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ひめみこ  作者: 転々
第六章 少女としての日常
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覚悟

 白髪を見られてから四日、外出する気になれず、アレが来たこともあって家にこもっていた。こういうときに限って、沙耶香さんも連絡してこない。


 いい加減、買い物に行かないと食材が底をつく。

 どうしようかな。完了してないけど、気持ちが落ち着いてきたら痛みも軽くなり、行動に支障はない。まぁ、もともと病気ではないんだから、重い人でない限り日常生活に支障は無いだろうけど。


 今更隠すのもなぁ……。そう思う反面、視線が集まったときのことを思い出すと、この姿で外出することが躊躇(ためら)われる。




 トイレに入ったところで、やばっ! 残りが少ない。在庫不足は必至だ。

 渚のを使うのは心苦しいから買ってこなくちゃいけない。


 幸いまだ午前だ。この時間なら買い物客も少ないだろう。




「仕方がない! 行こう」


 行くと決めると気持ちが軽くなった。

 ジーパン――知識はオッサンなのでそう呼んでいる――とタートルネック、その上にブルゾンを羽織って自転車を走らせる。


 店舗に入ると視線は感じるが、思ったほどではない。


 ATMでお金を下ろす。せっかく出てきたのだから本屋とCD屋さんにも寄っておこうか。


 書籍売場に行き新刊のコミックを見る。

 来年に向けて、中高生に人気のあるものを読んでおくべきかな。平積みになっているのが、人気なのだろう。


 一応、題名だけ控えておく。

 ここで大人買いをするのは不自然だし、そもそも重くて持って帰れない。車に積めないのは不便だ。


 立ち読みをしようと新書のコーナーへ行くと、なぜか猫の写真集がある。

 思わず手にとって見る。


 なんか、癒されるな……。今まではこんなもの見ようとも思わなかったのに。

 渚が猫を愛でる気持ちが分かったような気がする。よし、渚のために買っていこう。渚のためだ。うん。


 ちょっと暑くなってきたのでブルゾンを脱いで持っていると、手が少し汗ばんできた。服は重たいし、自動車を使えないのは本当に不便だ。


 雑誌売り場でも、ついこれまで読んでいたものに目が行くが、今の私の外見でそれを買うのは、いかにも変だ。科学雑誌がギリギリだろうか。それにしても、今の中高生ってどんな雑誌を見てるんだろう。


 女の子向けのファッション誌に目を遣る。表紙の少女は、目の周りが大変な事になっている。今時の娘はここまで塗るのか……。

 大抵の男子は、こんなに塗った顔より化粧なんかしない方が好みだと思うけどな。実際、少年誌のグラビアはこんなじゃないし。

 そうか、男子が考える可愛いと、女子のカワイイは違うんだ。こういう違いも、学校に行く前に勉強しとかなきゃいけない。

 一応、中も目を通す。色とりどりの服だ。そして、脚を出したのが多い。最近は膝上の靴下が流行りなのかな。まぁ、冬場にミニは寒かろう。


 柱――鏡になっている――に映った自分の姿を見る。白のタートルに黒のジーンズ。手には白いブルゾン。いかにも地味な服だ。本のモデルと見比べる。自分もこういう服を選べるようにならなきゃいけないのかな。




 再び本をパラパラとめくりながら思案していると、話し声が聞こえる。


「あの白い子、チョーカワイくない?」


「マジカワイイ。ヤバい」


「ヤバい。脚長いし!」


「ちょっと、ちょっと、あの靴!

 ヒールじゃないのにヤバいし! ありえないし!」


「マジ、ありえない! やっぱ外人だぁ」


「ハーフだよきっと。顔は日本人だし」




 小声で話すんだったら、こっちまで聞こえないように話せばいいのに。別に悪口でない――むしろ褒め言葉だ――けど、ヒソヒソと品評されるのは、あまり気分のいいものじゃない。

 しかも、何でもヤバイヤバイって、脳みそクルクルパーだろ。せめて全部『いとをかし』にでもしとけば少しはマシだろうに。それに「有り得ない」って、現にここにいるし。

 つーか、何で午前中に高校生がぞろぞろいるんだよ。学校はどうしたんだ?


 と、電子音。誰かが携帯で写真を撮ったのか? 店舗内は基本、撮影禁止なのに、最近の若い娘と来たら……。


 とりあえず、『勉強』の続きは家だ。

 考えを表情に出さずに、レジに向かう。女性向けのファッション誌と猫の写真集を買い、一階に下りた。


 あれ? フードコートにも高校生がたむろしている。どうやら定期試験でもあったようだ。ここは早めに引き上げよう。




 薬局で主たる目的の商品を買ってショッピングセンターを出た。

 帰る道すがら、テスト帰りらしい高校生をちらほら見かける。

 彼らも私を見るが、意外にも男子はチラ見するだけなのに、女子の方はこっちをしっかりと見る。

 それでも、通夜や病院のときのような不快さは感じなかった。まぁ、覚悟さえ決めてしまえばこんなものなのだろう。




 家に帰って、買ったものをトイレにしまう。ついでに用を足しながらあることに気付いた。


 白髪を見られて辛かったのって……、アレの直前か始まったばかりで、心が不安定なときばかりだ。

 特に通夜の夜は初めてだったし。身体の調子も悪かったし。自分の身体の変化に振り回されてたし……。

 タイミングさえ違えば、ウィッグなんて要らなかったんじゃなかろうか?




 夕方になり、子ども達が園から帰ってきた。


 例によって円をベビーカーに乗せ、今度は食材を買いに行く。

 この姿には視線も集中するが、やはり大丈夫だ!


 何でもないことなのに嬉しくなって鼻歌が出てくる。円も私の雰囲気を感じるのか、嬉しそうに手足をばたつかせる。




 まずは野菜。ゴボウが安い! ゴボウはきんぴらにして良し、鍋に入れて良し、肉や魚の臭みもとれる。ささがきにして冷凍保存しておけば、好きなときに使えて便利!

 乾物コーナーでは、昆布を買う。もちろん天然物。一回あたりの価格差なんてほとんど誤差のレベルだけど、とれる出汁のレベルが違う。一回これを知ったら、もう戻れない。


 鮮魚コーナーに行くと、おっちゃんが声をかけてきた。


「おっ、久しぶりっ。今日は何にする?」


「うーん、アジの開きと、あ、この干鰯! 氷見(ひみ)産なんて、ちょっと珍しい!」


「おっ、いつもお目が高いな。ちょっとオマケしとくよ!」


「やったぁ! ありがとう!」


 お礼を言って鮮魚コーナーを後にする。おっちゃんは以前と変わらずだ。背後からは「美人の笑顔はいいねぇ」とか「俺も四十年若けりゃぁ」とか、他の客と話す声が聞こえる。


 多分、わざと聞こえるように話してるんだろう。

 前回、私が店の前で泣きそうになったのを気にしてるに違いない。おっちゃんの心遣いの不器用さに、心の中でクスリと笑ってしまう。




 レジでも馴染みのおばちゃんといつものように話せた。おばちゃんも「どこのモデルさんかと……」なんてお世辞を言う。


「こんな髪ですけど、日本人ですよ。ほら、ソックリ」


 円を抱き上げ顔を並べる。


「お父さん似なんです」


「あら、ホント。そっくり」




 うん。大丈夫。この姿でも外出できる。

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