

 社会から『昌幸』の痕跡が消えてゆく。




「あ、そうだ。事務連絡になるけど、あなたの比売神子としての訓練、平日にもするわよ。主に『格』の制御」


 そうだ、これがある程度出来ないうちは、他の候補者と一緒にという訳に行かない。

 その間、沙耶香さんの本業である看護士は休職扱いという。とりあえず、神子としての収入が大きい上、休職中の賃金も補填されるらしい。

 私の「幾ら貰ってるんですか?」には「毎月冬のボーナスがあるみたいなものね」とのこと。

 もっとも、沙耶香さんは使うお金のほとんどが比売神子としての活動費として処理される。自分の財布を使う必要が無いので、収入の多寡はあまり意味がない。


「あなたの『格』から言って、正式に神子になればいずれ筆頭だし、びっくりする金額になるわよ」


「びっくりですか……」


「だから、早いことなっちゃいなさい」


「そんな簡単になれるんですか?」


「『格』の制御さえ出来れば、十五歳になったらすぐに推薦するわよ。別にその前でもいい。貴女なら通過儀礼も問題無いでしょうし、人間的にも申し分有りません。私と比売神子様が推せばすんなり認められるわ。

 必要な知識は追々身につけてけばいいでしょう」


 そうだ。比売神子になれないと経済的支援は打ち切りになる。続けて貰うには子作りだ。それを拒否して一般社会で生活したとしても、私の容姿だと男関係が付いて回るのは明白だ。だったら比売神子になって自宅警備員生活の方がいい。


 よし! とりあえず、それを目標にがんばろう!

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